第083話
ゆっくりと英気を養った三が日も終わり、今日から本格的に冒険者としての活動再開だ。
まずは鈍った身体を研ぎ直さないとな。まぁ、俺は毎日朝夕、ウーちゃんの散歩という事で五キロずつくらい走り込んでたから、鈍ってはいないんだけど。
「じゃ、次は素手の組手ね。顔への拳での攻撃は禁止で。組み合わせはクリステラとアーニャ、キッカとデイジー、ルカとサマンサで。じゃあ始め!」
午前の魔力操作と勉強会を終えてそれぞれの家事をこなし、今は戦闘訓練中だ。時刻は昼前、十一時三十分という所か。
雨と晴れを一日おきに繰り返すようなジメジメとした冬の天気が続いているけど、今日は気持ちよく晴れている。庭での戦闘訓練には丁度いい。
最近はギルドの訓練場へは行っていない。
ぶっちゃけ、身体強化を覚えたうちの面子が強すぎて、ギルドの教官たちでは手に余る。どうせ相手になるのが身内しかいないのなら、わざわざ訓練場へ行く理由も無い。
そんなわけで、自宅の庭で戦闘訓練をしているのだ。
うちの女性陣の戦闘能力だけど、やはり獣人であるアーニャが頭一つ抜けている。しなやかな動きと動物的勘に加えて加速魔法と身体強化を使われたら、俺でも気を抜けない程の動きを見せる。彼女なら単独でも大森林で活動できそうだ。
二番手は順当にクリステラだ。スピードこそアーニャに及ばないけど、俺に次ぐ魔力量を持っているので、防御に徹した持久戦へ持ち込めば十分アーニャとも戦える。
ふたりとも実戦で伸びるタイプなので、戦わせるといい感じで成長が見て取れる。なかなかいい組み合わせだ。まぁ、掴み合いになると文字通りのキャットファイトになって見苦しかったりするんだけど。
三番手はキッカ、次が僅差でデイジーだ。身体強化の熟練度と魔力量が同じくらいなので、単純に年齢差による体格差が決め手になっている感じだ。
……だったんだけど? どうも今日は様子がおかしい。妙にデイジーの動きがいい。というか、読みが鋭いというべきか。
キッカのフェイントを完全に無視して、本命の攻撃を確実に捌いている。一度や二度ではないから、偶然じゃない。
攻撃も的確で、キッカが逃げる方向を読み切って追撃を放っている。キッカは防戦一方でかなり苦しそうだ。
「はい、そこまで! 皆お疲れ。ちょっと休んだら相手を変えてもう一回ね」
「「「はい!」」」
身体強化のおかげか、ルカとサマンサ以外はあまり息が上がっていない。イイ感じだ。
「なんや、今日のデイジーはえらいキレてるなぁ。うち、全然ええとこ無かったわ」
「そうだね、横から見ててもいい動きしてたよ。何か掴んだ?」
手を合わせていたから当然だけど、キッカも今日のデイジーがいつもと違う事に気付いていたみたいだ。
「……なんか、見えるようになった」
「見える?」
「見えるって何が見えるのん?」
「……影? 良く分からないけど、動きがブレて見える」
おおっ? それってもしかして!?
「『先読み』かもしれませんわね」
クリステラが話に入って来た。
知っているのか、ラ○デン!
……このネタは前にやったな。今回は自重しておこう。普通にクリステラに聞き返す。
「そういう魔法があるの?」
「はい、確か王国の黎明期に、ある剣豪が使用されていた魔法ですわ。ほんの数瞬先ですけど、未来の様子がわかるとか。その方は一対一の戦いでは無敗を誇ったそうですわ」
「おお、未来が分かるなんて凄い魔法だね! ……ん? 一対一では?」
「ええ、結局、その方は戦場の大混戦で後ろから斬られて死んだそうですわ」
ああ、『見える』っていうのは、言葉通り視界に限った範囲だけなのか。だから死角になる背後からの攻撃は『見えなかった』と。
近接戦では最強かと思ったけど、対多数だと弱点があるんだな。混戦では後ろも見える俺の気配察知の方が有効そうだ。
「……多分、それ。後ろは見えない……」
ちょっと落ち込み気味にデイジーが言った。折角魔法が発現したのに、即座に欠点を言い当てられてしまったわけだからな。けど、その欠点は別に致命的じゃない。
「弱点はあるけど、それは凄い魔法だよ。背後さえ気を付ければ無敵かもしれない」
「……そう? 若の役に立つ?」
「もちろん。頼りにしてるよ」
「……そう。嬉しい」
はにかみながら微笑むデイジー。どうやら落ち込ませずに済んだようだ。部下のケアという、前世で培ったスキルがこんなところで活きるとは。
「それじゃ、今度はアーニャとデイジー、クリステラとキッカで組手ね。ルカとサマンサはふたりで組んで僕と二対一で。じゃあ、始め!」
