第299話
「半リー(約一・五キロ)先に小規模な巣、数は九。ここにも
「承知いたしましたわ、バジルたちだけで処理させます! できますわね?」
「はい、承知、しました!」
夜陰に乗じてこっそりビフロントの街を抜け出し、一路北へ。
まだ国境の山岳地帯に入ったばかりだけど、次々とゴブリンの巣が発見される。もうこれで三つ目だ。
『いない』というのは、囚われの女性のことだ。いないなら補助は要らない、子どもたちだけで十分とクリステラは判断したらしい。俺も同意見だ。
「またなの? 多いわね! ここの領主は怠慢なんじゃないの!?」
「いや、討伐したくてもできないんだよ」
「どういうこと? そんなに兵力がないの?」
「いや、それもあるかもしれないけど、主な理由は国境近くだからだよ」
ジャスミン姉ちゃんの口から、遠慮のない感想が飛ぶ。状況次第じゃ手討ちになってもおかしくない。もう少し考えてから発言してください。
まぁ、確かに街の防衛に手一杯で国境付近にまでは手が回っていないだろうけど、一応の戦友であるソウ子爵の名誉のために補足を入れておく。愛弟子とも言える生徒の親御さんでもあるしね。
ゴブリンは、一体一体の身体能力は高くない。身体が小さいから、大人なら棍棒一本あれば退治できる程度の力しかない。気をつけるのは武器に塗られた毒くらいだ。
しかしある程度の知能があるので、集団になると一気にその危険度は跳ね上がる。三匹いたら中堅冒険者でも手こずるくらいだ。数が増えるほど危険度が急上昇する厄介な魔物なのだ。
巣には、当然ながら多くのゴブリンがいる。であれば、危険度も相応に高くなる。
これを討伐するとなると、当然多くの兵力が必要になる。安全策をとるなら、十匹程度の小規模な巣でも三十人程度の兵が欲しいところだ。実際、王国の騎士団が討伐に向かうときは、最低でも中隊規模(二十五人)を差し向けるらしい。ゴブリン十匹に対し、王国の精鋭である騎士を二十五人もだ。
当然、巣の規模が大きければ、それに応じて人数も増やす。そうやって確実に駆除する。ゴブリンは人類への害が大きすぎる種族だから。
しかし、国境付近ではそうはいかない。大規模な動員をかけると領土的野心、つまり侵略を疑われてしまうからだ。
現在の王国とジャーキンは戦争状態にはないということになっているけど、ちょっとした火種で戦火が上がってもおかしくない状況下にはある。まだ前回の戦争の講和から時間が経ってないからな。不満はあちこちに燻っている。
なので、たとえ目的がゴブリン討伐であったとしても、多くの兵を動員させるわけにはいかないのだ。
となると、領主としては少人数を投入するしかないわけだけど、そうすると当然、兵に被害が出る可能性が高くなる。それは領地の守備力低下を招くことになり、仮想敵国の……はっきり言ってしまおう、ジャーキンの領土的野心を刺激することになりかねない。
ただ、それは当然ジャーキン側も同じであるため、互いに牽制しあうだけで大きな行動を起こすことはない。できない。
そんなわけで、国境付近に魔物が溢れていても、不本意ながら放置せざるを得ないという状況が出来上がってしまうのだ。
「政治の話は面倒臭いわね! もういいわ、あたしたちで全部やっちゃいましょう!」
なんて話をしている間に、巣のすぐ手前にまで到着した。やはり空の移動は速くていい。
相変わらず、ジャスミン姉ちゃんは考えることを放棄している。
けど、本能的に(?)正解を選ぶところは凄い。なんだかんだ、的を外すことは殆ど無いんだよな。
今回の極秘指令は、ビフロントからワッキー地方にかけてのゴブリンを殲滅すること。そして、おそらく存在するであろうゴブリン牧場とその経営者を始末することだ。
なので、ジャスミン姉ちゃんの言う通り、発見次第ゴブリンを駆逐するというのは正しい。本来の目的通りだ。
「では、行ってきます!」
「やっちゃうですよ! 女の敵は抹殺ですよ!」
「駆逐」
「(こくこく)」
間違っているとすれば、その駆逐を子ども四人にやらせているということだろう。大人でも三十人必要なところを、たった四人、しかもまだ成人していない子どもにだ。正気の沙汰ではない。
多分、俺たちは壊れているんだろう。この世界の常識から逸脱してしまっているんだと思う。
そして、壊してしまったのは、俺だ。現代日本的倫理観を持ち込んで破壊してしまった。その認識はある。
危険の溢れるこの世界で、親しい人たちが傷つくのが嫌で、自分の手の届かないところで危険に曝されるのが嫌で、強さを強要してしまったのだ。
