第七章:男爵代官編
第189話
「えーっと、まずは支援活動の報告書ね。形式は決まってないって聞いてたから、こっちで適当に書かせてもらったよ。経費とかの請求書は、もう内務に渡してあるから」
「どれ、見せてみな」
俺が手渡した報告書の紙束を、つまらなそうな顔でペラペラと捲っていく王様。
ラプター島を出た俺たちは、そのまま空路で王国へと戻ってきた。
本当はすぐにでも母ちゃんのところへお土産を渡しに行きたかったんだけど、社会人としてお仕事はキッチリと終わらせておかなければならない。今回の仕事は公務で、俺は貴族っていう公務員だからなぁ。出張したら報告書の提出は必須だ。
王城の玄関口である出島に直接馬車を降ろし、驚く衛兵を若干の威圧で大人しくさせつつ取り次ぎさせると、何故かまた直接王様と会うことになった。暇なの?
場所はまた『青薔薇の間』だ。大きなテーブルの角に、俺と王様が
ここ、重鎮しか入れない部屋のはずなのに……まぁ、大っぴらに話せない話題があるのは間違いないから仕方ないか。護衛の近衛騎士団長にまで席を外させるのはやり過ぎな気がするけど。子供をそんな裏社会へ引きずり込まないでほしいなぁ。
「ふん、よく纏まってるじゃねぇか。目的と意義、結果と詳細が項目で分けられてるのが分かりやすくていい。今後はこの形式に統一させるか………ご苦労。それで、
「はい、これ。監視の目があったから苦労したんだよ?」
褒めた割に、雑な手つきで俺の書いた報告書をテーブルの上へ放り出す王様。それ書くの、結構面倒くさかったんだよ? もうちょっと大事に扱ってくれてもいいと思うんだけど。そういうところ配慮しない上司は嫌われるよ?
俺は鞄に突っ込んでいた別の紙を王様へと渡す。丸めてあるけど、広げるとA1サイズくらいになる大きな紙だ。
王様は、それを両手でテーブルに広げてのぞき込む。
「……よく出来てるじゃねぇか。指示したのはミニョーラ周辺だけだったのによ、ほぼエンデ全土が網羅されてる上に、砦の位置から、おおよその兵数規模まで書かれてやがる。こんなもん、
さっきの報告書より十倍嬉しそうに笑う王様。ただし黒い笑顔だけど。これが今回の任務で俺に与えられた裏のミッション、エンデの兵力調査及び地図作成だ。
この世界のこの時代では、地図というのは重要軍事機密のひとつだ。街や軍の拠点、街道の繋がりや行軍の妨げになる地形などの情報は、いざ戦争となったときには、戦局を左右する非常に大きな要素になる。
だから地図は一般には出回らないし、無許可で作ると処罰されるくらい秘匿されている。
当然、他国の軍部はそれを調べようとするし、国家の首脳はそれを隠そうとする。そして熾烈な諜報戦が繰り広げられるわけだ。
今回の俺たちの支援活動でも、軍の拠点近辺での行動は意図的に避けられていた。例え同盟国でも、見られるとマズい場所だからだ。
国家に真の友人は居ない。今は善良な隣人でも、いつ凶悪な犯罪者になるか分からないサイコパス、それが国家というものだ。
前世じゃ韓国が日本を仮想敵国に設定してたけど、国家としては当然の対応だ。『悪人はいつも善人の仮面を被って近づいてくる』って言うしな。警戒してし過ぎることはない。
今回は、俺がその詐欺師になったと言っていいだろう。支援と言う善人の仮面を被って、機密という財産を奪ってきたのだから。ゴメンね、ワンコたち。でもお仕事だから仕方なかったんだよ。実は俺も国家のイヌだったのさ、ワン!
当然、
気配察知で隠密の位置は丸わかりだから、その目を避けて宿を抜け出すのは難しいことじゃない。大森林で鍛えた隠密能力の高さには自信がある。
相手が
そうして抜け出してしまえば、もうこっちのものだ。平面魔法での高速移動を捉えることなど、余程の高位魔法使いでもなければ不可能だろう。あちこち飛び回って地図を作らせてもらった。
作業自体は、一定速度で飛びながらカメラで地上を撮影するだけの簡単なお仕事だった。兵数も気配察知を使えば簡単に分かる。
むしろ、それをこの紙に書き写す方に時間がかかったくらいだ。夜の写真で真っ暗だったから、画像処理にひと手間必要だったし。
こうして書き上げた地図は、黒線で地形と街道、町や村が書かれていて、赤で砦や軍の拠点とおおよその兵数が書き込まれている。写真トレースだから、誤差はほとんどない。この時代でこのレベルの地図であれば、芸術品としての価値すらあるかもしれない。公表できないのが残念だ。
ちなみに俺の平面魔法のライブラリには、もはや精密ジオラマと言っていいレベルの立体模型が保存されている。空を飛ぶから高低差も必要なんだよね。
もっとも、今となってはそれも無用の長物かもしれない。なにしろ、俺の頭の中には神様謹製の
いや、でも神様地図は平面だから、場合によっては俺の平面魔法の立体地図の方が有用かも? なんかややこしいな。
「表も裏も予想以上の仕事だ。まったく、ガキらしくねぇ。ほらよ、これが今回の褒美だ。受け取んな」
褒めるなら素直に褒めればいいのに、いつも一言多いな、この王様は。ツンデレなの? 需要あるの?
