第267話

 一月も下旬になって学園の授業も本格的に始まり、いよいよ俺の初講義の日がやってきた。

 大人相手の講義は何度もやったけど子供相手は初めてだから、ちょっと緊張する。


 最初の講義は一年生の魔法学だ。

 俺の学年だな。単なる偶然だけど、顔見知りがいるとちょっとだけ緊張が和らぐ気がする。そういう意味では偶然に感謝だな。


「えー、皆さんこんにちは。この授業の教師を務める王室魔導士のビート=フェイスです。いつもは皆さんと一緒に学んでいますが、この授業と武術では教師を務めさせていただきます。切り替えが難しいかもしれませんが慣れてください」


 魔法学の授業に割り当てられた講義室には、この学年の貴族の子女たち二十六人が集まっている。

 男爵位の子女も含めてこの人数だから、今年は貴族の子女が少ないのかもしれない。まぁ、少ない方が目が行き届いていいか。

 講壇に上がって挨拶をした俺を見て『えっ、本当に先生なの?』とか『子供じゃん』とか言う声が上がる。二組の子たちだな。君たちもまだ子供だからね?


「今年からは授業の内容が大きく変わるのですが、それにはまだ他国では知られていない重要な情報が含まれています。よって、皆さんには『この授業で知り得た情報を受講者以外に明かさない』という誓約書への記名をしてもらわなければなりません」


 多分、世界の最先端だからな。守秘義務が生じるのは当然だ。例え親兄弟であっても漏らしてもらっては困る。

 まぁ、いずれ漏れるとは思うけど、それはできるだけ先延ばしにしたいというのが王様の意向だ。


「また、皆さんの魔法適性によっては神の禁忌に触れる可能性もありますので『神の禁忌に関わる如何なる研究にも着手、協力をしない』という誓約書にも記名をしていただかなければなりません」


 むしろ、こっちの誓約書の方が本命。これは絶対に書いてもらわないと。

 もし魔法に関する情報が他国に漏れたとしても、最先端を走り続ければ不利になる可能性は低い。先行者として突っ走ればいいだけだ。

 けど、もし神の禁忌に触れてしまったら、飛んできたラプター島に辺り一帯を焼野原にされて終わりだ。王都でそれをやられたら国が亡びかねない。


 実は、王様から『魔法を王国の発展のためだけに使用する』っていう誓約書も書かせようって案が出てたんだけど、それは俺が全力で拒否した。そんな誓約書を書かせるくらいなら国を出るって言って断った。

 だって、そんなのを書かされたら冒険できなくなるじゃん。魔物を倒すのにも国の許可が必要になってしまう。実質的な魔法の使用禁止だ。

 王様もそれは言ってみただけだったみたいで、その時はすぐに取り下げたけど……どこまで本気だったのやら。

 多分、本当に書かせたかったのは『俺に』なんだろうな。領地や婚姻政策でも安心できないから、できるだけ多くの鎖で繋ぎとめておきたいんだろう。心配性だな。


「ふざけるな! 俺たちは奴隷じゃない、そんな誓約書に名前なぞ書くものか!」


 拒否の声を上げたのは、予想通りジャンポール君だ。何かと俺に突っかかってくるんだよな。余程強く親御さんから言い含められているんだろう。


「発言は挙手の後、許可を取ってからするように。それと、これは誓約書です。奴隷契約に使用するのは契約紋で、書類は使用しません」

「そ、それがどうした! 俺たちは」

「『俺たち』というのはやめなさい。あたかも君が全員の声を代弁しているかのように聞こえますが、全員が君の賛同者ではないはずです。主張があるなら自分だけの意見として述べなさい」


 よくいるんだよな、自分の意見が全体の総意みたいに語る奴。

 前世でも、マスゴミや野党がよく使ってた手法だ。流行ってもいない流行を作ってみたり、現実と乖離した世論を作ってみたり。

 声だけは無駄にでかいもんだから、それが正しいことのように聞こえてしまうんだよな。

 けど、世論を操作するには有効だったりするのも事実だ。多くの民衆は大きな声に流されちゃうからな。流されない為には、自身が賢くなるしかない。バカだと簡単に流されてしまう。まったく、困ったものだ。


「嫌なら講義室から出ていきなさい。以後、この授業を受ける必要はありません。他にも同じ意見の人がいるなら出ていきなさい」


 『嫌なら帰れ』だ。ゲ〇ドウさんは暇じゃないのだ。

 ぶっちゃけ、やる気のない奴に教えることほど、時間の無駄はない。

 覚える気も学ぶ気もないから、どれだけ労力を注いでも垂れ流しで何も残らない。その時間でやる気のある奴を教える方が、数倍有意義でやりがいがある。頭の良し悪しは関係ない。


「くっ、俺にそんな口を利いて、只で済むと思うなよ! お前ら、行くぞ!」

「出ていくなら自分だけにしなさい。他者を巻き込むのは感心しません。皆も、選択は常に自分の意志で行いなさい」

「くっ……ちっ!」


 子供をやり込めるのはどうかと思うけど、大事なことだ。

 重要な選択肢は自分で選ばないといけない。誰かに託しても、その誰かが責任を負ってくれるとは限らない。じゃないと、『失敗しました。君だけ不幸になってね』ということもありうるのだ。

 大事なことだから、大人が教えてあげなければならない。それが大人の義務だ。

 まぁ、今の俺は子供なんだけどな。


「ちなみに、私が今まで教えた人は全員が魔法使いになっています。その手法が私にはあります。この誓約書に記名した人にも同様の手ほどきを行う予定です。確実とは約束できませんが、高い確率で魔法使いになれるでしょう」


 講義室にざわめきが起こり、ジャンポール君に従って席を立とうとしていた数人が動きを止める。

 だよね。今や貴族でも魔法を使える人は僅かだ。次男や三男以下でも、魔法を使えるってだけで次期当主になれる可能性が上がる。既に兄姉が当主を継いでいても、独立して新たな家を立てることができるかもしれない。

 王国の法律では基本的に跡を継げない女性でも、より高位の貴族家への嫁入りが期待できるかもしれないし、婿を取って実質的な当主になれるかもしれない。

 つまり、将来の選択肢が格段に増えるわけだ。しかもプラスの方向に。これは魅力的だろう。


「お、おい、お前ら!?」

「……すいません、ジャンポール様」

「ボクたち、いや、ボク魔法を使えるようになりたいです」

「くっ、勝手にしろ!」


 結局、ジャンポール君だけが乱暴に扉を閉めて出て行ってしまった。

 この後、ジャンポール君だけが孤立しないように気を配らないといけないな。ひとりだけ魔法が使えなくていじめられるかもしれない。一応先生だからなぁ。面倒なことだ。


「では皆さんはこの二枚の誓約書に記名してください。誓約を破ると死にそうなくらいの激痛が走りますから、絶対に守ってくださいね」


 俺の言葉に動揺する生徒が何人か出るけど、その生徒たちもすぐに諦めて記名している。

 大丈夫、破らなければ何も起きないから。


「全員記名しましたね? では早速初回の授業を始めます。先ず魔法とは何かということからですが――」


 ようやく授業が始められる。

 きっと、二年生、三年生の授業でも同じようなことが起きるんだろうなぁ。先が思いやられるよ。

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