第051話

 買い物を終えた俺たちは宿に帰って来ていた。ただし、人数が増えたので部屋は大部屋に替えてもらっている。セキュリティの心配やウーちゃんの件もあるし、八人部屋を貸し切りにした。四台ある二段ベッドのひとつが余るので、そこは荷物置き場になっている。


 帰ってきて早々、俺はいつもの偽水晶玉を出し、皆に魔法使いである事を明かした。クリステラも同様に、そして訓練次第で皆も身体強化の魔法が使えるかもしれないという事も明かした。

 四人とも盛大に驚いてくれたが、部屋の周囲は真空を挟んだ平面で覆ってあるので、声が外に漏れる心配は無い。『真空を挟む』っていうのも不思議な言い回しだな。


「という事で、皆にも魔力操作と身体強化の訓練をしてもらうから」

「あらあら。自信はありませんが、分かりました」

「それが出来なきゃ坊っちゃんと一緒に行けねぇんだろ? ならしょうがねぇ」

「みゃ~……」

「……頑張る」


 魔法が発現するかどうかは未知数だけど、身体強化は出来た方がいい。強くて困るって事は無いだろうしな。

 早速クリステラを監督にして魔力操作の訓練を始める。背中に当てた手から魔力を流し、魔力の感覚を覚えるところからだ。

 最初は俺が監督するつもりだったんだけど、クリステラが奴隷頭として張り切っているので任せてしまう事にした。ザ・丸投げ。


 だからと言って、俺が暇なわけではない。改良したカメラビューの確認をしなければいけないからな。

 カメラビューは便利なんだけど、如何せん重大な欠陥がある。それは視界が完全に切り替わってしまう事だ。

 人間は情報の八割を視界から得ていると言う。だとするとカメラを切り替えるというのは、八割の情報が別の物に置き換えられるという事だ。これはまずい。


 今、俺の目の前には十インチタブレット程の平面が浮いており、その表面には鮮やかなサンゴ礁と色とりどりの魚が映し出されている。これはドルトンから北西に一キロ程の海底で、そこに送り込んだカメラからの映像だ。平面はモニターだな。


 生前使用していた3DCGソフトでは、複数のカメラを同じデータ内で扱う事が出来た。そして、設定次第でビュー(視界)に設定していないカメラでもレンダリング(映像化)が可能だった。ならば、平面魔法のカメラでも同じ事が出来る可能性は高い。という事で試してみたら、どうやら予想通りの結果になったみたいだ。

 レンダリングした画像を平面にテクスチャとして張り付ける過程があるので、厳密にはリアルタイムの画像ではない。極々僅か、大体三十分の一秒位遅れてる感じだろうか。普通の人なら気付かない程度の遅延だ。大して問題にはならないだろう。衛星中継のように一秒近く遅れるなら気になるだろうけど。


 じゅるり。


 背後から何やら湿った音が聞こえたので振り返ってみると、皆が興味津々と言った顔で平面モニターを覗き込んでいた。クリステラを含む。

 訓練はどうした?

 そして湿った音の正体は、アーニャが涎をすする音だった。モニターの中の魚に目が釘付けだ。

 平面を拡大して百インチ程の大画面にしてやると、べったり張り付いて離れなくなってしまった。


「魚、好きなの?」

「大好きだみゃー! ギンアジの塩焼きは人類最高の発明だみゃー!」


 目をキラキラさせながら答えるアーニャ。随分とお手軽な最高もあったものだ。

 モニターの中では一匹の銀色の魚が悠々と泳いでいる。これがギンアジだそうだ。ヒラアジに似ているけど、こちらは二メートル以上ある。きっとヒラアジの仲間が大型化したものなのだろう。魔物の跋扈するこの世界だから、大きくならないと生き残れなかったのかもしれない。

 確かヒラアジは群れて泳ぐ魚だったと思うんだけど、ギンアジは単独で泳ぐ魚のようだ。大型化したため、群れる必要が無くなったんだろうか?


「そっか。んじゃ、身体強化が出来るようになったら食べさせてあげるよ」

「みゃっ!? ギンアジが食べられるのかみゃ!? なら一生懸命頑張るみゃ!」


 アーニャの目の色が変わった。やっぱりネコ耳獣人は魚が好きなのか。食いつきが違う。

 この分だとあっという間に身体強化を覚えてしまいそうだ。俺も久しぶりに魚が食いたくなってきたし、それがモチベーションになるなら一石二鳥だ。


「アーニャだけずりぃぞ! ぼっちゃん、あたいたちも出来るようになったら何かご褒美くれよ!」

「あらあらサミィ、奴隷がご主人ようにおねだりしちゃだめよ!」


 抗議の声を上げたサマンサをルカが窘める。姉妹だから、サマンサじゃなくて愛称でサミィって呼ぶんだな。


「いやいや、皆がやる気になってくれるならご褒美くらい出すよ。奴隷からの解放は契約があるから無理だけど、それ以外で僕に出来る事なら叶えてあげるよ」

「さあ、みんな! 頑張って身体強化を覚えましょう! うふふふ」


 手をパンパンと叩く、見事過ぎるルカの変わり身。意外に即物的な性格だったみたいだ。そんなにまで欲しいものがあるんだろうか?

