第129話
「お兄さ……いえ、アリスト様、御無事でなによりです」
「ステラ……本当にステラなのかい? ……なんて事だ、こんな偶然があるなんて!」
俺の帰還を港で出迎えてくれたクリステラと、着水した船から降りたアリストさんの再会の一幕だ。
いや、感動の再会に水を注すのは野暮だから言わないけど、偶然じゃないよ? 成るべくして成った再会だから。
「わたくし、今はフェイス準男爵様の奴隷ですの。大変良くしてもらっておりますわ」
「なっ!? フェイス殿、貴方が妹の主人というのは本当なのですか!?」
「ええ、ボーダーセッツの奴隷商に行った折りに、成り行きで購入致しまして」
「なんと……助けていただいた上、このような申し出をするのが無礼であるのは百も承知でお願い致します! どうか妹を解放してやってはもらえませんか!? お礼は如何程でも用意致します!」
ふむ、アリストさんは結構妹想いなようだ。掴まれた肩に食い込む指が痛い。
でも駄目だよ、次期侯爵ともあろうお方が『いくらでも』なんて言ったら。まぁ、それだけ妹を大切にしてるってことなんだろうけど。
「アリスト様、それは違いますわ。わたくしは自身の意志でビート様にお仕えしておりますの。むしろ、お願いしてお傍に置いていただいておりますの」
「そんなっ!? 何故なんだい、ステラ! 父上なら私が説得するよ、一緒にサンパレスへ帰ろう!」
「いいえ、アリスト様。わたくし、今ではお父さ……侯爵様に感謝しておりますの。だって、侯爵様がわたくしを奴隷商にお売りになったからビート様と出会えたのですもの」
「なんでそこまで! 確かにフェイス殿は幼いながらも優秀な魔法使いかもしれないけど……うん? ふむ。いや、悪くないか?」
あら? 傍観してたらなんか風向きが変わって来たな。アリストさんが顎を指でつまんで考えだした。ちょっと目つきが鋭くなってる。
「ぶつぶつ(優秀で将来性のある魔法使いと繋がりが出来るのは悪くない……あの空を飛ぶ魔法は強力だ。他の貴族に取り込まれると力関係が変わりかねない。妹を傍に置いて親密になった方が利があるかもしれないな。ブランドン殿下との縁が切れたと聞いたときはどうしようかと思ったが……他にめぼしい有力貴族は居ないし、それなら新興勢力に保険をかけておくのもいい……幸い、今回の依頼で繋がりは出来たことだし、関係は良好に保った方が……)」
いや、独り言かもしれないけど、全部聞こえてるからね? 身体強化は聴力も上がるんだよ?
最初は妹想いのお兄さんだったのに、途中からヒューゴー侯爵家嫡男になってる。これが英才教育か、貴族怖ぇ。
「そうか、わかった。ステラが決めたことならもう何も言わないよ。父上にも私から言っておく」
「ありがとうございます、アリスト様! きっとそうおっしゃってくださると思ってましたわ!」
「ハハハッ、昔通り『お兄様』で構わないよ。身分が変わっても兄妹であることに変わりはないんだからね」
「はい、お兄様!」
うおぉ……会話だけ聞けばいい話なんだけど、アリストさんの独り言が聞こえたせいで打算にしか聞こえない!
歴史のある貴族ってこんなのばっかりなんだろうな。関わりたくねぇ。
クリステラは裏表がないから、こんな世界で生きるのはきっと無理だったろう。落ち着くべきところに落ち着いたのかもしれない。
「ビート殿、妹の事、よろしくお願いします」
「……ハイ」
ハイとしか言えねぇよ!
◇
「また拾て来たんかいな。ほんま、ひとりにしたら何かしら拾て帰ってくるな」
「いつもの事だみゃ。気にするだけ無意味だみゃ」
「……キッカも若に拾われてきた」
「う、うちの時はひとりやなかったで! ウーちゃんもおったし!」
「大して変わんなくね?」
「あらあら、うふふ」
「それにしても、セイレーンは卵で産まれるんですのね。初めて知りましたわ」
生き残った船員やアリストさんの事は騎士団に任せ、俺たちは宿に戻って来た。貸し切りになってる大部屋に全員集合している。そう、全員。
もう皆も慣れたものだ。俺が魔物を拾ってきても全く騒がない。
確かに、俺がひとりで魔境に行くと魔物を拾ってくることが多いかも。ウーちゃんしかり、ジョンしかり。この調子で拾ってきていたら、いずれ大森林のジョン周辺は動物王国ならぬ魔物王国になりそうだ。俺自身も『首狩りネズミ』らしいしな。
魔物の王国なら、俺は魔王か? ネズミが魔王ってどうなのよ? スライムより弱そうじゃね?
