第187話

 大きい。遠目からでも大きいと思っていたけど、目前にまで迫ると更に大きく感じる。こんなに大きな扉にする必要があったのか?

 高さの割には幅が狭い……と言っても、両開きの扉一枚でも幅が三メートルくらいはあるんだけど、高さが二十メートルくらいあるからかなり細長く見える。

 扉の材質も、周囲の柱や床と同様の白い石材のようだ。やっぱり継ぎ目は見当たらないけど、扉の表面と扉の周りの壁面にはビッシリと彫刻が施されている。なんとなくヒトや魔物っぽいんだけど、象形文字みたいに変形しててよく分からない。ひょっとしたら、そのまんま象形文字だったりするかもしれないな。失われた古代文字だったりとか。ちょっと燃える。


「これ、どうやって開けるん? ってか、入ってもええのん?」

「神殿だとしたら、神官と巫女以外は立ち入り禁止ですわね」

「けど、ここに来るまで誰にも会わなかったぜ? ここ、本当に神殿なのかよ?」


 キッカ、クリステラ、サマンサが疑問を呈する。

 確かに、神殿の奥は原則関係者以外立ち入り禁止だ。分殿ならともかく、本殿の奥は国王でさえも足を踏み入れることが許されない聖域らしい。まぁ、神様がそこにいるからな。パーカーの法と商売の神様の神殿の奥にも、とんでもない魔力の持ち主がいたし。

 今のところ、この周辺から大きな魔力は感じられない。というか、この広間に入った瞬間、外にいるはずの飛竜の気配すら感じられなくなった。多分、魔力を遮断する結界みたいなものが施されてるんだろう。

 リュート海のセイレーンがいた不思議島もこんな感じだったな。パーカーの神殿もそうだった。魔力が周囲に漏れて悪影響を及ぼすのを防いでるんだろう。


 まぁ、ここで議論してても仕方がない。とりあえず押し



「ようこそ。ここは天候と裁きの神『サンドラ』の神殿です」


 てみるか……って、えっ!? ナニ、何処よここ!? 見渡す限りの青空と白い床!? 飛ばされた!? まさかの転移トラップ!? 皆はどこに!?

 って、うおっ!? 俺が居る!? ドッペルゲンガーか!?

 むっ、腰の鉈がない! というか、さっきまで身に着けていた装備が全部ない! 今の俺の恰好は、屋敷内でしか着ない普段着だ。

 ふむ、なるほど。ここは現実世界じゃないみたいだな。さっき言ってた天候と裁きの神とやらが作った仮想空間ってところか。突拍子が無さすぎて、逆に落ち着いた。

 目の前の俺も、俺にしては表情が固い。自分で言うのもなんだけど、俺はもっと感情が表に出るタイプだ。いつも隠すのに苦労してる。こいつは対話のために作り出されたアバターってところか。

 そして、今の俺は自意識から構成された意識体ってところかな? 裸でなくて良かった。

 魔法は……やっぱダメか。身体強化も発動してる感じがしない。精神世界で使えるとは思ってなかったけど、完全に手詰まりだな。

 いつ仕掛けられた……って、さっき扉を触ったときだよな。それしかない。きっと扉の表面に魔力の線が張り巡らされてたんだろう。気配察知が効かなかったから気付かなかった。失態だな。


「肯定します。この空間はサンドラの記憶領域に作成した疑似的な空間です。扉に張り巡らせた魔力線を通じて、貴方の精神へと接触しています。この姿は貴方の観測情報から構成した一時的な仮想端末です」


 目の前の俺……いや、多分サンドラが、俺と似た声でしゃべってる。実際には俺と同じ声なんだろうけど、自分の声って録音すると別人の声に聞こえるからな。それと同じだろう。

 どうやら、サンドラは俺の考えてることが分かるみたいだ。神様ならそのくらいできてもおかしく……いや、現実世界じゃないって言ってたな。精神がダイレクトに繋がってて、心の声が駄々洩れになってるのかもしれない。余計なことは考えられないな。プライバシーの侵害だ。


「肯定します。私は天候と裁きの神サンドラです。サンドラは主神『アルタナ』により生み出された『原初の六柱』の一柱です。あなたの精神とは魔力線を通じて直結しています。思考情報は双方向に交換されます。『プライバシー』の概念が理解できません。情報の提供を要求します」


 むう? なんか、妙に機械的だな。まるで某超電磁砲の妹さんたちみたいな受け答えだ。原初の六柱とか言ってたけど、実は二万人くらい姉妹がいるんじゃないの? 俺が二万人いたら嫌だけど。

 情報が双方向に交換されるってことは、あちらの考えてることも分かるのか。お互いにプライバシーは無いってことだな。

 プライバシーの定義か……考えたこともなかったな。『個人の私的な行動や思想、生活を尊重する権利』ってところか?


「否定します。サンドラに姉妹は存在しません。原初の六柱に血縁関係はありません。情報を補完しました。プライバシーの侵害を確認しました。対応を検討しましたが、対策を講じることができませんでした。以降、プライバシーの侵害に関しては無視されます」


 無視すんのかよ!? さすが神様、横暴だな! いや、神様に人間的な思考を求めるのが間違いか。人間じゃないもんな。

 それはそれとして、なんで俺はここに呼ばれたんだろう? 裁きの神ってくらいだから、何か天罰でも下されるのか? インドラの矢を落とされるとか、ロボット兵が大挙して攻めてくるとかかな? 〇ピュタならあり得る。その後、目の前のこいつが俺に成り代わるとか……ヤバいな、今のうちに〆とくか? でも、武器も魔法も使えないんだよなぁ。


「肯定します。サンドラは人間ではありません。人間的思考は行われません。否定します。サンドラは個人に対する懲罰権を有しません。サンドラの懲罰権は集団、国家、社会に対して発動します。この姿は一時的なもので、現実世界での構築はできません。サンドラは情報の共有を要求します。現在のヒト種には天候と裁きの神サンドラの神殿へと到達する手段が存在しません。訪問者、個体名『ビート』の保有する関連情報の開示を要求します。ラ〇ュタに関する情報を要求します」


 ふむ、判断基準は分からないけど、サンドラが悪と判断した集団や国家には天罰が下るってことだな? 基準が分からないのはちょっと怖いなぁ。

 意外にも、要求はそれほど横暴じゃない。知らないことがあるから教えろってことらしい。

 ってか、魔法がある世界なんだから、ここまで来るのはそう難しくないと思うんだけどな? 俺だって平面魔法で飛んできたわけだし。

 それはそれとして、『現在のヒト種には手段がない』か。こんな辺境でも情報を集めることはできるんだな。さすが神様。

 けど、全てを知っているわけでもないらしい。俺の魔法のことは知らなかったわけだし。全知全能ではないってことだ。ラピュ〇も知らないみたいだし。いや、知ってるはずないんだけど。


「肯定します。神はその能力を制限されています。全知全能ではありません。魔素による情報更新頻度は十年を設定しています。前回の更新は八年前です。情報を更新しました。固有魔法『平面魔法』による飛行能力を確認しました。〇ピュタに関する情報を入手しました。ラプター島との類似性を確認しましたが、偶然の一致と判断しました」


 おっと、どうやら表層的な意識から侵入されて情報を探られたみたいだ。油断ならない。

 魔素による情報更新か。魔素には情報を蓄積する性質もあるんだな。新発見だ。

 更新頻度が十年っていうのは長いような気がするけど、悠久を生きる神様にとってはそうでもないんだろう。ジョンも結構のんびりしてるしな。ダンジョンと神様は似た存在なのかもしれない。


「肯定します。ダンジョンは自然発生した魔素集積型情報生命体であり、下位の神の幼生の総称となります」


 ……はぁっ!? ダンジョンが神様の幼生? ってことは、神様って成長したダンジョンなの!? ジョンもいずれ神様になるの!?


「一部肯定します。ダンジョンが成長すると下位の従属神になります。固体名ジョンが神にまで成長する確率は算出できませんでした。算出にはより多くの情報が必要です。原初の六柱は誕生した時点で既に神でした」


 ふむ、上位の神は主神から生み落とされた特殊な個体で、従属神はその他大勢ってわけだ。譜代の家臣と外様って感じか。


 ん? 原初の六柱?

 現在、王国とその周辺国家では『主神』『法と商売の神』『戦と狩りの神』『海と生命の神』『大地と豊穣の神』『知恵と魔法の神』の六柱が大神として崇められている。けど、主神を別格とすると、主だった神は五柱しかいない。つまり、サンドラは忘れ去られた神ってことになる。

 いや、そりゃこんな辺境に引きこもってたら忘れ去られるか。同窓会の招待状も送られてこないだろう。ネット(魔素による情報)の世界だけじゃ生きていけないんだよ?


「肯定します。サンドラには情報が不足しています。更新頻度の短縮を検討します」


 ああ、その方がいいな。十年もあれば、下界では国が滅びたり興ったりするだろうし。その滅びがサンドラの手によって齎されるかもしれないと考えると、忘れられたままでいい気もするけど。


 ガシッ


 むっ? なんだよ、偽俺サンドラ。腕を掴んでどうするつもり……って、動かない!? 腕だけじゃない、身体全部が動かない! おいこら、何すんだてめぇ!


「サンドラにはより多くの情報が可及的速やかに必要と判断しました。情報を収集するため、個体名ビートとの深い接触を実行します」


 偽俺の顔が近づいてくる。って。おい、まさか、深い接触って!?


「接触時には大量の情報が交換されます。負荷による一時的な痛みの発生が予想されます。抵抗は負荷の増大が予想されるため推奨しません」


 痛いのは最初だけ、大人しくしてればすぐ終わるってか!? 冗談じゃない!

 こら、偽俺、目を瞑るな! 唇を突きだすな!! そんな情報は読み取らなくていいんだよ!

 動いて、俺の身体! いや、お前は動くな、止まれよ! 来るな!

 誰か助けてーっ! イヤーッ!

 アーッ!?

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