第182話

 バンドー地方へ来てから二日。

 ゴブリン退治は順調だ。バンドー地方北西部に点在する村々を拠点に、上空から気配察知で捜索、発見したら降下して殲滅、終わったら次を捜索。それを繰り返してる。


 いやぁ、いるわいるわ。まだ二日しか経っていないのに、既に五百匹以上駆除している。討伐証明の魔石を取るのが面倒で仕方がない。

 人里からほんの数キロのところに大規模なコロニーができてたりして、あと少し遅れてたら襲われて壊滅してたかもしれないなんて村がいくつもあった。

 対処が後手に回ると、これほどまでに危険な状況になるんだな。ゴブリンヤバい。


「このっ! このっ! くたばれこのド畜生め!」

「うふふ、灰まで焼き尽くしてあげるわ。あなたたちみたいな害獣が土に還れるなんて思わないことね」


 そして、それ以上にルカとサマンサの姉妹がヤバい。


「うう、ルカさん、と、サマンサさん、が、怖い、です」

「……(コクコク)」

「怒り心頭ですね。気持ちは分かるですよ」

「怒髪天」

「ピーッ! ピーちゃんもミドリのヤツ、きらいーっ!」


 容赦なくゴブリン共を貫き、刻み、焼き尽くしている。いつものフワフワした感じが全くない。

 子供たちも困惑で萎縮気味だ。ピーちゃんとウーちゃんはいつも通り。ゴブリンを噛み砕いたり爪で切り裂いたりしている。魔物同士でも親近感は皆無みたいだ。

 理由は分かっている。先ほど救出した、このコロニーに捕まっていたヒト族の女性のせいだ。いや、彼女は悪くない。悪いのはゴブリンだ。


「ビート様、彼女は身体を拭いて馬車に寝かせてまいりましたわ」

「水でふやかしたパンをちょっとだけ食わせといたで」


 その女性の介抱をお願いしていたクリステラとキッカが戻ってきた。一緒に行ったアーニャとデイジーが戻ってこないのは、馬車の護衛に残ってるんだろう。マードック爺ちゃんも守らないといけないしな。


「ごくろうさま。それで、彼女は元に戻りそう?」

「……アカンかもしれん。随分長いこと捕まっとったみたいや。毒が頭に回ってしもうとる。話しかけても何も応えてくれへん」

「身体もボロボロで骨と皮ばかりでしたし……そう長くはないかもしれませんわ」

「そう……やりきれないね」


 ゴブリンは雄しかいない種族だ。だから他の種族の雌を攫って犯し、子供を産ませて増えていく。ヒト種のみならず、猪人やリザードマンすら繁殖の対象になる。彼女はその苗床にされていたのだ。

 ゴブリンの妊娠期間は、およそ三か月ほどだと言われている。そして母体の種族に関係なく、生まれてくる子供は必ず雄のゴブリンになる。

 生まれた子供はすぐに親と同じ食事を摂るようになり、半年ほどで繁殖能力を獲得する。受精からたったの九か月で成体になるだなんて、恐ろしい程の成長速度だ。ちなみに多胎で、一度に二~四匹の子が生まれるらしい。繁殖力も相当だ。雌が生まれないから、ネズミ算とまではいかないのが唯一の救いか。

 そして育ったゴブリンは、また他の種族の雌を攫って犯す。驚異的な速度で被害が拡大していく。今のバンドー地方は、まさにその渦中にある。


 この生態で問題になるのが、母体の排卵期と意思だ。いくら犯しても排卵期でなければ妊娠しないし、犯され孕むのを拒む雌(女性)が自ら命を絶てば妊娠できない。

 ゴブリンは、これを種族の本能として備わっている薬学知識によって解決している。ヒトより知性の劣るゴブリンの、唯一ヒトよりも優れていると言われている部分。それが『ゴブリンの排卵薬』と『ゴブリンの妄薬』という二種類の薬だ。


 ゴブリンの排卵薬は強制的に排卵を促して妊娠しやすくする薬だ。現代にもあった薬だけど、この薬も効果は同様らしい。

 現代の排卵薬はコントロールが難しくて、双子や三つ子が生まれやすくなるという効果があったらしいけど、おそらくはゴブリンの排卵薬も同様だと思われる。多胎なのはこの薬の効果だろう。

 この薬自体はそれほど問題じゃない。子供が欲しい夫婦なら喜んで使うだろう。実際、かなり高価だけどオークションでは人気商品らしいし。主に貴族や大きな商会の主人なんかの、後継ぎの必要な人たちが買っているみたいだ。

 高価な理由は、そこそこ大きめのコロニーを殲滅しないと手に入らないからだ。そこいらの冒険者では難しいだろう。

 今回の討伐で俺たちもいくらか入手してるけど、全部マードックさんに渡している。財政再建の一助になればいいね。

 この薬で問題なのは母体への負担だ。ゴブリンは妊娠期間が短いけど、すぐ立って歩けるほどに成長して生まれてくる。それはつまり、それだけの栄養を母体から奪い取って生まれてくるということだ。しかも多胎ともなれば、母体への負荷はとんでもないことになる。