彼ら彼女らは自らの選択で強くなることを選んだと思っているだろうけど、そうじゃない。俺がその選択肢しか提示しなかっただけだ。
知り合って仲良くなって情が移って、失うのが怖くなった俺のわがまま。エゴだよなぁ。
でも、そのエゴを引っ込めるつもりはない。全く無い。
俺が罪の意識を持つだけで彼女たちが安全に生きられるのなら、何も反省することはない。
この世界の常識では間違っているとしても、俺の常識では正しいのだ。何も問題はない。間違いが問題にならないこともある。
というわけで、俺は子どもたちを強くする。彼らが守りたいものを守れる力を、彼らが身に着けられるように。
「順調に駆逐できてるみたいだね。やっぱり奇襲は夜中に限る」
「ゴブリンは昼型だっけ。猪人なんかは夜型もいるんだろ? その違いは何なんだい、坊っちゃん?」
「多分、生活に必要な情報の違いかな? ゴブリンは獲物を目で見て探すけど、猪人は臭いで探すことが多いんだと思う。夜中は暗いから目で探すのは大変だけど、臭いなら暗さは大した問題じゃないからね。だから猪人には夜型がいるんだと思うよ」
「はぁ〜、なるほどねぇ」
サマンサの質問に、前世知識込みの推論で返答する。大きな間違いは無いはず。
実際、うちのペットたちにもその傾向はある。
ウーちゃんやタロジロは、今もバジルたちに混じってゴブリン狩りに参加している。狼型の魔物だから臭いを辿るのが得意で、暗闇もさして苦にならない。
一方で、感覚器がほぼヒトと同じセイレーンのピーちゃんは、周辺情報収集の多くを視覚に頼っている。なので、夜中の行動は不得手だ。
まぁ、それ以前にまだ幼児なので、夜になったら寝てしまうんだけど。今も、俺の作った平面魔法製の籠の中で寝息を立てている。
寝る子は育つって言うし、ゆっくりおやすみ。そして大きくおなり。
おっと、最後のゴブリンの気配が消えた。
「終わったみたいだね。迎えに行こうか」
「承知だみゃ。バジルたちも、だいぶ手慣れてきたみたいだみゃ」
「まぁ、まだ
「……ちょっと見ない間に立派になって」
デイジーが親戚のおばちゃんみたいなことを口にする。でも君とジルたちに年齢差はないからね? 同年代だからね? 『貴方が小さい頃におむつ替えてあげたのよ、覚えてる?』とか言い出さないでね?
バジルたちの気配がする場所へ皆で移動すると、そこは反り返った大きな岩の下に作られた簡素な巣だった。かろうじて雨露は凌げそう?
その岩から少し離れた場所で、バジルたちがゴブリンの解体をしていた。心臓付近にある魔石を取り出しているのだ。
「お疲れ様。あとはやっておくから、そっちで手を洗って休憩しておいで。キッカ、水と石鹸をお願い」
「承知や。きれいに洗うんやで」
「怪我はしてない? アタシが治すわよ!」
見たところ、誰も怪我はしていない。多少の返り血が付いているくらいだ。この規模の巣なら、余力を持って対処できるってことだな。鍛えるなら、もう少し大きな巣の攻略をさせる必要がありそうだ。
バジルたちが手を洗っている間に、俺はゴブリンの死骸を平面魔法製の刃で解体していく。と同時に、ウーちゃんタロジロの口の周りの血を拭いていく。多くの社会人が会得を余儀なくされる『マルチタスク』技能だ。
ゴブリンの血は臭い。多分、奴らが常用している毒や薬のせいじゃないかと思う。なので、普通の獲物なら倒した後の口の周りの血をウーちゃんたちは舐め取るんだけど、ゴブリンの血だけは舐め取るのを嫌がる。だから俺が拭いてやらなければならない。
もしかしたら身体に悪い成分が入っているのかもな。本能的に忌避しているのかもしれない。
……野生の魔物はどうしてるんだろう? 仕方なく舐め取ってる? あんまり気にしたことはなかったな。これは研究の余地がありそうだ。夏休みの自由課題かな。
そんなゴブリンなので、解体していても血の匂いに誘われた魔物が集まってくるという事はない。……魔境でも嫌われものか。哀れな生き物だ。
「はい、終わり。サラサ、悪いけどそこの広場に大きめの穴掘ってくれる? ルカ、キララ、ゴブリンの死骸をその穴に放り込むから、燃やしておいて」
「承知」
「あらあら、はいはい。いつものお仕事ですね」
「分かりましたですよ! もう慣れたものです!」
ちゃんと処理しないとアンデッドになるかもしれないからな。倒して終わりじゃない。後始末までが討伐だ。
家に帰るまでじゃないのかって? まだ帰れないからなぁ。
遠足じゃないんだよ、仕事なんだよ。とほほ。
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