第190話

 王城を辞去した俺たちは、その足でトネリコさんの商会へ向かい飛竜素材を売り、ついでに石鹸とシャンプーの材料を買ったら、そのまま王都を出てボーダーセッツへと向かった。

 トネリコさんは俺謹製の石鹸とシャンプーを取り扱いたいと申し入れてきたけど、商業ギルドとの契約があるから売れないんだよね。申し訳ない。

 石鹸とシャンプーの製作者が俺だという話は、既に王国経済界には知られた話らしい。まぁ、別に隠してなかったんだけど、情報の拡散が思ったより早くてビックリだ。

 この世界の情報伝達は遅いはずなんだけど、人間の欲の深さ故か、お金絡みだと妙に早い。情報管理には気を付けないと。


 飛竜素材は結構なお値段で売れた。特に俺が狩った飛竜の皮が高評価で、傷が少ない美品ということで、大金貨五枚で買い取ってもらえた。剥製にして貴族に売りつけるそうだ。狩ったときに誰かがそんなことを言ってたけど、考えることは皆同じか。

 一方で骨は需要がないらしく、ウーちゃんのおやつになることが決定した。でも日持ちしなさそうだから、一回火を通して乾燥させた方がいいかもな。ついでにスープもとるか?

 鶏ガラならぬ飛竜ガラ……美味そうだな。フリーズドライにして携帯食料にしても良さそうだ。上手く作れたら旅の食事がグレードアップするかもしれない。うむ、夢が膨らむな!

 なんだかんだで飛竜素材の売却額は大金貨十一枚になったから、そこそこ儲かったんじゃなかろうか? 上等なお肉も手に入るし、二重の意味で飛竜は美味しい獲物だ。今後も、生態系に影響が出ない程度に狩っていこう。

 ちなみに、お肉と魔石は売っていない。売ればこれだけでひと財産だけど、お肉は実家とダンジョン村へのお土産に、魔石はちょっと思うところがあって手元に残しておくことにした。


 道すがら(と言っても飛んでるんだけど)、今回の仕事の報酬と昇爵について皆に話した。詳細については口にしない。結果だけだ。子供たちが知らなくてもいい情報が混じってるからな。


「まぁっ! それはおめでとうございます! 早くも目標であった男爵位ですのね! さすがはビート様ですわ!」

「あらあら、ドルトンに帰ったらお祝いをしなければなりませんね」

「報奨金は……表立って行動したわけやないし、まぁこんなもんやろ。その分の詫びが代官就任なんやろうな」

「そうだね。任期も決められてないし」

「なるほど! 凄い、です、さすが、旦那様、です!」

「うみゃ? どういうことだみゃ?」

「……説明を希望」

「同意」

「(コクコク)」


 一部の聡い面子以外は、期間未定の代官就任がご褒美という意味が理解できなかったみたいだ。まぁ、綺麗事ではない、大人の世界の話だしな。でもアーニャ、キミが理解できてないのは大人としてどうかと思うよ?

 意外にも、子供組なのにバジルはちゃんと理解してるみたいだ。地頭がいいんだろう。パーフェクトモフモフ執事にまた一歩前進だ。


 広大な領地を持つ大貴族が、目の届きにくい地方を治めるために任命したり、あるいは長期に亘って領地を離れる際に代行として任命したりする、それが代官だ。俺の場合は領主じゃなくて国王の任命だけど、職責や業務内容はほとんど変わらない。

 当然、その権限は領主に準ずるくらいに大きい。緊急時には独自の判断で政策決定や軍事行動を起こす権利すら持っている。通信手段が乏しいこの世界だから、悠長に領主の判断を待っていたら手遅れになる事態も起こり得るからだ。税率の変更や新税の導入すらできてしまう。

 それだけの重職であるから、それに任命されることは非常に名誉なこととされている。大貴族の代官に任命されるということは、家臣の中でも有能で忠義の篤い者だと信用されている証明でもある。

 王家直轄地の代官ともなれば、たとえ爵位が最下級の準男爵であったとしても、在職中は子爵同等の扱いを受けるくらいの権威がある。あくまで在職中のみだけど。

 一方で、その任期は四年等の期間限定であることが一般的だ。名誉であるのは間違いないけど、過剰な厚遇はしないし、できない。

 大貴族の代官の場合、同じ者ばかり重用すると家内の派閥間で軋轢が生じてしまう。適度に回さなければ、代官に任じられなかったことに不満を持った派閥が反抗的になってしまう。最悪、離反して他領へ移籍ということも有り得る。

 それは自領の情報を他領の貴族に知られてしまうということで、さらには貴族のメンツも絡んでくるから、非常に大きな問題になる。『政権与党から分離した派閥が野党に合流するようなもの』と言えばわかりやすいだろうか? いや、この世界の人にはわからないか。


