第六章:秘境探検編
第153話
最近の俺たちは少し働きすぎだ。時間と規則に縛られた前世の平成日本じゃあるまいし、もっと人生に余裕を持たないと。
幸いにも、今回の遠征ではノラン、ジャーキン両国から大量のお宝をせしめることが出来た。お金に余裕が出来たんだから、次は時間の余裕だ。
「というわけで、当家はこれから一か月の間、長期休暇に入ります!」
「長期休暇、ですの?」
「そう。ここのところ働きづめだったし、沢山働いたら沢山お休みもとらなきゃ。皆もお休み取ってね」
前世で俺が働いていた会社には、ひとつのプロジェクトが終わった後にまとまった休みが取れる『リフレッシュ休暇』という制度があった。次の仕事に備えて、心と体をリフレッシュさせようというわけだ。
実際は、プロジェクト最後の追い込みで溜まった休日出勤の振り替えをまとめて取得しているだけだったりするんだけど。ものは言い様、ブラック企業にありがちな誤魔化し方だ。
「あの、僕たち、クビ、ですか?」
バジルが泣きそうな顔で尋ねてくる。サラサとキララもその後ろで不安げな顔だ。リリーだけはキョトンとした顔でバジルを見上げている。
あぁ、そういえば『暇を出される』っていうのは『解雇される』の遠回しな表現だっけ。勘違いさせちゃったか。
「いやいや、本当に長いお休みってだけだよ。ちゃんとお給料も出すから安心して。と言っても屋敷の維持はしてもらわなきゃいけないから、ひとりかふたりは残して交代で休みをとって欲しいんだけどね」
俺が説明すると、ほっとした顔でバジルたちが安堵の息を吐く。リリーはやっぱりよく分かってない顔だ。
身寄りのないこの子たちは、ここ以外に居場所が無い。常に『いつ捨てられるか分からない』という恐怖と戦っている。保護者として、そんな不安を感じさせる言動は慎まなければ。八歳児が保護者ですいません。
「うーん、休みや言われてもなぁ。うちら、そんな働いてへんで?」
「ここしばらくは観光旅行してるみたいなもんだったしな」
「うふふ、そうね。いろんな土地の料理も味わえたしね」
「うみゃ! サマラの塩焼き、美味しかったみゃ!」
「……楽しかった」
おや? 俺としては長期出張で働き詰めな気分だったんだけど、皆はそれなりに楽しんでたみたいだ。戦闘もあったのに、意外と肝が太いな。
「あら、普通の旅はもっと過酷ですわよ? 常に危険と隣り合わせで、景色を見る余裕もありませんわ。大型船でも船旅でさえ、海賊の襲撃に怯えながらになりますのよ」
「せやな。魔物も海賊も気にせんでええとか、雲を見下ろしながら山を飛んで越えるとか、想像もしたことなかったわ」
「……あれは絶景だった」
ふむ、ジャーキンに行ったときとか、アリストさんを領地に送ったときのことかな? まぁ、普通なら魔物や盗賊、海賊におびえながら、乗り心地の悪い揺れる馬車や船での旅になる。快適とは言い難いだろう。
その点、俺たちの旅は船で空を飛んだり、揺れない平面製馬車もどきでの移動だった。魔物や盗賊、海賊は、むしろ俺たちから襲い掛かってたし。一般的な旅に比べたら、かなり快適だったかもしれない。
「荷物も船に積みっぱなしだったから、荷解きや積み込みの苦労もなかったよな。その土地の物もいろいろ買い込めたし、普通じゃ考えられないくらい楽な旅だったと思うぜ?」
「うふふ、その分、帰って来たときの荷物は凄い量だったけどね」
「それも全部坊ちゃんが運んでくれたからな。アタイは全然疲れてねぇよ」
