第106話

 さて、ここで困った事がひとつ。それは『俺達が半分お忍びでギザンに来ている』という事だ。


 俺達はボーダーセッツからここまで、俺の平面魔法製馬車で移動してきている。『揺れない』『静か』『安全』そして何より『速い』という夢の様な移動手段なわけだけど、その『速い』が問題だったりする。

 『速すぎる』のだ。女性に言われたくないセリフナンバーワン。

 ただでさえ普通の馬車の倍以上の速度を出せるのに、生き物であれば必須の休息が不要で、その気になれば一日中だって走り続けられる。まぁ、乗っている人間には休息が必要なんだけど。

 その性能と特性をフルに発揮した結果、本来なら一か月程かかる旅程を半分以下で踏破してしまった。

 出来ちゃった。女に言われたら怖いセリフナンバーワン。

 この移動速度は魔法でしか成し得ない。少しでも頭が回る者ならその答えに行き着くだろう。もし国や貴族に気付かれたら、囲い込みや争奪戦なんかの面倒事が発生すること必至だ。

 そんな事になれば自由に冒険する事が出来なくなってしまう。それだけはなんとしても避けたい。

 なので、出来る限り足跡を残さない様、道中ギルドにも寄らずに移動してきたんだけど、その苦労もここで暴れてしまうと水の泡だ。俺達がこの町に居る事がバレてしまう。かといって、みすみす町が蹂躙されるのを見逃す事もできない。寝覚めが悪い。


「で、結局いつもの暗殺者アサシンスタイルになるわけだ」


 等と口に出してみたものの、今回俺は単独行動だったりする。つまり独り言だ。

 他の皆は別行動だ。クリステラ、ルカ、サマンサ、デイジー、ウーちゃんは宿でお留守番、アーニャとキッカには別動隊として海賊狩りに動いてもらっている。

 この班分けの基準は単純で『こっそり暗殺できるか否か』だ。

 アーニャは猫系獣人らしく、対象に音もなく近づく事が可能で暗がりも苦にならない。俺の次に暗殺者向きだ。あまり嬉しくはないかもだけど。

 キッカは、風魔法と弓で対象が認識不可能な遠距離から攻撃できる。スナイパー型だな。例の窒息魔法を使う事もできるし、アーニャとはタイプが異なる暗殺者だ。やっぱり嬉しくないだろうけど。


≪ビートはん、町に入った海賊見つけたわ。すごいな、この『マップ』っていうのん≫

「うん、それじゃそっちは任せたよ。終わったら連絡して」

≪わかったみゃ! 早く片付けてお魚食べるみゃ!≫


 今回、ふたりには新兵器を渡してある。いや、どちらかというとヒミツ道具か。


 以前から俺の『気配察知』を皆と共有できないかと考えていた。非常に便利で有用な能力なんだけど、残念ながら、まだ俺以外で使えるようになった者はいない。

 ならば、なんとか代替できる手段はないかと考えた末、それを平面魔法の機能で実現させる事に成功したのだ。


 まず、気配察知で感知した対象に『ヌル』を飛ばして貼り付ける。ヌルは不可視の小さな点だから、まず気付かれる事はない。

 次に上空に上げたカメラで地表を撮影し、テクスチャを作成する。これをA5サイズの平面に貼り付けてベースの地図にする。

 あとはその地図にヌルの位置を関連付けコントレイントさせたマーカーを表示すれば完成だ。地図の縮尺と対象の位置をリンクさせるのが難しかったけど、ジョイントや不可視のオブジェクトをいくつか介在させる事で解決した。スクリプトが使えりゃこんな苦労しなくて済んだんだけどな。これもいつか解放されんのかね?


 その見た目は、まんまタブレット端末だ。拡大縮小機能もあるし、マイク平面とスピーカー平面も張り付けてあるから、通話だって出来る。残念ながらタッチパネルは再現できなかったけど。

 マーカーの色変更で敵味方の識別だって出来る。今は味方がグリーン、海賊はレッドで表示してある。倒したら自動でマップから削除されるから、獲物の取りこぼしや重複もない。便利便利。


 とはいえ、欠点がないわけではない。俺の平面魔法の操作範囲が半径約二キロだから、俺から二キロ以上離れるとマップもマーカーも消えてしまうのだ。

 とはいえ、今回はそれほど大きくもない町の中なのでその心配はない。

 おっ、どうやらひとり始末した様だ。この位置関係だとアーニャだな。俺もちゃんと働かないと。


 今回、俺が川の北側を、ふたりには南側を担当してもらっている。宿屋も南側にある。皆にはなるべく集まってもらっておいた方が安心だからな。お留守番メンバーにも同じマップを渡してあるから不意を突かれる事はないだろうけど、安全に気を配っておいて損はない。


「ぎゃはははっ! オラオラ、逃げねぇと犯して海に放り込むぞ!」

「イヤァアッ! 誰か、誰か助けてぇっ!」


 うん、絵に描いた様な暴漢と追いかけられる町娘だ。いや、娘というにはちょっとトウが……女性に年齢の話は良くないな、うん。女性はいつまでも『お嬢さん』だ。


「ひゃっはぁっ! 誰も助けになんてこねぇよ! ホレ、捕まえ……」

「いやぁあぁっ! 離して、離してぇっ! ……えっ?」


 助けてと言われたら助けないわけにもいかない。スカイウォークでこそっと近づき、お嬢さんに夢中の海賊の延髄を剣鉈でスパッと切り割く。

 お嬢さんに血しぶきが掛からない様に、敢えて首を切り落とさない心遣い。そして姿も見せず立ち去る奥ゆかしさ。紳士とはかくあるべきだね。やってることは紳士とは程遠いけど。


 自分が死んだことに気付きもせずに倒れていく海賊と、貞操と命の危機から唐突に救われて呆然とするお嬢さんを残し、俺は次の獲物へと向かう。数が多いからサクサクやらないと。



≪お頭、妙だぜ。騒ぎが小さすぎる。それに誰も帰ってこねぇ。こりゃあ、何かあったにちげぇねぇ≫

≪ふむ。確かに嫌な風だ。潮時だな。よし、引き上げの合図を出せ! 乗員はこの船に集めろ、動かせねぇ船は捨てていく!≫


 襲撃してきた三隻の海賊船のうち、一番大きい船の甲板での会話だ。北方人特有の白い肌に薄い髪色の大柄な海賊ふたり。

 どうやら異変に気付いた様だな。でも残念、もう上陸した手下はひとりも残ってないんだよね。物言わぬ屍に変わってしまったのです。変えてしまったのです、俺達が。

 『あなたは変わってしまったわ』と言われる機会は人生に何回あるだろう? 『変わってる人ね』と言われる機会よりは少ないと思うけど。『変な人』と言われた事はあったかもしれない。


「皆、聞いたね? 食料はちょっと不安だけど、このまま追跡するよ。アジトまで案内してもらおう。急いで北側の海岸に集合して」

≪≪≪はい!≫≫≫

≪わふっ!≫


 マップを経由した通話で皆に連絡する。これで海賊のアジトがわかるし、もしかしたら捕らえられている人がそこに居るかもしれない。その中にクリステラのお兄さんが居れば一気に依頼解決だ。


 散々好き勝手してくれたけど、今度はこっちのターンだ。ルカとサマンサ、キッカの復讐の、最初の生け贄になってもらうとしよう。


 あと、烏賊と蛸を食い損ねた俺の恨みもついでに。あ~、タコ焼き食いてぇなぁ。

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