第298話
陽が西の山に掛かって倉庫の中にも涼しい風が吹き込み始めた頃、俺は眠りの茨を振り払って
倉庫の中にはにんにくの焼けるいい匂いが漂っている。この匂いで眠りから引き戻されたのかもな。
見れば、ルカとキッカ、サラサの簡易ベッドが空いている。どうやら夕食を作ってくれているようだ。
旅先での、特に野営時の料理というのは、質素かつ簡素になりがちだ。火起こしは大変だし、使える水の量にも制限がある。スープが飲めるなら上等で、硬いパンと干し肉だけで済ませることも多いらしい。冒険者学校の講師が言ってた。
その点、うちのパーティなら火も水も使い放題だ。ルカとサラサは火を出せるし、キッカは水を出せる。お湯だって出せてしまう。
今回は街の中ということで、食材の調達も容易だ。ビフロントは港町ということもあって、特に魚介類が手に入りやすい。今漂っている匂いにも、ほんのり潮の香りが混じっている。
「みんなー、夕飯ができるでぇー! はよう起きな
キッカの声が倉庫内に響く。物がないから反響が凄い。コンサートを開いたら面白そうだな。
「うみゃ! ご飯だみゃ!」
「うわっ、びっくりした!?」
キッカの声で、真っ先にアーニャが飛び起きる。そのまま身体強化を全開にしてキッカの目の前まで走り寄り、急停止する。アメリカのコミカルアニメみたいな動きだ。目を丸くするキッカが可愛い。
「あ、ビートはんも起きた? ほんなら悪いんやけど、テーブルやら椅子やら出してもらえる? あと、食器の
「ん、わかった」
俺たちの旅では、食器や椅子などを持ち歩かない。いくら薄く軽く作っても、それなりに重いし嵩張るからな。その都度、俺の平面魔法で作ったほうが便利だ。そもそも、テーブルや椅子を持ち歩く冒険者はいないだろうけど。
ふむ? キャンプ用品みたいな折り畳める椅子やテーブルを作ったら、馬車で移動する商隊や行商人、一部の冒険者には需要があるかも? 戻ったら商品化を検討してみよう。意匠を統一させてブランド展開というのもアリだな。
とりあえず今は、普通に四足のテーブルと背もたれ付きの椅子を人数分出す。特に意味はないんだけど、どっちも木目調にしてみた。雰囲気は大事。
テーブルはその場に固定、椅子はそれっぽい重さを設定しておく。重さを設定しないと、ちょっとした風で飛んでいっちゃうからな。室内でも手は抜けない。
簡易キッチンの方へ移動すると、ルカが大きな炒め鍋を、サラサが寸胴を持って待っていた。どっちもサイズが異常にデカい。炒め鍋は直径一メートルくらいあるし、寸胴は持っているサラサが入れそうな大きさだ。
うちは大所帯だから、これぐらいじゃないと人数分の調理ができないんだよな。
当然その分重くなるんだけど、そこは我がフェイス家。全員が身体強化を使えるから、こんな大鍋でも振るのに困らない。調理担当のルカたちは火魔法が使えるから、火力も思いのままだ。魔法って便利だよな。
炒め鍋の中身は……魚介のパスタか。この世界独自の黄色いケチャップとにんにくの香りがたまらない。具材はエビと玉ねぎ、そしてこれは……タコか! ぶつ切りが入ってる!
「うふふ。以前ギザンの町に行った時、ビート様が食べたいっておっしゃってたのを思い出したんです。この街の市場で見かけたので買ってみました」
ギザンっていうと、海賊退治と
「こっちのスープも美味しいですよ! 味見だけじゃ満足できないです、早く食べるですよ!」
スープの方は……ブイヤベース? 大きな貝と魚の切り身がゴロゴロ入ってるけど、色が赤くない……いや、この匂いは味噌汁か! うむ、魚介の出汁が利いたた味噌汁なら美味くて当然だな!
人数分の皿とカップ、フォークやスプーンを出して……ふむ、もう一品欲しいかも?
