第022話

 旅程もはや三日目。

 ここまでの道中は概ね何事もなく進んでこれた。

 村からほぼ真っ直ぐ北上してきたんだけど、一面の荒れ地が続くばかりだった。どうやらイナゴの被害はかなりの広範囲に亘っていたようだ。見込みが甘かったか。

 せめて見える範囲だけでもと思い、例の平面ブルドーザーで土を集めては固めを繰り返してみたんだけど、加熱駆除が出来ないから、深い穴を掘って埋めるくらいしかできなかった。来年また蝗害にならなければいいのだけれど。

 俺がそんな道草(?)をしている間も、馬車には予定通りに進んでもらった。俺は身体強化ですぐ追い付く事が出来るし、気配察知で位置も分かる。無駄に旅程を遅らせる必要はない。

 そして、今日も午前中は土を集めて埋めてを繰り返し、昼頃に休憩中だった馬車に追いついた。


「お、戻ったか。ご苦労だったな。見ろ、この辺はイナゴの被害に遭っていないようだぞ」


 戻った俺を出迎えてくれた村長が、視線を足元に落として言った。見ると、荒れ地に変わりはないけれど、所々に笹穂状の葉を束ねた形の雑草が生えている。

 それなりの大きさなので、イナゴに喰われた跡から生えてきたという訳ではなさそうだ。ということは……


「良かったぁー。もう穴掘りしなくていいんだね!」

「ああ、よく頑張ったな」


 村長にガシガシと頭を撫でられる。力が強いので、捏ねられるという方が近いかもしれない。


「丁度良かったですね。これからはちょっと森の方へ向かいますから、ひとりで行動するのは少々危険ですし」


 ビンセントさんが寄ってきて会話に混ざる。


「森に? 危ないのにどうして?」

「ここから一日ほど北に行くと少々大き目の河が流れているんですが、まっすぐ行くと川幅も深さもそれなりにあるので渡れないんですよ。流れはそれほど速くないんですけどね。森の方は上流になるので、馬車でも渡れる浅瀬があるんです」


 この森は俺たちの東側を南北に走る『黒山脈くろさんみゃく』の麓に広がる森で、南は大森林と繋がっており、そのため『北大森林』と呼ばれている。

 しかし、どういう訳か魔物の強さは大森林程ではなく、国内の他の魔境より少し強い程度らしい。大森林の魔物が北大森林に移動することは、ほとんどないそうだ。何かあるのかね?


「そっか。でも河があるなら体を洗えるね」

「そうだな。飲み水も補給しなきゃならんしな」


 飲み水は樽にたっぷり入れて持ってたけど、どこかで補充しないと不安な量だ。既に四割程消費しているし。

 気温は低くなっては来ているけど、それでも昼間はまだ暑い。水が腐ることも考えられるから、補充と入れ替えは必須だろう。



 森に近づくにつれ、気配察知にいろいろと引っかかるようになった。なかなかの数の魔物が居るようだ。

 もっとも、事前情報通り、強い気配の魔物はほとんど居ない。せいぜい大森林のオーク程度だ。

 それも片手で数えるくらいで、ほとんどが以前見つけた偽岩亀くらいの強さしかない。俺にとっては脅威の範疇に入らないレベルだ。


 森に入ってからは、木々の隙間を縫う獣道のように狭い道を移動して行く。あちこち木の根が張り出していて、それに乗り上げた馬車がロデオのように跳ねる。あまりの尻の痛さに、乗っているより外のほうがマシと思って、護衛を兼ねて並走することにした。


 よくよく考えたら、平面で馬車を持ち上げれば、跳ねるどころか振動もないんじゃないの?


