第154話

 先ずはシンプルに『炊き立て土鍋ご飯』だ。難しい事は簡単な事が出来てからでいい。

 と言っても、俺に出来ることはほとんどない。土鍋はジョンにイメージを伝えて作ってもらったし、炊き上げるのはルカにお任せだ。なにせ、俺は土鍋でのご飯の炊き方を知らないんだからしょうがない。前世じゃ全部炊飯器がやってくれてたからな。『水を吸わせる』『強火炊き』『蒸らす』という単語を断片的に覚えてるだけだ。『IH』も覚えてるけど、意味は知らない。男のひとり暮らしなんてそんなもんだ。

 前世でもっと料理を覚えておけばよかったな。そうすれば転生しても食に困らなかったかもしれないのに。いや、普通は『転生するかもしれないから料理を覚えよう』なんて考えないか。


「申し訳ありません、ビート様。少し焦げてしまいました」

「ううん、これでいいんだよ! この焦げてるところが美味しいんだ! 完璧だね!」

「まぁ、そうなんですか? ちゃんと出来てるなら良かったです」


 こんな半端な情報しか渡せなかったにもかかわらず、ルカは見事にご飯を炊き上げてくれた。お焦げの部分もきつね色ですごく美味しそうだ。


「なんというか、甘いような臭いような、不思議なニオイですわね」

「どっかで嗅いだことがあるような気がするんだけどよ……なんだろうな、このニオイ?」

「みゃあ……思い出したみゃ! 生まれたての赤ちゃんの〇ンチだみゃ!」

「あっ、それだ! って、これから食べようっていうのに、なんて事言うんだよ!」

「うみゃっ!? ご、ごめんにゃぁ……」

「……美味しさ半減」


 アーニャめ、言ってはならん事を! 確かに、ソレに臭いが似てるって話はよく聞く。しかし悪気はないにしても、なにも今言わなくてもいいじゃないか! サマンサが怒るのも無理はない。

 まぁ、少し冷めたら臭いは薄くなる。それから食べればいいさ。


 ご飯には焼き魚だ。醤油があればなお良し! なんだけど、大豆の生産は始まったばかりだったらしく、残念ながらジャーキンにも醤油はなかった。

 しょうがないから、今日は醤油がいらないアジに似た青魚の干物の塩焼きだ。これはこれでご飯に合うので問題ない。レモンと酢橘の中間みたいな果実の搾り汁を掛けて頂こう。

 あとは味噌汁があればなぁ。でも、ルカ特製の塩味キノコスープも潮汁っぽくて悪くない。

 これに猪人肉と根野菜のケチャップ煮、森芋のジャーマンポテト風というのが今回の献立だ。うむ、美味そう。

 なにはともあれ、久しぶりの和食だ。じっくり味わわせてもらうとしますか。


「皆、行き渡ったかな? じゃ、いただきます!」

「「「いただきます!」」」


 大森林の硬い木の幹から削り出したお椀に盛られたお焦げ入りご飯と、同じ木材から削り出されたお箸で、まずはご飯だけをひと口頂く。

 口に入れた途端に広がる米の風味、少し硬めのもっちりとした食感、そして噛みしめるごとに滲みだしてくる仄かな甘み――ああ、ご飯だ。日本の味がする。

 数回咀嚼してから嚥下した後、次に干物をひとかけら取り、ご飯に乗せてから一緒に口へと運ぶ。干物の塩気がご飯に甘みを与え、魚の旨味の絡んだご飯が暴力的なまでに食欲を刺激する。それなのに、振りかけられた果実の搾り汁が余韻をサッパリと洗い流すものだから、すぐに次のひと口を食べたくなってしまう。美味い。


「これは……恐ろしいほど魚に合う食べ物ですわね」

「味はそんなにせぇへんのに、干物と一緒に食べたらフォークが止まらんわ」

「美味しいみゃ! 美味しいみゃ! お魚だけでも美味しいけど、コレと一緒に食べるともっとお魚が美味しいみゃ!」


 予想以上に皆の評価が高い。良いことだ。ただ、今のところはジャーキンから奪取してきた分しか在庫が無いんだよな。無くなったらそれで終わりだ。

 戦争が終われば交易で入手できるかもしれない。そのときは王都のトネリコさんに頼もう。早く戦争終わらないかな?

 それまでに、皆にお箸の使い方を覚えてもらおう。やっぱり、和食はお箸で食べてもらいたい。和食だもの。


「それじゃ、ルカ。しめをお願い」

「はい、持ってきますね」


 皆が出された食事をあらかた食べ終えたあたりで、ルカに最後の一品を持ってきてもらう。ニッコリ笑って厨房へと向かうルカ。


「まだあるのかよ。もう腹いっぱいだぜ」

「……けぷっ」


 デイジーがかわいいゲップを漏らす。オッサンだと不快だけど、美少女だと愛らしく感じるのだから不思議だ。


「あらあら。それほど量はないから、きっと大丈夫よ」


 ルカがお盆に人数分のお椀を乗せて戻って来る。ひと際大きいお椀はウーちゃんの分だ。今日の食事はウーちゃんだけいつも通りの魔物肉だったけど、〆だけは皆と同じものを食べさせてあげようというわけだ。


