第301話

「左手、西側に小集団。数、十二。三人逃げ遅れてる」

「承知ですわ! バジル、キララ、リリー、サラサ、行ってくださいまし!」

「「「はい!(こくこく)」」」

「正面、北側から群れ、数、三十以上。ホブが三体いる。住民はナシ」

「アーニャさん、デイジーさん、前衛を! ルカさん、後方から援護をお願いいたしますわ!」

「承知だみゃ!」

「……殴殺」

「あらあら、たたきを作るのね? 表面を炙るのは任せて。うふふ」

「正面の奥に本隊があるね。数は百以上。ホブも十体以上いる。これは僕が行くよ」

「承知致しましたわ。ご武運を。キッカさん、わたくしたちは住民の避難誘導を致します! 広場に皆を集めてくださいまし!」

「承知や!」


 慌ただしく皆が動き出す。以降の指揮はクリステラに任せておけば大丈夫だろう。俺もスカイウォークで宙へと足を踏み出す。目標は六百メートルほど先の大集団だ。


 すでに日は暮れて周囲の山々は夜の帳に包まれている。にも関わらず、この村の家々は赤い光に照らされている。ぶっちゃけ、火事だ。村の家屋が二軒、業火に包まれている。

 ある意味で失火なんだけど、過失とは言い切れない。なぜなら、今この村は戦闘の只中にあるからだ。

 襲撃者はゴブリン。それも、そこそこ大きな群れだ。全部で二百匹くらいいる。

 この村の住民は……百人くらいか。あと一時間遅かったら全滅してたかもな。


 ここはワッキー地方の東にあるシーズバレーとかいう名前の村だ。谷あいの寒村だな。

 作戦開始から四日目。国境付近のゴブリンどもを粗方殲滅した俺たちは、遂にワッキー地方へと足を踏み入れた。もちろん不法入国だ。

 まずは王国に近い村の様子を窺おうと足を運んだのがこの村だった。ワッキー地方の大まかな地理は既に調査済みで、ここに村があることも承知してたからな。

 足を運ぶとか踏み入れるとか言ってるけど、実際には空を飛んでの移動だ。山の中を歩いて移動とか、時間がかかって仕方がない。

 今日の留守番はサマンサとジャスミン姉ちゃんだ。くじ引きで決まった。

 サマンサはともかく、ジャスミン姉ちゃんは『ようやく暴れられると思ったのに!』と不満タラタラだった。帰ったらご機嫌取りしないといけないかもしれない。妻帯者はつらい。


 それはともかく、俺たちの『初めて行く町や村は高確率で魔物や賊に襲われている』というジンクスは健在だったようで、このシーズバレーの村もご多分に漏れずゴブリンの襲撃を受けていた。

 襲撃の被害者にははた迷惑なジンクスだと思うけど、俺たちにはどうしようもない。文句は運命の女神様に言ってくれ。

 幸いなことに(?)、襲撃は日暮れとともに行われたようで、俺たちが到着したときは、まだ致命的な事態には陥ってなかった。本隊の襲撃前だった。つまり、それが今。


 先行する三十匹くらいの群れとアーニャたちがぶつかるのを見下ろしつつ、その上を通過して後方の本隊へと向かう。ウーちゃんとタロジロも走り出してるな。獲物が多くて嬉しそうだ。

 隊列を組んだりはしていないな。集団で移動しているだけだ。そこまでの知能はないらしい。所詮ゴブリンか。

 けど、最後方にいる集団はちょっと違う。隊列を組んでないのは一緒だけど、その集団だけは体に防具を纏っている。サイズが合っていないのもいるけど、全員が革鎧や革の服を身につけている。

 武器も違うな。他のゴブリン共は先を尖らせただけの粗末な木の槍や石斧だけど、そいつらは鉄の剣や槍を持っている。手入れはしていないらしく、サビが浮いているものも多い。いや、アレで斬られたら破傷風になるかも。逆に厄介だな。斬られないけど。


 こいつらはホブゴブリンだ。ゴブリンの上位進化種。

 ゴブリンの群れが一定以上の規模になると、その中から上位種に進化する個体が出ることがある。それがホブゴブリンだ。

 一般的なゴブリンがヒトの子どもくらいの体格なのに対し、ホブゴブリンは大人くらいの体格がある。その上、膂力はヒトよりも強い個体が多い。

 ただのゴブリンであれば、武器を持った大人なら退治することは難しくない。武器に塗られた毒に注意する必要があるくらいだ。

 対してホブゴブリンは、武器を持った大人でもひとりで戦うのは危険だ。ベテラン冒険者でも、必ず複数で当たる。それくらい基本スペックが違う。

 その上、武器に毒を塗ってあるのはゴブリンと同じだから、厄介なことこの上ない。

 ああ、あの武器のサビはソレか。毒で錆びちゃったんだな。


 それがえっと……十七匹か。先行集団にも三匹いたから、全部で丁度二十匹だな。

 多い。ちょっと異常だ。

 以前ドルトンを襲ったゴブリンの群れの中にもホブゴブリンはいた。けど、それは一匹だけだった。千匹くらいいた群れのリーダー一匹だけ。

 約〇・一パーセント。それが自然に進化する割合だと思ってたんだけど……この規模の群れにこの数のホブゴブリンというのは、いかにも不自然だ。


 いや、例外があったな。ホブゴブリンが繁殖に参加した場合だ。

 繁殖に参加したオスがホブゴブリンだった場合、生まれてくる仔もホブゴブリンになる。今回はそのケースだろう。

 現に、大森林にいるのはホブゴブリンの群れだけで、ゴブリンはいない。ゴブリンは弱すぎて、大森林のように過酷な魔境では生きていけないんだろう。繁殖できるのはホブゴブリン以上の進化をした個体だけらしい。


 けど、これだけの数のホブゴブリンがいるってことは……。


「ゲギャギャアッ!」


 おっと、考えるのは後回しだ。今は目の前の戦いに集中しないと。さぁ、蹂躙するか。



 進化したといっても所詮はホブゴブリン、大森林では狩られる側の魔物に過ぎない。狩る側として日常的に大森林を駆け回っている俺の敵ではない。

 魔力フラッシュバンで失神あるいはショック死させて、生き残った奴の首を斬ればおしまいだ。何百匹いようと関係ない。いや、倒した後の処理に時間がかかるな。やはり少ないほうがいい。

 先行集団の殲滅も終わったみたいだ。怪我もしてない。さすがだな。俺みたいな反則技があるわけじゃないのに安定してる。地力が上がっている証拠だ。

 もしかしたら、反則技なしなら俺より強いかも? 俺も基礎から鍛え直そうかな。最近は他人を鍛えてばかりだったし。

 バジルたちは……あっちも終わってるな。ゴブリンだけなら何匹いても問題無さそうだ。

 クリステラたちは……まだ避難誘導中だな。

 ん? 何かあったかな? 村人と揉めてるっぽい? 俺も行ったほうが良さそうだな。


「助けてくれたことには礼を言う! だから早く村から出ていってくれ!」


 うん? どういうこと?

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