今回は卵だ。セイレーンの卵。
巣の中で一羽のセイレーンが後生大事に守ってたのを、面白そうだったから持って帰ってきてしまった。しょうがなかったんや。
この卵は折角なので、孵して従魔にしてしまおうと思っている。空飛ぶ魔物にはロマンがあるからな。浪漫が飛行してしまう。
しかし、ここでひとつ問題が。爬虫類系なら放っておいてもいいだろうけど、セイレーンの卵は、多分温めてやらないと孵らない。殻の硬い鳥系の卵だからな。実際、母親と思しきセイレーンはずっと温めてたし。
とはいえ、俺たちはこれから少々遠出を、それもかなりの騒動が予想される遠出をしなければならない。ぶっちゃけ、ノランの首都カガーンに行って、ノランを牛耳る三宗家とやらをぶっ飛ばして来る予定だ。荒事必至な旅になる。
なので、ゆっくり温める事が出来ない。
アリストさんの捜索依頼については、本人の身柄を確保した旨を、ギルドを通してヒューゴー侯爵家へ連絡しておいた。
本当なら依頼期限の五月までに侯爵家へ報告に行かなければならないんだけど、本人の体調が万全になったら送り届けるということで、多少の猶予をもらった。
何しろ、アリストさんは三か月を越えるサバイバルから帰還したばかりだ。元気そうに見えても疲労は溜まってる。休養が必要だ。
侯爵家にしても、本人が生きて見つかったというのなら急ぐ必要はないだろう。
ということで、アリストさんが体を休めているその猶予期間を使って三宗家をぶっ飛ばしに行ってこようというわけだ。むしろこっちが本題だしな。捜索はそのついで。
「というわけだから、僕たちが出かけてる間、代わりに温めておいてね。多分十日はかからないと思うから、孵るまでには帰ってくるよ」
「はい、わかり、ました。交代で、しっかり、温めて、おきます」
「……(コクコク)」
「善処」
「初のお仕事を任されたです。しっかりやっとくですよ」
宿に残していく四人が、それぞれの言葉と動きで返事をする。
この四人は、ノランの海賊総督のところから救出してきた子供たちだ。ようやく普通に動けるくらいまで回復した。
切れ切れの言葉で返事をしたのが四人で唯一の男の子、バジル。亜麻色の髪に垂れ耳が可愛い犬系獣人。イメージ的にはゴールデンリトリーバーかな。優し気な、美少年とまでは行かないものの、二枚目半くらいで親しみやすい顔立ちの少年だ。将来はモテるだろう。
歳は十歳で、俺よりふたつ年上らしい。この四人の中では一番年上ということで、まとめ役のような立場になっている。男の子が女の子をまとめるのは大変だよ? がんばれ。
海賊総督に虐待されていた影響で、まだ喋るのが少々辛いらしく、話す言葉は切れ切れだ。早く治るといいな。
そのバジルの後ろに隠れて頷いているのが、バジルの妹のリリー。やはり垂れ耳の犬系獣人で、白くて長い髪がマルチーズみたいだ。八歳にしては小柄なのも相まって、なんとも庇護欲をそそられる。
でも、頭を撫でようとするとビクッとなって固まってしまうんだよな。これも海賊総督の虐待の影響だ。まったく、こんな可愛い生き物を虐待するなんて、心が歪んでいるとしか思えない。
言葉を喋らないのは単に怯えているだけだ。喋れないわけじゃない。いまのところ、話をしてもらえるのは兄のバジルとアーニャだけらしい。羨ましい。心の傷が癒えたら俺にも話しかけてくれるだろう。それまでは我慢だ。
単語だけで話してるのが普通の人間族のサラサ。黒髪黒目の九歳女児だ。前髪パッツンでオカッパにしてるのが市松人形みたいで、なんとなく日本を思い出す。
この子は救出した時に衰弱が一番酷かった。あと三日遅かったら命がなかったかもしれない。
なんでも、目つきが反抗的だとかで碌に食事がもらえなかったらしい。確かに、少しうつむき加減で上目遣いに見つめる癖があるけど、俺は味があっていいんじゃないかと思う。キャラとB級グルメは濃い味のほうが美味い。
ちょっと喋り方が独特なのが、同じく人間族のキララ、九歳。髪の毛はニンジンのようなオレンジ色で、かなりカーリーだ。その天然のソバージュみたいな髪を頭の左右でツインテールにしている。きゃりー〇みゅぱみゅかよ。
顔もそばかすが多くて、まさにニンジン娘と言った感じだ。キャラは四人の中で一番立ってる気がする。
しかし、見た目と喋りはともかく、中身はいたって普通の女の子だ。王都土産の服を一番熱心に選んでいた。ファッションモンスター?
