第258話

「……おぇ、ちっとは大人しくしてらんねぇのか?」


 王様が組んだ両手の上に額を乗せて、俯いたまま溜息交じりにこぼした。いつもの長テーブル、いつもの青薔薇の間だ。


 冒険者ギルド経由で王様に『緊急重要案件あり、謁見求む』と連絡したら、翌日には『即時登城せよ』と返事が来た。

 まだ下級貴族だった頃には何日も待たされたものだったけど、領地持ちの上級貴族ともなると王様の応対ですら差が出るらしい。世の中、権力だよなぁ。

 それで、返事を受け取ったその日のうちに一路、俺は王都へと飛び立った。文字通り飛んで行った。

 王太子殿下はまだ戻っていなかった。追い越しちゃったみたいだ。空路と海路だもんな。いくら快速船でも時速五百キロには敵わない。


「冒険者だからね。未知に挑むのは当然だよ」

「だからって、これは冒険者の領分じゃねぇだろう。研究所の連中の何百年かが無駄な時間に思えて来るぜ」

「基礎研究だと思えば無駄じゃないよ。大事な仕事だからね」

「そんなこたぁ分かってる! そうじゃなくてよ……はぁ、なんでお前ぇみてぇな奴が、よりにもよって俺の代に生まれて……いや、この時代だからか。まったく、世の中って奴はままならねぇ」

「心中、お察し致します」


 王様をいたわるレオンさんだけど、その顔色が青く見えるのは気のせいか? よく見れば、ふたりとも目の下に隈がある。疲れが溜まってるみたいだ。


「ふたりともお疲れみたいだね? 大丈夫?」

「誰のせいだとっ……いや、お前ぇが居なきゃ、もっと酷ぇことになってたかもしれねぇんだよな。お前ぇは悪くねぇ」

「ユミナ元侯爵領の扱いで少々揉めてましてね。まぁ、そちらはなんとでもなります。こちらの問題に比べたら他愛無いものです」


 あ、問題って言われた。まぁ、問題だけど。何しろ神の禁忌に関わる事柄だもんな。

 神の定めた禁忌『核』と『新生物の創造』、そしてそれに直結する『素粒子制御魔法』と『細胞活性化魔法』。

 その全てを発見して開発して実用化してしまったわけで、放置すれば王国の崩壊待ったなしだ。国のトップツーである国王と内務尚書じゃなきゃ判断できない。


「間違いねぇのか? その神の禁忌ってやつは」

「うん、直接『天候と裁きの神』に聞いたから間違いないよ。その時は公表しない方がいいって判断して黙ってたんだけど、直接関係する魔法を発見しちゃったからね。もう黙ってられないかなと思って」

「……確かにな。お前ぇが墓まで持って行けば、少なくとも百年は大丈夫だったろうよ。禁忌と雷魔法、治癒魔法か。正直、オレにゃ理解できねぇが……」

「子爵の説明に矛盾はないと思えます。魔法の特性とそれが失われた理由、古代魔法王国が滅びた理由、そしてラプター島。全て辻褄が合います」

「だよなぁ。さて、どうしたものやら……」


 王様が椅子の背もたれに身体を預けながら天井を見上げる。

 緩やかなアーチ状に組まれた石の天井には、綺麗な風景画が描かれている。庭園かな? あ、青い薔薇が咲いてる。だから青薔薇の間なのか。

 いや、青薔薇の間だから青薔薇が描かれたのかも? どっち?


 王太子殿下がまだ戻ってないから、俺を辺境伯にするって話はまだ伝わっていない。だから俺はまだ子爵だ。

 殿下よりも先にここで話しても良かったんだけど、面倒がさらに増しそうだったからやめた。ドルトンで決めた諸々については、帰ってきた殿下に聞いてねと言ってある。

 というか、王様も意図的にその話を避けてるしな。溺愛してる娘の嫁入りに絡んでくる話だから、できるだけ触れたくないんだろう。お父さんあるあるかも?