 さらに、出産後は排卵薬によってまたすぐに妊娠させられてしまう。その負荷たるや、男で結婚の経験もない俺にとっては遥か想像の彼方だ。衰弱死待ったなしの非道な薬……いや、非道なのはゴブリンだ。やはりゴブリンは生かしておけない。


 この排卵薬以上に凶悪なのがゴブリンの妄薬だ。これは意識を混濁させ、正常な思考を阻害する薬で、若干の媚薬効果と強烈な依存性がある。

 非人道的ということで、王国では禁制品になっている薬だ。所持しているだけで終身奴隷確定になるほどだけど、闇のマーケットではかなりの高値で取引されているらしい。用途は推して知るべし、だ。下種はどこにでもいる。

 ゴブリンに捕らえられた雌は、まず最初にこの妄薬を投与される。そして意識が朦朧としている間に排卵薬を投与され、コロニーに連れ帰られ、犯され、孕まされる。

 妄薬の投与は、妊娠出産するまで延々と続く。自死もできず、延々と出産するだけの装置として生かされ続けるのだ。

 この薬には副作用があり、長期投与されると精神が崩壊して元に戻らなくなる。崩壊するまでの期間は人によって違うらしいけど、どんなに頑健でも二年が限界だと言われている。


 このコロニーで保護された女性は、その衰弱具合から一年以上囚われていたと思われる。社会復帰は絶望的だろう。いっそ、正気を失っているのが救いかもしれないとさえ考えてしまえる程だ。


「ビート様、わたくしも前に出てよろしいでしょうか? このまま怒りを押さえつけていられる自信がありませんの」

「うちもや。こいつらを根絶やしにせんと、あの子が不憫すぎるわ」


 表情と言葉こそ平常と変わらないけど、ふたりの体からは怒りがあふれ出している。そうとう腹に据えかねているようだ。まぁ、止める理由もないし、別に構わない。俺も少々ムカついてるけど、ここは彼女たちにまかせよう。


「ケガはしないようにね」

「「はい!」」


 ふたりはそれぞれの武器を手にルカたちと合流し、ゴブリンの群れへと突入していった。このコロニーが消えるのも時間の問題だ。



 まだ子供たちの親族に関する情報は得られていない。キララと同じ村から逃げてきた家族が一組見つかっただけだ。

 その家族にしても、村の外れに住んでいたから直ぐに逃げ出せただけで、他の村人がどうなったかは全く分からないのだという。確認に行こうにも、まだ盗賊(実際はノランの軍隊)が居たらと思うと躊躇われるし、この国には冒険者ギルドがないから冒険者に頼むこともできない、という事らしい。

 頼りの国軍すら暴動鎮圧で忙しいとなれば、戦闘技能を持っているわけでもない只の農民には村へ向かう手段がない。この家族が近くの村まで魔物に襲われずに逃げてこられたのだって、幸運が味方してくれたからだ。

 ただ、村のあった場所はかなり正確に教えてくれた。これでキララの村へは確認に行ける。ゴブリンから保護した女性をミニョーラまで送ったら早速出発だ……ったんだけど。


「何も無いみゃ」

「予想はしてたけど、当たって欲しくなかったな」

「キララ、気を落とさないでくださいまし」


 そこには廃墟しか存在していなかった。襲われたときに焼かれたのだろう、元は家だったと思われる、黒く炭化した柱が何本も立ち並んでいるだけだ。

 村を囲む魔物除けの柵が、何かの冗談みたいにほぼ損傷なく残っている。魔物には効果があっても、盗賊には何の意味もなかったみたいだ。

 廃墟の一角。そこも他と変わらず、黒い柱が数本並んだだけの、殺風景な場所だった。数本生えた雑草が寂寥感を増している気がする。ここがキララの家だった場所らしい。


「いえ、大丈夫ですよ。こんなこともあるだろうと、予想してました……ですから……ぅうっ……」


 最初は気丈に笑顔を見せていたキララだけど、次第に声は小さくなって顔は伏せられ、やがて下を向いた顔からは小さな嗚咽と涙の雫が零れだしていた。その小さな震える肩を、クリステラが優しく抱く。


 きつい。今まで散々残酷な場面に出くわしたけど、子供に泣かれるのが一番きつい。何もできない自分の無力さを実感する。

 魔法使いなんて言っても、所詮その程度だ。出来ることなんて高が知れている。


 夏だというのに、やけに冷たい風が廃墟を吹き抜けていく。見れば、西の山の上には大きな入道雲が立ち上がっている。どうやら今日は夕立が降りそうだ。

 この鬱な気持ちも雨が洗い流してくれたらいいのに。

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