第247話
さてと。
騎士団を作るのはいいとして、その関連施設も作らないとな。
宿舎に演習場、厩舎も必要だろう。馬のない騎士団なんて恰好付かないからな。
そうすると馬も調達しないとだし、その世話をする人も雇わないといけない。
なんだか、やることが雪だるま式に増えてる気がする。自業自得かもだけど、必要なものだから仕方がない。やるっきゃない。
とりあえずの問題は敷地か。
いくら旧領主館の庭が広いと言っても、厩舎や演習場を作れるほどじゃない。厩舎だけならなんとかなるかもしれないけど、そうすると臭いがなぁ。街の真ん中に異臭のする施設を持ってくるのは、住環境的によろしくないよな。
とは言え、このドルトンの街の中に新たな演習場や厩舎を作る余地はない。塀に囲まれた城塞都市だからなぁ。最近人が増えてるって話もあるし、土地が余ってるとは思えない。
となれば、街の外に作るしかない。
ただ、街のすぐ外には農作物を育てる畑が広がっているし、更にその向こうには大森林と暗闇の森という魔境が広がっている。魔物の溢れる人外の楽園だ。こちらにも施設を作る余地はない。
無ければ作るしかないよな。鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス。鳴く鳴かない以前に、この世界にホトトギスって居るのか? テッペンカケタカ?
候補は大森林だな。こちらを開拓して街の領域を広げよう。近くを街道が通るから、開拓すれば魔物を遠ざけることも出来る。一石二鳥だ。二鳥のうち、一羽はきっとホトトギス。
とか考えて冒険者ギルドの幹部会に提案したら、是非暗闇の森方面も開拓して欲しいと言われた。
「ドルトンの人口は増加の一途です。既に北門の外側には流民街が出来つつあり、治安や衛生面が悪化しつつあります。彼らが住める場所を早急に確保しなければなりません」
「食料供給にも影響が出つつあります。既に食料価格が徐々に上がってきています。今は備蓄を放出して押さえていますが、いつまでも持ちません。今後を考えて、早急に農地を拡張しませんと」
実は結構深刻な問題が起きてたっぽい。小太りスキンヘッドのオジサンと痩せぎす口髭オジサンが報告してくれた。
そんな重大な案件、俺聞いてないよ? 領主なのに。
「閣下は長らく街を空けておられましたので……」
はい、ごめんなさい。そうでした。
俺が居ない間に、イメルダさんが副支配人権限で対策してくれてたそうだ。そういえば、つい最近そういう書類に事後承諾のサインをしたような気がする。
これは主に人口増加が原因か。いや、街のキャパ不足だな。
元々ドルトンの食料自給率はそれほど高くない。周囲が魔境で農地が広げられないから、足りない分は他の領地からの輸入で賄っていた。それが人口増加で間に合わなくなってるのか。
港を拡張して輸入量は増えてるはずだけど、それでも賄いきれないくらいの人口増加か。これは深刻だ。
「けど、この人口増加が一時的ってことはないかな? 臨時に輸入を増やして凌げない? 農地を増やしても、耕す人が居なくなったら意味がないしさ」
「確かに、海路の利便性が上がって人の動きは流動的になっていますが、それだけに好景気な街へ人が流れるようになっています。辺境から余剰人員がここに流れて来ているんです」
「あー、そういうことか。なら、増えることはあっても減ることはあんまり無さそうだね」
辺境、つまり小さな村から出てくるのは、家業を継げない次男以下の男子や、貧困からの口減らしで売られそうになっている女子だ。もう帰るところがない連中だな。
そういう連中が、大都市でなら生きていけるかもしれないという希望を抱いて、王都やボーダーセッツなんかの大都市へ出てくる。
けど、そういった都市にも受け入れられる限界がある。手に職が無ければ、辺境以下の底辺な暮らしに落ちるしかない。
仕事が無くて希望を失いかけてる人たちが最後に向かうのが、辺境だけど好景気に沸くここ、ドルトンというわけだ。もう後が無いから、骨を埋める覚悟で。
そりゃあ、人口が減ることはないよな。