「やはり契約書で縛るしかありませんか?」

「だなぁ。雷と治癒の魔法は国益に適うってことで全員登録させて、そのときに禁忌には触れないっつう契約書を書かせるか。それくらいしかねぇよな」


 やっぱりそうなるか。予想通りだな。っていうか、俺もそれ以外に方法を思いつかない。


「国益に適うのは間違いありません。治癒魔法はもちろん、近接戦闘での雷魔法の有用性にも期待できます。双方、可能な限り騎士団へ配備したいですね」

「となると、育成もしねぇと不自然だな。水見式って言ったか? あれも間違いねぇんだな?」

「多分ね。固有魔法と火魔法はちょっと見分けが付き辛いけど」


 変化なしか、僅かな色変化か。これは本当に区別が付き辛い。対策としては、色が変化しやすい葉っぱを使うとか、長時間魔力を流してもらうとかかな。


「それよりも魔力操作の教育です。子爵の推測では、若いうちに魔力操作を覚えなければ魔法を発現できない可能性が高いとか。これは早期の教育が必要です」

「そうだな、そっちの方が優先か。魔法が使えなくても、身体能力が向上するんだったか? ダンやお前ぇの、あの馬鹿げた強さがそれだって言うんなら納得だな」


 身体強化についても、王様に教えてしまった。話さなくても、魔法使いが増えたら自然とバレる事だしな。隠すのは無意味だ。


「んー……おい、小僧。お前ぇ、来年には十歳になるんだったな?」

「うん? うん、そうだね」


 そう、来年の年明けには、俺は数え年で十歳だ。そしてジャスミン姉ちゃんと結婚して、わんぱく姫と婚約して、冒険者学校が開校する。イベント目白押しだ。

 正直、今から忙しさを想像してうんざりすることがある。

 生きてるとしがらみが増えて、どんどん自由が無くなっていくんだよなぁ。まだ十歳なのに。


「よし、お前ぇ、来年から学園の教師になれ。担当は魔法だ」

「はぁっ!?」


 何言ってんの、この王様? ボケるにはまだ早いよ?


「前々から、今教えてるジジイが歳を理由に引退してぇって言ってたんだよ。後任が見つかるまで待てって引き止めてたんだがよ、丁度いいじゃねぇか」

「いやいや、僕まだ九歳だよ? 生徒より年下じゃん! なのに先生って!?」


 学園に入学してくるのって十二歳からじゃん! 皆俺より年上だよ、いじめられちゃうよ!


「こまけぇこたぁいいんだよ! 先に生まれたから先生じゃねぇんだ、自分より先を進んで生きてるから先生って呼ぶんだよ! オレのことも先生って呼んでいいんだぜ?」

「絶対呼ばない! そんな上手い事言っても誤魔化されないよ! ちょっと、レオンさんも何か言ってやってよ!」

「ふーむ、年齢以外は問題ありませんね。知識が豊富で既に魔法使いを幾人も育成した実績もある。社会的な地位もありますし……年齢は爵位で押し通せばどうとでもなりますか。問題は無さそうですね」


 なっ!? レオンさん、お前もか!?

 くっ、領主としての仕事もあるのに、これ以上仕事を増やしたくない! 冒険をする時間が無くなってしまう、なんとか回避せねば!


「えっと、ほら! 僕まだ学校行ってないよ! 学校にも行ってない人が先生になっても、みんな従ってくれないと思うな!」

「ふむ、なるほどな……」

「それはそうですね……」


 よし、なんとか回避できるかも!

 文化が未成熟だと、権威は現代以上に影響力があるからな。学歴もまた権威だ。学校を卒業したというのは、それだけでステータスになる。


「よし、それじゃお前ぇ、来年から飛び級で学園に入学しろ。んで、生徒やりながら教師もやれ」

「そうですね。いくつか特例を用意すれば両立できるでしょう」

「えーっ!?」

「そういや、お前ぇには王室魔導士っつう肩書もあったな。良かったじゃねぇか、丁度いい仕事が出来てよ」


 いや、確かにそんな役職は貰ったけども、それがこんなところで出てくるの!? 予想外なんですけど!?

 ってか、本当に俺がこども先生になるの? その上生徒にまで? なんで?

 あるぇーっ!?

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