第245話

 領主就任披露パーティといっても、当日まで俺がすることはほとんどない。

 開催日が約一カ月後の六月十日に決まり、ドルトン内外の貴族や有力者に案内状を書いたら、それで俺のやる事はほぼ終わり。あとは仲間の皆が全て差配してくれる。


「当主はどっしりと構えていることが重要なのですわ。些事はわたくしたちにお任せくださいまし」


 だそうだ。


 パーティではダンスを踊る必要があるそうだけど、それはもうマスターしている。

 まずクリステラにお手本を踊ってもらって、そのモーションをキャプチャーしたデータを自分の身体に付けたマーカーに適用するだけ。これで完璧なダンスが踊れるようになる。あとは繰り返し反復するだけで、身体が勝手にダンスを覚える。

 父ちゃんと母ちゃんのくれたスペックの高い身体と平面魔法を組み合わせれば、ダンスを踊る位はお茶の子さいさいだ。

 一方、俺のダンスパートナーであるジャスミン姉ちゃんは、ダンスがあまり得意ではない。余興云々と言っていたけど、そんな余裕はないだろう。披露パーティ当日までクリステラの猛特訓が行われるはずだ。


 というわけで、今の俺はとても手持無沙汰だ。

 なので、ウーちゃんと一緒に大森林へお散歩に来ている。何故かアリサさんも一緒だけど。


「あっ、ほらウーちゃん、大きな黒ニャンコだよ! かわいいねぇ」

「違うの助……あれは黒豹の魔物アサシンパンサーの助……ニャンコなんて可愛いものじゃないの助」

「あっちには大爪熊が居るみたいだね。ちょっと見にいってみようか? うーん、やっぱりこの辺の奴は、開拓村の近くに居る奴よりひと回り小さいな。種類が違うのかな?」

「違うの助……十分大きいの助……基準がおかしいの助」


 いちいちアリサさんがうるさい。こういうキャラだったっけ?

 豹は、惜しいけどスルーした。もう拾ってきちゃダメって言われてるからなぁ。あの艶々の毛並みをモフモフしたかった。

 大爪熊は美味しくないから、殺気を当てて逃げてもらった。森の奥で静かに暮らしなさい。


 でも、さすがは中級冒険者、体力はそこそこあるっぽい。息も絶え絶えって感じだけど、なんとか俺たちの散歩について来ている。

 俺やウーちゃんは身体強化が使えるから、普通のヒトより遥かに速く長時間走ることができる。今も流す感じで走ってるけど、多分オリンピックのマラソン世界記録よりも速い。

 もっと早く走れるけど、足元が不安定な森の中だから、安全係数をとってこの速さに抑えているだけだ。

 その俺たちについて来れるんだから大したものだ。まぁ、時々立ち止まって待ってるんだけど。散歩だからな、急ぐ必要はない。迷子になられても困るし。


「あっ、猪人オークの気配がある! やったね、今夜はトンテキだ!」

「ま、待って……の助……ぜぇ、ぜぇ」


 アリサさんの苦し気な声が聞こえたけど、今回は無視した。早く行かないと逃げられてしまう。

 普通、魔物や魔族は、ヒトを見かけると問答無用で襲い掛かってくる。ほとんど例外はない。スライムや小動物系の魔物くらいだ。

 猪人も襲ってくるはずなんだけど、この辺りの奴等は俺やウーちゃんを見ると悲鳴を上げて逃げてしまう。なんて失礼な奴等だ。

 多分、俺やウーちゃんがあまりにも頻繁に狩りに来るから学習したんだろう。俺たちは捕食者プレデターと認識されてしまったらしい。半端に知恵がまわるから魔族は面倒臭い。


 気配を極力殺しながら、出来る限り全力で走る。

 風向きは気にしない。風よりも早く走れば、臭いで気付かれることは無いからな。

 耳周りで風が巻いて、音がゴウゴウと聞こえる。人間は耳を大きく動かせないから、速く走るとどうしてもこういう音が聞こえてしまう。ウーちゃんみたいに耳を伏せられたらいいのに。……後でモフモフさせてもらおう。


