第052話
「た、助けて!」
「うん、いいよ」
「はぁ、はぁ、あ、え? ……ほんまに?」
駆けて来たダークエルフ娘の、助けを求める叫びにシンプルな回答を返すと、彼女は意外そうな顔で聞き返してきた。自分が助けてって言ったんだろうに。
俺とウーちゃんは街道の真ん中に立って待っていた。
ダークエルフ娘は五十メートル程前方からこちらへ向かって走ってきている。さらにその後方五十メートル程を盗賊が追いかけてきている。もう盗賊からも俺の姿が見えているだろう。
それはそうと、この娘の喋り方ってもしかして?
「はぁ、はぁ、あいつら盗賊や! うちの村が襲われて、助けてもらうんにうちだけ逃げて来たんや!」
関西弁! マジか!? なんでダークエルフが関西弁?
いや、父ちゃんたちも何処だか分からない方言だったな。そういう意味でならアリ……なのか?
「はぁ、はぁ、小さい思たら子供やん! 『助けて』言うといてなんやけど、自分も逃げた方がええわ! って、うわっ、草原狼がおる!?」
「ああ、僕の仲間だから心配要らないよ。とっても賢いんだよ」
ダークエルフ娘が俺の目前まで来て止まった。大分息が上がってるな。
ウーちゃんを見て盛大に驚いてるけど、ウーちゃん自身は落ち着いたものだ。俺の右隣に座って大人しく頭を撫でられている。
「はぁ、はぁ、へぇ、そうなん? ……って、あかん! 追いつかれてもうた!?」
話している間に盗賊共が追い付き、俺たちを囲むように広がった。逃がすつもりは無いってことだろう。大体均等に、半径五メートルくらいで丸く囲まれた。
「くっ、もうちょいやったのに……」
ダークエルフ娘が悔しそうに盗賊共を睨む。
「はぁ、はぁ、なんでこんなところにガキと草原狼がいるんだ?」
「はぁ、はぁ、ガキはともかく、草原狼は厄介だ。おめぇら、気を付けろ!」
「「「はぁ、はぁ、へいっ!」」」
正面に陣取った短髪髭モジャが、他の盗賊共に注意を促す。こいつが頭目のようだ。
そしてこいつらも大分息が上がってる。運動不足だな。不摂生してそうだし。
盗賊共は、それぞれが手に短剣や片手剣、片手斧などを持っている。弓や槍なんかの、射程の長い武器を持っている奴は居ないようだ。やり易くていい。
防具は革の鎧や毛皮のベストだ。なんか山賊っぽい。似たような仕事(?)だし、そういうものなのかもしれない。
「おいガキ、そこの娘を渡せ! そしたらお前は見逃してやる!」
「やだ。僕も連れ去るか、抵抗するなら殺すつもりでしょ?」
即答。この状況で俺を見逃す理由なんかないからな。
「チッ、ガキが妙な知恵回しやがって。ああそうだ、大人しくしてるならしばらくは生かしと「だが断るっ!!」い……あぁん?」
頭目のセリフをばっさり切って、死ぬまでに一度は言ってみたかったセリフを被せてやった。なかなか気持ちいいな、これ。頭目が目を白黒させてる。
「ジャーキンに連れて行って奴隷にでもするつもり? 男はゴブリンの苗床には出来ないしね」
「っ!? お頭っ!」
「なんでその事を!? てめぇ、ナニモンだ!!」
盗賊共が、殺気も露に包囲をジワリと詰める。改めて確認が取れたな。こいつらはジャーキンの手先だ。つまり村長の敵。
「ただの冒険者だよ。まだ駆け出しだけどね。さて、確認も終わったし、もう何も話さなくていいよ?」
「ガキが! 粋がってんじゃグビュッ!?」
頭目が喋ってる間に真っ直ぐ全力で距離を詰め、その勢いのまま飛び膝蹴りを髭モジャの顎に叩き込む。無理やり閉じさせられた口から、前歯が数本折れて飛び散る。
「話さなくていいって言ってるのに」
着地した俺は、崩れ落ちる頭目の胸ぐらを掴み、その場で一回転して勢いをつけた後、左に居た盗賊に投げつけた。流石に、村長みたいに片手で振り回したりは出来ない。
「お、おかしグワッ!?」
変なセリフを残して頭目諸共吹っ飛んだ盗賊は放って置いて、俺は更にその左の盗賊に向かって走る。
「このガキ、かなり
本来は傭兵だけあって立て直しが早い。ダークエルフ娘を無視して、脅威と判断した俺を残った三人で囲んできた。でも遅い。
抜き打ち様に剣鉈で、目の前の盗賊が振り下ろしてきた
「なっ!? ぐふぅっ!?」
一瞬怯んだ隙に、盗賊の金的へ左アッパーを叩き込む。丁度いい高さだった。同じ男としては心苦しい限りだけど、明日からはオトメン(本物)として生きてくれ。
「
背後から盗賊が剣で突いてくるけど、気配察知で既に把握済みだ。ひらりと身体をひねって剣を避けると、そのまましゃがんで足払いを仕掛ける。
