第127話
「お、おいっ! なんだアレ!?」
「なんだ!? また鳥共か!?」
「違うっ! 上だ、アレっ!」
「あれは……ふ、船っ!?」
「なっ!? 落ちてくるぞ!」
「に、逃げろぉっ!」
「うわぁあぁっ!?」
どっぱぁーんっ!!
大波が座礁した船の甲板を洗う。喚いていた男たちは波に押し流され、船べりの手すりに辛うじて引っかかっている。落ちた者は居ないようだ。流石は海の男。
ヒトは出会いからの数分で第一印象が決まるという。なので、インパクトのある登場を演出するために、空から落ちてきてみた。人が落ちてくるところから始まる物語というのは定番だしな。
でもコロニーとか宇宙戦艦なんかの大物が落ちてくると、宇宙戦争モノになっちゃうこともある。中型の帆船くらいならセーフだろう、多分。
思ったより勢いがありすぎて想定以上の大波が発生してしまったけど、船自体は俺の平面魔法で保護していたから問題ない。さっきまで喚いていた男たちも静かになってるし、結果オーライだ。世間ではあの状態を『呆然としている』というかもしれない。
「王国の冒険者、ビート=フェイス準男爵です! あなたたちに訊ねたいことがあります、代表はどなたですか!」
自分の船から座礁している船までスカイウォークで移動しながら、男たちに呼びかける。えーっと……全部で五人か。気配察知によると、甲板に四人、船室にひとりだ。船室のひとりはちょっと気配が弱い。怪我でもしたのだろうか、弱ってるみたいだ。
声を掛けられたことで混乱から立ち直ったのか、何度かそれぞれを見回した男たちは、最後にひとりの男を見て動きを止める。四十歳くらいの中肉中背男性だ。どうやら彼がこの中じゃまとめ役になるみたいだ。その男の人が俺の前まで小走りで寄って来る。
「わ、私は王国第三騎士団所属のキース伍長であります。し、失礼ですが、準男爵というのは本当ですか?」
「うん、本当だよ。船が飛んでるの見たでしょ? 僕、魔法使いなんだ」
「な、なるほど、失礼しました。このような格好で申し訳ありません。閣下」
キースさんは居住まいを正し、頭を下げた。いや、ずぶ濡れにしたのは俺だから、そんなに恐縮されると申し訳ない。またちょっとやりすぎたかな。
子供貴族の俺にも礼儀を正すとは、軍人だけあって上下関係には厳しいらしい。体育会系な感じだ。
「いいよいいよ。まだ成りたて貴族だし、別に気にしてないから。それより、何か揉めてたみたいだけど、何かあったの?」
ホントは知ってるけど、すっとぼけて訊ねてみる。
「は、はい、閣下! 実は今朝方、私共をまとめておられたヒューゴー侯爵家のご子息が、セイレーンに攫われてしまったのです!」
「えっ、侯爵家の子息って、アリストさん!? 僕、依頼でアリストさんの消息調査してたんだよ!」
勢い込んで話すキースさんに対して、わざとらしく驚いてみせる。大人の面の皮は厚いのだ。厚くなってしまうのだ、必要に駆られて。
「はい、アリスト様で間違いありません! 奴ら、今までは歌うか直接狙ってくるだけだったんですが……」
キースさんが、今朝までの出来事を語ってくれた。
海賊に帆を焼かれて潮に流され、この島に漂着してすぐに、セイレーン共の襲撃を受けたそうだ。それによって、海賊との戦闘で既に操船もままならないほど数を減らしていた船員が、もうどうしようもないまでに数を減らしてしまったそうだ。
それからも断続的にセイレーンの襲撃があり、一か月程前に船長までもが攫われた事で、アリストさんが皆をまとめるようになったのだとか。それ以降はセイレーンに攫われる者は出なくなり、救助が来ることに一縷の望みを託して今まで頑張っていたのだという。
そして今朝。
船室で寝ていると、攫われた船長の助けを呼ぶ声が聞こえたという。慌てて甲板に出たところ、待ち構えていたセイレーンに襲われたのだとか。どうやら船長の声はセイレーンの声真似で、セイレーンの作戦だったらしい。
なるほど、カラスやオウムの仲間は声真似が上手だし、上半身の造りが人間とほぼ変わらないセイレーンなら人間の声真似なんて造作もないだろう。
それにセイレーンは魔族だとクリステラは言っていた。本能のままに行動する魔物じゃなくて、知能も社会性もある魔族。作戦を練って騙すくらいのことは十分にあり得る。ちょっと面倒かもしれない。
「攫われたのが朝なら、もしかしたらまだ生きてるかもしれないね。助けに行ってくるよ。オジサンたちは僕の船に移って待ってて。船倉に水と食料があるから、それで腹ごしらえでもしててよ」
「助かります! 実はもう食料が底をついてまして、この二か月程は魚しか食ってなかったんです!」
男たちから歓声が上がる。やっぱ食い物は大事だな。衣食住の三つの中でも、重要度は最も高い。ボロを着ててもホームレスでもなんとか生きていけるけど、食わないと確実に死ぬし。
男たちのことは、とりあえずこれでいいだろう。それじゃ、囚われの王子様を助けに行きますか。