王様が懐から取り出して机に投げた書状を拾い上げて広げる。なになに……
『国への貢献の褒賞として、
ひとつ、ビート=フェイス準男爵を男爵へと昇爵し、王国直轄領ドルトンの代官へ任ずる。期間は即日発効とし、以後別命あるまで継続とする。
ひとつ、ビート=フェイス男爵に大金貨五十枚を与える。以上』
……は? ドルトンの代官?
「陛下、昇爵と大金貨は分かるんだけど、ドルトンの代官ってどういう事? あそこはバニィ……ドルトン伯爵の領地だよね? いつの間に王家直轄領になっちゃったの? ……っ! まさか、バニィちゃんに何か!?」
バニィちゃんことドルトン伯爵は、西部の対ジャーキン戦に参加してたはずだ。もしかして、そこで不測の事態が起こっちゃった!? 一回会っただけだけど、あの人は悪人じゃなかった。変人ではあったけど。
「そういやお前ぇは帰ってきたばっかで、まだ現状を知らねぇんだったよな。その説明にはまず、今の
組んだ腕の両肘をテーブルに突き、ズイッと身を乗り出した王様は、そう低い声で現状の説明を始めた。
◇
まずリュート海のノラン方面の状況は、俺が海賊の拠点を壊滅させたことで沿岸都市の被害はなくなったらしい。
ようやく反転攻勢に移れるようになった王国軍は、大船団でリュート海沿岸を北上しつつ海賊の残存勢力を掃討……という名目で各都市を制圧中だそうだ。まぁ、海賊=ノランの軍だから、間違ってはいないか。
これに対してのノランの動きは鈍く、反撃や抗議はほとんどないらしい。
どうやら首都で政変があったようで、そちらの対応に貴族たちは忙殺されている……どころか、自分が優位に立つために王国への支援を要請している貴族までいるようだ。他国の軍隊を招き入れるとか、売国以外の何ものでもないんだけどな。おバカは何処にでもいるもんだ。それだけ混乱してるってことかな。
けどその政変って、多分俺たちが三宗家を潰したからだよな? そんな意図は無かったんだけど……王国の
まもなく王国船団はリュート海の北部域を制圧完了するらしく、そうなればリュート海のほぼ全域が王国の支配下になる。今後は海賊被害も激減するだろう。
一方のジャーキン方面は、二十日ほど前に講和条約が締結されたそうだ。休戦をすっ飛ばして講和、つまり終戦だ。俺が出張してすぐに、そんな急展開になってたのか。
なんでも、村長ことダンテス=ワイズマン子爵を司令官とした王国軍は怒涛の快進撃でジャーキンの町や軍事拠点を攻略し、十日もかからず帝都テイルロード直前まで軍を進めたそうだ。
普通はそんな無茶な行軍はできないんだけど、
兵や物資の輸送には、鹵獲した魔道具付きの船舶が役に立ったそうだ。
平和的に運用すれば物流に革命が起きそうだということで、今回の一連の騒動で二番目の収穫だと王様は喜んでいた。『一番は何?』っと聞いたら、何も言わずに俺をじっと見て、ニヤリと笑った。えー、そうなのぉ? とりあえず曖昧に笑い返しておいた。
講和の条件は、領土の割譲と賠償金、軍が制作した魔道具とその研究資料の全部、今回の侵略を主導した軍上層部の身柄引き渡しだそうだ。帝都の軍の研究施設と資料は俺が焼いちゃったけど、あそこだけしか研究施設がないってことは無いだろうし、貰えるものは貰っておく方がいい。まぁ、妥当なところじゃないの?
軍の主導者引き渡しは難航しているらしい。
というのも、表向きのトップであるクロイス君は王族で皇太子だから、引き渡しはジャーキンの沽券にかかわるということで、軍内外から反対があるそうだ。『敗戦国に沽券も何もあるか』と思わないではないけど、そこは国として譲れないポイントらしい。
それなら裏のトップだった左将軍はというと、とっくに逃亡して行方不明らしい。あの暗殺者もどきの真っ黒オーラさんだ。情報部も牛耳っていたみたいだし、捕まえるのは至難だろう。
結局、実務担当でしかなかった大将軍と右将軍、何人かの幹部が送られてきただけで、皇太子の引き渡しは交渉中、左将軍の捜索も難航中という状況らしい。この件は長引きそうだ。
領土割譲は、帝都に近い場所は治安維持が難しそうだということで、以前の国境と帝都の中間あたり、ジェイドパークの砦までを手に入れたそうだ。制圧した場所は全部貰ってもよかったのに、謙虚なことだ。
新たに獲得した領土へは、今回の戦争で活躍した地方貴族数家を加増移封し、それで空いた元の領地へも他の貴族を移封したり直轄地にしたりで、王国内では大きく貴族の配置換えが行われたそうだ。
そうした貴族の中にバニィちゃんも含まれており、バニィちゃんはドルトン周辺からリュート海沿岸へと加増移封されたのだという。具体的には、オーツを中心とする旧ヘキサス伯爵領から旧ミノス子爵領までを与えられたそうだ。領土の広さだけで言えば、三侯爵家に匹敵する大領だという。やったね、バニィちゃん!