◇
デイジーの先読みはかなり優秀なようだ。アーニャとの組手でもその効果を発揮し、際どいながらもその攻撃を捌き続けたのだ。
しかし素早過ぎるアーニャを捕らえる事ができず、結局双方決め手無しで終わってしまった。攻撃面での強化がデイジーの課題かもしれないな。
デイジーの魔法発現で、ランキングが大きく変わった。首位は際どいながらもアーニャ、僅差でデイジー、そしてクリステラ、キッカと続く。
まぁ、キッカは普段弓を使うし、魔法も遠隔攻撃だ。総合的にはそれほど劣ってはいない。皆それなりに実力は付いていると言っていいだろう。
そんな皆の様子を見ながら、俺はルカとサマンサの攻撃を捌き続けていた。気配察知があるので、よそ見してても余裕で捌ける。
ふたりはかなり悔しそうにしていたけど、それが今の現実だ。俺に本気を出させたかったら、精進して魔力操作を覚えるしかない。これをバネに頑張って欲しいところだ。
ちなみにルカとサマンサだと、サマンサの方が若干強い。実力的に差は無いけど、ルカはどうにも胸が重すぎるようだ。振り回されていた。すげぇ。
胸の差が強さの差という事だな。反比例だけど。これは騒動のタネになりそうだから口には出さない。
しかし、相手が男性の場合に限っては、ルカがうちで最強かもしれん。
あの揺れはまるでネコじゃらしだ。目で追わずにはいられない。俺もチッパイ派でなければ負けていたかも。恐るべし、デュアルショック。
◇
「クリステラ、アーニャ! 脚じゃなくて腕を狙って、木に登られると厄介だから! デイジー、叩くより突いた方が避けにくいよ! 胴体の真ん中あたりを狙って! キッカ、狙いは多少甘くても大丈夫、魔法で修正して!」
皆の仕上がりがなかなか良かったので訓練は二日で切り上げ、早速大森林まで魔物狩りに来ている。実戦だ。
ドルトンから大森林までは約五キロ。充分日帰りできる距離なので、大きな荷物は持ってきていない。武器防具と水筒、応急処置用の包帯くらいだ。
武器防具以外の荷物はルカとサマンサに見てもらい、俺たちは魔物との戦闘に専念する。ウーちゃんは非戦闘員ふたりの側で周囲の警戒というシフトだ。
既に大猿五匹の群れと戦闘中だ。俺がサクッと四匹狩り、残った最後の一匹で皆の訓練をしている。肉食獣は子供に狩りの練習をさせるものだからな。
あ、俺が一番子供だった。
「ギャヒッ!?」
キッカの放った矢を額の真ん中に受け、大猿が断末魔の悲鳴を上げて倒れ込む。
「お見事ですわ!」
「ふうっ、やっとコツが掴めて来たわ」
「……疲れた」
「海賊より強かったみゃ」
初めての実戦だったキッカとデイジーはかなり疲れているようだ。
無理もない、初めて魔物と命の奪い合いをしたのだ。その緊張は訓練以上の疲労を心身に与えた事だろう。
俺も初めての時は……サクッと倒してたな。背後から首筋に一撃で。あんまり疲れてなかったかも? まぁ、俺の事はいい。
「皆、お疲れ。初めてにしてはいい連携だったと思うよ。魔石取りと素材剥ぎは僕がやっとくから、しばらく休憩しておいて。ルカ、サマンサ、皆に水を!」
クリステラは『そのような事はわたくしたちが!』と言っていたけど『まだ何度か戦ってもらうつもりだから、今のうちに休むように』と諭すと、渋々引き下がった。
間引きしてから戦わせていると言っても、大森林の魔物相手に油断はできない。クリステラもそのあたりは理解しているようだ。
でも、皆なかなか良い動きをしていたのは事実だ。あと二〜三回訓練させたら、次は二匹相手にやらせてみようかな。
◇
それから数度、大猿や大蜘蛛の魔物と戦い、昼過ぎにドルトンへ戻った。
今回入手した一・五センチ以上の魔石は八個。このペースならあと三日でこの依頼は終わりそうだ。皆の訓練に丁度いいと思ってたけど、少し緩かったかも?
そうだな、多少ペースを落としてゆっくりやるか。まだ依頼の期日まで余裕があるしな。雨の日はお休みでもいいだろう。
実はこの二〜三日、朝夕のウーちゃんとの散歩がてら、大森林で魔物狩りをしていたので、既に大粒の魔石のストックは三十個を超えてたりする。保険はしっかり掛けてあるのだ。依頼失敗はない。
でも皆の訓練にならないので、その事は内緒にしておく。
親は子供の成長を黙って見守るものなのですよ。過干渉はいけません。
あ、俺が一番子供だったな。
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