第191話

「ごめんなさい、横取りするつもりはなかったんだよ? 散歩に出かけたら襲われたから、返り討ちにしただけで。はいこれ、討伐証明の魔石。これで依頼失敗にはならないよね?」

「うむぅ、まぁ、そういう事なら仕方ない。成果を譲ってもらうのは情けないが、オレたちも違約金は支払いたくないしな。今回はありがたく頂いておく」


 冒険者ギルドに提出する討伐証明は魔石であることが多い。アイテムボックスや収納袋がないこの世界では、嵩張る証明部位では不都合だからだ。魔石なら大体の魔物が持ってるし、大きさは精々数センチで価値も高い。討伐証明にはもってこいだ。


 四人組の冒険者パーティのリーダーと思われる青年……中年? の男に、直径一センチ弱ほどの魔石二個を渡す。

 いや、全身に木の枝差してギリースーツみたいになってるし顔に炭と泥まで塗ってるからから、見た目じゃ分かんないんだよ。他の三人も似たような格好で、人相どころか性別すら判別できない。

 こんな格好してまで張り込みするなんて、やっぱり真っ当なベテラン冒険者は気合が違うというか、やることが違う。俺たちが如何に楽をしているか……勉強になるなぁ。


 俺が渡した魔石は、この辺りに出没していた草原狼を駆除して摘出してきたものではなく、パーカーの街で買ってきた別の草原狼のものだ。昨日狩られたばかりらしい。おばちゃんが『活きがいいから噛みつかれないようにね! あはは!』とか言ってた。大阪オカンか。

 あの街は、お金さえ出せば大抵の物が手に入るのが良い点でもあり、怖い点でもある。

 まぁ、今回は良い点ということにしておこう。駆除されたモフモフのことを考えると悲しくなるけど、こればかりは弱肉強食、自然界の掟だから仕方がない。


 この近辺に出没していた草原狼は既に捕獲済みだから、この件はこれで終了。

 結局お金で解決しちゃったけど、それで平和裏に収まるなら何も問題はない。お金じゃ買えない価値があるものでも、お金があればなんとかなるのだ。



 グルルルゥ……。

 ヒュゥン、ヒュウーン……。


 今、何が起きてるのかと言うと、ウーちゃんが新入り二匹を躾けているところだったりする。ぶっちゃけ、群れの序列を決めている最中だ。他の動物で言うところのマウンティングというやつだな。イヌの場合、発情時の腰振りもマウンティングと言うから、ちょっとややこしい。

 牧場の一角を平面で囲って、その中にウーちゃんと新入り二匹を放した。元が違う群れだから、最初は争いになるだろうなぁとは思っていたんだけど……思ったより力量に差がありすぎたみたいだ。ウーちゃんに会った瞬間、二匹ともお腹を見せて服従のポーズになった。

 新入りは二匹ともオスで、イヌと同じ成長の早さだとすると、多分二~三歳くらいだと思われる。ウーちゃんよりちょっと年上だろう。

 なのに、体格はウーちゃんの方が倍近く大きい。捕まえた時に『あれ? 草原狼ってこんなに小っちゃかったっけ?』と思ったくらいだ。ウーちゃんにも小っちゃい時期があったけど、あっと言う間だったからな。

 こうやって見比べると、もはや別の生き物だ。流石に不信に思ったのでウーちゃんをマクガフィンで確認してみたところ、


 モリオン・ウルフ・ハウンド

 狼系の魔物の稀少上位種。進化による出現率は極稀。知能は他の狼種に比べてやや高く、稀に魔法を操ることがある。


 本当に別の生き物だった。

 ウーちゃんは狼じゃなく、フレーバーテキストに『稀』がいっぱい付く猟犬ワンコになってた。いつの間に……って、ゴブリン軍団討伐の後だよな。急に大きくなってたし。

 いや、なんかワンコっぽいなぁとは思ってた。仕草があんまり野生っぽくないし、俺に撫でられてデレデレになってる様なんか、イエイヌそのままだし。それも小型室内犬。まぁ、可愛いから問題ないんだけど。

 モリオンってなんだったっけ……ザクロ石だか黒水晶だかだったような気がする。

 確かに、ウーちゃんの艶やかな黒い毛並みは黒水晶みたいにピカピカだ。あんまり綺麗だから、毎日のブラッシングで抜けた毛も捨てずに取ってあるくらい。いずれフェルトアートで小っちゃいウーちゃんを作るつもりでいる。

 タイミングを見計らって俺が近づいていくと、新入り二匹が大急ぎで俺の後ろに回り込み、ウーちゃんから隠れようとする。

 この二匹、俺との力関係は捕獲時に刷り込んである。軽く威圧しただけでおもらししながら腰砕けになってた。こいつらもおもらし属性か。誰得?


 グルルルゥッ!


