第128話
アリストさんと男の人は、虚ろな目を天井に向け半笑いを口元に張り付けたまま、身じろぎひとつせずされるがままになっている。……これがかの有名なレイ〇目か。男のレイ〇目とか、誰得?
この画像は削除だな。いや、残しておけば、後々役に立つかも? アリストさんが侯爵を継いだ後とか……ニヤリ。大人は腹黒いのですよ。汚れて黒くなってしまうのです。汚れつちまつた悲しみに。
いかん、中原中也が出てくるとは、最近
帰ったらウーちゃんと遊んで癒されよう。〇ビワンには無理でも、わんわんならスカイウォーカーを救える。
さて、冗談はさておき。これはセイレーンの呪歌の効果だろう。体の自由を奪われ、思考を麻痺させられているものと思われる。起きたまま夢を見せられているってところか。それもいやらしい夢。
交尾中にも他のセイレーンが歌ってるってことは、歌が切れると効果も切れるんだろう。後遺症が残らなければいいんだけど。フラッシュバックとか。
ドームの中には他に二羽のセイレーンがいた。一羽は寝床の端で寝ており、もう一羽は食事中だ。食べているのは大きな魚。
よく見ると、部屋の隅には骨らしき白いものが積み上げられている。魚だけでなく、大型の動物の骨、ぶっちゃけ人の頭蓋骨も見える。骨の主が着ていた服の残骸と思われる布もある。やっぱ最後は喰われちゃうのね。男って悲しいなぁ。
この様子だと、既にこの二羽は
ということは……まずい、この二羽が終わったら一巡する! そのあと二回戦が始まるならいいけど、そうじゃなかったら皆でお食事タイムだ! 悠長に観察してる場合じゃない、アリストさんが喰われてしまう!
とか言ってる間に、アリストさんじゃない方の男の人がビクビクと痙攣してる! 出ちゃったの!? ちょっと待って、早いよ!
大急ぎで平面を送り込み、男の人とアリストさんの上に乗っかってる二羽を突き飛ばす。接合部から糸を引きながら吹っ飛ぶ二羽。いやらしいなぁ。
セイレーンが離れたところを見計らって、横たわるふたりの周りを平面で囲む。これで喰われたり人質にされる心配はない。
異常事態が発生したことで警戒したのか、巣に居たセイレーン共が騒ぎ始める。でも残念、ふたりを確保した時点でチェックメイトだ。
俺はスカイウォークで巣へと駆けつける。
うっ、すっげぇ生臭い。入口に立っただけで、奥から魚と腐った肉とアレの臭いが混ざったとんでもない悪臭が漂ってくる。吐きそう。これは時間との闘いだな。俺の息が切れるか、セイレーン共が全滅するか。
スポットライトを頭の上に固定し、息を止めて巣の中へと突入する。いざ、勝負!
明かりで俺に気付いたのか、ドーム入口にいた二羽が凄い形相で向かってくる。美人が台無しだ。お嬢さん、地が出てますよ?
セイレーン共の攻撃方法は、噛み付きか足の爪による切り裂きしかない。そして巣穴は幅が狭いから一羽ずつしか向かって来れず、飛ぶこともできない。
「ギィエェエェッ!!」
先頭のセイレーンは噛み付きを選択したようで、大口を開けて俺にむかってくる。
野生の獣相手なら有効かもしれないけど、武器を持った人間相手には悪手でしかない。無防備な頭がすぐそこだ。
俺は左手の剣鉈をその口に突き込み、右手の鉈で首を刈り取る。頭を失って力なく倒れ込んでくる体を、右足を蹴り上げて奥へと蹴り倒す。残り五羽!
一拍遅れてその首から勢いよく血が噴き出し、後ろのもう一羽の顔にかかる。視界を塞がれたセイレーンは顔を翼に擦りつけて血を取ろうとするけど、そんな隙を見逃す俺ではない。
右手の鉈をその頭に振り下ろし、勢いのまま地面へと叩き伏せる。頭を割られたセイレーンは、ピンクの肉片混じりの血だまりのなかで数度痙攣し、動かなくなった。
俺は左手の剣鉈を振って、刺さったままだったセイレーンの首をうち捨てると、改めて巣の奥へと走り出す。あと四羽!
