第053話
間もなく夕日が水平線に掛かる。そろそろ帰らないと。カラスは鳴いていないけど、暗闇の森からはギャーギャーという魔物の鳴き声が聞こえてくるし。
とりあえず盗賊共を武装解除する。防具とズボンを脱がせ、武器を集めて回る。
ズボンを脱がせたのは、それで盗賊共を縛り上げる為だ。変な趣味は持っていない。小汚いオッサンのスネ毛やパンツなんざ見たくも無いけど仕方がない。
なるべく触らないようにしながら盗賊共の身ぐるみを剥いでいく。なんか臭いのが更にやる気を削ぐ。何この拷問?
戦闘じゃ全くダメージを与えられなかったくせに倒された後でダメージを与えて来るとは、なんという奇略。おのれジャーキン許すまじ。
俺がまだ見ぬ敵国への恨みを貯めながら苦行に挑んでいる間、ダークエルフ娘は妙に静かだった。何してるんだろうと思ったら、俺の素材剥ぎ用ナイフを手に、何やら思いつめた顔をしてその刃を見つめていた。あ、これはいかん。
ドロップキックを食らって伸びている盗賊のひとりの前まで行くと、彼女は両手で逆手に握ったナイフを振り上げた。
俺は素早く移動して彼女の腰にしがみつく。
「ダメ、駄目だよ!」
「堪忍や! お願いやから見逃してぇな! こいつらがうちのオトンとオカンを!!」
「だからって、それは駄目だよ!!」
「なんでやの!? こいつら盗賊やん! なんでこいつらが殺すんは良うて、うちが殺すんはあかんの!?」
「そうじゃなくて! それ僕の素材剥ぎ用ナイフだから、使うならあの短剣にして!」
「……え?」
「それと、そいつじゃなくて頭目と腕の折れてる奴にしてくれるとありがたいかな?」
半狂乱になってたダークエルフ娘が、あっけにとられた顔で動きを止めた。俺を怪訝そうな顔で見つめて来る。
生き物の身体、特に大型ほ乳類の骨は意外に硬い。下手に当てると、金属の刃でも簡単に欠けたり歪んだりする。それ程高価なナイフじゃないけど、冒険者になって初めて買ったナイフだから愛着があるんだよね、それ。壊されると悲しい。
「敵討ちでしょ? いいよ、止めないから。でも、こいつらを捕まえたのは僕だから、僕の取り分も残しておいて欲しいんだよね。生かしたまま盗賊を引き渡すと、ギルドの討伐ポイントが多めに貰えるんだよ」
盗賊や犯罪者を生きたままギルドに引き渡すと、犯罪奴隷として売却した際の利益分を貢献度としてポイントに加えてくれるのだ。
街の警備兵に引き渡しても何も貰えず、善意の協力として処理されてしまうから、それならギルドに持って行く方がお得だ。
「その気絶してるふたりと股を押さえて呻いてる奴は、怪我が軽いからポイントになると思うんだよね。でも腕の折れてる奴と歯が砕けてる奴は、治るまでに時間がかかるか、もう治らないかもしれないじゃない? それじゃポイントにならないから、それならここでお姉さんの鬱憤晴らしに使っちゃってもいいかなって」
「……自分、可愛い顔してエライエグい事考えてるな……」
めっちゃ引かれた。ダークエルフ娘がジト目で見下ろしてくる。いいじゃん、ポイントは貯めてなんぼだよ。
盗賊共の人権? 何それ、美味しいの?
どうしても避けられない事情があってやむなく犯罪に手を染めたならともかく、こいつらは仕事として盗賊行為をしていたんだから、同情の余地は寸毫も無い。
ダークエルフ娘は毒気を抜かれたのか、ため息を吐きながら振り上げていたナイフを降ろして、俺に返してくれた。その後は何をするでもなく、ただぼんやりと俺の作業を見ているだけだった。
多分ダークエルフ娘を縛り上げる為に持ってきていたのだろう、盗賊共はロープを持っていた。全員を縛るには長さが足りなかったから、ロープは盗賊共の首を数珠つなぎにするのに使った。連行する際、ひとりでも抵抗すれば全員の首が締まるというわけだ。『ワンフォーオール、オールフォーワン』、ひとりが皆のせいで、皆がひとりのせいで! 悪魔の電車ごっこというわけだ。
ロープの端はウーちゃんが咥えている。散歩に行きたくて、
その先に繋がれてるのがムサい下着姿のオッサン五人というのは萎えるけど。
「じゃ、街に帰ろうか」
後ろ手に縛り上げた盗賊共を連れて移動し始めたはいいものの、盗賊ばかりでなくダークエルフ娘までも歩みが遅い。俯いてトボトボという感じだ。このペースだと、街に着く頃には真っ暗になってしまう。
「ちょっと失礼」
「きゃっ!?」
俺はダークエルフ娘の後ろに回り、膝裏と背中に手を回して抱き上げる。所謂お姫様抱っこだ。思ったより軽い。
鈎裂きの出来たスカートから太ももがチラリと見えたけど、細くて肉が薄かった。村での生活はあまり裕福じゃなかったのかもしれない。
「ちょっ、なんやの!?」
「いいから、喋ると舌噛むよ。ウーちゃん、ちょっと急ぐよ」
ウーちゃんが器用にもロープを咥えたまま『ウォフッ』と返事をしたので、身体強化を発動させて走り出した。
「うわわっ!? 自分、スゴいな! うち抱えてこんな