◇
セイレーンの巣は島の中央、山の山頂付近にあるようだ。そこに、今まで会った魔物の中では最大級の気配が集中してる。流石、生まれついての魔法使いであるセイレーンだ。
気配の色は青。人魚の気配も青かったけど、あっちはヒトの魔法使いに似た明るい青だった。セイレーンのそれは明度も彩度も低い、暗い青だ。魔物に近い。やっぱ魔族って事か。
そのセイレーンの気配に混じって、人の気配がふたつある。あれ、ふたつ? 攫われたのはアリストさんだけじゃないの? 以前に攫われた人がまだ生かされてたのかな? まぁいいか、行けば分かる。
気配を辿って飛んで行く。
島の海岸線は全体的に岩場で、島の東側だけに砂地がある。海流で運ばれてきた砂が溜まったのかもしれない。
川が海に注いでいるのが見えるけど、流れは細くて急だ。渓流がいきなり海に流れ込んでる感じ。小さい島だし、川があるだけマシかも。絶海の孤島だから、ヒトが住むには不便かもしれないけど、遠洋漁業の中継地くらいになら使えそうだ。セイレーンの巣と光学迷彩の壁が無ければ、だけど。
島の中央にある山は全体が木や草で覆われており、山頂付近のみ所々大きな岩が露出している。
セイレーン共はその岩のあたりに巣を作っているようだ。集落のようなものは見えないから、岩陰か隙間を利用しているんだろう。ゴブリンや猪人のように小屋やテントは作らないらしい。
まぁ、あの手というか、羽じゃ作りたくても作れないか。服も着てないくらいだからな。ニワトリはいつもハダシで、セイレーンはいつもハダカ。窓から入ってこないように気を付けないと。
巣まで五百メートル程のところで森に降りる。セイレーンが海鳥の性質を持っているとしたら、視力はかなり良いはずだ。遮る物がない空ではすぐに見つかってしまうだろう。
いや、別に見つかっても構わないんだけど、もしアリストさんたちを人質に取られたらめんどくさい。魔族は半端に知恵が回るから、そういう展開にならないとも言い切れないんだよな。
森の中に隠れてしまえば見つかる事はないと思うけど、念のため、さらに灌木のテクスチャを貼った平面の下に隠れる。これでかなり見つかりにくくなった……はず。相手のスペックが良く分からないっていうのは、どうにも厄介だな。やっぱ事前調査は重要だ。
というわけで、カメラとマイク平面をセイレーンの巣へと送り込むことにする。
アリストさんたちが居ると思われるのは、大きな岩に出来た高さ三メートル、幅一メートル程の亀裂の奥だ。入口の周囲にセイレーンは見当たらない。不用心だな。
いや、警戒する必要がないのか。この島一帯では、セイレーン共が生存競争の頂点なんだろう。気配察知でも、セイレーンより大きな気配は感じられないし。
≪≪♪~~♪~~≫≫
入口までカメラを進ませると、微かに数羽の合唱と思われる歌(鳴き声?)が聞こえてくる。フルートのようなソプラノの、なかなか綺麗な歌声だ。おそらく、これがセイレーンの魔法だろう。魅了の魔法を乗せた歌、差し詰め『呪歌』といったところか。
『聞いたらマズイかな?』と思ったけど、俺には特に何か影響が出ている感じはしない。
俺の平面マイクで届けられるのは音だけだから、魔法の効果までは俺に届かないのか、あるいは距離が離れてるから魔法の効果が出てないんだろう。どちらにせよ検証するわけにはいかないから、突入する時は耳栓必須だな。
カメラを奥へと進める。中は明かりも無く、薄暗い。
入口から三メートル程で、周囲は岩から土へと変わり、緩やかに左へ曲がりながら奥へと続いている。岩でできてるのは入口近辺だけのようだ。ここから先はセイレーンが自分で掘ったんだろう。
鳥の仲間にも巣穴を掘る種類がいるけど、くちばしの無いセイレーンはどうやってこの巣穴を掘ったんだろう? 足? 魔法?
縦横一・五メートル程の巣穴をさらに五メートルほど進む。音量の大きくなった歌と、それに合わせるようにリズミカルな擦過音が聞こえる。
でも画像は真っ暗で良く分からない。何かが蠢いてるのが辛うじて判別できる程度だ。
しかし俺の平面魔法ならこんなときも安心! 画像の輝度とコントラストを調整すれば、ほらこの通り!
巣穴の終点は半径三メートル程のドーム状の空間だった。ドームの入り口付近に二羽のセイレーンが居る。呪歌を歌っているのはこの二羽だ。二羽とも黒髪で彫りの深い整った顔立ちをしている。魔族じゃなけりゃねぇ。
中央付近には乾燥した草を敷き詰めた寝床があり、そこにアリストさんと、昨日の戦闘でも見かけた男の人が仰向けに寝かされていた。やっぱりふたり攫われていたみたいだ。
そしてふたりとも全裸だった。それぞれの腰の上には一羽ずつセイレーンが跨り、リズミカルに体を上下させている。
あらあら、まあまあ。
お愉しみの最中でしたか。
あらあら、まあまあ。
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