今は荒れてるけど、オーツは王都とリュート海を結ぶ物流の拠点だ。リュート海が王国の支配下に入って安定すれば今後の発展は間違いない。旧ミノス子爵領からはエンデへも交易が出来るし、港を整備してオーツへの流れを確保すれば、これもまた大きな発展が見込める。完全な勝ち組だな。
「本当はダンが勲一等だからよ、あいつを昇爵させて加増移封するつもりだったんだよ。けどあいつ、ほんの数か月前に子爵にして領地をやったばっかじゃねぇか? 流石に早すぎるってんで、内務閥の爺どもから反対されちまったんだよ。で、二番目のドルトン伯爵に与えることになったってわけだ。その代わり、ダンには大金貨一万枚の褒賞と勲章を出しといたけどな。今頃は領地でその使い道を考えてる頃だと思うぜ?」
大金貨一万枚ってことは、だいたい百億円くらいかな。見たこともない大金だけど、領地経営してるとすぐなくなりそうだ。まだダンテス村は開発途中だしなぁ。
バニィちゃんが二番目の功労者ってことは間違いないんだろうけど、多分それだけが理由じゃないよな。
今回の戦争では、貴族の主権を強化したいと考えている『貴族派』の貴族たちは、万が一負けた場合の自身の戦力低下を嫌って日和見をしたところが多い。出した兵は全体の一割にも満たない。
なので、活躍して加増されたのは王家を中心に纏まろうとしている『王家派』ばかりだ。その中でも筆頭の王家派であるバニィちゃんに大領を与えて王家派の勢力を拡大することで、相対的に貴族派の勢いを抑えようって魂胆もあるんだろう。俺の代官就任も同様の意図からに違いない。でもなぁ……。
「お前ぇも綬爵してすぐだけどよ、領地の無ぇ男爵ならいくらでも融通が利くんだよ。ついでに領主が抜けて直轄地になったドルトンとその周りの村の代官をやらせりゃ、実質的には伯爵へ昇爵したようなもんだ。本当の勲一等のお前ぇへの褒美だからな、奮発してやったんだぜ?」
「えーっ? 面倒臭そうだからいらないー」
「あ゛あ゛ん!?」
王様が貴人にあるまじき声を出した。額には青筋も浮いて、昭和週マガのヤンキー漫画みたいな顔になってる。『スピードの向こう側』へでも行くつもりなんだろうか?
「だって僕まだ子供だよ? 代官になっても、誰も言う事聞いてくれないと思うよ?」
「そこは気にする必要は
副支配人というとイメルダさんか。確かにあの人は優秀だ。領主が戦争で不在でも問題なく街を治めていた。美少女好きのオナベというのもキャラが濃くて面白い。
受付のタマラさんもおっとりしているようで有能だし、あの人たちがサポートしてくれるなら面倒は少なさそうかな?
書類にサインするだけの仕事なら俺でもできそうだし冒険に出る時間の余裕もあるだろう。その辺りも考えての、この褒賞なのかもな。
とはいえ、着々と国に取り込まれてるような気がして、なんだかモヤモヤするのも事実だ。貴族として生きていく上である程度は仕方ないと思うけど、それでも俺の知らないところで俺のことが決まっていくのはムッとくる。ちょっと意趣返しをしたくなる。
「わかった、それじゃ代官のこと引き受けるよ」
「おう、もう
「うん、そうする。それじゃ準備があるからもう帰るね」
「おう」
これで王様からの話は終わりらしい。俺はそそくさと出口へ向かい、扉に手をかける。
「あっ、そうそう。その報告書の最後の方に書いてあるけど、成り行きで旧シーマ王朝の王族の生き残りを奴隷にしたから。今は大森林に作った村で働かせてるよ」
「なにっ!?」
「村の方はもう開拓申請してあるから。それと、その情報を
「おいっ、ちょっと待て小僧! 去り際に面倒事置いていくんじゃねぇ!! こらーっ、待ちやがれーっ!!」
ちゃんと最後まで報告書を見ない王様が悪い。せいぜい苦労してくれ給へ。
王様の叫び声を無視して青薔薇の間の扉を閉める。
さ、それじゃお
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