第306話

 オーガはゴブリン系の上位進化型魔物だと言われている。ただし、その真偽は不明だ。

 というのも、本当にオーガがゴブリンから進化したのかを確かめるすべがなく、オーガ自体の目撃例もそれほど多くないからだ。

 まぁ、これに関してはオーガが特別というわけじゃなく、魔物全般に言えることなんだけど。なにしろ魔物が進化するところを見た人がいないんだから。俺ですらウーちゃんやタロジロが進化するところは見ていない。今後の魔物学の発展が待たれるところだ。


 オーガが目撃された例としては、王国では大森林の奥地に迷い込んだ冒険者による偶発的遭遇しかなく、両手で足りるほどしかない。

 その少ない件数の中に、ホブゴブリンを連れていたという報告がいくつか挙げられている。手下のように扱っていたという証言もあって、それがゴブリン種の上位進化個体なのではないかと考えられている理由になっている。ゴブリンとホブゴブリンの関係、そのひとつ上のランクでの関係ということだな。


 頻繁に大森林には潜っている俺だけど、まだオーガには遭遇したことがない。運がいいのか悪いのか。

 そのうち機会が巡ってくるだろうと思って特に探したりはしてなかったんだけど、まさかこんな魔境でもない、他国の集落でエンカウントするとはね。現実はいつも俺の想像の斜め上を行く。


 ともかく、この二匹がこの集落の実質的ボスなのは間違いなさそうだ。

 問題は『こいつらをどうやって手懐けたか』だな。

 エサかメスか暴力か、それとも魔法か。可能性としてはいずれも有り得そうだ。

 あるいはその中の複数ということも考えられる。手段がひとつだと、それが切れたときに制御できなくなるかもしれないからな。束縛の鎖は多いほうがいい。

 それを突き止めないと、ここを潰してもまた他の場所に牧場を作られてしまうかもしれない。その手法ごと潰すためにも入念な調査が必要だ。

 捕らえられている女性や虐げられている奴隷たちには申し訳ないけど、もう少しだけ待って欲しい。調査が終わるまで、もう少しだけ。


 この集落が牧場だとして、商品である薬の出荷方法も突き止めないといけない。どういう経路で運び出して何処に持っていくのか。誰がどんな形で関わっているのか。

 領主が元締めなのは間違いないだろうけど、まさか自分で販売まで行っているとは思えない。必ず末端の売人までの流通網があるはずだ。

 そのルートと関係者を洗い出して、流通網ごと潰す。薬は絶対に流させない。

 そう遠くない時期に商品の回収、あるいは出荷の動きがあるはずだ。それをさぐらなければならない。


 もうしばらくは待ちの状態が続きそうだ。辛い時間になるな。



「張り込みはラナの一件以来やな。まぁ、あのときよりは楽やけどな」

「そうね! でもずっと穴ぐらの中にいるとお芋になった気分ね! 早く収穫されたいわ!」


 張り込み始めて三日が経過した。キッカとジャスミン姉ちゃんが退屈を紛らわすためにとりとめのない会話をしている。


 長丁場になる可能性があったから、集落を見下ろす山の中腹に潜伏できる拠点を作った。少しでも気を抜くことができる場所があるのとないのとでは、疲れ方に大きな差が出てくるからな。

 ラナでは、簡単なテントを木の枝や葉っぱで偽装した拠点で張り込みを行った。よく出来てはいたけど、よく見ればバレる程度の偽装だった。実際、バレてたし。

 アレは俺たちじゃなくて、雇った冒険者が作ったものだったからな。普通の人ならアレが精一杯だろう。魔法を使えない一般の人たちなら。

 俺たちは普通じゃないから、もっと凝った、見つかりにくい拠点を作ることができた。それがこの穴ぐら拠点だ。

 作り自体は簡単で、集落を見下ろせる位置にあった大きな岩の裏を掘って、潜伏できる隠し部屋を作っただけだ。元々そこにあったものだから、見つかっても不自然に思われることはない。