「まだまだ速く走れるけどね。後ろが付いて来れなくなるから」
俺とウーちゃんにとってはちょっと速めのお散歩ペース位だけど、後ろ手に縛られた盗賊共にはかなりきつい速度だろう。特に、俺に
それでも全員がなんとか付いて来ている。遅れれば自分の首が締まるからな。かなり必死だ。
「くそっ、覚えてろよこのクソガキ!」
「絶対ぶっ殺してやる!」
「へー、まだ悪態を吐く余裕があるんだ。ウーちゃん、もうちょっと速くしても大丈夫みたい。早く帰ってご飯食べよう」
「「「すいませんでした! もう言いません!」」」
なかなか息の合った連中だ。傭兵だけあって、チームワークは良いのかもしれない。連携も悪くなかったしな。
ちなみに、五人居るのに四人分しか返事が無い。その理由は、頭目は歯が折れてて喋れないからだ。折れた歯で喋ると口の中がザクザク切れるらしい。目が覚めてすぐに、悪態を吐こうとして大出血してた。おバカさんだな。
「……ぷっ!」
お、ダークエルフ娘が笑った。
「クククッ……自分、おもろいな。なんや悩んでるんがアホらしなってきたわ」
「ええっ、なんで僕!? 変なのは盗賊共じゃん!」
心外だ。俺は至って真面目な七歳児なのに。いろんな意味でヨゴレ役の盗賊共より面白いと言われるとは。
「アハハッ、ゴメンゴメン。そういや、まだ助けてもろたお礼言うてなかったな。ホンマおおきに。うちは海エルフの『キッカ』や」
「僕は冒険者のビート。……海エルフ?」
ダークエルフじゃないのか。また別の種族なんだな。
確かにダークエルフの女性というとボンッ! キュッ! ボンッ! なイメージだけど、この娘はシュルンッ! な感じだし。決してストーンッではない。腰のクビレはあるみたいだからな。
「海エルフっちゅうんは、そのままズバリ、海に住んでるエルフのこっちゃ。どこの国にも属さんと、船であちこち貿易しながら生きてる。元々は森エルフやったらしいけど、風やら水やらの魔法が得意やった
なんと! 闇落ちしたとかじゃなく、単に日焼けしたエルフだったのか。
そういえば、色の黒いアラブ系人種も遺伝子的には日焼けしただけの白人だという話を聞いた事がある。それのエルフ版か。
「うちのオトンとオカンは、うちが生まれるからセンナの村に腰落ち着けたって言うてたわ。そんでうちも十歳になったし、次に仲間の船が来たらそれに乗ってまた海に出よう言うてたんやけど、それから三年経っても仲間の船は来ぇへんし、何かあったんちゃうかって心配してたらこの盗賊や。ホンマ、えらい災難やで」
「ふーん。村を襲った盗賊は何人くらい居たの?」
「二十人くらいちゃうかな? こいつら入れて」
なるほど。隊長ひとりに部下四人の小隊が四つ、つまり中隊規模か。あんまり大所帯だと潜入任務はやりづらいだろうから、このあたりを荒らしてるのはそれで全部だろう。
冒険者が討伐に向かうとしたら、二〜三倍の人数が必要かな。只の盗賊じゃなくて盗賊を装った傭兵団だから、普通の盗賊よりはるかに練度は高いはずだ。それくらいいないと返り討ちに会いかねない。
それに、圧倒的な物量で一気に片を付けてしまいたい。じゃないと、人質を取られてしまう。若い女性たちが囚われているはずだからな。
「……なぁ?」
そんな事を考えてたら、キッカがなにやら躊躇いがちに話しかけてきた。
「なに?」
「自分、まだコマいのにエライ強いやん? 有名な冒険者なん?」
「まさか。まだ冒険者になってからひと月くらいの駆け出しだよ。ドルトンにも昨日着いたばかりだし」
「ふ〜ん。けど草原狼を従魔にしてるし、強いんは間違いないか。将来も有望そうやな……」
そういうと、少し考え込んだ後、決意に満ちた目で話しかけて来た。
「あんな、助けてもろといて厚かましいとは思てるんやけどな、ひとつうちの頼みを聞いて欲しいんや」
なんか必死そうだ。かなり無茶なお願いみたいだな。
もしかして盗賊の殲滅か? そのくらいなら魔法全開にすれば余裕だと思うけど。
まぁ、聞くだけは聞いてみよう。判断はそれからだ。
「ん~、まぁ、僕に出来る事だったらね?」
キッカの目がさらに真剣みを帯びる。これはいよいよ重大な事らしい。
まさか、背後にいるジャーキンまで倒してくれとか言い出さないだろうな? それは流石に難しいかもしれない。国ひとつを相手にするのは、一介の冒険者には荷が重い。
単に首脳陣を暗殺してくるだけなら出来そうだけど。軍隊も魔法全開ならなんとか……あれ、そう考えると意外に難しくないのか? 俺ひとりでなんとかなりそう?
「あ、あのな……そ、その、な……」
かなり言い澱んでる。これは俺も心して聞いた方が良さそうだ。
「その、う、うちを買うて欲しいんやっ!!」
「……ハアァッ!?」
いきなりなに言ってんの、この
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます