第021話

 さて、旅の準備と言っても、着替えくらいしか持っていくものは無い。そもそも奴隷なので私物などほとんどないのだ。

まとめる荷物が無い事に気付いた俺は、とたんに手持ち無沙汰になってしまった。父ちゃんが話しかけてきたのはそんな時だった。


「ビート、ちっと話があるだ」


 まあ、そりゃそうだろう。十歳にもならない自分の子供が独り立ちしようかと言うんだから、話す事は色々ある。この四日間はその為の時間でもあるのだ。


「うん、何?」

「ビート、その……あれだ……ほら……」


 珍しく父ちゃんが言い澱んでる。流石に言葉が見つからないのだろう。

 ここ数日は驚くことの連続だったろうし(主に俺のせいだけど)、気持ちの整理がつかないのも無理はない。


「父ちゃん……」

「ビート……んだな、はっきり言わねぇとな」


 気持ちの整理が付いた様だ。真っ直ぐ俺を見つめてくる。


「父ちゃん、僕……」

「ビート!」

「父ちゃん!」

「ビート、おらに魔法さ教えて欲しいだ!」


 ……はい?


「いやあ、おめの魔法は凄かったなや。あの空をピョンピョン走る奴とか木をガリガリ切る奴とか。おら、年甲斐もなくワクワクしてまっただよ」


 えーっと?


「だども、息子が魔法使いなら、おらももしかしたらと思ってな? 魔法の使い方さ聞きたかっただよ」


 父ちゃん、あんたって人は……いや、元々こういう人だったか。父ちゃんが暗い顔してるとこなんて見たことないしな。慌ててたり困ってるのはよくあるけど。

 そしてその父ちゃんの後ろから目をキラキラさせて見てる母ちゃん、あんたもか。

 なんかもう、色々と、


「台無しだよ!」

「「?」」


 転生してからこっち、俺はかなりポジティブな性格になったと思ってたけど、それはこのふたりの血だったようだ。



 結局、出発までの四日間で村長以下村人数名に魔法の手ほどきをすることになった。

 とはいえ、俺もしっかりと論理立てて魔法を使ってるわけではない。教えられる事と言えば、丹田辺りの魔法の元(?)を意識させるくらいのものだ。

 その程度のことだったんだけど……。


「おー、こりゃすげぇなや!でっけえ籠も楽々だぁ!」

「漬物石も片手で持てるだよ。こりゃあ便利だ」


 なんと、三日目にして父ちゃんと母ちゃんが身体強化を使える様になってしまった。

 魔法として放出することは出来ないみたいだけど、魔力を感じ操る事は出来るようになったのだ。なってしまったのだ。


 あれぇ? 奴隷は魔法使えないんじゃなかったっけ?


 百歩譲って、父ちゃんはアリとしよう。イケメンで色々デキる男だから、女神の愛され補正(?)か何かで魔法が使えたとしても納得できる。チッ、これだからイケメンは!

 けど、言っちゃあ何だけど、母ちゃんは普通の人だ。愛嬌はあるけど特に美人でもないし、超人的な特技を持っているわけでもない。せいぜい、俺の拙い説明からケチャップやBBQソースを作れるほど料理の腕が立つくらい。その程度は常人の範疇だろう。

 その母ちゃんが魔力を操れるということは(魔法として発現させられるかどうかはともかく)実はこの世界の人は皆魔法使いの素養があるということなのではないだろうか? 気付いていないだけで。


「これは驚いたな。魔法とは別物なのか? いや、環境が影響している?」

「……僕が傍に居たから使えるようになった?」


 村長も予想外だったようだ。今更だけどな。

 なにしろ『奴隷は魔法が使えない』という常識は既に過去の話なのだから。俺のおかげで。

 しかし、環境の影響というのは良い着眼点かもしれない。

 それはつまり、魔法を使う人間がいるだけで、何らかの影響を周囲に与えている可能性があるという見解だよな。

 たとえば、練った魔力が周囲に拡散することで空間における魔素の密度が上がり、それが周囲の人間に影響を与える、なんていう事は十分に考えられる。

 貴族に魔法使いが生まれやすいというのもそれで説明出来るしな。

 魔法を使えるという事は生きていく上での大きなアドバンテージだ。その力で出世した結果が貴族だとしても不思議ではない。そして、その周囲は魔素に満ち溢れていたことだろう。一番身近にいるであろう家族が、その影響で魔法使いとして覚醒しても不思議ではない。今の父ちゃんと母ちゃんみたいに。意図せずとも、それが連綿と引き継がれていくことになるのだ。

 まあ、俺が魔法を使える理由にはならないのが、この理論の穴だけれども。


「そういうことだ。もっとも、それがお前達親子だけなのか、それとも村全体に影響があるのかという点はまだ分からんがな」


 ふむ、それはそうだ。たまたまふたりが早く使えるようになっただけで、他の村人もそのうち使える様になるかもしれない。要経過観察だな。


「ともあれ、これで村を離れている間の心配事がひとつ減ったな。魔物が出てもなんとかなりそうだ」

「そうだね、でも念の為に近場の魔物は狩っておくよ」


「……そうか、頼む。魔石はお前の物にしていい。肉や素材は村で使わせてもらう」


 ちょっと難しい顔で村長が言った。十歳にもならない子供に頼むのは複雑なんだろう。わかります。



 出発までは一日もなかったけど、狩った魔物は三十匹を超えた。

 大半はあまり食用に向かない大猿だったけど、オークとジャイアントホーンは皆に喜ばれた。

 大猿は、皮を剥いでから香辛料をたっぷり塗して干し肉にするそうだ。一応食べるのね。


 結局、この四日間で身体強化を覚えられたのは父ちゃんと母ちゃんだけだった。今後は父ちゃんが指導して使える者を増やす予定らしい。

 ボーダーセッツまでの旅程の中で村長が使えるようになったら、帰村後は父ちゃんと村長のふたりで指導するそうだ。感覚派の父ちゃんだけじゃ不安だしな。


「ビート、体には気ぃつけるだよ。辛いことがあったらいつでも帰ってきていいんだかんな」

「母ちゃん、ビートなら平気だぁ。おら達の子だかんな」

「そうだよ母ちゃん。僕、村長みたいな強い冒険者になって、大金持ちになってこの村に帰ってくるからさ」

「ビートオォーッ!」


 村唯一の門の前で母ちゃんと抱き合って、旅立ちの別れを済ます。父ちゃんも鼻を啜りながら被さってくる。

 ここ数日、もうすぐ子別れだというのにいつもと変わらないなぁと思っていたら、どうやら『考えたく無かったからいつも通りにしていた』ようだ。不器用だな、ふたりとも。俺も湿っぽいのは苦手だから有難かったけど。


「じゃあ、行ってくる!」


 努めて明るく言って、手を振りながら馬車に向かって走っていく。何故かアンナさんとウルスラさんがもらい泣きしてたけど、気付かないふりして村長のところに駆け寄った。大人の配慮ですよ。


「もういいのか?」

「うん、行こう、村長!」


 村長は見た目ノウキンなのに、頭も回るし気配りも出来る。任せておけばこの村は安泰だ。後顧の憂い無く旅立つことが出来る。

 だから、寂しいのは少しだけだ。少しだけ。


「よし、ビンセント、出してくれ。出発だ!」

「はい!」


 手綱の振られる音がして馬車が動き出す。

 旅の始まり、まだ見ぬ世界、俺の冒険の始まりだ!

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