第268話

「では今回の講義はここまでにしましょう。次回は実技ですが、今はまだ魔法を使える人が僅かですので、この講義室で魔力認知の訓練を行います。魔法を使える人も錬魔の訓練をしますので、サボらないようにしてくださいね。ではお疲れさまでした」


 ふう、ようやく三年生の初回授業が終わった。

 これで全学年で一回ずつ、授業を行ったわけだけど…なんか、皆ポカンとしてるな。ちょっと詰め込みすぎたか? 各魔法の概要と魔法発動の概念説明だけだったんだけどな。

 まぁ、今の文明レベルじゃ化学反応も分子、原子構造も理解できないだろうし、仕方ないか。理学の先生でも知らないような内容だもんな。

 魔法文明が発達してる弊害かもな。なんでも『精霊』とか『神の御業』で片付けられちゃって、そこからの深掘りがされてないんだろう。

 火が燃えるのは火の精霊の仕業、雨が降るのは神のご意思。全部が全部そんな感じだ。

 だから火が燃えるのを化学反応、雨が降るのを水分子の状態変化って言っても、今までの常識が邪魔をして素直に吸収できない感じ。


 更にいうと、貴族の子女という出自も吸収を妨げている一因になっているように感じる。これが学のない庶民ならもっと吸収が早かったかもしれない。

 貴族の子女というのは、学園に入学する前から多少なりとも教育を受けている。識字率がほぼ百パーセントというのがその証拠だ。つまり、今までの魔法なり理学なりの常識を教えられているわけだ。

 これが新しい知識を学ぶにあたっての障害になっているように感じる。古い常識が邪魔をして、新しい知識を拒絶しているんじゃないかな。


 これは前世でもあった話で、具体例を挙げると、デザイナーのマック信仰だ。

 初期のデジタルデザイン環境がマックからスタートしたという経緯から、古い世代のデザイナーにはマック愛好者が多い。黎明期から使い続けているのだ。

 そういう人が業界の第一人者になって今度は人に教える立場になると、当然生徒たちにもマックを使って教えることになる。すると、生徒はマックを使ったツールオペレーションを覚えるわけだ。

 ところが、実はゲーム開発業界ではほとんどマックは使われていない。ほぼ全てがウィンドウズ環境だ。

 というのもマックはメンテナンス性が悪く、日々進化し続けるPCハードウェアの更新に対応できないからだ。ウィンドウズやリナックスに比べて、極端に拡張性が低い。

 なので、学校で世間とは異なるオペレーティングを学んできてしまった学生は、どうしても最初は戸惑って上手くウィンドウズマシンを扱えないことが多い。美大を出た人に特に多いような気がする。

 逆に、専門学校を出た人は最初からウィンドウズ環境だったりするから、すぐ仕事に慣れて即戦力になることが多い。でも給料は美大卒のほうが高いんだよな。不思議な話だ。


 これと同じことが今起こっているんだろう。時代どころか世界が違っても、問題の本質は変わらないということか。どうしたらいいんだろうなぁ。


「フェイス先生、フェイス先生!」


 おっと、考え事をしていたら、話しかけられているのをスルーしてしまっていたみたいだ。


「はいはい、えーと、君は確か……」

「三年一組のサラ=カーペンターです」


 ああ、そうそう。某B級映画の巨匠と同じ名字の子だ。

 でも映画監督の家系じゃなくて、王家の保養所の設計と建築を担当した大工の家柄だったはず。その出来栄えに感動した当時の王様に姓を与えられて貴族になったんだとか。以来、代々建築を担当する貴族家だったはず。

 脳内のウィンドウに表示されているライブラリの貴族名鑑にはそう書かれている。


 赤いショートカットの髪が、どことなくジャスミン姉ちゃんに似てる。けどジャスミン姉ちゃんほど背は高くないし、ナイスバディでもない。顔立ちも体格も普通の女の子

だ。


「フェイス先生が、昨年まで学園に在籍していたジャスミン=ワイズマンお姉様の伴侶というのは本当ですか?」


 授業の質問じゃないのか。うーん、やっぱり難しかったかなぁ?