 代官の給与体系は出来高制であることが一般的だ。領地からの税収が多ければ多いほど、自分の懐に入る金額も多くなる。現状をよりよくする方向で真っ当に頑張ることが高収入へと繋がる――というのが『正規の』報酬だ。


「『正規の』ってことは、正規じゃない報酬もあるってことかい、坊ちゃん?」

「その通り。副業、あるいは任期後の収入ってものがあるんだよ」


 日本じゃ公務員が副業を持つことは禁止されていたけど、王国では別に禁止されていない。つまり、代官でも商店を開くことができるのだ。

 これがどういう事かと言うと、政・財の癒着が合法的に行えてしまうのだ。

 例えば、代官が商会を立ち上げたとする。本人じゃなくても、派閥内の同胞でもいい。そして、自らの権限で領内の公的機関への納入業者をその商会に独占させる。

 この時、特に高額で納入させる必要はない。普通に利益が出る程度でいい。そうすれば、帳簿的には業者が変わるだけで出費は増えないので、領主に咎められることはない。

 しかし実際には公共取引を独占しているわけで、放っておいても代官あるいは派閥の資産は増えていく。独禁法も公取委もないから、誰からも罰せられない。

 その代わり、これは代官が敵対派閥の者と交代したら別の業者に替えられてしまうので、在任中のみの収益になる。


 他にも、在任中に開拓した土地や興した産業に自分の商会を噛ませ、利益を独占的に得るなどの方法もある。

 開拓や産業振興に使われるのは領主の金なので、代官の懐は全く痛まない。そこに代官権限で自分の商会を噛ませれば、投資なしで利益を独占できる。

 しかも、その産業や開拓地がある限り、代官をやめても継続的に利益が入ってくるのだ。さらに、開拓や産業振興が成功して税が増収になれば、出来高制である正規の報酬もアップして二重に儲かるというボーナス付きだ。やらない理由がない。


 そんな感じで、名誉だけでなく実利も得られる代官という職は、非常に美味しいご褒美なのである。


「はぁ~、なんだか別世界の話みたいですね。全然想像できないですよ」

「政治と経済は不可分だからね。大人になれば分かるよ」

「当の本人が、まだ子供のはずなんやけどな」


 まぁ、これは全然良心的な例で、多分もっとひどい例もあるだろう。例えば、僻地を開拓する名目で人を集めて、他国に非合法奴隷として売るとか。

 開拓に集まるような連中は食い詰めたり行き場がなかったりする人たちだから、丸ごと居なくなっても怪しまれない。

 開拓失敗は失点になるけど、魔獣の蔓延はびこる辺境なら失敗しても当たり前。他で利益を出しておけば大きな叱責は受けないだろう。

 しかも実際には開拓なんてしてないわけで、その投資費用も全て着服してしまえば丸儲けだ。

 もちろん、王国では犯罪だけど。バレたら即破滅だ。俺はやりたくない。犯罪はリスクが大きすぎる。


 あるいは、単純に税率を上げるとか新税を作るとか。

 しかし、増税は統治者が無能である証明になってしまうので、余程のことがない限りやらない方がいい。『他の人には出来る事でも、自分にはできません』って宣言してるようなものだからな。それは代官に任命した領主の無能をも宣言することだから、普通ならやらない。

 住民が納得できない新税導入も同様だ。領地によっては出産税やら結婚税やらがあるらしいけど、そんなものを作ったら領内から人が流出してしまう。

 新税導入が許されるのは、新規産業が勃興したときくらいだろう。領民からではなく、儲かっているところから取る、それが正しい税金の在り方だ。


「そんな美味しい役職を期限なしで貰ったんだから、精々稼がせてもらわないとね」

「せやな! 今から楽しみや! 海エルフの血が騒ぐで!!」

「うふふ、そうね。いずれは王都の一等地に大店を構えられるような大商会に育てましょう」


 うむ、やる気になってくれたようで何より。ガッツリ稼ぎまっせー。



 ボーダーセッツでは、久しぶりに『湊の仔狗亭』で料理と大浴場を堪能した。

 ドルトンに帰れば自家温泉があるけど、ホテルの大浴場もいいものだ。こっちの浴槽は木製だしな。木の香りでリラックスだ。

 そしてなにより、宿の大浴場は男女別というのがいい。

 いつもは男女混浴を強制されて居心地の悪い思いをしているけど、ここならそんな気兼ねをする必要はない。オッサン的に混浴は嬉しい反面、圧倒的に女子が多いから気おされてしまうのだ。

 今回は俺とバジル、ふたりだけでのんびりさせてもらった。いや、泊り客のオッサンたちもいたけど。

 レストランの料理も、当初より洗練されてきている。盛り付けはお洒落になってるし、味も安定している。数をこなして慣れてきたんだろう。可愛いウェイトレスさんも人気のようだし、当面心配するようなことはない。

 ちなみに、この日の制服はミニスカブレザーの制服JK風だった。リアルな西洋人の少女がやると、足が長すぎて目のやり場に困る。見えそうで見えないあたりもあざとい。人気になるわけだよ。いや、俺がデザインしたんだけどね。してやったり!