「うわっ!? ぐぅっ!?」
つんのめってヘッドスライディングした盗賊の無防備な延髄に、空中で一回転したジャンピングニードロップをお見舞いする。一回転はサービスです。
気絶した盗賊の上での膝立ちの体勢から立ち上がる事無く、そのまま横にゴロゴロと転がって距離を取る。
その俺の髪を数本、横薙ぎの片手斧が引きちぎって行く。
「チッ、避けやがったか! すばしっこい奴だぜ!」
「ふーん、腐っても傭兵だね。なかなか鋭い振りだったよ」
「……そんな事まで知ってやがるのか。ますます生かしちゃおけねぇな」
最初から
俺は立ち上がりながら、身体に付いた土埃を左手で払う。
「安心しろよ、苦しませずに死なせてやるガァッ!?」
盗賊の右上腕にナイフが生えた。身体の埃を払うフリして、懐に忍ばせた素材剥ぎ用のナイフを投げたのだ。
投げナイフの練習なんかしてないのに上手く刺さったのは、日頃の行いが良いから……ではなく、実はナイフのグリップに平面魔法のヌルを仕込み、それで角度や位置をコントロールして刺したのだ。平面魔法、便利過ぎる。
致命の隙を見せた盗賊に向かって一気に距離を詰めると、その勢いを保ったまま両足で踏み切ってジャンプする。
盗賊は刺さったナイフを抜いて武器にしようとするけど、もう遅い。
俺のブーツの底が盗賊の顎を綺麗に捕らえる。ドロップキックだ。
食らった盗賊はクルクルと三回程錐揉み回転した後、背中から大の字に倒れて気を失った。なかなか見事なやられっぷりだ。才能あるな、やられ役の。
さて、これで全員片付いた……
「きゃあぁっ!?」
と思ったのに。
声のした方を振り向くと、ダークエルフ娘が盗賊のひとりに捕まっていた。首筋に短剣が突き付けられている。
まだ他に盗賊が居たのか? と思ったら、最初に頭目を投げつけられて転がっていった奴だった。どうやら大したダメージじゃなかったみたいだ。運のいい奴。
「ち、近寄るな! 武器を捨てろ! じゃねぇと、この娘が死ぬぞ!」
おおう、テンプレセリフ頂きました! こいつもやられ役の素質あるな。まあ、他の盗賊共も見事なやられっぷりでダウンしてるわけですが。
「武器ってこれの事?」
俺は剣鉈の切っ先を盗賊に向けて腕を伸ばす。
「こ、こっちに向けるんじゃねぇっ! そうだ、そいつを捨てるんだ!」
盗賊が、向けられた切っ先を避けるように頭を傾ける。ビビりすぎだろう。
ダークエルフ娘は、首筋に当てられた短剣にビビって声も出せないようだ。
仕方ない。剣鉈をくるっと回して刃の部分を掴み、柄の方を盗賊へと向ける。
「へへっ、それでいいんだ。手間かけさせやがって。じゃあそいつを捨てて後ろへ……」
「ほいっ」
盗賊が指示を言い終える前に、俺は剣鉈を上へ放り投げる。剣鉈がクルクルと回りながら放物線を描く。皆の視線がそれを追って上へ向いた瞬間、
「ガウアァッ!!」
「ぎゃああぁっ!?」
ウーちゃんが短剣を持った盗賊の腕に噛み付いた。流石は生まれつきの狩人、隙は見逃さない。
盗賊は短剣を取り落とし、ダークエルフ娘がその隙に逃げ出す。
ウーちゃんは盗賊を押し倒し、激しく首を振る。盗賊の腕からボキボキと骨の折れる音が聞こえる。うわっ、すっげぇ痛そう。
「離せ、離せこの畜生がぁっ!」
涙目の盗賊がウーちゃんの鼻面を殴って引き剥がそうとするけど、ウーちゃんはその一瞬前に自分から離れ、逆に殴ってきた腕に噛み付きなおす。
「ぎゃあああぁっ、腕が、オレの腕がぁっ!?」
再びボキボキと骨の折れる音が聞こえる。両腕とも折れてしまっては、もう引き剥がす事も出来ないだろう。盗賊は耳障りな悲鳴を上げるだけで、抵抗らしい抵抗も出来ないでいる。
じゃ、そろそろいいかな?
「ウーちゃん、待て!」
ウーちゃんはピタリと動きを止め、咥えていた盗賊の腕を放した。
そして俺の目の前まで戻って来て座り、俺を見てパタパタと尻尾を振っている。『アタシエライでしょ? ほめてほめて!』と言った感じだ。
身体は大きくなったけど、可愛いのは変わってない。
「よーし、よくやったぞウーちゃん。エライエライ」
ワシャワシャと頭や耳を撫でまわしてやった。
ウーちゃんはブンブンと尻尾を振ってご機嫌だけど、これはむしろ俺へのご褒美です。戦いで荒んだ心が癒される……嘘です、荒むほどの厳しい状況じゃありませんでした。
でも撫でる! 何故って? そこに犬が居るからさ!
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