「「♪~~♪~~♪」」
突如、巣の奥からものすごい勢いでどす黒い気配があふれ出してきた。体にまとわりつくような、粘液質の気配だ。これはおそらく呪歌だな? 流石音速、避ける間もない程の速さだ。
でも残念、歌で戦いを止められるのはアニメの中だけだ。耳栓をしている俺には効果がない。『アタシの歌を聞け!』と言われても、俺はお前の歌など聞かない(効かない)!
呪歌は風系の魔法かと思っていたけど、気配の色からすると別系統の魔法みたいだ。黒い気配というのは今まで見たことがない。魔物特有の魔法かもしれない。
その黒い気配を切り裂いて、俺は奥へと突き進む。終点のドームの手前で一羽のセイレーンが俺に向かってくる。また噛み付こうというのだろう、
頭から向かってくるのを横薙ぎの鉈の一振りで叩き伏せる。鼻から上の頭半分が斬り飛ばされ、壁に赤い花を咲かせる。残された体は俺の横を通り過ぎて数歩走り、地面に倒れ込んで同じような花を咲かせた。あと三羽!
ドーム入口まで達する。そこを見計らったように、天井付近にホバリングしていた一羽が急降下して襲い掛かってくる。鋭いカギ爪が俺に迫る。
しかし残念、俺の気配察知は平面のマップじゃない、3Dの空間マップだ。ホバリングして待ち伏せていたことは分かっていた。一歩だけ下がってカギ爪を躱すと、セイレーンは勢いを殺せずに地面へ着地する。その一瞬の隙を突いて、無防備な胸の中央へ左手の剣鉈を刺し込む。軽くひねって剣鉈を抜くと、セイレーンは胸の穴から大量の血を吹き出しながらうつ伏せに倒れ込んだ。あと二羽!
抜いた剣鉈を振って血のりを落とし、右手の鉈を奥で歌っているセイレーンに向かって投擲する。回転しながら飛んだ鉈は、セイレーンの右目をかち割る様に頭へ食い込む。
その勢いで後ろに倒れたセイレーンは、骨の山の中へ突っ込んで動かなくなった。あと一羽!
最後の一羽は、俺に敵わない事を悟ったのか、うつ伏せのまま俺をスゴイ顔で威嚇している。必死の形相だけど、こっちも仕事なんだよね。生きてたらまたヒトを襲うだろうし、帰る際の安全確保のためには生かしておけない。
「『やめろぉっ! 誰か、助けてくれぇっ!』」
突如、セイレーンが嗄れた男の声で命乞いをした。ああ、これがアリストさん達が騙されたっていうセイレーンの声真似か。確かにオッサンとしか思えなかった。なかなか面白い芸だ。
でもその声、オッサンが言ったから覚えたんだよな? そんで、そのオッサンはそこの骨の山に混じってるんだよな? 弱肉強食の世界だから仕方ないけど、あんまり気分のいいものじゃない。
セイレーンの眉間に剣鉈を突き入れてアッサリと始末する。ミッションコンプリート。
ここまで二分くらいか。もうそろそろ俺の息も限界だ。ひとまず外へ出よう。体に臭いが染み付きそうだし。
セイレーンの頭から剣鉈を引き抜くと、支えを失ったセイレーンの身体が横向きに倒れる。と、その下に白くて丸いものがあった。人の頭くらいの大きさで、灰色の斑模様だ。
おおっ!? これってもしかして?
