第303話
「それじゃ行ってくる。あとは頼んだよクリステラ。何かあったらケータイで連絡して」
「はい、お任せくださいまし。ビート様もお気を付けて」
「坊っちゃんのことはアタイに任せなって、ステラ」
「ええサミィ、お願いしますわね」
俺とサマンサ、そして
眼下ではまだゴブリンとの戦闘、いや、殲滅が続いている。
キッカの魔法の竜巻に巻き込まれたゴブリンが木の葉のように宙を舞い、稲妻のようにアーニャが駆け抜けた後には、上半身と下半身が泣き分かれになったゴブリンの死体が転がっていく。デイジーが無言で両手棍を振り抜けば数匹がまとめて吹き飛ばされ、ウーちゃんとタロジロはひと噛みでゴブリンの首を刈り飛ばしていく。
「……」
「……(ポロポロ)」
「斬るです! KILL! DEATHよ!」
「刺殺殴殺斬殺滅殺殺殺殺!」
子どもたちも鬼気迫る雰囲気でゴブリンどもを始末している。
リリーは号泣しながら、バジルは無言で、逆に普段は無口なサラサの口数が多い。キララなんて謎の英語(この国では古代魔法王国語ってことになってる)混じりだ。
とうとう被害者に遭遇した。
場所はワッキー領に少し踏み込んだ、元農村だったであろう巣だ。
家の横の小さな畑には、野生化した貧相な葉野菜が生えている。家屋数からして、おそらく百人くらいが生活していたんじゃないかと思う。
けど俺たちが到着したとき、ここに住んでいたのはゴブリンと、捕らえられていた女性たちしかいなかった。
村の真ん中に掘られた大きな穴の中には大量の人骨が捨てられていて、その周囲には悪臭とハエが飛び回っていた。
おそらく、アレがこの村の元住人たちだったものだ。ゴブリンどもに喰われたものと思われる。生きていたのは、彼女たちふたりだけだった。
毛布に
髪はボサボサ、肌はカサカサ。身体は痩せてガリガリで、骨と皮しかない。ほとんど骸骨だ。
体臭も酷い。汚物と体液の混じった、生臭く酸っぱい臭いだ。軽く拭いたくらいじゃ全く薄くならなかった。
年齢は……よくわからない。小柄だから、おそらくふたりとも十代前半じゃないかと思うんだけど、あまりにも痩せすぎていて判断できない。
「あー……うぅ?」
落ち窪んだ眼窩の奥にある目は焦点が合っていない。口は半開きでよだれが垂れている。
時々うめき声を上げるけど、それに何の意味があるのかは分からない。
そのひとりが大きくなった自分のお腹を擦る。彼女は妊娠していた。おそらくヒトの子ではない子を、その
「……ちくしょう、ゴメン、ごめんな」
その様子を見て、サマンサが彼女を抱きしめる。サマンサの頬に涙の筋が流れる。
もちろん、サマンサには何の責任もない。謝る必要は全く無い。
けど『もっと早く自分たちが駆けつけていれば』『自分たちが近くに住んでいれば』という、叶わない過去のタラレバに囚われているのだろう。気持ちはわかる。すごく。
俺は何も言わない。言えない。黙って、一刻も早く、彼女たちを冒険者ギルドへと届けることしかできない。
俺たちが向かっているのはブリンクストンの街だ。王国の西では、そこの冒険者ギルドが一番大きい。交易の街で護衛依頼が多いため、冒険者も多く集まってくるからだ。
そして、ある程度の大きさの冒険者ギルドには治療院が併設されていることが多い。冒険者に怪我は付きものだからな。
もちろん怪我だけじゃなくて、病気なんかの体調不良にも対応してくれる。今回のような『ゴブリン被害者の一時保護』もその対象に入っている。
ゴブリン被害者の治療には時間がかかるから、あくまでも一時保護だ。いつまでも人手の少ない地方に留めてはおけないから、ある程度回復したら大きな街の専門の療養所へ移されることになっている。
治療院のある冒険者ギルドで、国境に一番近いのがブリンクストンの街のソレだった。だからそこへ向かっているのだ。
実のところ、この処置には少しばかり問題がある。それは、保護した女性が王国人ではないという点だ。