 デイジーも両コブシを握ってフンスッ! と鼻息を荒くしている。ご褒美の効果は思った以上に大きいようだ。


「あのう……ビート様? わたくしは何かご褒美を頂けますの?」


 クリステラがおずおずと遠慮がちに聞いてくる。そう言われても、クリステラはもう身体強化は使えるしな。でも、何も無しというのも可哀想だ。


「そうだなぁ……それじゃ、他の四人が身体強化を使えるようになったら、クリステラにも何かご褒美をあげるよ」

「ではみなさん、もう一度最初から行きますわよ!」


 クリステラもやる気になったようだ。てか、ルカと反応が同じだな。実は似た者同士だったりするのかもしれない。



 やる気になってる皆の邪魔になっちゃいけないから、俺はウーちゃんと散歩に出る事にした。

 時間は黄昏時。どこの家庭も、そろそろ夕食の準備を始める時間だ。

 冷蔵庫のないこの世界では、乾物や穀類等の日持ちがする食品以外は、その日のうちに消費するのが普通だ。

 そんなわけで、夕食の準備をする直前のこの時間帯、街は買い物客で溢れかえっていた。この世界でも人混みってあるんだな。

 散歩するにはちょっと人口密度が高すぎる。俺とウーちゃんは北門から街の外へ出る事にした。



 ドルトンの街の南は大森林、西は海だ。東は一部平原に繋がっているけど、北東方面へ掛けて大きな森が広がっている。通称『暗闇の森』と呼ばれるこの森は、大森林程ではないものの、広大な面積を誇る国内有数の魔境だそうだ。先日のゴブリン共もここから攻めて来たらしい。今はゴブリン共の気配も無く、比較的小さな気配の魔物が居るくらいだけど。

 そして北方面。こちらは海沿いに街道がずっと北へ延びている。街道の東側は暗闇の森になっているので、海と森に挟まれた街道だ。

 門番をしていた兵士らしき初老の男性に聞くと、この街道は海沿いにいくつかの村や町を結びながら北へ延びており、途中から東に折れてボーダーセッツに続いているそうだ。ボーダーセッツから西に延びてた道は此処に繋がってたんだな。

 途中にある村や町へ物資を運ぶ為に自然と出来た道で、東海道ひがしかいどうと呼ばれているそうだ。なんか読み間違えそう。


 その東海道へ、ちょっと足を延ばしてみる事にした。ウーちゃんに合わせて小走りで北上する。

 街道の東側は、三百メートル程の草原地帯を挟んで森が続いている。西側は百メートルほど先で切り立った崖になっており、それがずっと先まで続いている。ドルトンがあの場所にある理由は、あそこにしか船が停められなかったからかもしれない。

 崖は三十メートル程の高さで、その先の海はそこそこ深そうだ。落ちても転落死する事は無さそうだけど、上がって来れる場所も無い。俺はスカイウォークで昇って来れるけどね。


 三十分程走ったあたりで、前方に人の気配があるのに気付いた。距離にして一キロ程。街道を行く行商人かと思ったけど、どうも様子がおかしい。

 ひとりが先行して走っており、その少し後を五人が追従している。どうやら追いかけられているようだ。こちらへ向かっている。

 あと十分もしないうちに見えて来るだろうけど、何やら不穏な感じもするので、カメラを飛ばして確認する事にした。改良しておいて良かった。


≪おう、そろそろドルトンが近ぇ! 遊びは終わらせて帰ぇるぞ!≫

≪お頭、あの娘はどうしやすか!?≫

≪決まってんだろ、とっ捕まえて遊びつくした後はゴブリンの苗床だ≫

≪へへっ、その時はあっしらにも回して下さいよ?≫

≪構わねぇが、ガバガバなのは我慢しろよ?≫

≪≪≪ギャハハハッ!≫≫≫


 カメラに付属させた集音平面から、聞くに堪えない騒音が垂れ流されて来た。見た目も、小汚い革鎧にボサボサ頭の、見るからに盗賊な男たちだ。うん、悪人確定。

 しかもこいつら、例のジャーキンとかいう国から送り込まれた後方攪乱要員のようだ。放って置くと際限なく街や村が荒らされる。

 なにより、明確にいま前線に行ってる村長の敵だ。手加減する必要は無い。惡即斬。


 追われてるのは若い娘さんだ。

 歳の頃は十二〜十三歳、髪は白。顔はちょっとツリ目気味だけど、概ね可愛いと言っても問題ないだろう。肌は日に焼けた健康的な小麦色で、体つきは引き締まって細い。胸は俺好みのチッパイだ。A判定をあげよう、二重の意味で。

 しかし、それはこの際置いといていい。重要だけど後回しだ。今はそれよりも重要な事がある。

 それは、彼女の耳が大きく横に伸びた笹穂型であるという事だ。


 ダークエルフキタァーーーッ!?

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