「これは……お米の上に焼き魚のほぐし身?」

「その上に乗ってるんは、さっきの果物の皮をスリ下ろしたもんやな?」

「なんだよ、さっきまで食ってたものと大して変わらねぇじゃん」

「いやいや、これはまだ料理として完成してないから。これはテーブルの上で完成する料理なんだよ」


 続いて、大き目の白いティーポットをルカが運んでくる。少し丸みのある、ヤカンみたいなティーポットだ。これもジョンに作ってもらった。やっぱ土魔法は便利だな。


 余談になるけど、実は3Dとティーポットは関係が深い。3Dが未だ黎明期だった頃に作例として発表されて以来、新手法の発表の時には題材として使われることが非常に多いのだ。

 かく言う俺も、専門学校の授業で入学初期に作らされたことがある。曲線が絡み合った複雑なデザインだから、綺麗に作ろうとすると意外に難しいのだ。何もかも皆懐かしい。


 そんなティーポットから、ルカが皆の椀にお茶を注いで回る。普通のお茶ではない、香ばしい匂いが立ち昇る。

 これはった大豆をせんじた豆茶だ。今日のメニューには大豆を使わなかったけど、折角入手したんだから最後の〆で使おうと用意したものだ。

 かぐわしい湯気の立ち昇るお椀に、ほんの少しゴマを散らす。これで〆の一品、干物茶漬けの完成だ。


「リゾットでもない、スープでもない、不思議な歯ごたえとのど越しですわ」

「噛めば米とゴマ、魚が感じられるのに、飲み込むときはスルッと喉を通り抜けていく……これはヤバいぜ、いくらでも食えちまう」

「この豆茶がええな。味が濃すぎず薄すぎずで、香りはええ感じに食欲をそそるわ」

「あらあら、素朴な味わいなのに、不思議と上品に調和してますね」

「これも美味しいみゃ! 新しいお魚の可能性が見えたみゃ! 実家のみんなにも教えてあげたいみゃ!」

「……これは別腹」


 うむ、皆も満足してくれたようでなにより。この調子で和食文化を広めていこう!



 そんな感じでダンジョンとドルトンを行ったり来たりしながら十日ほどが過ぎたある日、ついにセイレーンの卵に変化が起きた。とうとう殻にヒビが入ったのだ!

 俺が添い寝するようになってから、卵は目に見えるくらいの速さで大きくなっていた。やはり魔力を吸収しているのは間違いなさそうだ。直径が一メートルくらいになっていたから、もうそろそろ孵るかもと思っていたところだったのだ。


 卵をリビングのテーブルの上に置き、周りを皆で囲んで様子を見守る。


「ドキドキ、します」

「(コクコク)」

「期待」

「どんな子が生まれるか楽しみですよ」


 子供使用人四人組も興味津々だ。

 生き物の飼育というのは情操教育にもいいらしい。その誕生の瞬間にも是非立ち会うべきだ。生まれてくるのが魔物というところだけが心配だけど、ウーちゃんとは上手くやってるみたいだし、何かあれば俺がなんとしても守る。子供は大事。


「緊張しますわね」

「いくら生まれたてでも魔物だからな。気を抜けねぇぜ」

「ビートはんがおったら、大抵は平気やと思うけどな。念のため、うちらも気を張っとこ」

「……見る」


 皆も子供たちを守る気満々だ。デイジーの『見る』というのは、固有魔法の『先読み』を使うということだろう。一対一の状況だと反則級の強さを発揮する魔法だ。心強い。


「生まれるみゃ!」


 アーニャの声で卵へ意識を戻すと、大きくなったヒビを蹴り割って足が飛び出してきた。蹴爪のある、黄色い大きな鳥の足だ。ニワトリっぽい。

 足は殻の中へと引っ込み、しばらくプルプルと卵が揺れる。プルプル……プルプル……タメが長いな。そう思った瞬間、卵が上下に真っ二つになった。


「ピーッ!」


 生まれた雛が、上半身に殻を半分乗せたカ〇メロ状態で産声を上げる。


「わぁ!」

「(ふんすっ)」

「生まれたです!」

「興奮!」


 子供使用人四人組は大興奮だ。でも危険かもしれないから、テーブルに近付かないよう皆に抑えてもらう。

 俺だけが生まれたばかりの雛に近寄る。特に俺を警戒することもなく、雛は殻を取ろうとモゾモゾしている。殻を掴んで持ち上げると、曇りの無い澄んだ濃青色の目が俺を見つめる。


「ピーッ!」


 雛はテーブルを這いずって俺のそばへと近づいて来る。後ろで控えている皆に緊張が走るのを感じる。そして雛は俺を見ながら、


「ピーッ! パパ―ッ!」


 瞳と同じ濃い青色の髪をした、人間だと五歳児くらいに見えるそのセイレーンの雛は、俺に対してそう発言したのだった。

 ……パパ? 俺が? 八歳だよ?

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