◇
「う……むぅ……」
「アリスト様! よかった、気が付かれましたか!」
「キース? ここは……っ! セイレーンはっ!?」
「もう大丈夫です、セイレーンはいません。ここはギザンへ向かう船の上です」
アリストさんの意識が戻ったのは、船が島を出てしばらくしてからのことだった。もうひとりは既に目を覚まし、船首近くで何日ぶりかのパンを貪るように食べている。
「ギザン? ……っ! 本当か!? 本当に助けが来たのか!?」
「はいっ、アリスト様! 俺たち助かったんですっ! 俺たち……俺たち、帰れるんですっ!」
「っ! そうか! ……よかった、本当によかったっ!」
「アリスト様ぁっ!」
「キースっ!」
キースさんとアリストさんが泣きながら抱き合っている。昔のスポ根アニメか女性向けの薄い本かよ。まぁ、気持ちは分からないでもないけど。
ここは俺の船の甲板だ。そこに毛布を敷いてアリストさんを寝かせていた。既に服は着せている。
俺じゃなくて、他の船員の人にやってもらった。いくらイケメンでも、裸の男を触るのは嫌だったから。他の船員も全員甲板に出ていて、めいめい腰を下ろしたり船べりから海を見下ろしたりしている。
なんで皆が船室に居ないのかというと、船室に入れないからだ。
あの島には実に多くの船が漂着していた。王国だけでなくノランの船もあったし、時代も様々だった。そんな船内には使われることのないお宝や既に魔力の切れた魔道具が多数残されていたので、このまま忘れ去られるよりはと頂いて来たのだ。
せこくない、『もったいない』だ。
その戦利品で船室が埋まってしまったから、申し訳ないけど皆には甲板で我慢してもらっているというわけだ。とはいえ、それほど不自由はしていないと思う。
「これはっ! 飛んでるのかっ! しかも速い!」
アリストさんが船べりから海を見下ろしてビックリしている。そう、船は現在、リュート海を南東に向かって高速飛行中だ。
普通に飛ばすと空気抵抗が強くてスピードを出せないから、船体の周りは紡錘形の平面で覆ってある。そのおかげで風がないから寒くないし、むしろ春の陽光でポカポカだ。揺れもないし、現代の大型旅客機より遥かに快適なはず。機内食ならぬ船内食もあるしな。セルフサービスだけど。
「フェイス準男爵閣下の魔法だそうです。アリスト様を救出してくださったのも閣下ですよ」
「フェイス準男爵……あの少年か」
アリストさんが立ち上がり、デッキで舵をとっている俺のところへ歩いてくる。いや、別に舵輪を握る必要はないんだけど、船を動かすなら握ってた方がいいかなと思って。要するに気分の問題だ。
「貴方がフェイス準男爵殿ですか? 私はヒューゴー侯爵家の嫡男、アリストと申します。セイレーンからお助けいただいた上に、ギザンまでお送りいただけるとか。ご厚情、感謝致します」
「どうも、冒険者のビート=フェイスです。礼には及びませんよ。そもそも、依頼で貴方の足取りを追っていましたので。この度は災難でしたね。ご無事で何よりです」
会話はしっかりしてるな。どうやら呪歌の後遺症はないようだ。もしかしたら後でトラウマとして表出するかもしれないけど、そこまでは面倒見きれない。自力で克服してくれたまえ。
「冒険者……依頼ですか。やはり私の実家から?」
「はい、依頼主は侯爵閣下です。貴方が不在の間に少々問題が起きたようですから、早く帰って安心させてあげてください」
「……なるほど。重ね重ね、ありがとうございます。この御恩への感謝の証はいずれ、必ず」
真面目な顔でアリストさんが礼を言う。今の僅かな会話から、侯爵家の現状を推測したらしい。顔だけじゃなくて、頭も悪くないようだ。
まったく、王様といいブルヘッド伯爵といい、どうやらこの世界のイケメンは、天から二物も三物も与えられているらしい。父ちゃんが普通に見えてくるぜ、チッ!
「お気になさらず。僕としても他人事ではなかったですし」
「は? それは一体……」
「ギザンに着けば分かりますよ。ほら、もう薄っすらと『ドラの衝立』が見えます。もうすぐですよ」
遥か西の水平線が凹凸を持った稜線へと変わった。ギザンまであと少しだ。
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