第257話

 これは……なんだ? 巨大化の魔法?

 いや、確かにジャスミン姉ちゃんはほんの数年で大きく成長したけど、それが魔法の効果だった? 有り得なくはない、のか?

 けど、魔法にしては常識的な大きさなんだよな。あの子爵そんちょうの娘なら納得できるサイズ。

 魔法なら、もっと尋常じゃない大きさになっててもおかしくないと思うんだよな。二メートル超えとか。

 だとすると木の魔法とか? 植物の成長を助ける魔法。それなら、葉っぱが成長して大きくなったってことで理屈が通る。


 うーん、でも、それはそれで違和感が残るんだよな。

 この世界が地球のファンタジーを参考に創られているのは間違いない。だったら、木魔法なんていうマイナーな魔法を採用するかな?

 いや、有効な魔法だとは思うよ? 蔓を成長させて相手の動きを止めるとか、荒れ地を草原に変えるとか。使い方次第で色々できる魔法だとは思う。

 けど、もっとメジャーな神聖魔法とか空間魔法とかを差し置いて採用するかな? 草を生やす魔法よりも回復魔法とかアイテムボックスとかを優先するのが普通じゃない?


 うん? 回復魔法? 回復……治癒……成長?

 あっ、そういうこと?


「ルカ、悪いけどペティナイフを持ってきてくれない?」

「あらあら、はいはい、わかりました……これでいいですか?」

「うん、ありがとう」


 ほほう、よく研がれているな。やっぱり料理好きだけあって道具は大事にしているとみえる。

 前世じゃステンレスがメインだったけど、こっちはペティナイフも鋼なんだな。よく切れそうだ。

 それじゃ、このナイフで俺の左人差し指の先をチョンと。あいてっ。


「っ!? ビート様、何をなされているんですの!? 指先から血が!」

「まぁまぁ、落ち着いてクリステラ。ジャスミン姉ちゃん、この傷に向かって『治れ』って念じながら魔力を流してみてくれる?」

「分かったわ、うーん、治れ~っ!」


 別に声に出さなくてもいいんだけど。

 おっ、突き出されたジャスミン姉ちゃんの両手のひらから出た緑の魔力が、俺の指先の傷口に集まっていくのが見える。それに応じて、俺の指先の傷が徐々に小さくなっていく。

 ほんの数秒で、俺の指先の切り傷が塞がり出血が止まる。痛みも無くなって、指先には小さな傷だけが残っている。

 なるほど、思った通りだ。


「ありがとう、もういいよジャスミン姉ちゃん」

「もういいの? あ、治ったわね! ということは、これがアタシの魔法?」

「そう、ジャスミン姉ちゃんの魔法はどうやら『治癒魔法』みたいだね」


 多分間違いない。ファンタジーではかなりスタンダードな魔法だし、ゲームでもおなじみだ。

 ただし、状態を元に戻す『回復』ではなくて、病気や怪我を癒す『治癒』みたいだけど。

 回復は元の状態に戻すってことだから、傷跡も残らないし部位欠損だって元通りになるはず。けど治癒は自然回復の促進だから、傷跡が残るし部位欠損は治らない。

 実際、俺の指先には小さな傷跡が残っている。だから多分、これは治癒魔法で間違いない。


 それに、ジャスミン姉ちゃんの魔法適性が治癒魔法だとすると、いろいろな事に説明がつく。

 例えばジャスミン姉ちゃんの急激な身体の成長。これは治癒による代謝の活性化によって成長が促されたからじゃないかな?

 そばかすが消えたことも、多分そうだろう。代謝が活発になったことで沈着していた色素が排出されて消えた、とすれば理屈が通る。

 日焼けしないのも、軽微な火傷である日焼けが常に癒されているからだと考えられる。

 そして、謎のメシマズだ。作る料理のことごとくが、何故か謎物体になってしまうというアレ。ただ焼かれただけの肉でさえ紫色の物体Xになるというあの謎現象。

 アレも、食材に付着した菌の代謝が無意識の魔法によって活性化されたことで、腐敗が進行して謎物体になったとすれば説明できる。

 あっ、この魔法があれば、味噌や醤油があっという間に作れるんじゃないか? あれって麹カビ、つまり菌の活動で熟成するんだもんな。だとすれば、味醂だって日本酒だって、鰹節だって作れるかも。夢が広がるな!


 この葉っぱが大きくなったのも、細胞が活性化されて成長したってことだろう。

 そういえば、前世でもファンタジーものの回復魔法の使い手には巨乳やマッチョが多かったよな。聖女とか神官騎士とか。

 あれも、もしかしたら治癒魔法の影響だったのかも。おお、新しい発見だ。もの凄くどうでもいい発見。


「ふーん、治癒魔法か。地味ね!」

「いやいや、凄い魔法だよ? 怪我をしてもポーションでゆっくり治すしかなかったものが、魔法の力ですぐに治っちゃうんだから」

「そう? そうね! 確かに冒険には役立ちそうよね!」

「うんうん。それに、王国には治癒の魔法を使える人はいなかったはずだよ? もしかしたら最初のひとりかも」

「そうですわね。今も昔も、王国に治癒魔法の使い手が存在した記録はありませんわ。ジャスミン様が初めての治癒魔法使いですわね」

「へぇ、アタシが史上初なのね! 凄いじゃないアタシ!」


 どうやら史上初の治癒魔法使いということで納得してくれそうだ。まぁ、地味なのは間違いないんだけど。派手なエフェクトもないし。

 だからって、もっと派手な見た目の魔法がいいと言われても、こればかりは持って生まれた資質だ。どうしようもない。


 うん? 史上初?

 まだ何か引っかかるな……なんだろう?

 史上初、史上初……なんで史上初?