これは、街の大拡張計画が必要だな。
アリサさんを雇うだけの話だったのに、なんでこんな
「自分で蒔いた種です、諦めてください」
うぬぅ。
◇
というわけで、一晩明けて朝。俺の目の前には暗闇の森が広がっている。森の南西端だ。初夏の早朝の森は、濃い緑の匂いがして心地いい。
今日のお供はウーちゃんとタロジロ。他の皆は披露パーティの準備に大忙しで、こっちに付き合う余裕もないらしい。すまないねぇ。
キッカからはくれぐれも『何かを拾ってこないように』と念押しされた。俺ひとりで行動させると、高確率で魔物を拾ってきてしまうからだそうだ。俺って信用無いな。
まぁ、ウーちゃんにジョン、ピーちゃんと、いくつも前科があるから仕方ない。タロジロは最初から飼う目的で連れてきたからノーカウント。
まぁ、暗闇の森へは、いつも散歩で出入りしてる。今更何かを拾うなんてことは無いはずだ。多分。
まずは魔物や鳥なんかを追い払わないとな。狩ってもいいんだけど、そうすると他の冒険者の仕事が減ってしまう。無益な殺生はしないに限る。
暗闇の森は琵琶湖四つ分くらいの面積があるけど、今回の開拓では約二百平方キロメートルを開拓する予定だ。大体、大阪市丸々ひとつくらい?
大破壊だな。ごめんよ、暗闇の森の生き物たち。でも、俺たちも生きて行かなきゃならないんだよ。
というわけで、まずは一回目。範囲広め、効果弱めの、旧式魔力フラッシュバンだ。これで魔物を追い払う。
殺気を魔力と混ぜて……放出!
ギャーギャーとけたたましい鳴き声を上げて、一斉に鳥が飛び立っていく。森の中でも獣の鳴き声が上がる。森がざわつくっていう感じか。ざわざわ。
気配察知で確認すると、蜘蛛の子を散らすように魔物や鳥が遠ざかっていくのが分かる。よしよし。
魔物が居なくなったら、平面製の刃で木を伐り倒していく。伐った木は、乾燥させて建築用の材木にする予定だ。
けど、手入れのされていない森だから、材木に出来る木ばかりじゃないんだよなぁ。めっちゃ短い灌木とか、太いけどグネグネ曲がってる藤みたいな木とかもある。
まぁ、乾燥させれば
伐った木に平面を貼りつけて浮かせ、枝打ちしてから一か所に積み上げていく。切り落とした枝は別にまとめておく。この枝も薪か炭だな。
誰も居ないのに、勝手に材木と枝が積み上がっていく。不思議な光景だ。魔法っていうより、おとぎ話かSFっぽい。
木を伐っても、下生えや切り株はまだ残っている。大きな石や岩も残っているから、このままでは農地にも住宅地にもできない。次はこの残留物の処理をしなければ。
鋭い平面製の刃をいくつも用意し、地面を斬り付けて耕していく。切り株も草も岩も、全てが細切れになって土に混ぜ込まれていく。開拓村や街道整備でも経験している慣れた作業だ。
後に残るのは、深さ約五メートルにまで耕されたフカフカの土のみ。水を撒けば、直ぐにでも畑にできそうだ。
でも、この辺りは宅地の予定なんだよなぁ。後で突き固めておかないと。
サッカー場二面分くらいの開拓が、僅か一時間ほどで終わった。俺、どんどん土木工事が得意になってる気がする。将来はゼネコンでも立ち上げようかな?
まぁ、今は将来よりもっと近い未来の話だ。この調子でどんどん開拓していこう。
あ、朝ご飯食べに戻らないと。続きはその後だな。
◇
さて、そろそろ陽も傾いてきたし、今日はあと一回で終わりにするか。
結構なエリアが開拓できた。牧場がふたつくらい作れそうだ。いくつか泉も湧いてたし、ちゃんと整備すれば大牧場が作れるだろう。いや、作るのは街だったな。
街から森までがちょっと遠くなっちゃったから、冒険者は大変かもしれない。宿と冒険者ギルドの出張所を作った方がいいかもな。
それでは、本日最後の魔力フラッシュバンを使いますか。そうだ、今回は魔力に『逃げろ』っていう情報を乗せてみるか。その方が効率的に魔物を追い払えそうだよな。
現状に甘んじることなく、常に改善策を模索する。俺ってつくづく日本人だよなぁ。
というわけで、魔力を練り上げて……逃げろという情報を混ぜ込んで……放出!
