第307話

 作中に少々センシティブな表現があります。

 ご注意ください。


――――


 先頭にきらびやかな輿、それに続いて樽や箱を積んだ輿が運ばれてくる。前の輿には人、後ろの輿には旅の道具かな? ちょっと荷が多い気もするけど、あの人数ならあのくらいの量は必要かもしれない。


 ここからじゃよく見えないし、会話も聞こえない。ちょっと危険だけど、様子を窺うにはもう少しだけ近付かないと。


「ちょっと行ってくる。皆はここで待機ね。すぐ動けるように準備しておいて」

「お気を付けて。何かあれば『ケータイ』でご指示くださいませ」

「うん。そっちも何かあったら連絡して」


 ケータイは、以前遺跡で発見した古代魔法王国製の通信機のことだ。見た目がバータイプのガラケーみたいだからケータイと呼んでいる。メールが無い以外は、機能もほぼそのままだし。

 全部で四台あるうちの二台を俺とクリステラがそれぞれ持っていて、残りは大森林の拠点のアーニャパパ、ボーダーセッツの宿の奴隷頭のオーガスタが持っている。

 このケータイを一番使っているのはオーガスタだ。石鹸とシャンプー、リンスの補充をお願いする連絡がよく入ってくる。あの宿の石鹸やシャンプーなんかは俺のお手製だからな。俺にしか作れない。

 もう商業ギルド製の石鹸やシャンプーも出回っているけど、オーガスタに言わせると『品質が段違い』なのだそうだ。

 まぁ、俺のは平面魔法を駆使して作られてるからな。撹拌や分離精製で差が出ているんだろう。

 リピーターのお客様もそれが目当てらしく、ことあるごとに販売をお願いされるそうだ。そろそろ高級品路線も考えてみるべきか?


 もっとケータイに台数があれば嫁衆や子どもたちに一台ずつ持たせたいんだけど、古代魔法王国の遺跡自体がなかなか見つからないから、新たに補充することができない。

 分解解析して量産できればいいんだけど、解体すると元に戻せないかもしれないから二の足を踏んでいる。いずれ新たに入手できたら、その時は分解して解析しよう。そして量産だ。


 勢いよく表へ飛び出した俺は、その勢いのままスカイウォークを使って宙へと駆け出す。

 輿はまだ集落へは着いていない。あの人数で担いでるにしては、ちょっと進みが遅いな。重いものでも積んでるんだろうか?

 その輿の上空五百メートルほどの位置まで移動し、気取られないように気配を殺して追跡する。もちろん、俺の周囲はマットなスカイブルーの平面で偽装済みだから、真上から見ない限り気づかれることはないだろう。


 うん? この気配は……ふむ、なるほど。魔法使いか。こいつがこの牧場のからくりのかなめっぽいな。


 マイク平面を輿の外壁付近に設置して情報を収集する。輿の中に設置してもいいんだけど、マイク平面は物理衝突設定をオンにしないと機能しないから、狭い空間の中に設置すると違和感で気付かれる可能性があるんだよな。

 まぁ、輿の壁に密着させておけば音は拾えるだろう。ついでにコーン型の平面を作って集音効果アップ。まさに『壁に耳あり』だな。

 さて、それじゃ早速、輿の中の様子は?


≪んっ、あっ、んっ!≫

≪ほらほら、早くオレサマをイかせないと巣に着いちゃうぜ?≫

≪っ、んっ、んくぅっ!≫

≪そうそう、いい絞め付けじゃないか。腰ももっと動かすんだよ、ほらほら≫


 おっと、お楽しみ中みたいだ。カメラを送り込まなくて正解だったな。俺に覗きの趣味はない。

 どうも輿の動きがおかしいと思ったら、中で腰を動かしていたらしい。精々二畳くらいの広さしかない輿のなかで激しい運動をしていたら、そりゃ遅くもなるわな。


 いや、輿を担いでいる男たちの辛そうな顔を見る限り、わざとゆっくり動いているという線もあるか。

 どうやら、中にいるのはそれなりの身分の男と、その女奴隷っぽい。そして女奴隷は、ゴブリンの苗床にされたくなかったら巣(集落)に到着するまでに男を満足させろと命令されているらしい。

 ほんの十数秒の会話から、そこまで類推できた。

 輿を担いでいる男たちは、女奴隷のためにわざと速度を落としているんだろう。中には涙を流している人もいる。キツいよな。

 なんというか、この男はゲスだな。どうやらこいつは世に害悪を撒き散らすタイプのようだ。依頼の処分対象に含まれるはず。いや、含める。


≪うっ!≫

≪っ! んうぅっ!≫

≪ん〜っ! ふう、たっぷり出たぜ。おっと、着いたみてぇだな≫


 輿が集落の中で一番大きな建物の前に停まり、ゆっくりと地面に降ろされる。

 建物の前には、例のオーガ二匹とホブゴブリンが二十数匹、待機している。出迎えのようだ。

 けど、まだ中の男も女奴隷も出てこない。


≪おい、いつまでよがってんだ! 口でオレサマのを綺麗にするんだよ! 言われなきゃ分からないのか? この愚図が!≫

≪も、申し訳ありません、ただいま……≫

≪ホント、世の中は無能ばかりで参るぜ。ま、オレサマは天才だから? そんなゴミどもでも使ってやるけどな≫


 ……どうにもムカつくな。こいつ、今すぐ処分……いやいや、まだ我慢だ。まだ組織の全容は掴めていない。こいつをここで殺ってしまうとその機会が失われてしまう。我慢、我慢だ。


≪いつまで舐めてんだよ! また立っちまうだろうが!≫

≪あぐっ!? げほっ、も、申し訳ありませんっ!≫


 輿の扉が内側から吹き飛び、裸の女性が転がり出てくる。どうやら男に蹴り飛ばされたようだ。我慢、我慢!

 カメラを送り込んでターゲットを確認しよう。処分するときに間違えないようにな。


「まったく、浅ましい。これだから下賤な生まれの女は」


 女性に続いて男が出てくる。

 小太りで脂ぎっている。髪は明るい茶色のセミロングで縮れている。ソバージュってやつだ。額は広い。背は百六十センチほどだろうか。この世界では標準的な高さだな。

 着ているものは、薄手のひらひらしたレース付きシャツと黒く光沢のある生地のズボンだ。シルクっぽい。シャツの胸元を大きく開いている。ワイルドさを演出したかったんだろうけど、だらしない印象しかしない。

 首には金チェーンの二連ネックレス、両手首にも同じく金チェーンのブレスレット、両手の指にも金の指輪が填められている。ちょっと、いやかなりクドいアクセサリーの使い方だな。

 顔の造作自体は悪くない。鼻筋は通っているし、目も二重だ。けど、性格の悪さが現れているのか、印象はかなり悪く感じる。弛んだ頬と、片側だけ吊り上がった唇のせいかもしれない。

 全体的な印象は、下品な成金といった感じだな。あまり仲良くなりたくないタイプだ。


「出迎えごくろう! 何か変わったことはあったか?」

「グギ、とくニなイデス」

「ギ、やまノえもの、すこシへッタデス」


 ほう、オーガが人の言葉を喋ってるな。あそこまで進化すると、知能もそれなりにあるらしい。

 もしかしたら、ウーちゃんやタロジロも人語を解するようになる? いや、今も俺の言うことは理解してるか。うちの子は賢いからな!


「ふーん、数を増やしすぎたかな……まぁいいか、所詮魔物だし。それよりお前たち、ちゃんと薬は作ってあるんだろうな?」

「グギ、コレデス」


 オーガの後ろにいたホブゴブリン数匹が、小樽を担いで前に出る。樽は全部で三つ。どうやらアレが商品・・っぽいな。マクガフィン先生も、中身はゴブリンの妄薬だって言ってるから間違いなさそうだ。


「ふん、いつも通りか。まぁいい、よくやった。オレサマは出来る上司だからな。ちゃんと褒めるときは褒めてやる」

「ギ、アリガトウゴザイマス」

「よし、おい、お前たち! コレを輿に積め! 積んだらすぐに帰るぞ! まったく、ここはゴブリン臭くていけねぇ」


 輿を担いでいた男たちが樽を輿に積む。代わりに樽を数個下ろす。次の商品はアレに詰められるんだろう。


「そうそう、言葉だけじゃなくて物も与えないとな。その女はお前らにやるよ。俺のお古だけどな。便所・・に連れて行って新しい苗床にしておけ」

「グギ、アリガトウゴザイマス!」

「そ、そんな!? 約束が違います!」

「ぁん? オレサマの物をオレサマがどう扱おうと、オレサマの勝手だろうが? モノは黙って使われとけよ。ま、オレサマは十分楽しんだし? ペットにも楽しさを分けてあげないとな。オレサマ優しぃ〜!」

「いやっ、そんな! 誰か!」


 下卑た笑みを浮かべるホブゴブリンどもに女性が引きずられていく。女性の顔は絶望の涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。

 くそっ、まだだ、まだ我慢しろ俺!


「よし、それじゃ帰るか。お前ら! また月が大きくなった頃に来るから、それまでに薬を作っておけよ!」

「ギ、カシコマリマシタ」


 クズを乗せた輿が男たちに担がれ、集落を離れていく。

 俺も自分の乗る平面の高度を少し上げる。


 自分の身体がブルブルと震えているのが分かる。寒さじゃない。怒りで身体が平静を保てなくなっているらしい。強い熱が全身から迸って出る感じがする。

 それを夏の谷風が少しばかり覚ましてくれる。頭までこの熱に浸かってしまったら、きっと俺は正気でいられなかっただろう。あの集落もあのクズも、まとめて挽肉にしてしまったに違いない。でも、それはまだ駄目だ。

 大きく深呼吸をして心を落ち着けると、腰のポーチからケータイを取り出し、クリステラへと発信する。まだ若干指が震えてるけど、ちゃんとボタンは押せた。


≪ビート様! 状況はいかがですの! ご無事ですのね!?≫


 ワンコールも終わらない間にクリステラが出る。あちらも状況が分からずにやきもきしてたんだろうな。


「うん、こっちは平気。それで、仕事だよ。今、輿が出ていったでしょ? アレを尾行してほしいんだ。メンバーは……クリステラとアーニャ、サマンサでお願い。相手はどうやら魔法使い、それも固有魔法使いっぽい。見つかったら何をされるか分からないから、くれぐれも気付かれないようにね」

≪っ! 承知いたしましたわ! 状況は逐次、このケータイで連絡いたしますわね!≫

「うん、お願い。他の皆はこっちに向かわせて。ここを潰すから」

≪っ!! はい、ただちに!≫

≪(ようやくね! やっと暴れられるわ!)≫


 すぐ隣で聞き耳を立てていたんだろう、ジャスミン姉ちゃんの声が聞こえた。まったく、これで貴族の奥様なんだからな。困ったもんだ。

 でも、おかげで落ち着いた。

 通話を終えてケータイをポーチに戻し、再度大きく深呼吸をする。

 冷えた風が気持ちいい。もう指は震えていない。頭も冷えた。

 けど、胸の奥にはまだ熱い塊がある。濃くてドロドロとした、溶岩のような塊だ。


 ……さて、始めるか。

 ジャスミン姉ちゃんには悪いけど、多分出番はない。できるのは後片付けくらいだろう。


 もうこれ以上犠牲者は出させない。一匹残らず駆逐してやる。

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