第188話

「ビート様! お気づきになられましたのね!?」


 どうやらサンドラの精神世界からは開放されたみたいだ。ぼんやりした意識がはっきりしてくると、上下逆さまになったクリステラの顔が視界に入ってきた。


 まったく、ひどい目に遭った。あんなのが初体験だなんて……いや、あれは精神世界での出来事だから、言わば夢みたいなもんだ! だからノーカン! 初めてはまだだ! 俺は襲われてなんていない!!

 そもそも肉体的にというなら、既にウーちゃんと済ませてるしな! いつも顔をペロペロされてるから、既にベロチューまで経験済みと言っても過言ではない! よし、俺の初めては俺じゃない! ウーちゃんありがとう! 大好きだ!!


 俺はクリステラに膝枕されてたみたいだ。場所は……さっきの広間の扉の前だな。

 顔が逆さまに見えたのは、正座した膝に対して横向きじゃなくて縦向きの膝枕だったから。『ちょうど頭のおさまりがいい』という傾奇者式だ。どこで覚えてきた?

 そして、俺の足元にはいつものようにウーちゃんが丸くなっている。今は頭を起こして俺を見つめている。尻尾をパタパタしてるのが可愛い。やっぱり大好きだ!!


「びっくりしたで。扉に触ったと思たら、いきなりひっくり返るんやもん。明かりも消えて真っ暗になるし」

「すぐにわたしが火を点けましたから、暗くて困ることはありませんでしたけど。うふふ」

「『罠か!』って警戒したけど、それ以上何も起きねぇしさ。頭打ってたらいけねぇからって、なるべく動かさねぇで様子を見てたんだよ」

「念のため、扉には誰も触れさせておりませんわ」

「そう。心配させたみたいだね、ゴメン。サマンサの言う通り、その扉には罠が仕掛けられてるよ。危ないから、皆触らないようにね」

「「「はい!」」」


 もちろん、本当は罠なんか仕掛けられてない。いや、あの精神世界へ連れていかれるのが罠と言えば罠かもしれないけど。

 どっちにしても、また誰かが倒れるようなことがあってもいけない。あの神様は加減というものが分かってないみたいだしな。扉には触らない方がいい。まさに『触らぬ神に祟りなし』だ。まさか、そのままの意味でこのことわざを使う機会があるとは、異世界侮れじ。


 起き上がって後頭部を触ってみる。コブはできてないみたいだ。

 クリステラがちょっと残念そうな顔をしてるけど、ずっと膝枕してもらってるわけにもいかないんだから仕方ない。

 扉に触ってすぐ倒れたってキッカが言ってたから、あの精神世界での時間経過は現実世界より遅かったんだろう。精神と〇の部屋みたいだ。神様も居たし。

 いや、精神だけ加速されてたから〇クセルワールド? 俺のアバターはきっと灰色のネズミだな。

 真っ暗になったのは、俺が気絶したからだ。平面魔法のライトで周囲を照らしてたから、俺が気絶したことでそれが消えてしまったのだ。

 平面魔法は便利な反面、俺が意識を失うと効果が切れてしまうのが難点だ。そこまで完璧じゃないんだよなぁ。


「僕、どのくらい倒れてた?」

「そう長くはありませんわ。二百数えるくらいではありません?」


 ふむ、三分少々か。確かに長くはないな。けど、これがダンジョントラップだったら致命的だ。三分あればいくらでも致命傷を与えられる。

 注意してたつもりだったんだけど、心のどこかでは冒険じゃなくて観光気分だったのかもしれない。それが油断を産んでしまったんだろう。今回は反省点が多いな。


 けど、収穫はかなりのものがあった。左手を開いてみると、そこにあるのは長さ三センチくらいのいびつな黒い石だ。そこら辺に転がってそうな、見た目は何の変哲もない石。


 まさか『物語の鍵マクガフィン』とはね。


 俺の記憶から作ったにしても、随分マイナーなアイテムだ。賢者の石でもよかったのに。リセットしてやり直してもいいよ? あっ、セーブしてないから無理か。


 サンドラは俺から情報を吸い出す代わりに、自分の持つ情報も俺に提供してくれた。サンドラに限らず、この世界の神様は結構律儀だ。融通が利かないとも言う。

 しかし魔法を使えるとは言っても、俺は種族的には極普通のヒト族の子供だ。その脳が、神様の蓄えた何百万年分もの情報を受け入れられるわけがない。接触してすぐに俺が意識を失ったことで、サンドラもそのことに思い至ったんだろう。

 だから、俺に渡す予定だった情報をいつでも引き出すことが可能なように、外部記憶として結晶化したのだ。

 それがこの黒い石、マクガフィンというわけだ。石に見えても、実は超高密度情報を保有した魔素の塊なのだ。


 ご丁寧に、使い方は俺の頭の中へインプットしてくれている。と言っても、その方法は『知りたい情報について考えながら魔力をマクガフィンへ流す』だけという簡単なものなんだけど。その情報に関して、サンドラの知識の中にあるならマクガフィンから情報が送られてくるし、無いなら何も起こらない。

 ぶっちゃけ、グーグ〇さんだな。地図もWIKIにもアクセス可能で、ナビ付きだ。

 残念ながら十年前までの情報しか入ってないけど、行ったことのない場所や国、遭ったことのない魔物の情報があらかじめ分かるのはありがたい。冒険の助けになる。

 クリステラの『天秤魔法』と組み合わせたら完全な『鑑定』が再現できそうだけど、残念ながら俺にしか使えないようにプロテクトされているらしい。妙にセキュリティが堅い。やっぱり融通が利かないな。

 ともあれ、これが超レアな魔道具であることは間違いない。なにしろ、神様お手製の一品ものだからな。お宝としての価値は十分だろう。ここまで来た甲斐があったというものだ。


 一方で、今回は大きな懸念も残してしまった。俺の記憶を神様に読まれてしまったことだ。

 前世の記憶を持っていることが、神様の意図によるものであれば問題ない。しかし、そうでなかった場合に神様がどのような判断を下すのかが分からない。危険分子として排除されるのか、それとも放置なのか。

 気絶してる間に処分されなかったことを考えると、即座に排除されるほどの危険はないと判断されたんだろうけど……しばらく様子見なのか、それとも放置なのか。

 ……考えても仕方ないか。神様の考えてることなんて、人間に分かるはずもない。何をしたら処分されるのか、マクガフィンに聞いて……って、魔力を流した途端に答えが脳内に返ってきた。なるほど、これは便利だ。


 マクガフィンによると、神様的には、前世の記憶を持っていることに関しては問題ないらしい。

 この世界では、自分のものではない記憶が宿ることは稀にあるそうだ。それは、魔素が情報を保持できるという性質に起因するらしい。つまり、前世の記憶は俺が持ってたんじゃなくて魔素に含まれてたってことだな。

 なぜ魔素がそんな情報を持っているのかに関しては……うわっ、これは難しい! 流石神様だ、俺の理解できない次元の法則で語られている!

 多分トンネル効果と不確定性原理、シンクロニシティであろう理論が出てくるんだけど、俺に分かるのはそのくらい。

 異世界からの情報も、それで理屈が通るらしい。最終的には確率論みたいだから、要するに偶然ってことか? ああ、それでいいんだ。

 その多くは、成長と共に体内の魔素が入れ替わることで、数週間ほどすると揮発してしまうのだそうだけれど、何事にも例外はある。俺のように、生後間もなく魔法を習得した場合だ。

 魔法を習得するということは魔素を恒常的に体内に取り込むということで、それは魔素が体内に留まり続けるということだ。すると魔素がもっていた情報は記憶として定着し、俺のような前世の記憶持ちになるというわけだ。


 ってことは、厳密には俺は俺じゃなくて、前世の俺の記憶の残滓ってことになるのか? それはそれで、ちょっとショックだな。

 本来この身体を使うはずだったビート君には悪いことをしたかもしれない。せいぜい面白い人生を送ることで謝罪にしよう。

 ということで、俺に関しては問題なしという判断が神様からは下されたみたいだ。良かった良かった。


「さて、それじゃ今回はここまでにして帰ろうか。あんまり遅くなると、凍らせた飛竜の肉が融けちゃうしね」

「せやな。お宝でもあったらいう事なかったんやけど、無いもんは仕方しゃあない。もしここが神殿やったら祟られるかもしれんしな」

「ああ、神殿で間違いないみたいだよ。気絶する前にそんな事言われたから。天候と裁きの神様だってさ」


 なにしろ裁きの神様だから、あるとしたらかなり苛烈な祟りがあるんじゃないかな?

 ……過去には、国どころか文明ごと滅ぼしたこともあったらしい。リュート海はその時に出来たそうだ。

 訊いたつもりはつもりはなかったんだけど、マクガフィンがそう答えてくれた。帰る準備で馬車に平面を貼ってたから、それに反応したんだな。ちょっと使い方を考えないと。


「知らんなぁ。けど、神様は神様なんやろ? 怖い怖い、祟られる前に帰ろ帰ろ」

「わたくしも存じませんわね。けど、ここが空に浮かぶ島なのを考えると、相当に力のある神様だと思われますわ。不遜な振る舞いは避けるべきでしょうね」

「うみゃ、さっさと帰るみゃ。空の島にはお魚がいなくてつまらないみゃ」

「そ、そうだな! た、祟りなんて怖くねぇけど、余計なモメ事を起こすこともねぇしっ!」

「あらあら、うふふ」

「……神様を見たかった。残念」


 神様と話したってところはスルーなのか。うちの娘たちはそのくらいじゃ動じないらしい。関西人が二回繰り返すときは、大抵ネタだしな。本気で怖がってるわけじゃないだろう。

 若干一名、ちょっとビビってる和服少女がいるけど、あれは神様よりも祟りに反応してるっぽい。皆、信心があるんだか無いんだか。

 でもデイジーは神様との面会をご希望のようだ。お互い無表情同士だし相性はいいかもしれない。でも、あの神様は何をするかわからないから接触禁止です。扉の奥に隔離だ隔離。


「と、とうとう神様まで出てきたですよ! 貴族様や王様に会えるだけでもスゴいのに、ついに神様まで出てきたですよ!?」

「唖然」

「スゴい、です。物語の、中の人、みたいです」

「ピーッ、パパすごい? パパすごい?」

「(こくこく!)」


 子供たちは素直に驚いてるな。素直でよろしい。あの娘たちとは大違いだ。まったく、大人になると感動や驚愕が薄くなっていけない。……まぁ、俺がいろんな経験をさせすぎたせいなんだろうけど。なんかゴメン。


 さて、それじゃ帰るとしますか……ん?


「クリステラ、帰るよ? 早く馬車に乗って?」

「ほ、おほほほ! そ、そうですわね! でも、少しお待ちになっていただけます?」


 もう皆は馬車に乗り込んだというのに、クリステラだけが座り込んだまま動かない。どうした?

 業を煮やしたウーちゃんが、クリステラの後ろに回り鼻先でお尻を押す。この島に上陸してから、ウーちゃんはすることがなくてかなり退屈そうだったしな。早く帰って走り回りたいんだろう。


「ああっ! 待って、お止しになって、ウーちゃん! あひぃっ!?」


 ウーちゃんの鼻が靴先に当たった途端、あられもない悲鳴をあげるクリステラ。

 ……ああ、痺れちゃったのね。俺に膝枕してたからだよな、ゴメン。でも、どうしようもないんだよなぁ。

 

「『奴隷頭権限』とか言うからや。自業自得やな。にひひ」

「そうね、うふふ」

「ああっ! やめっ、あひっ、いひぃいぃっ!!」

「にひひ」

「うふふ」


 うわぁ、キッカとルカから黒いオーラが立ち上っている。どうやら、俺が意識を失っている間に激しい女の戦いがあったみたいだ。

 俺としては皆仲良くして欲しいんだけど、そもそもの原因が俺だから口を出せない。下手に出すと余計に拗れてしまいそうだ。

 しかし、このまま険悪になられると困るのも間違いないわけで……こういう時、どうしたらいいの!? 教えてマクガフィン、困ったときの神頼み!!

 ……。

 …………。

 答えられないのかよ! 役に立たねぇ神様だな!

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