冒険者ギルドは国営だから、そのサービスは基本的に国費で賄われており、その国費は国民からの納税によって支えられている。つまり、サービスを受ける権利があるのは基本的に納税者である王国民だけという前提がある。
それを、災害被害者とはいえ、他国民に提供するのは問題になる可能性が高い。現代であれば某政党が大声で騒ぎ立てること間違いなしだ。
だから、今回はいつもの
「夜分にすみません! 急患です! ゴブリン被害者の女性ふたりを保護しました!」
「っ! 承知しました、すぐに治療の手配をします! 被害者をこちらへ!」
夜の王国西部をほぼ音速で飛び、ブリンクストンの冒険者ギルドに到着して一番。入り口の扉を開けると同時に、大声で用件を告げる。中に居た職員や数名の冒険者が一斉にこちらを見、わずかに場がざわつく。
冒険者ギルドは基本的に二十四時間営業だから、深夜でも人が常駐している。こういうときはありがたい。冒険者たちは、併設のカウンターで一杯やってたみたいだ。
ロビーの数カ所には、赤く着色された紙を巻かれた明かりの魔道具が、優しい光を周囲に振りまいている。以前来たときには気づかなかったな。なかなか雰囲気があっていい。
女性職員とサマンサに支えられて、被害者ふたりが冒険者ギルドの奥へと連れられていく。その際に彼女のお腹を見た職員の目が大きく見開かれ、その目に涙が浮かぶのが見えた。あの職員はいい人そうだ。
ここからは女性に任せる。子どもとはいえ、男の俺が手を出すのはデリカシー的にアウトだろうからな。
「救出ご苦労さまでした。経緯と発見場所についてお伺いしたいのでご協力をお願いします」
サマンサたちを見送っていたら、別の男性職員が俺に声をかけてきた。手際がいい。マニュアルがあるのかもな。慣れるほど同様の事案が多いからだとは思いたくない。
「ええ、当然ですね。とはいえ、少々
子どもらしくない口調で答えつつ、懐から星がズラッと並んだギルドタグを出して見せる。
「っ!? その星の数、灰色の髪の子ども!? まさかっ!?」
男性職員が驚きの声を上げて、慌てて自分の口を手で押さえる。ギリギリ、ラノベでよくある個人情報ダダ漏れ発言にはならなかった。しっかり教育されてるみたいだ。
手際の良さといい、ここの冒険者ギルドはレベルが高いな。
「失礼しました。ではこちらへ」
男性職員に促されてロビー隅の扉をくぐると、そこは立派な応接室だった。
ジャーキンに近いということと、交易都市だからだろうか? 一般的な王国とは少し趣が違う気がする。絨毯に織り込まれた模様なんかはなんとなくオリエンタルな雰囲気だし、観葉植物が植えられた鉢には鳥獣戯画っぽい絵が描かれている。
それ以外も結構良い調度が揃えられている……と思う。辺境伯なんていうだいそれた肩書をもらってるけど、高級品の目利きはまだ苦手だ。
普通の冒険者がこんな応接室へ通されることはないだろうから、多分俺のことが伝わってるんだろう。神出鬼没で最年少の上級冒険者かつ辺境伯だもんな。要注意人物として各地の冒険者ギルドに回覧板が回ってそうだ。
体の沈み込むソファに埋もれることしばし。ドアがノックされて、さっきの男性職員ともうひとり、壮年の男性が応接室に入ってきた。中肉中背だけど、弛んだ感じはない。目つきも鋭いし、第一印象は『やり手』な感じだな。
「おまたせして申し訳ありません。当ブリンクストン冒険者ギルド支配人のキャリコと申します。フェイス閣下のご活躍の噂はかねがね。お会いできて光栄です」
「はじめまして、
壮年の男性が伸ばしてきた右手を、俺も立ち上がって握る。
その際の自己紹介は冒険者として、だ。キャリコさんがやり手なら、俺がそういう仕事の最中だということが伝わったはず。
「なるほど、わかりました。やりやすくて助かります。では早速状況を教えていただきましょうか」
予想通り、キャリコさんにはちゃんと意図が伝わったみたいだ。やっぱり大きな街の支配人は違うな。毎日いろんな人と会って、丁々発止のやり取りをしているんだろう。
俺も一応ドルトン冒険者ギルドの支配人だけど、仕事はほぼ職員の皆さんに丸投げだからなぁ。まぁ、子どもが話し合いに出ても舐められるだけだ。そういう現場に出るのは、もう少し大きくなってからだな。
