第302話

 広場に向かうと、初老の男性とクリステラが話していた。俺の耳に入ってきたその会話の第一声が、先程の『出ていってくれ』発言だった。


「どうしたの? 何か問題?」


 話し合っているふたりの間に割って入る。子どもの俺が出ていっても解決しなさそうだけど、一応の上役としての義務は果たさないとな。


「ビート様……いえ、問題というほどではありませんわ。わたくしたちは歓迎されていないというだけの話ですの」

「うん、それはさっき聞こえた声で、なんとなくわかってる。おじさん、何か理由があるんだよね?」

「子ども? いや、しかし……まぁ、そういうことも……うむ、そうだな。その子の言う通りだ」


 お? 今回は俺が子どもっていうことがプラスに働いたみたいだ。おじさんの表情が柔らかくなった。態度も軟化したっぽい。子供好きなのかも?


「助けてもらったことには、本当に感謝しているし、あんたらが狩ったゴブリンを横取りしようなんてことも考えていない。けど、魔石を取ったら埋めるか焼くかして、早くこの村から出ていってくれ」

「理由は聞いちゃだめ? 言えないこと?」

「……そう言うってことは、やっぱりあんたらは王国の人間なんだな。冒険者ってやつか?」


 おっと、早速身バレした。こんな小さな村なのにこんなに短時間でバレるなんて、思った以上に王国との違いは大きいらしい。

 言葉遣いは同じだから、気づかれたとしたら会話の内容からだ。

 思い当たるのは『出ていかなきゃならない理由について聞いたこと』だな。つまり、ジャーキンあるいはワッキー地方に棲んでいる人なら、知っていて当然の情報ってわけだ。常識レベルの知識が足りてない。そりゃバレるよな。

 ここでごまかしても仕方がない。素性を明かそう。


「うん。国境付近でゴブリン被害が出ててね。近隣一帯のゴブリンの討伐を依頼されたんだよ。軍は動かせないからね。それで、ゴブリンを退治しながら移動してたら、この村が襲われているところに出くわしたってわけ」


 詳細は微妙にぼかして経緯を説明する。

 実際には、ゴブリン被害は妄薬のことだし、ゴブリンの討伐には牧場とその経営者(おそらくは領主)の殲滅も含まれている。けど、それは他人が知る必要のない情報だ。だから話さない。


「そうか……皮肉なもんだな。自国じゃなくて、敵国の人間に助けられるなんてな。理由は、そう難しい話じゃない。領主様から『ゴブリン不殺の令』が出されてるだけだ」

「ゴブリン不殺の令?」

「ああ」


 聞けば、『ゴブリンは魔族であるが、ヒトとの間に子を成すことができる『准ヒト族』であるから、無闇矢鱈に殺すのは人道にもとる行いである。よって、コレを傷つけることを禁ずる』という御布令おふれが、数年前に領主から出されたのだそうだ。

 当然、これには大きな反発があって、特にゴブリン被害が大きかった田舎ほど従わない村が多くあったらしい。御布令後も変わらず、見つけ次第駆逐していたそうだ。

 ところが領主は、これを領主に対する反抗と看做し、御布令に従わなかった村の制圧、村民の捕縛を行い、全員を強制労働刑としたのだそうだ。

 従わなければ村がなくなる。廃村になった村の数が片手に余るようになった頃、田舎の村々も領主の本気に気づいたらしい。

 以来、村の人々は高くした柵の内側で、ゴブリンの襲撃に怯えながら暮らしているのだという。なにしろ、襲われたのを撃退しても罪に問われるというのだから質が悪い。江戸時代の生類憐れみの令みたいだ。


「そっか。僕らのせいでこの村がなくなるのは助けた甲斐がないしね。わかったよ、すぐに証拠が残らないように処理して出ていくね」

「ああ、本当にすまない。それと、村を救ってくれて本当にありがとう。礼を言う、この通りだ」


 おじさんが深く頭を下げる。そのまま頭を上げない。見れば、地面にポタポタと水滴が落ちている。悔しくて、悲しくて、安堵しているんだろう。溢れた感情が水滴になってこぼれている。