 っていうか、ジャスミン姉ちゃんの事? ああ、去年まで在籍してたから、在校生の中にジャスミン姉ちゃんを知ってる人がいてもおかしくないのか。


「個人的な事について答える気はありませんが、特に隠す事でもないので答えましょう。ええ、彼女は私の妻です。今年の年明けに式を挙げました」


 招待客が多かったから、王国内でも知ってる人は多いはず。今更隠すことでもないし、別に知られて困ることでもない。

 新婚だとは言わない。熱々だと思われると、ちょっと気恥ずかしいからな。実際は熱々どころか、毎晩搾り取られてますが。


「そう、やっぱりそうなんですね……」


 どうしたんだろう? 俯いてしまった。声も少し低くなってる。


「えっと、どうかし……」


 うわっ、声をかけようとしたら急に顔を上げて、睨まれた?


「ビート=フェイス! アタシたちからお姉様を奪った罪、必ず償わさせるわ! 覚えておきなさい!」

「……はい?」


 俺を指さしてそう言うと、カーペンター嬢は走り去ってしまった。走り去る先には同じように俺を睨む女子の一団が。


 ……何なの?



「ということがあったんだけど、何か心当たりは?」


 その日の帰宅後、食後の団らんでジャスミン姉ちゃんに聞いてみた。俺に心当たりはないからな。何かあるとしたらジャスミン姉ちゃんだ。


「サラ? サラ……サラ……赤毛……ああっ、サッちゃんね!」


 なんか、バナナを半分しか食べられないような愛称だな。っていうか、本名より長くなってる愛称ってどうなの?


「サッちゃんはね、いつもヨッちゃんたちと一緒にアタシの身の回りの世話をしてくれてた子よ。よく手作りのお菓子を持ってきてくれていたわ! 髪もアタシと同じ赤だったから、妹みたいに思ってたのよ。卒業のときも大泣きしてたわね。懐かしいわ!」


 ほう、面倒を見ていた後輩か?

 いや、面倒を見てもらってたのはジャスミン姉ちゃんか。裁縫以外の日常生活スキルは皆無だもんな。

 きっと、皆で持ち回りでジャスミン姉ちゃんの世話をしてくれてたんだろう。ありがたいことだ。


「で、何でそのお世話係に俺は糾弾されなきゃいけないんだろう?」

「さぁ?」


 いや『さぁ?』って、貴女のことでしょうに。


「ビート様、それはおそらく『赤薔薇親衛隊』ですわ」

「赤薔薇親衛隊? クリステラ、それって?」


 何か変な団体名が出てきたぞ? 親衛隊って、今どき少女漫画でも出てこないだろう。昭和か? まだ昭和からの使者が学園に居る?


「ミン様は学園では人気者でしたから。女性にしては大柄な体格、それでいて女性的な体付き、燃える赤い髪、整った顔立ち、男性顔負けの武術の腕前、気取らず誰にでも臆さない性格と物腰、そして英雄の愛娘。話題性は抜群でしたから、当時から注目の的でしたわ。特に下級生の女子からは『お姉様』と慕われていたそうですわ。声を掛けられただけで卒倒する子もいた程だとか」


 おおう、昭和のグルーピーかよ! 当時は、ファンよりディープな連中をグルーピーって言ってたんだよな、確か。

 相変わらずのクリステラ情報は凄いな。どこから入手してるんだろう? 謎だ。


「そんな中で、より熱心な信奉者が集まって作ったのが『赤薔薇親衛隊』だそうですわ。ミン様は、当時『赤薔薇の君』と呼ばれてましたから」

「へー、そうなんだ?」


 いや、なんでジャスミン姉ちゃんが感心してるの? 貴女の事でしょうに。

 しかしまぁ、まるっきり昭和の少女漫画だな。ということは、


「僕がジャスミン姉ちゃんを盗ったと思われたのか」

「おそらくそうですわね。今三年生なら、当時は一年生ですわ。初めての学園生活で出会ったのがミン様なら、その印象は強く残ったはずですから」

「あー、せやな。メッチャ目立ついうか、華があるもんな、ミンはん」

「そう? 別に変なことはしてなかったわよ、アタシ」

「それはウソだみゃ! 少なくとも、普通の女の子は親の敵を討ちに隣国へ単身殴り込んだりしないみゃ!」

「あー、あれは大変だったよな」

「そうね。でも、今となってはいい思い出よ。うふふ」

「……貴重な経験」


 思いがけず昔話に花が咲く。

 そうかあれはもう二年以上前の話なのか…って、まだ二年しか経ってないのか!? なんか、もう十年以上昔の話な気がするんだけど。

 あれだな、この数年の間にイベントが多すぎたんだな、きっと。人生の密度が高すぎたせいだ。

 そして、その密度の濃さは今もまだ継続している気がする。


 ふーん、親衛隊ねぇ。

 学園に蔓延る昭和の根は深そうだな。

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