「はい。まず状況から説明しますと、現在僕たちのチームは国からの依頼で、ジャーキンとの国境付近で増加しているゴブリンの駆除を行なっています。彼女たちはその活動中に保護しました。ゴブリンは元集落と思われる場所に巣を作っていました。具体的な場所は、ちょっと地理に暗い土地なので、正確にはわかりません。仲間が残っているので、取りこぼしはないはずです」
ここで、いつもの『嘘じゃないけど全部が本当のことじゃない』話法を展開する。
国の依頼っていうのは間違いじゃないし、その最中に保護したっていうのも本当。けど、保護したのは国境を越えたジャーキン国内で、地理は平面魔法を駆使して詳細な地図を作ってあるから、多分ジャーキン軍部より明るい。そこだけが違う。
真実の中に、ほんの少し混ぜた嘘というのはバレにくい。詐欺師の話術だな。
「……なるほど、承知致しました。彼女たちとの面識は?」
「いえ。少し前にこちらへ来たことはありましたけど、親しくなった人はいませんでしたから。彼女たちを救出した巣には大量の人骨がありましたから、おそらく……」
「そう、ですか。痛ましいことです」
知り合いだったり親族だったりがわかる場合は保護と治療に関する連絡と手続きが必要だし、回復後の引き取りもお願いすることになる。その確認だな。
けど、田舎では知り合いも親族も同じ集落内で完結していることが多い。危険の多い世界では、長距離の移動や引っ越しは命がけだからな。必然、狭い範囲に一族も知り合いも集中することになる。
あの村も、おそらく例外じゃないだろう。だとしたら、もう彼女たちに頼るべき親族や知人はいないかもしれない。ひどい目に遭ったうえに天涯孤独。救いのない話だ。
症状が回復したら、彼女たちが王国民ではないということがバレるだろう。キャリコさんも、彼女たちがジャーキン人である可能性には気づいているはず。国境付近で保護したって報告したからな。
けど、それはまだ可能性でしかない。王国人である可能性も捨てきれないから、今はただの被害者として治療していくしかない。
騙すようで申し訳ないけど、それで彼女たちが助かるなら、あえて俺は悪人になろう。まぁ、詐欺師にもなれない小悪党かもしれないけど。
「特に不審な点はなさそうですね。では、彼女たちは私共で治療致します。彼女たちについて何かわかりましたらお知らせください」
「ええ、承知しました。それと、まだ僕たちは依頼の遂行中なので、また被害者を連れてくる可能性があります。その時はまたよろしくお願いします」
「……なるほど。レド、治療院の人員を一時増加する手続きを。なるべく早く」
「はい、直ちに!」
キャリコさんの指示を受けて、男性職員の人が応接室から出ていく。もう深夜になろうという時間なのに追加の仕事をさせてしまって申し訳ない。
レドという職員が出ていった後、少しの間だけど沈黙が降りてきた。いや、扉の向こうからは、レドさんが他の職員に指示をしているのであろう気配が伝わってくる。けど、それが逆にこの部屋に沈黙を呼んでいるような気がする。
沈黙は喧騒の中に、か……駄目だな、ちょっとナーバスになっているかもしれない。ゴブリン関係の仕事は気が滅入る。
「……辛い依頼ですね」
「お互いに、ですね」
「違いない」
沈黙に耐えかねたのか、キャリコさんがボソリとこぼした。それに俺が短く答えると、キャリコさんがこれまた短く、苦笑交じりに返してくれた。
「彼女たちも、これから救出されてくるかもしれない人たちも、私共にお任せください。冒険者ギルドは全力で協力させていただきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。では、行ってきます」
「ご武運を」
俺とキャリコさんはソファから立ち上がり、固い握手をした。
ご武運を、か。
確かに、まだこの
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