 見えた。

 距離は二百メートル程、数は二。

 サイズは二匹とも二メートル強、両方ともオス。猪人は若いメスが美味しいんだけどな。成獣のオスは肉が硬い。まぁ、贅沢は言うまい。

 まだこちらには気づいていない。二匹とも背中を向けている。

 下や左右を見ているから、エサを探しているんだろう。悪食の猪人だけど、余程飢えてなければ食べ物を選ぶ。木の皮や雑草を食べるのは相当飢えているときだけだ。

 無言のコンタクト、阿吽の呼吸で俺が右側、ウーちゃんが左側に狙いをつける。何度も狩ってるから、この辺は慣れたものだ。

 残り五十メートルほどで、猪人の一匹に気付かれた。左側だ。こちらを見て警戒の声を上げる。もう一匹も気が付いてこっちを見るけど、直ぐにびっくりした顔をして逃げ出した。いや、猪人の表情に詳しいわけじゃないけど、あれは驚いた顔だった。目がまんまるになってた。

 先に気が付いた一匹も、慌ててその後を追う。でももう遅い。

 追い付いたウーちゃんが飛び掛かり、猪人の延髄に噛みつく。後ろから押し倒された猪人はバランスを崩し、もんどりうって地に転がる。ウーちゃんは喰い付いたままだ。

 先に逃げ出した方の猪人が一瞬それに気を取られた。貰った!

 瞬間的に加速し、右腰から抜いた鉈をその勢いのまま叩き込む!

 平面魔法でコーティングされた刃は、大きな抵抗もなく猪人の延髄を通り抜けた。その場に止まり、付いてないけど血振りをしてからコーティングを解除し、鉈を腰に戻す。

 猪人は三歩走ってから横転した。その首だけが走っていたときの勢いのまま転がっていく。身体の方は横転したまま、まだ走っているように脚を動かしている。その動きも、首から流れ出た血と反比例するように緩慢になり、やがて動かなくなった。

 ゴリッという音に目を向けると、ウーちゃんが猪人の首を咥えたまま、その身体を振り回していた。猪人の身体が痙攣している。さっきの音は、猪人の延髄が噛み砕かれた音だったようだ。


「ウーちゃん、ステイ!」


 興奮してまだ猪人を振り回していたウーちゃんが、俺の声で我に返る。猪人をその場に降ろし、小走りで俺の前まで走って来ると、チョコンとお座りをして俺の顔を見つめてくる。ひと仕事終えて誇らしげだ。可愛い。


「よーしよーし、偉いねぇ、ちゃんと仕留めたねぇ」


 ウーちゃんの頭と耳、頬あたりを、褒めながらナデナデモフモフする。上手に出来たらちゃんと褒める。ヒトも犬もそれは同じだ。これをしないと信頼関係は築けない。

 褒められて撫でられているウーちゃんはご機嫌だ。尻尾がものすごい勢いで振られている。そしてゴロンと仰向けになり、お腹を撫でることを要求してくる。いいだろう、望むところだ! マジで望むところだ! むしろ俺がお願いしたい!


 たっぷり五分ほどナデナデモフモフしてたら、息を切らせたアリサさんがようやく追いついてきた。まだモフり足りないけど仕方がない。今はこれで勘弁しておいてやろう。


「ぜぇ、ぜぇ……っ、あれだけ走って猪人と戦って、息も乱していないなんて、全く信じられないの助。ぜぇ、ぜぇ」

「まぁ、いつものことだしね。それじゃ、帰りは魔法でささっと帰ろうか。狩った獲物の内臓も処理しないといけないしね」


 早く帰って処理しないと、肉はともかく、内臓が食べられなくなってしまう。獲れたて新鮮な生レバーなんて、現代ではもう食べられない幻の味だ。それを無駄にするなんてとんでもない!

 あ、そうだ! コイツらの腸を使ってソーセージを作ってみよう。披露パーティの料理の一品にいいかも。

 確か、豚の腸を使ったソーセージはフランクフルトって言うんだっけ? 羊だとウィンナーだったはず。猪人だと何になるんだろう?


 猪人二匹を平面の板に載せ、自分たちもその板に乗って宙に浮かぶ。来るときは一時間くらい走ってきたけど、帰りは空路で数分だ。

 今日も大森林の木々は青々と生い茂っている。快晴の陽に照らされる新緑が目に眩しい。


「優れた身体能力、磨かれた技術、約束された地位、魔法、将来性……いや、しかし、若すぎるの助……」


 なんかアリサさんがブツブツ言ってる。ちょっと雲行きが怪しいか? いや、天気は快晴だけれども。

 そういえば、アリサさんは武者修行と婿探しの旅の途中だったっけ。まさか……ねぇ?


「ビート殿!」

「は、はい?」

「折り入ってお願いがございますの助!」

「うん、何かな?」


 これはもしかして、もしかする?

 いや、モテるのは嬉しいけど、それに応えるのは難しい。皆からのアタックもなんとか躱している状況だからな。これ以上はキツイ。


それがしを家臣にしてくださいの助!」


 ……うん?

 ……はい?

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