ルカとサマンサは、立ち寄ったその土地でしか手に入らないようなもの、例えば服や布、乾物なんかを買い込んでいた。結構な量があったけど、船だったから船倉に放り込んでおけば問題なかった。
それに、ジャーキンでは
「それに、強い相手と戦ったのはほとんどビート様で、わたくしたちの相手は鍛えられてない人間や弱い魔物ばかりでしたし。正直、わたくしたちの敵ではありませんでしたわ」
「ノランの三宗家はソコソコ強かったんじゃない?」
「おほほほっ! 誰一人、かすり傷ひとつ負っておりませんのよ? 『推して知るべし』ですわ!」
うーむ。クリステラは高笑いがよく似合うな。やっぱり縦ロールにしてもらおうかな? でも、もう悪役令嬢フラグは折れてるから今更かな。
ノランの三宗家の面々には魔法使いも居たんだけど、クリステラたちにとっては役者不足だったみたいだ。普段から身内の魔法使いと訓練してたおかげかな? 皆、俺が思ってる以上に強くなってるみたいだ。世間にはもっと強い魔法使いも居るはずだから、慢心しないでくれるといいんだけど。
ともあれ、宣言したからには全力で休みを取る所存だ。楽だろうが辛かろうが、仕事は仕事。働いたらその分の報酬は出さないとね。皆にお小遣いとお休みをあげて、早めの夏休みに突入だ。
◇
「あ~、思った通り、ここは快適だなぁ~」
翌日。
朝こそウーちゃんと一緒に散歩へと出かけたものの、それ以降は特にすることもなく、昼過ぎの現在は大森林の奥にあるダンジョンのジョンの様子を見に来ている。
今は季節的には初夏だけど、南国であるドルトンや大森林近辺では既に真夏の暑さだ。海辺だから風はあるんだけど、そんなもので誤魔化しきれるレベルじゃない。
しかも、これから更に暑さは厳しくなっていく。真夏の八月ともなれば、気温が体感で四十度を超えることも珍しくない。最近は北の方で活動してたこともあって、この暑さが結構辛い。
そこでダンジョンのジョンだ。
俺がテイムしたダンジョンはふたつのエリアに分かれている。魔物とトラップが存在するダンジョンらしい地下空間と、俺たちが大森林の拠点として生活するための居住空間だ。
この居住空間は、大森林に点在する岩山のひとつをくり抜いて作ってある。つまり人工的な洞窟なのだ。洞窟というのは年間を通して気温の変化があまりなく、ほとんどの場合で夏場は外界より気温が低い。つまり涼しい。
更に、この居住区の天井や壁にはパイプが張り巡らされており、ここを作るときに湧きだした地下水を流す導管になっている。これが気温を一定に保つ役に立っている。地下水の温度も、年間を通じてほぼ変わらないからな。
今の気温は、外界では三十度を超えるくらいだと思うけど、この居住区は多分二十五度くらいだと思う。温度計が無いから正確じゃないけど、そのくらい体感での温度差がある。この辺りは元々乾燥気味の気候だから湿度もそれほど高くなく、超快適だ。
「はぁ~。外へ出たくなくなりますわねぇ~。館に残してきた四人に申し訳ないくらい快適ですわぁ」
「ほんまやなぁ~。ずっとここに住んでたいわぁ~」
「あらあら。ここは魔物がウヨウヨいる大森林なのよ」
「肉には困らないみゃぁ~」
「芋と野菜は街で買ってきたらいいしな。休みの間はここに住もうぜ!」
「……ひんやり」
ジョンに作ってもらった石製のベンチに腰掛け、皆がそれぞれの感想を言う。いや、デイジーとアーニャは、床に頬を押し付けるように腹ばいで寝そべっている。ウーちゃんもその近くで仰向けに寝ている。皆、お腹冷やすよ?
結局、あげたお小遣いと休みの意味もなく、皆は俺についてきている。
「いや、欲しい
むう、することが無いとな? ふむ……考えてみれば、それはそうかもしれない。
ドルトンは十万人近い人が住む、この世界ではかなり大きめの街だ。だから、その規模に応じた歓楽街や繁華街もある。
ただし、それらはほとんどが男性向けだ。女性向けの施設というのは、無いわけではないけどかなり少ない。その数少ない女性向けの施設も甘味処や服飾店ばかりで、毎日行くようなところじゃない。
そもそも、ルカとサマンサの姉妹が居れば、そんなところに行く必要がない。ルカの料理の腕は宿屋の看板娘だった頃からの筋金入りだし、サマンサの作る服は皆の要望にピッタリ合わせたオーダーメイドだ。どちらも店で買うより断然質が高い。
平成日本では一般的な余暇の使い方である旅行も、この世界では命懸けだ。わざわざ休みに危険な事をする必要もない。
まぁ、皆が魔法使いだから、一般的な魔物や盗賊くらいでは脅威にもならないと思うけど。
「だよな。アタイは買い込んだ布で服を作るつもりだけど、涼しいココのほうが捗るしよ」
「あらあら。わたしも買って来た食材でお料理の研究をするつもりだけど、使ったことが無い食材だから、ビート様に助言をいただかないと。うふふ」
「ああ、『米』と『大豆』だね。この辺には無い食材だもんね」
そう、ジャーキンを荒らしているときに発見したのだ! 『お米様』と『お豆さん』が手に入ったのである! しかも、米は日本の米に似た短粒種、大豆は多少粒の小さい丸大豆だ。
なんでも、ジャーキンの皇太子であるクロイス君が、食料増産計画として栽培と品種改良を進めていたのだとか。潰したジャーキンの軍事拠点から、備蓄の米と大豆をゴッソリ奪ってきてやった。
ろくなことをしてないクロイス君だけど、これだけはグッジョブだ。多分、前世の郷愁に駆られて食べたくなっただけだろうけど。
俺はそれほどお米に思い入れはないんだけど、あるなら食べたくなるのが心情というものだ。有効に活用させてもらうとしよう。早速台所へと移動だ。
米は糠のついた玄米の状態だったから、まず精米から始めなければならない。たしか、瓶に玄米を入れて、先の丸い棒で突くんだっけか? 米同士を擦り合わせることで糠を取るって、某農業アイドルのバラエティ番組でやってたっけ。
たしか、手作業じゃかなり時間が掛かるって話だったな。でも大丈夫、こんな時こそ平面魔法の出番だ。
用意したのは、直径一メートルほどの二重になったボウル状の容器のみ。内側の容器は一ミリ以下の小さな穴が無数に空いた網状になっている。外側の容器はやや縦長で、底は平らにして安定性を確保した。
この容器の半分くらいまで玄米を入れて、内向きの
「あらあら、勝手に回り始めましたね。なんだか不思議です」
「これでしばらく放って置けば、周りの米ぬかが取れて白くなるはずだよ」
渦巻きフィールドの効果で擦れながら中央に集まった玄米は、重力で平らに均されてまた外側へと散っていく。それを繰り返して、徐々に米ぬかが取れていく。
玄米から取れた米ぬかは、容器に開いた穴から外側の容器へと落ちていく。この米ぬかも食器洗いや漬物に使えたはず。釣り餌に混ぜるといいって話も聞いた事があるな。いろいろと使い道のあるものだから、捨てずに取っておかないと。
「……不思議な動き」
「うみゃ。勝手にうごいてるみゃ」
米が擦り合わされるショリショリという音が気になったのか、デイジーとアーニャ、ウーちゃんがやってきて、床に置かれた容器を覗き込んでいる。ウーちゃんが時折首をかしげてるのが、某音響メーカーの犬みたいで可愛い。
「これで夕方前には食べられる状態になってると思うよ。調理の方法は、またその時にね」
「はい。ではそれまでは他の食材の研究をしてますね」
どうやら、今日はいろいろと初物づくしの夕食になりそうだ。ちょっと不安もあるけど、ルカの腕は信頼してる。きっと楽しい夕食になるだろう。
◇
夕方前、米の様子を見に行くと、まだデイジーとアーニャが容器を覗き込んでいた。折角の休みなのに、いいのかそれで?
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