 経営を任せているロイドさんに聞いてみても、宿とレストランは順調みたいだ。レストランは相変わらず男どもと有閑マダムで賑わっているし、宿の方も常に九割が埋まっているということだった。どうやら戦争が終わったということで、王都方面からの商人の利用が増えているらしい。市民からすればなし崩し的に始まったあの戦争も、終わってみれば大勝利だ。戦勝ムードで経済活動が活発になってるんだろう。

 商人たちの目的は、なんとここでも石鹸とシャンプーのようだ。いつの間にか大人気商品だな。商業ギルドと手を組んだ成果か。

 石鹸とシャンプーの仕入れにやってきて、ついでに本家であるウチに泊まって帰るという流れになっているらしい。いい循環ができてるじゃないか。


 そんなわけで、石鹸とシャンプーの備蓄が心細くなっていた以外は特に問題なさそうだった。その材料も、ボーダーセッツでは増産に次ぐ増産で高騰しているらしい。王都で材料を買ってきておいてよかった。


 一方で、牧場の方には問題が起きていた。魔物の出没だ。

 元々ボーダーセッツ周辺には大きな肉食の魔物は居なかった。近隣の森の中には牙ネズミなんかが居るけど、あいつらは基本的に森から出てくることは無い。だから王国では珍しい『牧場』なんていう施設が作れてたんだけど、最近その牧場が荒らされて家畜が襲われる事件が起きているのだとか。

 ボーダーセッツ近郊には四軒の牧場がある。どれもそれほど大きくはない。

 うち二軒が俺の所有で、そのどちらもが被害に遭っている。隣接してるし、家畜の数も多いからな。狙われやすいのは間違いない。

 この二十日あまりで、放し飼いにしていたニワトリっぽい飛べない鳥の家畜『チッキ』が計四羽やられているということだった。

 犯人は分かっている。草原狼だ。牧童が逃げる姿を目撃していた。数は二匹。群れにしては数が少ないから、きっと巣立ちしたばかりなんだろう。


 狼は群れで狩りをする。それは追い立て役だったり待ち伏せ役だったり追跡役だったりと、役割分担が非常に重要だ。二匹だけでは手(足?)が足りないだろう。喰うに困って、危険な人里近くまでやってきたのだと思われる。


 しかし、草原狼か……これは新たなモフモフ、いや、ウーちゃんの仲間をゲットするチャンスかもしれない。


 ウーちゃんは可愛いし賢いけど、ずっと俺と一緒にいるから仲間との出会いがない。このままじゃずっとひとりだ。

 本人(犬)はそれでいいかもしれないけど、俺が嫌なのだ。


 俺はウーちゃんの子供を見たい! モフモフの暖かい毛玉を抱き上げたい! ムームー鳴きながらオッパイを探してヨチヨチ這い回るモコモコを愛でたい!

 俺の我がままだということは承知している。しかし反省も変節もしない!


 それに、狼は本来群れる生き物だ。ずっと一匹でいる今は、ウーちゃんにとっても好ましい環境ではない。

 そういう面からも、やはり複数の草原狼を仲間にしておきたいと、ずっと考えていたのだ。


「えっ、もう冒険者ギルドに駆除依頼を出しちゃったの?」

「はぁ、このままじゃ被害が大きくなる一方ですので……」


 なんてこったい。牧場主によると、四つの牧場の連名でもう駆除依頼を出してしまったらしい。依頼としては簡単な討伐だから、既に受領されてるかもしれない。

 冒険者ギルドまで確かめに行くと、


「あら、それなら張り出したその日に中級目前のパーティーが受領していったわよ」


と、ルカほどじゃないけど相変わらず胸の大きい受付嬢のミーシャさんが教えてくれた。五日前だそうだ。


 しかし、これは参った。


 モフリストである俺としては、モフモフが殺されるのを黙って見過ごすことはできない。かといって、既に受領されてしまった依頼を取り消すこともできないし、冒険者の仁義として横から獲物を攫っていくこともできない。

 もしその草原狼たちを俺がどこかへ連れて行ってしまったら、依頼を受けた冒険者たちは失敗として違約金を払わなければならなくなるし、評価も下がる。普通に仕事をしてるだけなのに、それはかわいそうだ。


 いやはや、どうしたものか。

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