第300話

 体感で日付が変わるくらいの時間までゴブリンを狩って、その夜の仕事は終了にした。夜ふかしは健康に良くないからな。

 なにより、俺が眠くて仕方がなかった。昼寝をしたと言っても、子どもの身体に必要な睡眠時間には全然足りなかったらしい。最年少のリリーも、半分舟を漕ぎながら戦闘していたくらいだ。危なすぎる。墜ちる前に帰らねば。


 その夜の探索では、捕らえられた女性は発見できなかった。いくつかの人骨らしきものは発見できたけど、性別も年齢も人数も分からないくらいに損壊していた。もちろん身元なんて分からない。

 それらはゴブリンどもの死骸とは別に穴を掘って埋め、墓石代わりの石を積んで供養しておいた。俺たちにはそのくらいの事しかしてやれない。ごめんな、家まで連れて帰ってやれなくて。


 無力感と睡魔に苛まれながら倉庫へ戻った俺たちは、軽く身体と装備の汚れを拭き取ると、そのまま携帯ベッドに倒れ込んで泥のように眠った。

 薄情なようだけど、俺たちの心と身体は自己の欲求に忠実で、赤の他人の不幸を引きずって不眠になるようなことはなかった。でも人間ってそういうものだよな。



 真夏の熱気が倉庫の中にまで広がり始めた昼前頃に目を覚ました俺たちは今、簡単なスープパスタとサラダでブランチを摂っている。

 簡単とは言え、しっかり魚介の出汁が効いてるから十分美味い。アサリっぽい貝がいい味出してる。これも一種のボンゴレパスタか? パスタもアサリ(?)の出汁を吸い込んで美味い。さすがルカ。海辺の町育ちだからか、魚介の活かし方が上手い。

 ウーちゃんたちも野菜入り魚介のぶつ切り盛り合わせを食べている。赤身魚と白身魚、青物が散りばめられていて、さながら海の宝石箱だ……俺もそれ食ってみたいかも? ご飯に盛って、醤油とワサビをかけてかき込みたい!


「昨夜は皆、お疲れ様。これから数日はあんな感じで進めていこうと思うけど、何か意見はある? こうした方がいいとか、ここは良かったとか」


 食べながらランチミーティングならぬブランチミーティングを始める。この仕事は夏休み期間中に終わらせないといけないから、時間の猶予はあまりない。出来ることは並行して進めないとな。


「うーん、昨夜はあんまり活躍できなかったわ! もっと暴れたいわね!」

「確保した魔石の数が四十一個ありましたから、それだけ討伐したということですわね。昨夜は子どもたちだけでの討伐でしたから、わたくしたちが参加すればもっと早く、多く討伐できたはずですわ」

「せやな。うちなんかただの手洗い係やったし。はよう終わらせるんやったら、皆でやったほうがええんちゃう?」


 ふむ、戦力追加か。一人あたりの負荷が減るだろうから、検討の余地はあるな。


「けどよ、獲物を探すのは坊っちゃん頼みじゃん? 狩りが早くなるってことは、坊っちゃんの負担が増えるってことじゃねぇの?」

「いや、僕の負担は気にしなくてもいいよ。そんなに大変じゃないから」


 いや、マジで大丈夫だから。むしろ、日常よりも楽なくらいだから。

 なにせ、普段は毎晩毎朝女性陣の相手をしなきゃいけないけど、遠征中はそれがないからな。体力的にはかなりの余裕がある。

 ……戻った後のことを考えると憂鬱だ。


「……ここを留守にするのが心配」

「あらあら、それはそうかもね。盗られて困るようなものは調理道具くらいだけど」


 ふむ、確かに。

 昨夜は馬車ごと飛んでいったけど、狩りに不要な鍋釜や携帯ベッドなんかは置いていった。盗られても大した痛手はないけど、盗られないならその方がいい。

 ここは倉庫だから、厳重な鍵が付いてるわけじゃないもんな。侵入はそれほど難しくない。留守番はいたほうがいい。


「そうだね。ひとりだと困るかもしれないから、留守番は大人組からふたりずつかな? 買い出しや食事の準備もしてほしいし」

「となると、アタイかルカ姉のどっちかは残ることになるな」

「あらあら、仕方ないわねぇ。うふふ」


 残念ながら、うちのメンバーで料理スキルが高いのはルカ、次いでサマンサとキララだ。他のメンバーは、料理下手ではないんだけど、この三人には一歩譲る。ジャスミン姉ちゃんに至っては産業廃棄物製造機レベルで、候補に上げることさえできない。