 急に振動が無くなったことにビンセントさんと村長は驚いていたけど、御者席のビンセントさんに向かって俺がサムズアップすると、納得したような顔で苦笑いをしていた。


 馬車と並走しているのは俺だけではない。アンナさんやウルスラさんたち護衛の冒険者も一緒に走っている。

 アンナさんたちのパーティは全部で四人。近接アタッカーのアンナさんと盾戦士のウルスラさん以外も全員女性だ。

 ひとりは斥候職で短剣使いのリサさん。身長百五十センチほどで年齢は二十歳になるかならないかというところ。鎧の類は身に着けておらず、その代わりに丈夫そうな革のベストとパンツを身に着けている。

 もうひとりは弓使いで名前はミサさん。身長は百五十五センチくらいで、年齢はリサさんより少し若いくらい。少々幼さが残っている感じがする。鎧は、弓道で使うような片方だけの胸当てを着けている以外はリサさんとほぼ同じだ。

 このふたりは姉妹だそうだ。リサさんが姉でミサさんが妹。

 そう言われると見た目も似ている気がする。

 ふたりとも髪の色は黒で目は濃い緑。顔つきは細面でそれなりに整っている。やや目が細く糸目っぽいところまで同じだ。身体つきも細身で肉付きは普通。……うん、普通かな。何処がとは言わない。

 性格も似ているようで、ふたりともあまりパーティーメンバー以外と話をしない。ふたりで一緒に居ることが多く、よくボソボソと耳打ちし合っている。ちょっと不気味だ。そんなだから、まだこのふたりとは会話をしたことが無かったりする。

 背の高さと装備以外で見分けるとすると、リサさんの髪はショートでミサさんはロングなところくらいか。髪の長さを揃えられると区別がつかないかもしれない。

 今もふたりで並んで馬車の後方を走っている。決して走りやすい路面ではないはずなのに、疲れた様子もなくついてくる。流石は冒険者だ。俺の知る現代日本の一般女子とは違う。


 森に入ってからほどなくして、魔物の襲撃を受けた。来ることは気配察知でわかっていたから、落ち着いて迎え撃つことができた。

 襲ってきたのはファンタジーの定番、ゴブリンだった。

 人生初ゴブリンに少々興奮したけど、あまりにも醜悪なその外見を目にした途端、冷めた。

 『禿で裸、くすんだ緑の肌をした小さいおっさんが、不相応なサイズの股間の逸物を滾らせ、涎を垂らしながら集団で向かってくる』のを目の当たりにすると、とてもじゃないけど興奮する事ができなかった。これで興奮できたら、そっちのほうが問題だ。


 同じ小さいおっさんでも、せめて○ダカ師匠の顔だったら愛嬌があったのに……いや、だめだな。裸だし。


 全部で八匹居たそれを瞬殺し、一センチもない魔石を取った後は刻んで埋めた。流石にゴブリンの肉を食う気にはなれない。おっさんだもんなぁ。

 遭遇から埋めるまで十分掛かってない。やっぱりゴブリンは雑魚なんだなと思ってたら、護衛の四人が後ろで固まってた。


「どうしたの? ゴブリンなんて雑魚でしょ?」

「いや、確かにゴブリンは魔物の中でも弱い方だけど、それは一匹のときのことだよ。集団なら中級冒険者パーティでも梃子摺る相手なのに……ホント、魔法使いってのは破格だね」


 アンナさんが呆れと畏怖の混じった感想をこぼした。

 あー、またやっちゃったか。どうも世間の常識というやつから乖離しすぎてるようだ。この旅の間に少しでも情報収集しとかないとな。

 なんてことを考えてたら、同じように何事か考えてた村長が話しかけてきた。


「ビート、この周辺にゴブリンの集落があるか分かるか?」


 その言葉にアンナさんたちもハッとなる。

 ゴブリンの集団に襲われたのだから、普通に考えれば近くに集落がある可能性は高い。そして、集落があるということは繁殖している・・・・・・ということだ。


 この世界のゴブリンは、およそ生物学的にありえない生態をしている。オスしかいない種族なのだ。

 単体生殖したり、クマノミのように性転換する訳ではない。繁殖には他の種族のメスを利用する。つまり、襲って攫い、犯し、孕ませるのだ。

 ということは、集落には間違いなく他種族のメスが居るということだ。

 それだけなら大きな問題ではない。オークやリザードマンのメスを攫ってきていることもあるからだ。魔物同士でのことであれば、それは自然の摂理と言える。


 問題なのは、先程のゴブリンたちの『禿げた小さいおっさん』という容貌だ。

 ゴブリンは様々な種族と交配するけれど、生まれてくる個体は僅かながら母体の特徴を受け継ぐのだそうだ。例えば、オークとの間に子を成せば若干豚面になるし、リザードマンとなら少し鱗があるといった具合だ。

