第266話
「馬術のカスケード先生が落馬して馬の下敷きになった! 医務室に運んだけど、ルナ先生は自分だけじゃどうしようもないって!」
「なっ!? 分かった、私が街から医者を呼んでこよう! パブロ先生は校長へ報告を、ホットスプリング先生はカスケード先生のご家族へ連絡を! 他の皆は生徒に不安を与えないように説明と待機の通達を!」
「わ、分かりました!」
「はい、行ってまいります!」
ワイリー主任の指示で皆が動き出す。指示が的確だ。能力的には優れているっぽいな。軍隊ならやり手の指揮官になれたかもしれない。
ルナ先生は男爵家の三女だ。三十路直前で独身。
医務を担当する校医で、見た目はそこそこ良いんだけど性格はかなりキツイ。歯に衣着せぬ物言いで、言い寄る男たちを一蹴してしまう。
子供にも同様なので、男子生徒たちからは恐れられている。
そこで付いたあだ名が『
半面、女子生徒からの人気は高く、密かにファンクラブが組織されているとも聞いた。まるで少女漫画だ。転生者が居た疑惑が更に濃くなった。
ホットスプリング先生が外出するとなると、クラスへの説明は俺がすることになるのか。だよな。
いきなり先生らしい仕事が回ってきてしまった。ちょっと緊張する。冒険者学校では何回も先生したけど、あっちは大人ばっかだったからなぁ。
こっちは子供ばかりで、どんな反応をするか予想できない。俺が子供の頃ってどんなだったっけ?
「――というわけですが、皆さんへの影響はいまのところありません。落ち着いていつも通りに生活してください」
「カスケード先生は大丈夫なんですか?」
「なんとも言えませんね。医者の診断を聞く前に皆さんへの通達に来ましたので。明日には詳細をお伝え出来るかと思います」
「……チッ、使えねぇな」
俺の話に舌打ちする茶髪ロン毛君は、クラスの中心人物のひとりで伯爵家の長男だ。名前はジャンポール=ブルーウォーター。
そう、俺が『初代は転生者なんじゃないか』という疑惑を抱いているあのブルーウォーター家だ!
俺としてはジャンポール君と仲良くなって、初代の手記や逸話があれば見たり聞いたりしてみたいなと思ってるんだけど、どうも俺は嫌われているらしい。
どうやらブルーウォーター家は貴族派に属しているらしいから、多分それが理由だろう。親に何か言われていると思われる。『あそこの家の子とは遊んじゃいけません!』的な何か。
仲良くなるには、越えなければならない障害が多そうだ。
「では各先生方も忙しいので、今日の授業はこれで終了とします。寮に帰って明日に備えてください」
まぁ、見た目はともかく、中身はオッサンの俺だ。子供の舌打ちくらいで腹は立てない。大人の余裕で受け流す。精一杯粋がるお子様の様子は微笑ましいくらいだ。
む、無理なんかしてないんだからねっ!
今はまだ年間講義の選択期間で、本格的な授業は始まっていない。
けど、それでも行われている授業はある。それは選択科目の授業だ。何を選んだらいいかの参考として、各科目のデモンストレーション的な授業が行われているのだ。
今回の落馬事故も、そのデモンストレーション授業中に起きたものだった。いいとこ見せたくて無茶したのかもな。
選んで欲しくてデモンストレーションを行ったのに怪我で肝心の授業が出来なくなるなんて、カスケード先生はついてない。
「チッ、おい、帰るぞ!」
「「「は、はい!」」」
二度目の舌打ちか。構ってもらえなくて不機嫌になってるっぽいな。ジャンポール君に引き連れられて、取り巻きの面々が一緒に待機室を出て行く。
ジャンポール君は長男、つまりは嫡男らしいから、きっと甘やかされて育ったんだろう。自分の思い通りにならないことは許せないらしい。お子様だな。
けどぶっちゃけ、今は子供に構ってる暇がない。
このあと教員待機室に戻って、カスケード先生の容態確認と今後の授業計画について各先生方と協議しなきゃいけない。
カスケード先生の怪我の具合によっては、今年の馬術の授業は長期順延になるだろう。中止すら有り得る。
その穴埋めで授業編成が大幅に変更されるかもしれないから、どの授業を行うか、その話し合いが必要になる。
担当授業が増えるということは、それだけ子供たちに対する影響力が上がるということだ。ここぞとばかりに貴族派の教師たちが押し込んでくるだろう。
はぁ、面倒くさいことになりそうだ。
◇
「右の太ももと右上腕の骨折で全治三か月ですか。そこからちゃんと乗馬できるようになるまで更に三か月として、半年は授業ができませんね」
教員待機室では少々話しづらいということで、全教員が集まれる大会議室に場を移して話し合いがもたれている。
ワイリー主任のいう通り、カスケード先生はしばらく休養することになりそうだ。太ももの骨が肉を突き破って外に出ていたらしい。想像するだけで痛そうだ。
ルナ先生が『自分の手に~』と言ったのは、骨を元に戻すには自分だけじゃ人手が足りないという意味だったらしい。痛みで暴れる大の大人を押さえつけるんだから、そりゃ女の細腕だけじゃ無理だろう。
骨折と外傷だけならジャスミン姉ちゃんの治癒魔法で治せると思うけど、今は王様に治癒魔法の使用を禁止されているんだよね。きっと大騒ぎになるし、聖女として祭り上げられちゃうかもしれないから。俺もそう思う。
カスケード先生には悪いけど、自力で治してもらうしかない。
あ、生徒の中に治癒魔法適性持ちが居たら、実地研修という名目で治してあげられるかもな。うん、いいかもしれない!