 出入り口は山稜の反対側にあるから、集落から見つかる心配はない。ちょっと出入りには時間がかかるけど。

 あとは岩をくり抜いて観測用の穴を空け、掘った隠し部屋や通路の内部をサラサの土魔法で固めてもらっただけ。

 だけとは言っても結構な重労働だったみたいで、途中で一回、サラサは魔力枯渇で気を失っている。それくらい頑張って作ってくれたんだから、ちょっと窮屈なくらいは我慢してくれ。


 広さは二十畳くらいあるんだけど、全員が中にいると窮屈に感じる。半数が子どもとはいえ、全部で十二人と四匹だからな。

 今回は全員が張り込みに参加している。状況次第では人手が必要になるかもしれないからだ。

 そのため、ビフロントに置いてあった荷物も全部ここに持ってきている。放置して盗まれるのは嫌だからな。部屋が狭く感じるのはそのせいもあるだろう。

 いや、実際に狭くなってるか。ゴブリンの魔石を詰め込んだ木箱が積み上がってるもんな。

 置いてきたのは空の馬車くらいのものだ。まぁ、あれも特注品だから盗まれるのは嫌だけど、持ってくるわけにもいかないし、仕方がない。


 ということで、見張りを交代制にして、当番じゃない面子はできるだけ外に出てリフレッシュするようにしている。今はジャスミン姉ちゃんとキッカが当番だ。文句を言いつつも、岩に開けた穴から集落を監視しつづけている。

 他のメンバーは、外で身体を動かしたり朝食の後片付けをしている。やっぱり薄暗い穴ぐらの中は息が詰まるんだろう。


 俺はというと、さっきウーちゃんタロジロピーちゃんとの朝食後の散歩から帰ってきたところだ。周囲は起伏のある山なので結構な運動になる。朝食前にも行ったし、これだけ走ればワンコたちも満足だろう。

 今は、ウーちゃんの身体に付いた草や泥をブラッシングして取ってやっている。手入れのされていない山の中だから、どうしても付いてしまうんだよな。夜には行水で綺麗にしてやらないと。

 ウーちゃんは横たわって伸びている。されるがままだ。かわええ。

 ……最近は生活リズムが昼夜逆転してたからな。ストレスが溜まっているのかもしれない。それで無気力になって伸びているという可能性も、ないとは言えない。注意してやらないと。

 よし、こんなもんかな? いや、足先をもうちょっと綺麗にしておこう。それが終わったら次はタロだ。その次がジロ、最後にピーちゃんだな。ピーちゃんはずっと飛んでいたから汚れてないけど、やらないと拗ねてしまう。ストレスが溜まってしまう。

 俺にもストレスが溜まっているような気はするけど、でも大丈夫。このモフモフさえあれば、俺は何年だって戦える。どんな苦境にだって耐えられる! それがモフリストというものだ!


「あっ! ナニアレ!? 何か変なのが来たわよ!」

「ビートはん、馬車……いや、なんや、けったいなもんが来よったで!」


 キッカとジャスミン姉ちゃんが声を上げる。やっと来たか! いや、三日ならそうでもないか?

 けど、ふたりの言うことは何か要領を得ない。何が来たって?

 外にも聞こえたのか、クリステラたちが駆け込んでくる。横たわっていたウーちゃんも、何事かと頭を起こす。

 平面魔法のカメラを起動して、集落の様子を百インチサイズの平面へ映し出す。全員で岩の穴から覗くのは無理だからな。


 平面に映し出されたのは、十人程の男に担がれた、派手な装飾を施された輿だった。

 なるほど、確かに変なものだ。まるでお神輿か山車だな。


 ふむ、ちょっと遅めの夏祭り、ということかな?

 そういうことであれば、精々派手に盛り上げてやろうじゃないか。

 喧嘩祭りの始まりだ。

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