第259話

 忙し過ぎる、過労で死んでしまう! 忙殺って言葉は本当に字面通りなのかもしれない!

 られてたまるか、殺られる前に殺ってやる!

 まぁ、働くだけなんですが。


 ということで、王城から戻った翌日から年末までの約五か月間、俺の日常は非常に密度が高くなってしまった。

 辺境伯への陞爵と王女との婚約発表、騎士団の結成、街道や開拓した土地の整地、領地の見回りや領主としての決済仕事、トネリコさんとビンセントさん、新ワイズマン子爵そんちょうと立ち上げた事業の進捗確認等々、これでもかという勢いで仕事の波が押し寄せてきた。

 更には、翌年に控えたジャスミン姉ちゃんとの結婚式、冒険者学校の正式開校、王立学園への入学アンド教員就職準備だ。それが全部一月の中旬までに行われる。年明け早々、イベント目白押しだ。

 半分以上は自分で蒔いた種だから愚痴を言う事もできない。いっそ過労で倒れてしまえば休みを取れたんだろうけど、身体強化がいい仕事をするせいでそれもできなかった。うぬぅ。


 朝夕のワンコたちの散歩だけを心の支えに、なんとか仕事の大波を乗り切り、穏やかな年明けを迎えられたのは奇跡に近かったかもしれない。よく頑張った、俺。

 目の前に並べられた正月料理の数々はそんな頑張った俺と、手伝ってくれた仲間たちへのご褒美だ。今年も美味そう。

 この後のイベントラッシュの事は忘れて、今だけはお正月気分を楽しもう。


 そして、今年も恒例のボーナスアンドお年玉支給タイムがやって来た。


「皆、昨年もよく働いてくれて、本当に助かったよ。今年もよろしくね」

「今回は結構多いで。メッチャ支出は多かったけど、収入が見たことない桁やったからな。領主っちゅうんは儲かるんやな!」

「割合としては事業収入が多かったですけどね。トネリコ様方と立ち上げた商会の利益がとんでもない額でしたから」

「それな! 権力と商人が癒着する理由がよう分かったわ!」


 そんな事を言いながら、人数分の革袋を俺に渡してくる。俺からの手渡しが彼女たちからの要望だからだ。そうじゃないと喜びが半減らしい。

 うわっ、重っ!? 去年より確実に重い! これは金貨の重みだな。結構な枚数の大金貨が入ってるっぽい。身体強化が無かったら取り落としてるところだよ。下手をしたら腰をヤってたかも?


「今年も詳細な金額は伏せますけど、小さな家なら買えるくらいの額が入ってますわ」

「マジかよ!? そんな大金、もう何に使ったらいいのか分かんねぇよ……」

「あらあら、将来のために貯めておいてもいいのよ? うふふ」

「うみゃぁ……夢のお魚風呂……天国……」


 アーニャ、それはやめておけ。生臭いだけだ。活きたウナギ風呂なら一部に需要があるかもしれないけど。

 けど、そんなに稼いでたのか。経理はキッカたちに任せっぱなしだったから気付かなかった。

 トネリコさんたちとの打ち合わせや報告で金額は聞いてたけど、ああいう報告での数字って、いまいち実感が湧かないんだよな。こうして実際の重量として体感すると現実味が全然違ってくる。うん、頑張ったな、俺。


 皆にボーナスを配り、子供たちとジャスミン姉ちゃんにはお年玉をあげる。金額以外は去年と同じ年始の風景……ではない。

 場所が新たに建て直された領主館のリビングに変わっている。

 所在地自体は旧市街の南西端で変わっていないけど、敷地、建物共に倍以上広くなっている。ぶっちゃけ、旧領主館より広い。ドルトンに近い大森林の一部を開拓した分、屋敷に接していた城壁を移動させられたおかげだ。

 普通ならそんな簡単に城壁の移動なんてできないんだけど、俺の平面魔法なら特に難しくもない。土台の地面ごと切り抜いて移動させるだけだ。

 敷地の端には使用人用の宿舎も建ち、雇用した侍女や下男などが既に暮らしている。屋敷がかなり大きくなってしまったから、維持管理のためにも彼女たちは必須だ。俺たちは家を空けることも多いしな。

 侍女たちは、今もリビングで寛ぐ俺たちから離れたところで控えている。ミニスカじゃなくて、普通の侍女服の侍女だ。

 ちょっと落ち着かないけど、貴族というのはこういうものらしいから、慣れていくしかない。

 それ以外に大きな変化はない。去年と同じ、穏やかなお正月だ。


 いや、『だった』。


「ビート様、お話がございます」


 朝食後にのんびりとウーちゃんのブラッシングをしていると、クリステラたちが勢ぞろいで俺の前にやってきた。

 服装は何故か揃いの侍女服だ。雇った侍女たちとはちょっとだけ違う、少しだけ上質な侍女服。

 子供たちとジャスミン姉ちゃんの姿はない。庭で訓練中らしい。

 侍女たちも下げられていて、リビングにいるのは俺と彼女たちだけだ。


 ああ、ついにこの時が来たか。


 いつか来るだろうとは思っていたけど、出来るだけ未来さきがいいなと望んでいた。でも、そうか。今日か、今日だったのか。


 各自がリビングのローテーブルの上に小さな革袋を置く。チャリッという音を立てるその袋の中身は、先ほども聞いた大金貨が立てる音と同じだった。


「ビート様、お受け取り下さいませ。わたくしたちは自身を買い戻させていただきますわ」


 そう、それは神様の決めたルール。奴隷は自身の売値と同額で自身を買い戻し、奴隷から解放される権利を持つ。

 俺自身が忘れがちだけど、彼女たちは俺の奴隷だ。いや、だった。

 今日、彼女たちは解放され、平民としての権利を回復する。


「そう……うん、分かった。今までありがとう。とても助かったよ」

「お役に立てたのなら、これに勝る喜びはございませんわ。わたくしたちこそ、得難い経験を沢山させていただきました。御礼申し上げますわ」


 彼女たちが一斉に頭を下げる。俺はそれに微笑みかける。

 ちゃんと笑顔が作れてるかな? 引き攣ってないかな?


「うん。それじゃ順番に解放していくから、ひとりずつ奴隷紋を出して」

「ほな、うちからお願いするわ」


 キッカ、デイジー、アーニャ、ルカ、サマンサ、クリステラの順で一列に並ぶ彼女たち。

 奴隷の契約紋がある場所は人によって違うけど、胴体か頭部のどこかにある事が多い。キッカの場合は喉元だ。侍女服のボタンを外し、胸元まで露わにする。

 ちょっとエロい。こんな時なのにドキドキする。

 あー、でも胸は出会った時からあんまり成長してないな。まだまだ主張が控えめだ。


「なんか失礼なこと考えてへんか?」

「い、いや!? それじゃ解放するね。『契約解除リリース』」


 契約紋に手を翳して解除の言葉を唱える。

 キッカの喉元にあった契約紋が一瞬白い光を放つ。光が収まると、そこにあった契約紋は跡形もなく消えていた。

 こんな簡単な言葉で、俺とキッカとを繋ぐ絆のひとつが切れてしまうなんてな。ちょっと不条理に感じてしまうのは、俺のわがままだろうか?