 俺の後ろに隠れた二匹に、ウーちゃんがさらに脅しをかける。今回は序列付けじゃなくて嫉妬だ。俺を取られたと思ってるんだろう。

 二匹は更に小さくなって、一匹は俺の足の間からウーちゃんを窺っているようなザマだ。

 俺はそんな二匹を顧みることなく、ウーちゃんの頭を撫で、耳周りをモフモフして落ち着かせる。

 機嫌の直ったウーちゃんは、ゴロンと横になってお腹を見せる。ひとしきり撫でると満足して、俺の顔をペロペロと舐める。

 これで群れの序列付けは完了だ。俺がボスで、次がウーちゃん、その下に自分たちがいるということを、この二匹は認識できただろう。立場をはっきりと理解させておかないと、増長していう事を聞かなくなってしまうからな。それは飼い主にとっても従魔ペットにとっても不幸にしかならない。


「ちゃんと二匹の面倒を見てあげてね、ウーちゃん」


 わふっ!


 首から背中にかけてを撫でてあげながら、ウーちゃんにお願いする。

 いい返事だけど、ちゃんと理解してるのかね? まぁ、マクガフィン曰く頭がいいらしいから、きっと理解できてるだろう。できてなくても、可愛いから問題ない。

 三匹を連れて、牧場の隅から畜舎の方へ移動する。途中、放し飼いの鶏が走っていくのを追いかけようとする二匹を、ウーちゃんが睨みひとつで押し留めていた。三匹とも、ちゃんと自分の立場を理解しているみたいだ。


「はぁ~、えらいアッサリ手懐けるなぁ。世の中の魔物使いは何してるんやって感じや」

「いやいや、普通はこんなに簡単に手懐けたりできねえから! 坊ちゃんがすげぇだけだから!」

「おほほほっ! このくらいはビート様なら朝飯前ですわ! わたくしはウーちゃんを連れてきたときのことも存じてますから、このくらいでは驚きませんことよ!」


 相変わらずのクリステラ節はさておき、なんで世間に狼系の従魔が少ないのかは、俺も不思議に思っている。従えるのはこんなに簡単なのに。

 きっと愛情だな。俺くらいモフモフを愛してる人が世の中には少ないんだろう。残念なことだ。もっと世間にモフモフ愛を広めなければ!

 愛で世界は救えないけど、モフモフ愛でなら救える気がする!


「あらあら。それで、この子たちの名前はどうするんです? もう決めてあるんですか?」

「うん。そっちが『タロ』でこっちが『ジロ』」

「っ! びっくりしたみゃ! 普通だみゃっ!」


 オスのワンコ二匹ならこの名前だろう。どんな過酷な環境でも生き延びられそうな縁起のいい名前だ。

 まぁ、ここは南極じゃないし、そんな過酷な環境には連れて行かないけど。

 そして、アーニャは腰砕けコショコショの刑確定だ。相変わらず一言多い。もしかして、お仕置きされるのを期待して言ってるのか? M子さんなのか?


「……区別が付かない」

「そうです! 同じに見えるですよ!」

「双子?」


 あれ、見分けが付かないのか? そういえば前世でも、ドッグランで自分の飼い犬を見失ってる飼い主が偶に居たな。他のイヌと区別がつかないらしい。

 人間の顔と同じくらいには違いがあるんだけど、普段から沢山のイヌに接してないと判別できないのかもしれないな。


「こっちのちょっと四角い顔のほうがタロで、丸顔がジロだよ。結構違うでしょ?」

「いや、分かんねぇよ!」

「……あかん、一緒に見えるわ」

「わたくしも、微妙な魔力量の違いでしか見分けられませんわ」

「ピーッ? ピーちゃんはどっちもおいしそうにみえないー!」


 くっ、ダメか。こんなに違うのに、どうして区別できない!? ピーちゃん、食べちゃだめ!


「体つきも、違います。タロのほうが、ちょっと、骨太です」

「(こくこく)」

「性格はタロの方が臆病そうだみゃ」


 獣人組は区別が出来るみたいだ。特有の何かを感じ取れるんだろう。アニマルシンパシーといったところか?

 先ほどの序列付けのとき、俺の足の間から顔を覗かせていたのは確かにタロだった。性格はタロの方が臆病かもしれない。ジロはちょっとのんびりしている感じだ。

 しかし、これは課題だな。これから一緒に暮らす仲間の区別がつかないのは問題だ。モフモフを愛でるには必須のスキルだし、是非とも習得してもらわねば。

 ハピネス・イズ・ア・ウォーム・パピー。モフモフは幸せへの第一歩だ。

 あ、もう仔狗パピーじゃなかったか。ビーグルでもないし。

 まぁ、ワンコがいる生活が幸せなのは間違いない。皆で幸せになろうよ?

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