んー、効果はあまり大差無いか? いや、良くないな。こっちへ向かってきている魔物がいる。どこに逃げたらいいのか分からなかったのかもしれない。これは盲点だった。殺気を混ぜる方が野生動物には効果的かも。
「ウーちゃん、タロ、ジロ、魔物が来るよ。気を付けて」
俺が右手に鉈を抜いて身構えると、穴を掘って遊んでいたウーちゃんとタロジロも身を低くして警戒姿勢を取る。賢いなぁ。
少し待っていると、灌木を吹き飛ばしながらイノシシの魔物が森から飛び出してきた。
デカい! 今まで見た中で一番デカいイノシシの魔物かも! 体長は三メートル超、もの〇け姫に出てきそうなサイズだ。
イノシシの魔物は、真っ直ぐ俺に向かってくる。すごい迫力だ。
推定重量は二トン弱、速度は六十キロってところか。普通トラックが向かってくるようなものだ。撥ねられたら異世界に転生できるかも? 異世界から異世界への転生か、ちょっとクドいな。
でも残念ながら、そんな簡単に撥ねられる俺じゃない。痛いのは嫌だから。
走って来るイノシシの魔物を、平面で正面から受け止める!
ドガンッ!
大きな衝突音がして、イノシシの魔物がはじき返される。自動車が何かにぶつかると『ガチャン』って感じの音がするんだけど、それよりも重くて湿った感じの硬い音だ。生き物だからかな?
跳ね返されたイノシシの魔物が横転する。何が起きたのか理解できなかったのか、仰向けのまま一瞬動きが止まる。意識が飛んだのかもしれない。
すぐに足をバタつかせて起き上がるけど、その一瞬が命取りだ。ウーちゃんが首に、タロジロがそれぞれ左右の後ろ脚に噛みつく。
悲鳴を上げてイノシシの魔物が暴れるけど、鍛えられたうちの子たちは動じない。喰い付いたまま、それぞれが激しく首を振る。バキバキ、ゴキリ、という骨の砕ける音が聞こえると、程なくしてイノシシの魔物は動きを止めた。
「ウーちゃん、タロ、ジロ、バック!」
三匹がイノシシの魔物から離れ、俺の前に並んで座る。
俺を見つめる顔が自信と喜びに溢れている。尻尾もブンブン振られている。『獲物を仕留めたよ、褒めて褒めて』という心の声が聞こえてくるようだ。ええ、もちろん褒めますとも!
「よーしよーし! 皆よくやったねー、偉いぞー!」
ウーちゃん、タロジロの順にモフモフなでなでしていく。三匹とも、竜巻が起きそうなくらい尻尾を振っている。そうかそうか、嬉しいか。褒めて伸ばすのが我が家の方針です。
実際、見事な連携だった。二匹が機動力を封じ、ウーちゃんが急所を攻める。あれでは四メートル級のジャイアントホーンでも逃げられまい。
何も教えてないのに、いつの間にか役割分担がしっかり出来ている。素晴らしい成長だ。うちの子たちは天才だな!
ひとしきり三匹をモフり倒したあと、木々の伐採に取り掛かる……つもりだったんだけど、あれ? もう一匹魔物が居るな。しかも、ゆっくりこちらへ近付いてくる。
それに気づいたウーちゃん、タロジロが身を伏せて警戒姿勢を取り、威嚇の唸り声を上げる。
「お待ちくだされ、ワシはアナタ様と敵対するつもりはありませんですじゃ」
そう言って音もなく森の中から歩み出てきたのは、ひとりの老爺だった。
……徘徊?
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