第260話

 まだ結婚もしていないのに妾が六人もいる、というのは外聞が悪い。非常に悪い。女好きにも程がある。爆ぜていいレベルだ。

 俺がまだ十歳だから本来の意味通りの妾だと判断する人は少ないだろうけど、そうなると今度は彼女たちのほうが非難されてしまう。『子供を騙して取り入った悪女』という目で見られてしまう。

 彼女たちは気にしないかもしれないけど、それはそれで俺の気分が悪い。彼女たちがいい子なのは、俺が一番良く知っている。一部ポンコツなのも知ってるけど。


 なので、彼女たちを俺の家臣として雇うことにした。

 クリステラは家宰、キッカは会計主任、ルカは料理長、サマンサは料理以外の家事主任、アーニャとデイジーは近衛騎士。通常はこれらの仕事をしてもらって、プライベートではお妾さんというわけだ。

 ぶっちゃけ、今までとほぼ変わらない。

 違いと言えば、俺の奴隷から正式な家臣になったのと、仕事に対する報酬が年始のボーナスのみから月々の給与プラス年始のボーナスに変わったくらい。

 普段は同じ屋敷で寝起きして、同じテーブルでご飯を食べて、同じお風呂に入る。以前と同じだ。

 変わったとすれば、プライベートでのスキンシップが少し増えたくらいか? まぁ、お妾さんだからな。それが本来の仕事(?)だと言われたら、俺に拒否する理由はない。


 さて、そんな感じで少しの変化があった俺たちだけど、この年明けからはもっと大きな変化が目白押しだ。……あんなウグイス色の鳥を押して何をしようというのか。そのメジロじゃない?



「これが娘を嫁に出す父親の心境か……嬉しいような寂しいような、なんとも不思議な感じだな」


 まずはいきなりのメインイベント、ジャスミン姉ちゃんとの結婚式だ。

 臙脂色を基調にした貴族服を着こんだワイズマン伯爵・・こと村長がポロリとこぼす。

 俺の陞爵と共に、村長も子爵から伯爵に陞爵した。だから、これからはワイズマン伯爵こと村長だ。村長の実家と区別するために『新』をつけなくてもよくなった。

 場所は披露宴の終わった領主館のティールームだ。時間はもうすぐ日の入りといった頃で、照明の魔道具が淡い光を放っている。

 ここに居るのは俺とジャスミン姉ちゃん、村長とその奥さんのジンジャーさん、そして俺の父ちゃんと母ちゃんと弟のキャロットちゃんだけだ。

 子供たちはもう寝てしまったし、その他の皆は後片付けとその差配でまだ働いている。俺たちだけ寛いでいて申し訳ない。


「いいお式だったわ。あんなに沢山の人が祝福してくれて、披露宴のお料理も美味しくて。ビートちゃんは、本当に偉くなったのねぇ」

「いやいや、オラたちの子がお嬢様の婿になるだなんて、今でも信じらんねぇだ。お貴族様になったって聞いた時より信じらんねぇだよ」

「ははは、オレはそうでもないぞ? ビートは元々息子同然だったからな」


 親同士で盛り上がってる横で、俺とジャスミン姉ちゃんはルカが用意してくれたサンドイッチをつまんでいる。

 いや、式の最中は挨拶やら衣装替えやらで、全然飯を食えなかったからな。

 朝に軽く食ってから、今まで果実水しか口に入れてなかった。お腹がグーグー鳴って大変だったよ。鳴ってたのはジャスミン姉ちゃんのお腹だったけど。


 式は盛況のうちに無事終了した。前世を通じても初めての結婚式だったけど、まさか自分が馬車に乗ってパレードすることになるとは思わなかった。

 王国では伯爵以上の貴族が行う習慣らしいけど、普通は正妻との結婚の時にしかやらないんだそうだ。

 それを敢えて、初婚とはいえ側室であるジャスミン姉ちゃんとの結婚式で行うという事は、フェイス家がワイズマン家との繋がりを重視しているということを、来賓や住民を通じて内外へ示した事になる。


