第183話

 バンドー地方へ来て五日。

 ゴブリン退治は順調だけど、まだ子供たちの誰も親族とは再会できていない。


 バジルとリリーの住んでいた村も見つかったけど、そこもやはり廃墟になっていた。それどころか、ゴブリンのコロニーになっていた。

 幸いにも(?)囚われてる女性はいなかったけど、そのコロニーのゴブリン共の体毛は長く、それは獣人種の母体から生まれた個体の特徴で……つまりはそういう事なんだろう。

 もちろん殲滅したけど、バジルとリリーから強い気配が漏れていたのは気のせいじゃなかったと思う。


 サラサに至っては、住んでいた村の場所すら判明していない。バンドー地方じゃなかったんだろうか?

 もしかしたら、アーニャの一族が住んでいた集落みたいな隠れ里だったのかもしれない。エンデは長らく小国が乱立する戦国時代だったらしいし、平家の落人の里みたいな、そういう一族があちこちに点在していてもおかしくない。

 地球であれば、言葉や人種の違いで大まかな出身地が絞れるんだけど、この世界では住んでいる地域で言葉が異なるということがほとんどない。俺の父ちゃんや母ちゃん、キッカたち海エルフが使うような方言はあるけど、地域じゃなくて血筋に依るみたいだし。

 サラサは口数は少ないけど、訛りはほとんどない。いや、口数が少なすぎて訛りがあるのかどうかすらわからない。

 人種はごく普通のヒト種で、特に珍しくはない黒髪黒目の東洋系だ。俺の灰色髪の方が余程珍しい。言葉や人種から探るのは難しそうだ。


「はぁ、上手くいかないもんだなぁ」

「そういう事もありますわよ。いつも上手くいくなんて限りませんもの」

「そりゃそうだけどさ」

「ピーッ? パパははづくろい(羽繕い)じょうずだよ?」


 既に太陽は西の山の上だ。今日は近くの村の一角を借りてキャンプすることにした。村の入り口に近い、サッカーコート一面分くらいの広場だ。行商が来た時もここに泊まるらしい。

 マードック爺ちゃんだけは村の長老の家に泊めてもらっている。お爺ちゃんに野営は辛いだろうからな。

 火魔法を駆使したルカお手製の夕食と、キッカの水魔法によるぬるま湯シャワーも済ませ、もうあとは寝るだけの状態だ。

 馬車の中と、そこから張り出したターフの下には簡易な寝台が人数分しつらえてある。今夜は晴れて雨も降らなさそうだから、テントを張るまでもない。

 山の中でも夏は暑い。虫よけの香草を入れた焚火さえ切らさなければ、風のある外の方が快適に眠れるだろう。俺もウーちゃんと一緒に外で寝るつもりだ。

 その簡易寝台に座り、シャワーを終えたピーちゃんを膝に乗せて髪を梳かしていたら、ぽろっと愚痴が出てしまった。ウーちゃんは既に梳き終わって、俺の足元に広げた毛皮の上で丸くなっている。


 クリステラの言う通り、神ならぬ人の身では出来ることに限界がある。それは魔法使いであっても同じだ。なまじ、俺は万能な平面魔法が使えてしまったために、今まで順調に物事が進み過ぎた。だから、ほんの少し躓いただけで上手く行かないと思ってしまうのだ。

 それは分かってる。でも、これはそんな理屈の話じゃない、感情の話だ。単に、俺の周りに不幸な人がいる事を許せないだけだ。皆で幸せになろうよ。


「旦那様」

「バジル」

「僕たちの、ために、ありがとう、ございます。そのお気持ち、だけで、十分です」

「そうですよ。辛い目にも遭いましたですけど、今は美味しいごはんが食べられて安全に寝られるです。私たちは旦那様に出会えて幸せですよ」

「キララ」

「仲間。家族」

「(コクコク)」

「サラサ、リリー」


 いい子たちだ。保護したときは心身ともにひどい状態だったけど、大きな後遺症もなく元気に回復してくれた。俺が思ってるより、この世界の人たちは強いのかもしれない。身体的にも精神的にも。