 キララは子ども組だから、狩りへの参加はほぼ確定。となると、ルカかサマンサのどちらかに残ってもらうしかない。

 料理に水は不可欠だからキッカにも残ってほしいところだけど、街の中にある共用井戸を利用できるから必須ではない。出かける前に汲み置きで水を出しておいてもらうのもアリだしな。


「他には何かない? どんな些細なことでもいいよ」


 ほんの小さな見落としが大事に繋がることもある。管理職には、部下からそれを拾い上げる責任があるのだ。


「あの、いい、でしょうか?」


 おずおずと手を上げるバジルがかわいい。発言が苦手なバジルが、頑張って手を上げて発言する。それだけで成長を感じる。


「もちろん。なに、バジル?」

「その、救助すべき、女性が、いなかったのが、気になります」

「ふむ……それは確かに」


 あれだけの数のゴブリンがいたのに、苗床にされた女性はいなかった。それがどういうことなのか……。

 昨夜狩ったゴブリンの殆どは、体毛の薄い『ヒト種母体』から生まれた個体だった。中には頭髪や眉毛の生えた奴もいた。何世代かヒト種母体を経て、ヒトの特徴を強く受け継いだ個体だと思われる。

 なのに、苗床にされた女性はいなかった。発見された人骨がそうだったのかもしれないけど、ひとりも生き残っていないというのはちょっとおかしい。不自然だ。何か見落としている?


 ……昨夜探索した国境付近は、今でこそ国境だけど、昔は同じジャーキン内の領境だった。

 その時のワッキー領は国境に接していなかったから、ビフロントとの行き来は容易だったはず。人が行き来するなら、領境には村もあったはずだ。交易の中継地だな。

 けど、昨日の探索ではそんな村は見当たらなかった。ゴブリンが巣にしていた廃村っぽいのが一箇所あっただけで、人はいなかった。


 ビフロントからは、ジャーキンに大勢の人が移動したらしい。俺たちが今借りている倉庫の元持ち主とか。

 だから、その領境の村の人たちも村を捨ててジャーキンに移動したんだと思う。国境だと、戦争になったときに、真っ先に被害に遭うからな。


 じゃあ、その村の人たちは、ジャーキンの何処に移住したのか?


 普通に考えるなら都会か、できるだけ元の村の近くのどちらかだ。完全に村を捨てるか、元の村に戻る機会を伺うかの差だな。

 おそらく、割合的には後者が多いんじゃないかと思う。太平洋戦争後に北方領土を追われた人たちも、多くが北海道に留まったらしいし。故郷を思う人の気持ちというのは、世界が違っても大きく変わらないだろうから。

 そして、この場合の国境近くの領地というとワッキー領ということになる。


 山の中の田舎領地に押し寄せる難民……産業としてのゴブリン牧場……そして溢れるヒト系ゴブリン……嫌な仮説しか出てこない。


「……討伐とゴブリン牧場の殲滅、今以上に急いだ方がいいかもね」

「どういう、ことですか?」


 長めの沈黙後に発せられた俺の言葉に、口へパスタを運ぶフォークを止めて皆が注目する。


「状況から推測するに、昨夜狩ったゴブリンどもは巣分かれした群れじゃないかと思う」


 ゴブリンは群れを作る。数は力だから、大きい群れほど強い群れとなり、生き残りやすくなる。

 しかし、あまり大きくなりすぎると餌を確保できなくなり、いずれ飢えて全滅してしまう。なので、ある程度群れが大きくなると、弱い個体は群れを追い出されてしまう。

 こうした弱い個体は単独では生きていけないので、追い出された個体同士で新たな群れを作る。これがゴブリンの巣分かれだ。


「あの数のゴブリンが巣分かれして国境付近にひしめいていたってことは、牧場の規模が急拡大しているってことだよ。そして、ワッキー地方はゴブリンの巣になっている可能性が極めて高い」

「それって……」

「いくつかの村は壊滅しているかもね。大きな城壁のない町も危ないかも」


 以前ドルトンを襲った千匹程度じゃない、数万、数十万というゴブリンがいるかもしれない。

 ジャーキン国内だけの被害なら自業自得だけど、それがビフロントにまで押し寄せてきたら話は別だ。コリン君の実家がなくなってしまうかもしれない。


「今夜からは全力で当たるよ。留守番ふたり以外は全員参加。いいね?」

「「「はい!」」」


 想像以上に危機的状況かもしれないということが伝わったんだろう。皆の返事は力強かった。


「ボス」

「ん? 何、アーニャ?」

「おかわりだみゃ! このスープ、美味すぎるみゃ!」


 約一名はいつも通りだった。多分、話も聞いてないだろう、いつも通りに。

 はぁ。


----


 三百話記念のSSをサポ限で近況ノートにアップ!

 自己満足の塊です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る