「皆、証拠を全部隠滅して出ていくよ! 毒枝の一本も残さないように!」

「「「はい!!」」」


 長居は無用だ。男の涙を無為にしてはいけない。既に集まっていた皆に向かって号令する。

 けど、あと一言だけは言わせてほしい。


「おじさん、ひとつ訂正させて」

「?」


 おじさんが無言で、まだ涙の流れる顔を上げる。


「王国は敵国じゃないよ。もう戦争は終わったからね。すぐには割り切れないだろうけど、それは覚えておいて。僕たちはお隣さんだよ」

「っ!」


 おじさんがもう一度、深く頭を下げた。



「……」


 全てのゴブリンとホブゴブリンの死体を回収して魔石を抜き、人気のない山奥に掘った穴に放り込んで火を放ち、それが焼ける赤い炎と黒い煙を黙って見つめる。

 集中型の渦巻きフィールドを穴周辺に展開しているから、周囲から空気が集まって火勢は強い。燃え上がる炎が周囲を照らして、この近辺だけは昼のような明るさだ。

 ゴブリンの焼けるにおいはくさい。肉の焼ける臭いというより、プラスチックを焼いたような、身体に悪い感じのする臭いだ。渦巻きフィールドでも集めきれない悪臭が周囲に漏れて漂ってくる。


「なんや、辛気臭い顔しとんな。やっぱあのおっさん、殴りたかったんか?」


 俺の機嫌が悪そうだと思ったんだろう。キッカがご機嫌伺いにやってきた。


「いや、あのおじさんに含むところはないよ。むしろ、村を守るための覚悟がしっかりあってカッコいいと思った」

「さよか。ほんなら、なんでそんな難しい顔しとんの? ステラはんらが心配しとるで?」

「ああ、それは悪かったね。ちょっと、自分の見込みの甘さに反省してたところ」

「見込み?」

「うん。大事な話だから、皆にも聞いといてもらおうか」


 俺の言葉に、遠巻きに様子を窺っていた皆が集まってくる。


 ゴブリン不殺の令。

 これが出されたのが数年前。おそらく、その時にはもうゴブリン牧場の計画は動き出していたんだろう。その初手がこの御布令。


「捕縛された村人たちは強制労働刑にされたって話だけど、ワッキー地方には海がないし鉱山もない。働かされる場所がないんだよ。隠し鉱山って線もあるけど、どんなに隠しても産品は市場に出回るから隠しきれるものじゃないからね。金や銀が多く出回れば、すぐにバレてしまう。じゃあ、捕らえられた人たちは何処に行ったのか? 当然、牧場だよね。こっちは産品くすりが出回ってるんだから間違いないよ」


 つまりそれは、領民全てをゴブリン牧場の贄にする計画に他ならない。ゴブリンは薬を生み出す装置とし、領民をその餌と繁殖装置にする計画。そのための御布令。


「そんな……領民全てを? まさか、そこまでは……」

「もちろん主要都市とその近辺くらいは残すだろうけど、それ以外は全部牧場につぎ込むつもりじゃないかな? せいぜい辺境の村をいくつか犠牲にするだけだと思ってたんだけど、どうやらここの領主は本気で牧場を産業にするつもりみたいだね。見込みが甘かったっていうのは、そういうことだよ」

「「「……」」」


 皆が絶句している。だろうな。

 純粋な悪意に触れた時、常人は思考を停止する。それが理解の外にあるから。理解したくないから。


 しかも、これでひとつ、懸念点が生まれてしまった。

 数年前から動き出していたってことは、牧場の規模はかなり大きくなっているはず。それなのに、牧場が未だに裏社会での噂どまりなのは、領主が親玉ってだけじゃ不十分だ。もっと大事になっていなければおかしい。

 何らかのからくりがあるはずだ。それが何なのか分からないうちは、今回のように後手にまわり続けることになるかもしれない。嫌な感じだ。


 とはいえ、当面やることは変わらない。虱潰しにゴブリンを狩り続けるだけだ。

 今夜は燃え尽きて消えたけど、ゴブリンを燃やす日はもうしばらく続くだろう。

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