 この子たちは、見るに堪えないほどの悲惨な目に遭った末に俺の元へやってきている。それでも、今はこうやって他人を気遣えるくらいの余裕を持てている。心に余裕があるということは、生活にゆとりがあるということだ。そう考えると、俺の行動が間違いじゃなかったと肯定されているみたいで、幾分気分が和らいだ。


 でも勘違いしちゃいけない。自分が善行を施してると思ってはいけない。俺は善人じゃない。自分と周囲の人が幸せなら、それ以外の人の不幸は知ったことじゃない。俺はそういう狭量な小悪人だ。

 それを忘れると、人は際限なく自分の信じる善行 ・・・・・・・・を積み重ねてしまう。他者の気持ちなんて考えもせず、自身の正義だけを振りかざして。

 人はそれを傲慢と呼ぶ。俺は謙虚な小市民がいい。


「せやな。みんなビートはんには感謝しとるし、全然問題ないわ」

「そうだぜ。アタイら全員、坊ちゃんに救われてるんだからな」

「アタシは家族も救ってもらったみゃ。この恩は一生かけて返すみゃ」

「皆……」

「ピーッ、ピーちゃんもずっとパパといっしょ!」


 いつの間にか皆が集まってた。あー、そんなに落ち込んでるように見えたのかな? ちょっと愚痴っただけだったんだけど。心配させて申し訳ない。

 でも、心配してくれる人がいるというのはいいことだ。ひとりで抱え込んでしまうと、持ちきれなくて潰れてしまうこともあるからな。


「皆、ありがとう。気が楽になったよ。ところで……なんで皆、ブラシを手に行列を作ってるのかな?」

「あらあら、うふふ」

「……若にしてもらいたい」

「おほほほ! お休み前のビート様のブラッシングは格別なのですわ!」


 群れの長によるグルーミングってこと? 日が暮れるまでに終わるかなぁ?



 大事なことを忘れてた!


「ギャバン殿、バンドー地方に飛竜ワイバーンの被害があるという話を聞いたのですが、どの辺りに出没するのですか?」


 そうだよ、美味しい飛竜肉を確保するためにエンデまで来たのに、すっかり忘れてた。

 確か、事前情報ではキララの村の近くに出現してたはず。ということは、このバンドー地方北西部に出るということだ。まぁ、空飛ぶ魔物だから数十キロくらいの距離は無いも同然としても、そこまで遠いということもないだろう。


「飛竜ですか……であれば、おそらくは『ラプター島』から来た個体でしょうな」

「ほう、島ということは湖ですか」


 山の方かと思ったら、湖の方だったか。確かに、湖畔に崖があったりすると飛びやすいし、周囲から襲われることのない島なら繁殖もしやすい。飛竜も鳥も空を飛ぶ生き物だし、海鳥のように島で営巣していてもおかしな話ではない。

 ラプターは、猛禽類とか略奪者という意味だったはず。恐竜にもラプトルっていうヤツが居たから、空の爬虫類系略奪者である飛竜が住む島の名前としては間違っちゃいないか。


「いえ、そうでは……いや、フェイス殿であれば、あるいは……」

「?」


 マードック爺ちゃんが何やら考え込んでいる。バンドー地方は湖のある盆地を中心に発展してきた地方だから、きっとそこに飛竜が……いや、それだと町が作れないか。

 普通の弓では飛竜の硬い鱗を貫けないし、バリスタみたいな大弩では取り回しが遅くて飛竜のスピードを捉えられない。もちろん、剣や槍では空を飛ぶ飛竜をどうこうできない。普通の兵装では飛竜に対抗できないから、必然的に飛竜のいるところには町は作れないはずだ。

 ということは、この近くに山上湖でもあるのか? そこに島があるとか。


「飛竜は確かにります。が、それはバンドーの盆地ではなく、ノランとの国境『ドラの衝立』の上に居るのです」

「ほう、ドラの衝立の……上?」

「はい。ラプター島はドラの衝立の終わり、その上空に浮かんでいる島なのです」


 なんと、空に浮かぶ島とな!? 次は空島編突入ですか!?

 いや、竜の巣ならぬ飛竜の巣……実はラプター島じゃなくてラピュ〇島ってこと!?

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