「ルカ、野菜は何かある? 干し肉は?」
「はい、玉菜と玉ねぎがあります。干し肉もそちらに」
玉菜は、ようするにキャベツだ。あんまり中身が詰まってないから、春キャベツと言ったほうがいいかもしれない。今は夏だけど。
調味料も一通りあるな。とても野営とは思えない充実したラインナップだ。これなら追加で一品作れそうだな。
玉菜に
次に極細の平面魔法の刃で玉菜の芯を抜き、半分に切って、さらに千切りにする。厚みは一ミリくらい。あんまり細く切ると食感が無くて物足りない感じがするから、俺はこのくらいが好みだ。切られたというよりも削られた玉菜が、平面魔法製のクリスタル風サラダボウルの中へふわりと落ちる。
同じように玉ねぎも〇・五ミリの薄切りに、干し肉はみじん切りにし、千切りキャベツと混ぜ合わせる。
別のボウルにお酢と大豆油、ほんの少しの砂糖と黒柑の果汁、そして胡椒少々を入れる。そうしたらボウルの口を塞いで強めの乱気流フィールドを適用する。このフィールドにはランダムにベクトルを変化させる効果があるから、液体をかき混ぜるにはうってつけだ。勝手に材料が混ざっていく。なんとも不思議な光景だ。
もう良さそうかな? 白くクリーミーな質感になって、油とお酢が分離しなくなったらドレッシングの完成だ。
ちょっと味見……ほのかな黒柑の酸味と香りが、爽やかに鼻へと抜ける。ふむ、悪くない。ちょっとサウザンドレッシングっぽいかな? クルトンが合いそうだ。今度作ってみるか。
ボウルのままじゃ使いづらいな。中身が入ったままのボウルをティーポット型に変形させてと。
はい、サラダとドレッシングの完成! トングでボウルから小皿に取って召し上がれ。
ここまでトータル一分くらいか。三分クッキングなら三品できちゃうな。料理でも役に立つなんて、俺の平面魔法は優秀過ぎる。自画自賛。
「お見事ですビート様。うふふ」
「あっという間です! 凄いです!」
「ありがとう。それじゃ、持っていって食べようか。あんまり待たせるとアーニャが突撃してきそうだし」
「あらあら、うふふ」
皿にパスタ、カップにスープを盛ってテーブルへ運ぶ。運ぶのも平面魔法で浮かせているから、皿やカップが勝手に飛んでいくように見える。まさにファンタジー。
「うみゃ! お魚の匂いがするみゃ! これは絶対美味いやつだみゃ!」
にんにくの匂いに紛れていたからか、いつもよりアーニャのお魚センサー発動が遅かった。まぁ仕方ない。強いもんな、にんにく臭。
配膳も終わり、あとは俺が開始の言葉を言うだけだ。アーニャの涎が酷いことにならないうちに始めよう。
「皆いるね。それじゃ食べようか。いただきます」
「「「いただきます!」」」
皆が一斉に食事を始める。ウーちゃんタロジロ、ピーちゃんもだ。もちろん彼女たちは別メニューだけど。俺たちの食事には玉ねぎが入ってるから、犬には食べさせられないんだよね。
彼女たちのメニューは、三枚におろして骨を抜いたぶつ切りの魚と、ザク切り玉菜を混ぜたものだ。ワンコ向けだから、味付けも極少量の塩だけ。濃い味は良くない。
ピーちゃんは俺たちと同じ食事を食べられないこともないんだけど、やっぱり魔物だからな。なるべく野生状態と同じものを食べさせたほうがいいだろうということで、ウーちゃんたちと同じものを食べさせている。
本人もそのほうが好みらしく、文句は言わない。たまにリリーに何かねだってるけど、それも一口食べたら満足らしく、すぐに自分のメニューに戻っていく。皆が食べているものに興味があっただけで、味は好みじゃなかったらしい。子どもあるあるだな。
◇
ワイワイガヤガヤ、うにゃうにゃみゃーみゃーと騒がしい食事が終わったのは、陽がすっかり沈んで世間が眠りに付き始める頃だった。
この世界にはまだ電気がないから、灯りの魔道具の普及していない辺境部では夜が早い。
そして、これからが俺たちの活動時間だ。極秘任務を遂行する時間だ。
「さて、それじゃ腹ごしらえも済んだことだし、お仕事を始めようか」
「「「はい!」」」
先程までの緩い空気は、もう無い。皆、真剣で切実な引き締まった表情だ。子ども組からも、油断や緩みは感じられない。切り替えがちゃんとできているっぽい。いい感じに成長しているようだ。特に何かを言う必要はなさそうだな。
さて、それじゃ始めようか。
狩りを、救助を、そして断罪を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます