第308話
体内で限界まで魔力を練り、密度を上げていく。魔力が外に漏れないよう精密にコントロールしながら、限界まで練り上げる。
まだだ、まだ足りない。周囲の大気に溶け込んでいる魔素を呼吸で取り込み、体内で魔力に変換して練り上げていく。
身体が悲鳴を上げている。頭が痛い。目の奥にジンジンとした鈍痛が感じられる。『練り上げつつ抑える』なんていう無茶な魔力の操作をしているからだ。久しぶりだな、この痛み。
でも、ゴブリン共に気取られるわけにはいかない。ギリギリまで抑えなければ。
傍目には何も変化していないように見えるだろう。たとえ気配察知を持っていても、俺の魔力は周囲の大気に溶けている魔力と同量にしか感じられないはずだ。
けど、実際には膨大な魔力が俺の体内に溜め込まれている。クリステラの天秤魔法であれば、練り上げられた膨大な魔力量を感知できるかもしれない。
こんなものかな? これ以上は抑えきれなくなる。それに、この魔力量ならオーガでも
全! 開! 放!
『筋肉を収縮させて脳への血流を十秒間停止させろ』という命令を持たせた魔力を、眼下の集落全域へ向けて放出!
指向性改良型魔力フラッシュバンだ!
ゴブリンやホブゴブリンも、身体の構造はヒトやその他の哺乳類と大差ない。心臓から肺へと送られた血液は、再び心臓へ戻ってから血管を伝い全身へと送り出される。もちろん、首を通って脳へと送られる血管も存在している。
ヒトの場合、この脳への血流が約十秒堰き止められると、脳は必要な酸素が供給されなくなって活動を一時停止する。つまり気を失う。
命令を持たせた魔力を強制的に相手の体内に潜り込ませ、魔力によって血流を操作することで、強制的に対象を失神させる。それが改良型魔力フラッシュバンだ。
この技がゴブリンにも有効なことは既に確認済みだ。ただし、今回はそれ以外にもホブゴブリンとオーガがいる。数も多い。
そいつらの魔力量以上の魔力を叩きつけなければ不発で終わってしまう。俺の普段の魔力量でも十分だとは思うんだけど、一応念の為に、限界まで練り上げた魔力を放出させてもらった。今回は舐めプなしだ。
流石に、耐えられる個体はいなかったか。一斉にバタバタと倒れていく。ゴブリン、ホブゴブリン、オーガ、全ての個体が気を失った。
もちろん、奴隷のヒトたちも。
奴隷は、奴隷三原則によって、主人の財産が失われることを看過できない。
つまり、どれほど虐げられているヒトの奴隷たちでも、ゴブリン牧場が失われることを見過ごせない。俺がゴブリン共を駆逐し始めたら、不本意ながらも全力で阻止しようとするだろう。
平面魔法を駆使すれば、妨害の排除は難しくない。平面で囲って隔離するだけでいい。
けど、助けようとしている相手に邪魔をされるのは精神的にきつい。なので、彼らにも眠ってもらうことにした。寝ている間に起きたことなら、看過することにはならないからな。
地上に降り、腰の剣鉈を抜いて、手近なゴブリンから首を刎ねていく。
平面魔法で複数の刃を生成して遠隔操作で斬っていけばあっという間に終わるんだけど、俺は個人的な理由でできるだけそれをしないことにしている。
命を奪うときは可能な限り自らの手で。そのルールを自分に課している。
命が軽い世界だからな。その上、俺は強い力を持つ魔法使いだ。気まぐれで簡単に命を奪えてしまう。実際に、今までにも多くの命を奪ってきている。
何らかの制限をしなければ、命を奪うことに何の
平和な社会というものは、他者を害する者がいないということを前提に成り立っている。
そこには殺戮者の居場所はなく、むしろ最優先で排除されるべき存在として認識される。殺戮者に平穏な暮らしは送れないのだ。
ゴブリンのような害悪なら……と、一度自分で制限を緩めてしまえば、その後も何かと理由を付けて制限を緩めていってしまうことが容易に想像できてしまう。
人は、堕ちるときは簡単に堕ちてしまう。そして、一度堕ちてしまったら、そこから這い上がることはひどく難しい。蜘蛛の糸は細く切れやすいのだ。堕ちる前に踏みとどまらなくては。
だからといって、頑迷にそのルールを守り続けるつもりもない。仲間や知り合いに危害が及びそうなときは、即座に棚上げさせてもらう。俺の矜持なんかより皆の安全のほうが大事に決まっているからな。
意識のないゴブリン共を一匹ずつ処理していく。気絶しているだけだから、いつ目覚めてもおかしくない。できるだけ早く、確実に首を落としていく。
平面魔法でコーティングしてある剣鉈だから切れ味が鈍ることはない。豆腐を切るようにゴブリンの首が切り離されていく。
お前たちがこういう生態じゃなけりゃ、もっと違う付き合い方があったのかもな。けど、これが俺たちの今の関係だ。俺を恨め。俺もお前たちを許さないから。
血臭がキツい。気絶しているだけでまだ心臓は動いているから、胴側の切り口からは意外なほどに鮮やかな赤い血が吹き出してくる。ゴブリン特有の、ケミカルな臭いのする血だ。
狩りや繁殖に毒や薬を多用する種族だから、その影響かもしれない。血液がある種の薬剤になっているんだろう。
スライムすら避けるほどだから、きっと他の生物にとっては毒になるものが含まれているに違いない。立ち上るこの臭いも、きっと吸わないほうがいい。
うつ伏せに倒れている一匹目のオーガの首を刎ねる。
ゴブリンやホブゴブリンの薄汚れた緑色の皮膚とは違う、鈍い青鉄色をした硬そうな首だったけど、問題なく斬り裂けた。ゴブリンを斬る感触が絹ごし豆腐だとしたら、オーガは木綿豆腐。それくらいの違いしかなかった。
肌の色が違っても、血の色と臭いはゴブリンと変わらないな。やっぱりゴブリン種からの進化種なんだろう。
オーガの死体をひっくり返して、その下敷きになっていたホブゴブリンの首も刎ねる。放っておいても窒息死しただろうけど、まぁ、念の為だ。
うん? オーガの胸に何かある? これは……契約紋!? 魔物の奴隷化!?
いやいや、そんなこと出来るのか!?
俺の知っている限り、魔物の奴隷化はできないはずだ。王国の研究所がずっと研究してるけど、まだ成功例はなかっ……いや、あったな。他でもない、俺が当事者としてその研究を目の当たりにしたじゃないか。王国東部の旧ユミナ領で。
あのときは、人造の神である偽神ユミナの力で強制的に奴隷にされた人やオーク共と戦うことになった。あいつらの身体にも契約紋があった。
あの件は、黒幕の元ユミナ侯爵は処刑され、偽神ユミナも解体されて解決したはずだ。それに伴って、奴隷化されていた人たちも解放されたはず。
ということは、この契約紋は偽神ユミナとは別口ということになる。
まさか、別の人造神がこのジャーキンにあるってことか!?
その可能性は否定できない、よな?
偽神のシステムは古代魔法王国の遺跡に残されていたもので、その古代魔法王国はかつてこの大陸全土を支配下に置いていたと言われている。
王国の遺跡にそのシステムが残っていたということは、ジャーキンやノラン、エンデなんかの外国の遺跡にも残っている可能性があるってことだ。
そして、王国の一貴族にできたことがジャーキンにできないとも思えない。なにしろ、俺と同じ転生者であるクロイス王子がいた国だからな。銃を作り出すくらい技術開発に力を入れていたんだから、魔物の奴隷化とその軍事利用が研究項目に入っていてもおかしくない。
戦後に押収された資料にはそんな研究はなかったと聞いているけど……事が事だけに、極秘のうちに進められていた可能性もある。他でもない、ジャーキンでも僻地中の僻地である、このワッキー地方で。
ありえない話じゃないよな。極秘の研究をするなら、この山の中の領地は最適だ。
これは、さらに余計な仕事が増えてしまったかも?
けど、調べないわけにはいかないよな。とりあえず、この集落くらいは隅々まで調べないと。
はぁ、面倒な事になっちゃったなぁ。
……んん? ゴブリンとホブゴブリンには契約紋がない? どういうことだ?
ゴブリンとホブゴブリンを隷属させない理由……できない? しない? どっちだ?
いや、もしかして、あのクズの……まだちょっと情報が足りないな。現状での判断は早計だろう。
それじゃ、もう一匹のオーガに契約紋は……おっと、時間をかけすぎたか。
「ギ、オまえ、てきダナ?」
起きちゃったよ。
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