第246話

 アリサさんが言うには、領地持ちの貴族ともなれば自前の騎士団を持っているのは当然とのことだった。自分をその騎士団に入れてもらえないかという話だった。

 確かに、立ち上がったばかりの子爵そんちょうのところにも、騎士団というレベルじゃないけど、従士による警備隊がある。うちの父ちゃんがそのトップだ。

 そう考えると、フェイス子爵領にも騎士団なり警備隊が必要という話は分かる。

 とりあえず、狩った獲物と一緒に問題も持ち帰って検討することにした。


「確かに、領主ともなれば自前の騎士団が必要というのは分かりますわ」

「けど、ドルトンは伝統的に騎士団やのうて、冒険者を雇って自警団にしとったんやろ? 今もそうやん? 今更騎士団を作る必要あるん?」

「そうですわねぇ。大森林の村はアーニャさんのお父様方が警備をしてらっしゃいますし、必要か不要かで言えば、不要ということになりますわね」


 仲間だけで食後のリビングに集まって検討している。

 そう、ここは冒険者の街ドルトンだ。キッカの言う通り、冒険者が自警団として騎士団の役目も担ってきた街だ。

 今更その仕組みを変えるというのは、その冒険者の自負を蔑ろにすることになるかもしれない。『冒険者など信用ならない』と言っているようなものだからな。


「けどよ、冒険者はいつも街にいるわけじゃねぇじゃん? 依頼で辺境や他の街に行くこともあるんだしよ。いざって時に街を守れないんじゃ、住んでる人は不安じゃね?」

「あらあら、そうねぇ。それに、外からくる人が増えて治安が悪化してるっていうのも聞いたわ。騎士団とは言わないまでも、警備隊はあった方がいいかもしれないわね」


 海賊に家を焼かれたルカとサマンサの意見には重みがある。

 確かに、領主としては冒険者のプライドより街の安定を優先すべきかもしれない。実際、初めてこの街にきたときには、ゴブリンの群れに囲まれて危ないところだった。

 けど、その街の経済の中心は冒険者なんだよなぁ。冒険者にそっぽを向かれたら、この街が立ち行かなくなるかもしれない。それでは本末転倒だ。

 むう、これは思ったより難しい問題かもしれない。


「うーん……」

「何悩んでるのよ? 必要なんだったら、騎士団を作ればいいじゃない!」

「いや、そうすると冒険者がさ」


 ジャスミン姉ちゃんはいつもシンプルだ。思いついたら即行動。ほとんど直感だけで動いてるんだけど、不思議とそれが正解であることも多い。ケント君と同じように、運命の女神に愛されているのかもしれない。


「冒険者から団員を募集すればいいのよ! それなら今までとそんなに違わないわ!」

「なるほど!」


 冒険者の中には、安定した生活を望む者も少なくないはずだ。そういった人たちの受け皿としての騎士団というのはアリかもしれない。

 募集条件として星五つ以上、つまり中級以上という制限を付ければ、人物的にもそれなりに信用を置けるはず。

 問題は宿舎や訓練場をどうするかだけど、訓練場は冒険者ギルドと共用でいいだろう。いざって時は冒険者との連携も必要だろうし、日ごろから関係を持っておくのはプラスになるはずだ。

 宿舎は、この旧領主館の庭に建てるか。それまではどこかの宿を借り上げよう。

 うん、いけそうだ。


「……案ずるより産むが易し」


 そうだね!



「ということで、冒険者から騎士団員を募集することにしたよ。入団したかったら、冒険者ギルドで申し込みしてね」


 翌日の朝食時、当然のような顔をして一緒に食べていたアリサさんに、騎士団設立と団員募集について告げた。

 うちは日本食っぽい料理が多いから、日本人の転生者の子孫であるアリサさんの口にも合うらしい。もう街の食堂では満足できないそうだ。まぁ、身内の姉だし、いいんだけどさ。

 ちなみに、今日は焼き魚に森芋と豆の煮物、根菜の味噌汁、ナスっぽい野菜の漬物だ。めっちゃ和食。

 言葉にするとシンプルな和食だけど、メインの焼き魚が二メートル近いアジっぽい魚のギンアジ丸ごと一匹な点は異世界だなぁと思う。テーブルの中央にデンっと座っておられる。なかなかの迫力だ。

 それを最初に取り分けるのは主人の仕事ということで、俺が皆にサーバー用のナイフとフォークで取り分けた。ここだけ洋風だ。後は好きに取って食べていいことになっている。多分、アーニャとピーちゃんで食べ切っちゃうだろう。


「なるほど、分かりましたの助。身内の縁故で入団したと思われては、団の中での立場が弱くなりますの助。正々堂々と正面から入団させていただきますの助」


 綺麗な箸使いで豆を口に運びながら、アリサさんが了承する。

 確かに、コネで入団したら内部で浮くかもしれない。周りは実力主義の元冒険者ばかりなんだし。表面上は平静でも裏ではバカにしてるとか、どこの集団でもありそうだもんな。


「まぁ、アリサさんの実力なら問題ないと思うけどね。素性も性格も分かってるから、簡単な実技と筆記の試験を突破出来たら採用するよ」

「うっ、筆記ですか……の助」


 アリサさんの箸が動きを止め、その先に摘ままれていた豆が小鉢の中に落ちて戻る。


「あれ、筆記は苦手?」

「読み書きはそこそこ……算術が少々……の助」


 あー、ありがちだなぁ。

 この世界の人は文盲も多いけど、計算の出来ない人は更に多い。二桁の足し算引き算が出来ればいい方だ。普段の生活なら、それで事足りるからな。


「二桁の掛け算割り算までは必須だよ?」

「うう~っ」

「……冒険者学校の算術講座で教えてくれるから、枠を取っておくよ」

「うちが講師や! しっかり鍛えたるわ!」

「……かたじけないの助」


 作って良かったな、冒険者学校。


 あと、やっぱり焼き魚には醤油が欲しい。



 後日、騎士団設立と団員募集の告知をしたところ、冒険者学校の算術講座への申し込みが三倍以上に増えたとか。

 いずこも事情は同じだったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る