 来賓はかなり豪華な顔ぶれが揃った。

 近隣の貴族やその代理はもちろん、商業ギルドの理事のハッサンさんやリュート海沿岸に領地替えになった元ドルトン伯爵のバニィちゃんことバーナード=ドルトン伯爵、そして先のジャーキンとの戦争で一緒に轡を並べた王国西部の領主やその代理の人たちも参加してくれた。

 言葉通りのこんな辺境へやって来るのは大変だったはずだけど、招待状を出したところのほとんどが出席してくれた。ありがたいことだ。これも港湾や街道を整備したおかげだろう。

 聡い貴族ならその利便性と経済効果に気付き、『自領でも整備を』と動くはずだ。それが周辺に拡大すれば経済が全国規模で拡大していく。しばらくは王国各地で工事需要が拡大するかもな。

 今回の来賓の筆頭は、何と言っても王太子殿下だろう。今回はお忍びじゃなくて正式な来賓としてやって来ている。

 けど王家としては、あまり派手に側室との結婚式を行われるのはいい気分じゃないはずだ。正室は王家から来る予定なんだから。

 それでも、王家派貴族の次期中心候補の(ということになっている)俺を粗略には扱えないということで、殿下が王太子妃殿下を伴って出席するという最大級の祝意を示す事態になったようだ。

 その殿下と妃殿下は、今晩はこの領主館にお泊りいただく予定だ。

 街の外れにあるこの領主館だけど、それだけにセキュリティレベルは高い。周辺に民間施設が全くないからな。設備の整った新築物件だし、王族にお泊りいただくのに不足はない、はず。

 今頃はお風呂に入ってる頃かな。我が家自慢の源泉かけ流し展望露天温泉だ。西側に開けているから、夕日が海に沈む今頃が一番お勧めの時間。きっと満足していただけているだろう。


「ふう、やっと人心地ついたわ。結婚式って大変ね。もうやりたくないわ」

「普通は一回だけだと思うよ? 何回もやる人はあんまりいないと思うな」

「あら、アンタは少なくとももう一回、お姫様とやるんでしょ? 大変ねぇ。頑張んなさい」


 うぐぅ。

 そうなんだよな。王家から来る正妻との結婚なら、今日よりも盛大な式を挙げなきゃならない。その苦労は今日の比じゃないはずだ。今から頭が痛いよ。

 足元のウーちゃんとタロジロを撫でて気分を落ち着かせる。今日は一日構ってあげられなかったから、明日は全力で遊んであげよう。



 結婚式が終わったから、俺とジャスミン姉ちゃんは正式な夫婦になった。

 そして、結婚したその日の夜は、いわゆる初夜。夫婦が初めての共同作業を行う夜だ。ゲームで言うところの『昨夜はお楽しみでしたね』イベントである!


 とはいえ、俺はまだ数えで十歳。ナニが大きくなることはあるけど、精通はまだだ。つまり、ナニは立ってもイベント発生のフラグは立たない。イベント成立条件が満たされていない。