 そして、薄い体毛というのはヒト族との交配によって生まれた個体の特徴だというのだ。


 ……って、それやばいじゃん! オネーチャン攫われてるじゃん!?


「うん、やってみる!」


 最大範囲で気配察知を使う。

 ものすごい情報量に眩暈がするけど、ここは我慢だ。攫われた人は、今もこんなのとは比べ物にならない苦痛を味わってるに違いない。早く救出しなければ!


 ……んん?

 三分ほど掛けて周囲の半径四キロ程を探ってみたけど、それらしき気配はない。いくつかの魔物の群れがあるけど、移動速度と気配の感じから見てゴブリンではない。おそらく狼系の魔物だろう。ゴブリンの群れは他には居ないようだ。


「うーん、この近くには、他にゴブリンは居ないみたい」

「……そうか、分かった。ならいいんだ。ご苦労だったな」


 村長は何か気になることがあるみたいだな。ただ、それが何かは分からない、あるいは確信を得られないのだろう。何かモヤモヤしたものを抱えつつも、俺たちは先へ進む事になった。



 河だ。

 日本の河なら、中流から上流辺りといった感じ。

 川幅は二十メートルくらい。ゴロゴロと角張った大きな岩が転がっており、その間を澄んだ水が勢いよく流れている。

 その岩場の一部分だけ、平らな岩が敷き詰められたようになっており、その上を水が若干穏やかに流れている。なるほど、これなら馬車で渡れそうだ。

 馬車を渡すのも俺の平面で浮かせたので、多少の水飛沫がかかる位で済んだ。人間も平面に乗せて運ぼうと提案したけど、皆遠慮してきたので自分だけスカイウォークで渡ってしまった。楽ちんなのになぁ。

 渡った先に少し平坦な砂利の河原があったので、今日はそこでキャンプを張ることになった。


 で、俺はテント張りを終えてから、薪集め兼食料探しに森へ入った。村長も一緒だ。そこで、俺はさっきのゴブリンについて聞いてみた。


「ねえ、さっきのゴブリンだけど、何かおかしいところがあったの?」

「ん? ああ、そうだな……取り越し苦労ならいいんだが」

「どういうこと?」

「最初におかしいと思ったのはイナゴだ」

「イナゴ?」

「ああ、イナゴは北からやって来た。そしてそれを辿っていくと、何の変哲もない荒れ地で唐突に痕跡が消えていた。まずこれがおかしい。イナゴが大量発生するような草原や湿地じゃないんだ。あいつらはなんで大量発生したんだ?」


 むむ、そう言われればそうだな。水場のないところに大量のイナゴが繁殖できる程の草が生えるわけがない。イナゴが大量発生する条件が整っていない。まるでそこに突然現れたかのようだ。


「そしてさっきのゴブリンだ。明らかにヒト族の母体から生まれた群れなのに、集落もなく他の群れも居ない。まるで突然現れたかのようじゃないか?」


 村長も同じように感じていたのか。でも……。


「だとすると、どういうこと?」

「……わからん。いくつか考えられることはあるが、あまり当たって欲しくはない予想ばかりだ。裏付けを得る為にも、今回街に行くことにしたのは正解だったかもしれん」


 まだパズルのピースが足りないってことか。交易都市ってくらいだから、人も物も、そして情報も集まりやすいだろう。


 なるほど。

 ある意味、この旅は必然だったというわけだな。

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