「おおきに。ほな次はデイジーやな」

「……お願いします」

「うん、それじゃ『契約解除』」


 淡々と、順に契約を解除していく。


 本心では、彼女たちを手放したくはない。

 皆有能だし、ずっと一緒に冒険してきた。もはや家族と言っても過言ではないくらいの絆は出来ている、と俺は思っている。

 けど、彼女たちには彼女たちの人生がある。俺がそれを縛っちゃいけないとも考えている。

 彼女たちと別れるのは、彼女たちに恋人が出来て結婚する時だろうな、なんて考えていたけど、もしかして? いや、全員でっていうことは、その線は薄いか。

 ああ、俺が結婚するからかもな。俺がジャスミン姉ちゃんと結婚して、自分たちの手を離れるから。

 結婚したら一人前だもんな。もう保護者は必要ない。だからか。なんか納得だ。


 「『契約解除』」


 最後のクリステラの契約を解除する。右のお尻にあったから、スカートを捲り上げてパンツを膝まで降ろした格好だ。あられもない。


 終わった。彼女たちとの関係に、ひとつの区切りがついた。

 まだ何かモヤモヤしたものが残っているけど、これはきっと俺の感傷だ。いずれ消えるはず。今はそれに蓋をして切り替えないと。


「皆、改めて今までありがとう。それで、これからどうするの?」


 彼女たちの元雇用主として、できるだけ今後の事も考えてあげなければいけない。彼女たちは凄腕冒険者だから俺が気を回す必要はないかもしれないけど。

 ああ、俺はまだ彼女たちとの関係を終わらせたくないと思っているのか。女々しいな。


「それなんですけれど、ビート様、以前交わした約束を覚えておられますか?」


 クリステラがパンツを上げ、スカートを直しながら答える。妙にゆっくりパンツを上げてたような気がするけど、きっと気のせいだ。


「約束?」

「はい。ここにいる六人全員が魔法を使えるようになったら、願い事をひとつ叶えていただけるという約束ですわ」

「ああ、そういう約束をしたね。たしか、クリステラとルカ、キッカのお願いがまだだったかな?」


 約束したのは随分昔のような気がするけど、あれはこの街に来てすぐだったから、二年くらい前なのか。懐かしいなぁ……いかん、思い出すと涙が出そうだ。


「はい。それで、三人分のお願いを今、叶えていただきたいと思いますの」

「ああ、うん。もちろんいいよ。でも、僕に出来る範囲でね」


 このタイミングでのお願いというのがちょっと怖いけど、約束は守らないとな。これが最後のお願いになるかもしれないんだし。


「承知しておりますわ。では……」


 何をお願いされるのか? ちょっと緊張する。


「では……わたくしたち六人をビート様のおめかけにしてくださいまし!」

「……え?」

「側室などという大それた事は申しませんわ。ただおそばはべることをお許しいただきたいんですの!」

「「「お願いします!」」」


 皆が一斉に頭を下げる。

 それって……。


「いや、せっかく奴隷から解放されたんだから、独り立ちして冒険者として活躍したいとか、商売でひと山当てたいとかは無いの? そのための援助ならするよ?」


 皆の顔を見回しながら言う。

 内心は嬉しいくせに、外面を取り繕おうとする自分の小ささに情けなくなる。


「おかしな事を申されますわね。ビート様のお傍程、大冒険や大取引に関われるところはございませんわ。今までも、きっとこれからも」

「せやで。普通の商人が一生かけて稼ぐような金額が一年で動くような取引、ここか王城やないとできんで」

「ボスと一緒に居ると美味しいものが食べられるみゃ! 普通の冒険者じゃ手が出ない高級魚も食べられるみゃ!」

「あ、アタイは冒険も商売も特に思い入れは無いんだけどよ、その、坊ちゃんがアレだよ、アレなんじゃないかと思ってだな、えっと、つまりそういう事だよ!」

「あらあら、うふふ。そうね、ビート様のおそばにいて、一緒に美味しいものを食べたり作ったりしてあげたいのよね? うふふ」

「……添い遂げる」


 ……ちょっと俺、恵まれすぎてるかもしれない。こんな美人たちにこんなに慕われているなんて、一生分の幸運を使い切っているかもしれない。


「そ、そう言われても、皆の気持ちは嬉しいけど、僕も結婚とか婚約とかする身だし……」

「あら、あたしは構わないわよ? みんなお妾にしてあげれば?」

「っ!? ジャスミン姉ちゃん!」


 声に振り向くと、リビングの入り口にジャスミン姉ちゃんが腕組みをして立っていた。いつの間に? ちょっと動揺して、気配察知がおろそかになってたみたいだ。


「以前から、そういう約束だったしね。もうすぐあたしとアンタが結婚するじゃない? そうしたら当然子作りするから、あたしだけ抜け駆けで協定破りになっちゃうのよ」

「協定?」

「そうよ、淑女協定。ビートから手を出してこない限り、抜け駆けして手を出さないっていう協定をみんなと結んでたのよね」


 時々皆が言っていた協定って、ソレのことか。


「だから公平に可愛がってもらえるように、みんなを妾にするのは構わないわよ? もちろん、正式な妻のあたしに一番の優先権があるけどね!」


 どうにもこの世界の女性は赤裸々に過ぎる。可愛がるとか子作りとか、うら若い女性が口にする言葉じゃないと思うんだけどな。

 けど、まぁ、ジャスミン姉ちゃんの許しがあるのなら。彼女たちとの繋がりをまだ切らずにいられるのなら。


「えっと、それじゃ皆、これからもよろしくね?」

「「「はいっ!」」」


 彼女たちが俺に抱き着いてくる。驚いたウーちゃんが飛びのく。ごめんね、びっくりしたね。

 皆にもみくちゃにされてちょっと苦しいけど、これは幸せの感触だ。実際、俺の顔が埋まっているのはルカの胸の谷間だし。これ以上幸せな苦しさは無いだろう。


 今までの彼女たちとの関係が終わり、新しい関係が始まる。何も変わらないかもしれないし、何かが変わるかもしれない。

 けど、きっとそれは悪いことじゃない。いや、悪いことにしてはいけない。

 新しい年に新しい関係。うん、悪くないな。


「(うふふ、もうすぐ、もうすぐアレやコレもヤりたい放題ね。楽しみだわ、うふふふふ)」


 うおっ、なんか寒気が!? い、いや、気のせいだ!

 悪いことじゃない、はず!

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