 ファンタジーじゃメジャーな魔法のはずなのに、今までひとりもいなかったのはなんでだ?

 サマンサの雷魔法ならまだ分かる。火や水よりもマイナーだし、扱いも難しいからな。適正者も少ないし、時代と共に廃れたとすれば納得できる。

 けど、治癒はメジャー級だ。見たところ、使い方も難しくないし需要もある。なのに、これまでに存在しなかった理由はなんだ?

 治癒魔法、代謝の活性……細胞分裂……っ!?

 細菌! 細胞増殖! バイオロジー!


 神の禁忌、新生物の創造か!?


 あり得る、十分あり得る!

 今まで居なかったんじゃない、居なくなったんだ! 神の禁忌に触れて焼き尽くされたんだ!


 この治癒魔法は細胞の分裂を加速させる、あるいは活動を活発にさせる魔法だと思われる。

 それを傷口に行えば怪我が治るし、おそらく病気に使えば免疫や抗体が活性化されて治癒するだろう。

 そして、この魔法は細菌の培養にも使えるはずだ。普通に培養するよりも短時間で多くの菌を培養できるだろう。どんな菌でも、ウィルスでも。

 おそらく、それが神の禁忌、新生物の創造に触れてしまったんじゃなかろうか?

 それで、当時の治癒魔法使いはことごとく滅ぼされてしまった。だから今は治癒魔法が知られておらず使い手もいない、とすれば……。


 拙いな、非常に拙い。


 神様が禁忌に指定している『核』と『新生物の創造』。古代魔法王国はそれに触れてしまったがゆえに滅ぼされてしまった。人だけではなく、施設や記録まで消滅させるくらい念を入れてだ。それくらい神様はその禁忌を危険視している。

 詳細ではないものの、俺はその知識を持っている。神様にとっては第一級の危険人物だ。

 もちろん、俺はそれを公表するつもりはないし、研究する気もない。だから今も天罰を喰らわずに生きていられている。


 けど、もし、俺以外の誰かがその研究に興味を持ってしまったら? 偶然、それに手を出してしまったら?


 考えるだに恐ろしいけど、あり得なくはない。だって、現にこうしてそれに手が届く魔法使いがそこにいるんだから。

 これは治癒魔法使いのジャスミン姉ちゃんだけのことじゃない、雷魔法使いのサマンサについても言えることだ。

 雷魔法の本質は、おそらく素粒子操作だ。電気、つまり電子だけじゃなくて、陽子や中性子も操作できるに違いない。そしてそれは容易に核反応へと繋がってしまう。

 そうか、だから雷魔法も使い手が居なかったのか! 治癒魔法と同様に、天罰で使い手が滅ぼされてしまったんだな!?

 

 今はまだ大丈夫。核についても新生物についても、知識を持っているのは転生者である俺だけ……じゃないな! ジャーキンにも転生者が居たじゃん! 第三王子が転生者だったじゃん!

 あいつは処刑だか暗殺だかされたって聞いたけど、転生者があいつと俺だけとは限らない。他にもいる可能性は十分ある。今後生まれてくる可能性もある。

 もし、そいつらが治癒魔法と雷魔法の存在を知ってしまったら……。


 ヤバい、もの凄くヤバい。鬼ヤバい。世界の危機だ。

 もし俺以外の転生者が居て禁忌を研究されてしまったら、あのラプター島から裁きの雷が放たれてしまうのは必至だ。とばっちりで、ジャスミン姉ちゃんやサマンサにまで被害が及ぶかも。


「ビート様、どうなされましたの? 顔色が悪いですわ」

「脂汗もぎょうさん出とるやないの。どっか痛いんちゃうん?」

「あらあら、それは大変。すぐにベッドへ行きましょう」

「早速アタシの魔法の出番ね!」

「いや大丈夫、ケガや病気じゃないから」


 どうする?

 魔法の使用を禁止するか、隠し通す?

 いや、サマンサはともかく、ジャスミン姉ちゃんにそんなことができるわけないよな。現に今も、魔法を使いたくてウズウズしている。

 なら、世間に治癒魔法の事が知られるのは時間の問題だ。

 雷魔法については、既にある程度世間に知られてしまっているし。別に隠してなかったからな。使い手がまだサマンサ以外に居ないのが救いか。


 対策は……無いな。思いつかない。

 この世界には魔法の契約書ってものがあるけど、それを使えば研究しないように制限は出来る。けど、治癒と雷の魔法適性を持つ人全員に契約書を書かせるのは現実的じゃない。

 とりあえず、俺が教えさえしなければ、ふたりが禁忌に辿り着くことは無いだろう。

 今の文明レベルなら、まだまだ今後数十年は核や遺伝子の研究はされないような気もする。

 問題は俺以外の転生者だけど……見つけたら釘を刺しに行くくらいしかできないか。

 俺にしろジャーキンの王子にしろ、大人しくしてるってことはなさそうだから、存在すれば何らかの情報は入って来るだろう。その都度対処するしかない。

 結局、なるようにしかならないか。


 けど、王様には知らせておかないといけないよな。完全に国家安全保障レベルの話なんだから。

 転生者については伏せるけど。話すのは魔法と禁忌についてだけ。

 そうだよ、こんな重大事は個人が背負うものじゃない。国が然るべき対策を行うべき事柄だ。俺はそれについて要望と意見を言うだけでいい。国が責任もって対処すべきだ。


 うん、何も解決してないけど、俺の肩の荷だけは下りそうだな。

 つい昨日も国が面倒事を持ってきたんだから、こっちが国に面倒事を持って行ってもいいよね? ね?


――余談――

覚えた魔法を使いたかったジャスミンはその後、訓練による筋肉痛であった土下座ブラザーズにコレ幸いと治癒魔法を使い、その結果マッスルブラザーズが誕生することとなる。

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