 寝巻に着替えた俺とジャスミン姉ちゃんは、同じベッドに潜り込む。貴族らしいキングサイズのベッドだ。普通に四人くらいで寝れそう。

 けど、それだけだ。


「流石に寒いわね。もうちょっとこっちに寄りなさいよビート」


 ジャスミン姉ちゃんが布団をパシパシ叩いて俺を呼ぶ。どうにも所作が男らしい。黙っていれば美人なんだけどなぁ。


「うん。けど、そういうことはまだ出来ないよ?」

「そんなこと分かってるわよ。今日は一緒に寝るだけで何もしないからこっちへいらっしゃい!」


 さらに強く布団をバシバシと叩いて俺を呼ぶ。

 言動も男らしいというか、開けっ広げだ。

 何もしないって、それ、新妻の口から出るセリフじゃないよ、旦那が言うセリフだよ。でもって旦那の場合、本当に何もしないなんてことは無いんだけどな。


「あ、何もしないっていうのは嘘よ!」


 そう言うが早いか、ジャスミン姉ちゃんは身体を寄せた俺の唇に自分の唇をチョンと重ねる。


「っ!」

「おやすみのキスくらいはしておかないとね! じゃ、おやすみ!」


 そう言うと、ジャスミン姉ちゃんは身体を布団に沈め、目を閉じてしまった。

 ふむ、結婚式でする誓いのキスにはドキドキしたけど、夜にベッドの上でするキスというのも同じくらいドキドキするもんだな。

 前世で経験済みなんだけど、もう随分以前の話だから新鮮だ。

 ドキドキしながら寝るといい夢が見られるって言うし、今夜は面白い夢が見られるかもな。いや、今日は疲れてるから夢も見ないか。


 ◇


 朝の太陽が黄色いなんていうことは無かったけど、妙な息苦しさで目が覚めた。

 いつもより目覚めが悪い。疲れがまだ取れてないんだろうか?

 いや、原因はこれだな。

 俺の頭がジャスミン姉ちゃんに抱え込まれている。足も両太ももで挟み込まれていて、端的に言えば抱き枕状態だ。これで寝苦しくなかったら相当な図太さだろう。

 胸の谷間に顔が半分埋まっている。これが寝苦しさの原因だな。

 ある意味幸せな寝起きと言えるけど……大きいな。

 うちのメンバーの中ではルカの胸が目だって大きいけど、次点のジャスミン姉ちゃんもなかなかのものだ。Eカップくらいか?

 感触も悪くない。少し張りのある『ひとをダメにするクッション』みたいな感触だ。いや、これこそがひとをダメにする感触か。

 けど、流石に息苦しい。もう朝だし、名残惜しいけど抜けさせてもらおう。


「うう~ん」


 おぶっ!? 更に抱え込まれてしまった!

 顔が完全に胸の谷間に埋もれてしまった。息をすることは出来るけど、顔がとても幸せな感触に包まれていて動かせない。

 息をするたびに石鹸と、ほんの僅かな汗の臭いが……いかん、ちょっとエロい! 朝のテントが張られてしまう! っていうか、もう既にちょっとキツイ、張りかけてる!

 うぐぐ……よし、抜けた! ふう、一時はどうなることかと。

 じゃ、次は足だ。申し訳ないけど、布団を剥がして挟まれた足を抜……


「……なんじゃこりゃ~っ!?」


 これは!? いったい何がどうなって!?


「ううーん、何よ、もう朝なの?」


 ジャスミン姉ちゃんが目を覚ましたけど、俺はそれどころじゃない!


 俺の……

 俺の『リトルボーイ』が『ビッグダディ』になってしまった!

 ソロ用小型テントじゃなくてファミリー用大型テントが立ってる!

 ……ニット帽も脱げてスキンヘッドが露わだ!


 なんでこんな!? 一晩で一部だけ大人になってしまった!


「ああ、ソレ? アンタが寝てる間に大きくしておいたわ」

「はぁっ!?」

「ほら、お父さんやこの領の為にも、できるだけ早く子作りしないといけないじゃない? だから早くアンタに成長してもらいたかったんだけど、アンタの身体がマシューたちみたいになるのは嫌だなと思って。だから股間だけ成長させたのよ。上手くいって良かったわ!」


 なんてこった、犯人はお前か!?

 って、治癒魔法の細胞活性の副次効果、成長促進か! まさかこんな使い方をしてくるなんて!


 くっ、失態だ! ジャスミン姉ちゃんがまともに魔法を使うはずがなかったのに、気軽に教えてしまった俺の失態だ!

 しかも理由が貴族として当然の理由だけに、頭から叱る事もできない!


 治癒魔法怖い……魔法の怖さを初めて実感するのが嫁相手だったなんて。しかも治癒魔法だなんて。

 これだから異世界ってやつは信用できないんだ!


「これで今晩から子作りできるわね! バンバンやりましょう!」


 だから慎みなさいよ! これだから異世界は!

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