精神的にも肉体的にもこの子が一番回復している感じだけど、未だに夜中に悲鳴を上げて起きることがある。普段が素直で明るい子だけに痛ましい。
この四人、獣人の兄妹ふたり以外は皆違う村出身なんだけど、いずれの村もノラン兵に焼かれ、家族は皆殺しになり、帰る場所も頼れる人もいないらしい。所謂孤児だ。
そして、この国には孤児院が無い。孤児はすぐに奴隷商に引き取られ、基礎的な教育を受けたあとに売られてしまう。
折角非合法な奴隷から解放したのに、合法的とはいえ再び奴隷にしてしまっては助けた甲斐がない。
なので、俺は彼女たちを使用人として雇うことにした。生活の面倒をみる代わりに、
彼女たちも今後の生活に不安を感じていたようで、俺の提案に迷うことなく乗って来た。自分たちを非合法な奴隷から解放してくれた恩人の提案ということもあったようだ。
そう、この子たちは非合法の奴隷だった。その身体のどこにも契約紋は無かった。彼女らの心身は、法と商売の神リーブラによる制約ではなく、暴力と鉄の鎖によって縛られていた。十九世紀以前の黒人奴隷たちと同じだ。
不当に略取されてきた子供を契約で縛るのは、法と商売の神様としても許せない行為だったらしい。この世界の神様は前世と違って公正だ。生まれや信仰で差別したりしない。ただ秩序としてそこにあるだけだ。
なので、彼女たちの身分は奴隷ではなく平民だ。ちゃんと給料を払って雇うことになる。まぁ、俺は奴隷にもちゃんと給料出してるけどな。安いけど。
その彼女たちの初仕事が卵の世話というわけだ。……まぁ、普通の使用人はやらない仕事だけど、犬や馬の世話と思えばおかしくはないだろう。魔物だけど。
「この西町で僕たちにチョッカイ出してくる奴はいないと思うけど、絡まれたら冒険者ギルドに逃げ込むんだよ? もう来ないとは思うけど、海賊が来たときもね。あと、まだ夜は冷えるから、寝るときはちゃんと毛布を被って寝る事。宿の人には前払いで二十日分の宿代と食事代を渡してあるから、ご飯もちゃんと食べること。必要なものがあったら、渡したお小遣いで買うんだよ? 無駄遣いしないようにね。あとは……」
「長いわ! あんたはおかんか!」
キッカに突っ込まれた。だって心配じゃん? まだ子供だよ? ちょっと前まで死にかけてたんだよ?
「ビート様は本当に、子供にお優しいですわね」
「自分もまだ子供なのにな」
「うふふ、そうね。まだ子供ね」
優しくはないと思うけどな。普通だよ、普通。子供には元気で笑って遊んでて欲しいってだけだ。保護者なんだから、世話を焼くのは当然だろう。
それとルカ、目線が下の方に行ってる。そこがまだ子供なのはしょうがないだろ、まだ二次性徴が来てないんだから。
「心配、してくれる、のは、うれしい、です。旦那様、は、なんだか、お父さん、みたい、です」
「……(コクコク)」
「とても同い年とは思えないですよ。やっぱり若くして準男爵様になられる人は違いますですね」
「安心」
お父さんねぇ。前世では子供どころか、結婚もしてなかったんだけどな。彼女がいたこともあったけど、あんまり長続きしなかったし。
そもそも、結婚の必要性ってやつを感じなかったからな。
食事はコンビニ弁当やレトルト、掃除は掃除ロボ、洗濯は全自動洗濯乾燥機があったから家事は一通り問題なかったし、夜の生活の方はお店やデリヘルがある。
まぁ、お店は会社の先輩に連れて行ってもらった一回きり、デリヘルは呼んだこともなかったけど。
結婚して跡取りを作らなきゃいけないような名家でもなかったし、継がなきゃいけない家業も無かった。
結婚したところで、親の年収で将来がほぼ決まるような世界では、生まれてくる子供が可哀そうだ。夢も希望も無い。
まだ実力で立身出世できるこっちの世界の方が希望は多いんじゃなかろうか? 命の危険も多いけど。
「それじゃ、明日は準備して、明後日に出発するよ。皆、抜かりなくね」
「「「ハイ!」」」
いよいよ海賊の本拠地へ乗り込む時だ。某ギャルゲーじゃないけど、北へ!
……でもまだ夏じゃないんだよなぁ。
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