第181話

 この村――まだ人数が少ないし、村でいいだろう――の村長には、暫定的にアーニャを任命しておいた。世が世なら女王陛下だったかもしれないんだから、順当なところだろう。村人たちの反応も悪くない。

 俺? 俺は人の上に立つようなガラじゃない。クリエイターだからな。管理職よりも開発職の方が性に合ってる。

 しかし、アーニャは村に残ることを拒否した。今後も俺と一緒に行動したいという。


「この村にはちっちゃい川魚しかいないみゃ! こんなんじゃ満足できないみゃ!」


 だそうだ。まぁ、らしいと言えばらしい理由だ。仕方ないので、アーニャパパを村長代理に任命しておいた。今までの経験もあるし、大きな問題は起こらないだろう。

 『サボるな』って命令をしてあるから、身を粉にして働いてくれるはず。絶対服従だからな。クククッ。


「坊ちゃんの悪い笑顔も大分見慣れたな」

「あらあら、やんちゃそうでいいじゃないの。うふふ」

「……いつも通り」

「せやな。今更無邪気な笑顔見せられたら、そっちのほうが怖いわ」

「ボスはそのぐらいが頼もしくていいみゃ」


 相変わらず酷い言われようだ。まぁ、否定はしない。オッサンの腹は太いだけではなく、黒くもあるものだ。俺は太ってないけど。


「それはそれとして、ビート様、この村の開拓申請は致しますの?」

「そうだね。エンデには知られてるしドルトンで大量に物資も買ったから、いずれ王様にも知られちゃうだろうしね。でも、それはエンデでの仕事が終わってからでいいかな。別に急ぐ必要はないし」

「なるほど、そうですわね。それでよろしいかと思いますわ」


 どうも、うちの王様は俺の動向を逐一監視してるっぽい。危険分子かよ。いや、心当たりはあるけれども。

 なので、隠し事は極力しない方が安全だ。下手に隠すと、バレた時に何らかの処分を下される可能性もある。

 爵位剥奪や国外追放くらいならいいんだけど、極刑や奴隷落ちなんてことになったら大変だ。主に王様の方が。そうなったら全力で抵抗するつもりだからな。王都の半分が廃墟になるくらいは覚悟してもらおう。

 まぁ、そんなことになるのは俺も本意じゃないから、いずれこの村については公表せざるを得ないだろう。


 その際にはジョンについても知られることになるかもしれないけど、その影響についてはちょっと想像の範囲外だなぁ。

 ダンジョンをテイムしたとか、そのダンジョンと意思の疎通ができるとか、町を一日で作り上げられるとか、この世界じゃあり得ないこと、知られていないことばかりだ。

 国を挙げての大調査になるかもしれないし、案外、大森林の中にあるなら問題ないってことになるかもしれない。まぁ、調査させろって要望や依頼、命令があっても突っ撥ねるけど。俺にメリット無いし。


 村に関しては、とりあえずこれでいいだろう。細かい調整や修正は追々やっていこう。

 それじゃ、お仕事に戻りますかね。



 はい、エンデに戻ってまいりました。


「『バンドー地方北西部に頻出するゴブリンの駆逐』ですか、魔物退治ですね。よいでしょう、お引き受け致します」

「感謝致します。案内は引き続きマードックにさせます。詳細は彼にお聞きください」


 エンデの領主屋敷で、ドーソンさんから次の仕事の依頼を受けた。ゴブリン退治なら手慣れたものだ。向こうもそれを承知で依頼してきたんだろう。

 バンドー地方はエンデ王家の支持基盤だ。前回は社会基盤である街道の安全を確保したから、今回は支持基盤である地元をって感じかな? 政治の駆け引きが垣間見えるようだ。地元に利益をもたらしてこその代議士って言葉もあるしな。ドーソンさんは代議士じゃないけど。


 今、エンデ国内で一番荒れてるのは旧シーマ王国付近らしい。蝗害からの食糧難に端を発する暴動が頻発しているそうだ。

 本来なら早急に平定してボーダーセッツからの山越え交易を再開させたいところだろうけど、国内紛争に他国の兵力を介入させるわけにはいかないから、俺たちに依頼は回ってこない。回せない。

 さらに、俺は旧シーマ王家の血族を仲間にしている。もし王家の復興を支援されたらと考えると、エンデとしては尚更依頼するわけにはいかない。何がなんでも回せない。

 そんな理由もあって、選択肢で残っていたのがバンドー地方の魔物退治だけだったのかもしれない。政治は面倒でいけない。



「マードック殿、バンドー地方というのはどのような土地柄ですか?」


 出発の準備は皆が手分けしてやってくれているので、することがない俺は同行する予定のマードック爺ちゃんから情報収集をすることにした。前回のナーバル地方では役に立たなかったけど、流石に地元のことなら知ってるだろう。


「そうですな。我がエンデ王国は山の多い国ですが、その中でもバンドーはひと際山がちの土地でして、周囲を山に囲まれたバンドー盆地を中心とした地域を総称してバンドー地方と呼んでおります。全域が王家の直轄地となっております」


 ふむ、バンドーっていうから坂東(関東)なイメージだったけど、どうやら甲斐とか信州みたいな山岳地のようだ。いや、群馬や埼玉、栃木は海なし関東圏だったな。あながち間違ってないかも。


「盆地の中央にはエンデ最大の湖である『五色湖』をはじめ、大小二十あまりの湖や泉がありまして、バンドー地方の農作と漁業の中心地になっております。南部は湖やそこから流れ出る大河を利用した水運が発達しておりまして、バンドー地方の玄関口と呼ばれておりますな。領都もそこにございます」


 ふむ、荒川か利根川を利用して東京や千葉に荷物を運ぶようなものか。利根川は東西に流れてる感じだから、どちらかというと南北に流れてる荒川の方が近いかも。領都はさいたま市ってところか。


「北東部は霊峰ノストラとそれに連なる火竜山脈がそびえておりまして、その向こうにあるドワーフの王国とはここ数百年国交がありませぬ。北西部は『ドラの衝立』、そして万年雪の積もる白狼山脈でノランと国境を接しておりまして、度々侵攻を受けております」


 ほう! ということは、その北西部にバジルたちの故郷があるってことか!

 バジルたちは自分が住んでいた地域のことをよく知らなかったみたいで、あんまり手がかりがなかったんだよな。これはまさに渡りに船、都合がいい。ゴブリン捜索の合間に、バジルたちの親類の捜索もできるかも。

 考えてみれば、バジルとリリーはイヌ系獣人でバンドー王家もイヌ系獣人だ。ワンコは基本的に群れて生きる動物だから、同じ地域に同族が多くいる可能性は高い。もっと早く気付くべきだったな。モフリストとして情けない。


 しかし、こうして全ての事情を理解した上で現状を見ると、ジャーキンの皇太子クロイツくんが仕掛けた策略の的確さがよく分かる。

 イナゴで旧シーマ王国領を世情不安にし、ゴブリンで直轄領のお膝元を揺るがす。おかげでエンデの国内はガタガタだ。王国が支援しなかったら、高確率でエンデは崩壊していただろう。

 これと同時に王国への侵攻も進めていたわけで、もちろん、こんな状況のエンデが王国への支援なんてできるはずもない。全ての策略が成功していたらまず王国が、次いでエンデが征服されていただろう。

 いや、エンデはノランが攻め取る密約があったかもしれないな。どのみち、最後にはジャーキンが支配してたんだろうけど。

 その策略のこと如くを、成り行きで俺が潰しちゃったわけだ。

 おおっ、なんか主人公っぽい! 意外にやるじゃん、俺!


 よし! それじゃ、その流れでバンドーの人たちも助けるとしますか! 〇んで埼玉、じゃない、バンドー!

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