「となると、代わりに授業を受け持つ人が必要ですね。この中で馬術を教えられるのは……アームストロング教官だけですか」
「いえ、小官には騎士団の教練もありますので、これ以上の授業追加は引き受けかねます」
「ええ、承知しております。となると、今から外部の方を招へいするのは時間が足りませんし……他の授業で補完するしかありませんか」
武術担当のアームストロング教官は、先生ではなく教官と呼ばれている。
というのも、実際に騎士団でも武術を教える教官という立場にあるからだ。本物の騎士なのだ。
普段から騎士団と学園を行ったり来たりしているから、余裕がないというのは説得力がある。多分、学園教師の中でも一、二を争う多忙さだろう。
「でしたら、是非私の茶道の講義を! 上流階級には必須の教養と落ち着いた佇まいを身に着けるには最適です!」
「いやいや、それならば我が書道でしょう。美しい字は貴族にも商人にも有用です!」
「それなら私の――!」
「であれば私が――!」
収集がつかなくなってきたな。皆、自分の講義に生徒を呼ぼうと必死だ。選択科目の先生は、受講者数の多さが査定ポイントに入ってるらしいからな。多いほど評価が上がって給料も上がるらしい。そりゃ必死にもなるか。
一方で、必修科目の先生たちは比較的落ち着いている。受講者数は決まっているから、査定ポイントにならないもんな。俺もそっち側だから、この混乱を外側から見ていられる。
「このままでは決まりませんな。ここは主任である私の一存で――」
「少々よろしいですかな?」
ワイリー主任が場を引き取ろうとしたところで、最初の発言以降沈黙していたアームストロング教官が挙手をした。場の空気が一気に沈静化する。本物の騎士は持ってる雰囲気が違う。
「小官が馬術を担当しましょう」
「は? いや、先ほどは余裕がないと……」
「追加で引き受ける余裕がないと申しました。武術ではなく馬術に専任するならば、時間の都合はどうとでもなります」
「いや、しかし、それでは武術の教官が……」
ワイリー主任は教官を翻意させようと必死だ。混乱に乗じて貴族派教師を押し込もうとしてた矢先だからな。ここで有効な代替案を出されると困るって顔をしている。
「代わりの武術教官なら適任がおられるではないですか」
「は?」
「昨年の武道大会に最年少最軽量で出場し、見事準優勝した英才がそこに」
「うぇっ!?」
急にこっちに矛先が!? 思わず変な声が出てしまったじゃないか、何を言い出すんだ!
「あの大会は、現場で小官も観覧させていただきましたが、鳥肌が立つほどの感動を覚えました。鍛えられた肉体と完成された技術。試合を観るだけで勉強になったと感じたのは十数年ぶりです。あれならば教官として不足なしとみました」
「し、しかし、フェイス先生はまだ若く、魔法の授業も持っておられますし……」
「今更ではありませんかな? 幸い、本年からは魔法と武術は双方必修となり、授業時間が被ることはありません。十分可能だと思いますが」
「む、むぅ。しかし武術は経験が……」
「それこそ今更ですな。フェイス先生は史上最速最年少で星十個を獲得した凄腕冒険者と聞き及んでおります。こと対魔物戦においては、小官ですら及びますまい」
「ぬ、ぐぅ……」
いやいや待って! 本人を無視して話を進めないで!
確かに言ってることは全部正しいんだけどさ、俺にも都合ってものが! ぶっちゃけ、これ以上忙しくなるのは困る! きつい!!
いったい、教官はどういうつもりで……って、そうか!
アームストロング教官は騎士団にも所属している。ってことはバリバリの王家派だ。学園に貴族派が増えるのは好ましくない。だから、王家派の(と思われている)俺を押し込もうって事か! なんて迷惑な!
いや待て待て、今日はアームストロング教官は騎士団での訓練だったはず。それが学園に呼び出されたら、何か問題が起きたと周囲には知れ渡るだろう。
もしそれが王様や内務尚書の耳に届いたら? 出来る限り王国の利益になるように動けという命令が出されるはずだ。
つまり、教官のこの発言には王様の意図が含まれている?
有り得るか? 流石に考えすぎか?
いや有り得る! あの王様ならやりかねない! 学園内にもスパイが居そうだし、情報から状況を推測して指示を出すなんてことを普通にやりそうだ!
「……僕でいいのであれば……」
断れねぇよ! 動揺して一人称が大人モードの『私』から子供モードの『僕』になっちゃったよ!
くそう、どんどん俺の自由が奪われていく!
王様め、今に見てろよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます