第221話
ほほう、あれは古武術か? 合気道の当て身多めな感じだな。でも実戦的だ。
相手に背後を取られないように、競技台の端近くを常にキープしている。相手が近付いてきたら、突きと足払いで崩して投げる。投げたら膝や突き、踏み付けで追い打ちを入れている。
近代武道なら、投げたところで止めるもんな。追い打ちなんて
確実に相手を仕留めようという、実戦を想定した古武術の匂いがプンプンする。日本人関係者の線が濃厚極まりない。
まぁ、小袖と袴、草履の時点で日本人関係者なのは間違いないだろうけど。
ただ、現代ではないような感じがする。現代人なら草履じゃなくてサンダルだろうからな。きっと昭和以前だろう。髪を結ってないから江戸時代ではなさそうだ。知らんけど。
最初は力の無さそうな彼女を狙っていた参加者連中も、三人ほど
「うわっ!?」
と思ってたら、ひとりの大男が別の男の襟首を掴んで、無造作に場外へと投げ飛ばした。こいつもいい体格してるな。
「そんな細い姉ちゃんにビビる奴はお呼びじゃねぇんだよ、とっとと帰んな! おう、姉ちゃん! 雑魚は俺が片付けるから、ちっと待ってな!」
「承知の助」
助? まぁいいか。
競技台上空に設置したマイク平面が参加者の音声を拾い、ボックス席の窓の外に設置したスピーカー平面がそれを俺たちに届けている。打撃音も生々しく、臨場感たっぷりだ。
それにしても、なんとも男気のある
兄ちゃんに投げ飛ばされて、あるいは殴り倒されて、競技台上の人数がどんどん減っていく。それを見た生き残ってる参加者たちが、慌てて彼女に向かっていく。兄ちゃんより彼女の方が、まだ勝ち目があると判断したんだろう。
彼女はそれを苦も無くあしらって、あっという間に競技台の上にはふたりだけになってしまった。
肉食獣のように歯をむき出して笑う兄ちゃんと、無表情でじっと相手を見つめる彼女。なんか、格闘漫画のワンシーンみたいだ。まだ大会の予選なんだけどな。
何も言葉を交わすことなく、いきなり兄ちゃんが突っ込んだ! なかなかのスピードだ。姿勢は低く、両手は顔の前でクロスさせている。一撃喰らうのを覚悟の上で、捕まえて力勝負に持ち込もうって魂胆らしい。
多分それは正解のひとつだ。あの体格差なら、余程のことが無い限り力負けすることはない。組み伏せられたら彼女に勝ち目は無いだろう。
対して、彼女はその場に草履を脱ぎ、裸足になって待ち構えている。避ける素振りは無い。
それをみた兄ちゃんは、さらにスピードを上げた。体当たりで場外へ吹き飛ばすつもりらしい。でも、それは悪手だと思うなぁ。
彼女と兄ちゃんの距離が縮まり、ふたりが接触する刹那――彼女の姿が消えた。
「え」
彼女は兄ちゃんの真下にいた。競技台に仰向けに寝転んで両手を頭の横に着き、両膝をいっぱいまで曲げている。そして、全身と溜めた膝の力を一気に開放し、兄ちゃんの臍のあたりを思いっきり蹴り上げる!
「ぐうっ!」
その巨体が嘘のように宙を舞い、長い滞空時間を経て――実際には一秒余りだったろうけど――兄ちゃんは背中から地面へと落下した。
そこは石積みの競技台の上ではなく、訓練場の剥き出しの土の上だった。
彼女は蹴り上げた勢いのままクルリと後転し、正座して乱れた衣服を整える。
「そ、それまで!」
ちょっと戸惑った感じで近衛騎士――審判が終了を告げた。
立ち上がって袴に付いた埃をはたき、草履を履いて一礼し、競技台を降りる彼女。嬉しそうな素振りを全く見せない。クールビューティタイプかな?
「いやぁ、なかなかに見ごたえのある一戦だったね!」
「うむ、負けはしたが、あの青年もなかなか見所があった。騎士団へ入れば、直ぐに頭角を現すだろう」
「それよりもあの女性ですわ! サラサさん、あの方は本当にお姉さんですの!?」
「確実」
小さくコクリと頷くサラサ。やっぱりお姉さんで間違いないらしい。
そう思って見ると、確かに顔つきや雰囲気がなんとなく似ている。サラサが成長して髪が長くなったらあんな感じかもしれない。
「良かったやん! 家族、生きとったやん! ほんまに、ほんまに良かったわ!」
「そうだみゃ! お姉ちゃんが見つかって本当に良かったみゃ!」
皆がサラサを囲んで喜びの声を上げている。サマンサなんて、涙を流して喜んでいる。同じ境遇にあったバジルたちも、羨む様子もなくその輪に加わっている。いい子たちだ。当のサラサは、いつも通りの無表情なんだけど。
「それで、サラサはこれからどうする? お姉さんと一緒に行動する? それともうちに残る?」
俺がそう訊いた途端、その場の空気が固まった。
いや、これは訊いておかないといけないことだからさ。皆、俺に『お前、空気読めよ』みたいな視線を送るのやめてくれる? 視線は刺さるんだよ? 痛いんだよ?
「残留」
その俺の問いにノータイムでサラサが答える。全く逡巡なしか。もしかしたら、試合中ずっと考えてたのかもな。
その答えに、皆を包んでいた空気が柔らかくなる。と同時に、ちょっと気まずい空気も流れる。サラサが残ることは嬉しいんだろうけど、家族が一緒にいられないことを喜ぶわけにはいかないもんな。
「いいの? お姉さんと離れ離れになるかもしれないんだよ?」
「報恩、家訓」
んー、つまり、恩を返すまではお仕えしますってことか。家訓だから、お姉さんも承知してくれるはずと。
サラサとの会話には高い『お察し』能力が求められるから、ちょっと疲れる。
「分かった、これからもよろしくね。でも、お姉さんにはちゃんと話を通しておかないとね。控室にいるはずだから会いに行こうか」
「承知」
あの純和風のお姉さんがサラサの血縁ってことは、サラサも日本人関係者か。黒髪をおかっぱに整えたから和風に見えるなーとは思ってたんだけど、実際に日本人関係者だったみたいだ。それに気づかなかったとは不覚。
でも、うちはアーニャとサマンサも黒髪だから、気付かなくてもしょうがないよね。黒髪全員が日本人関係者ってわけでもないだろうし。
転生者であることが判明しているジャーキンの皇子や俺も黒髪じゃないし、日本人関係者で黒髪っていう方が珍しいんじゃないかな?
だから気付かなくても仕方ない。と自分に言い訳しておく。まさか、転生じゃなくて転移だったり?
第六組の観覧は子爵に任せて、俺とサラサ、クリステラの三人は選手控室へと向かった。ぞろぞろと大勢で訪ねるのも迷惑だろうから三人だけだ。
控室は、普段は騎士たちの着替えに使われている、いわばロッカールームだ。
数百もの騎士たちが一度に使用する部屋だから広さはかなりのもので、ちょっとしたホールくらいある。
今、そこには騎士ではなく、大会参加者が
ほとんどは予選で落ちた敗者のはずだけど、暗い顔をしている人は意外と少ない。本気で勝とうと思っていた人は、実はそれほど多くないのかもしれない。
野球でもプロテストを記念として受ける人がいるそうだし、今回もそんな記念参加の人が多かったのかもしれない。
あるいは、控室の隅に設けられた国防騎士団団員募集の受付のためかもしれない。やっぱりな。
受付には結構な行列が出来ている。ただの力自慢が騎士団に入れるんだから、大会で負けた悔しさも和らぐってものだろう。あ、さっきの兄ちゃんも並んでる。
そんな猥雑な感じの控室で、その一角だけは静謐だった。
壁際に並べられた背もたれのない椅子の上に、彼女は正座で座っていた。目を閉じて僅かな
椅子の足元には、揃えられた草履とちょっと大きめの布包みが置かれている。久しぶりに見たな、風呂敷。唐草じゃなくて格子柄なのが実用品っぽい。
壁には細長い袋包みも立てかけられている。長さは二メートル弱くらいで、先が少し曲がっている。薙刀か?
汗くさい控室には不釣り合いな子供と少女に、訝しげな視線を送ってくる男たち。
今日の俺は普段着だから、貴族とは思われてないだろう。
それでも絡んでくる者はいない。すぐそこに騎士団関係者がいるからな。騒ぎを起こせば即逮捕&入団取り消しだ。そこまでの危険を冒してまで手は出さないか。
「姉者」
彼女の前まで行くとサラサが声を掛けた。若干、緊張の色が見えたのは気のせいだろうか。
瞑目していた彼女は目を開き、サラサを見つめる。そしてニッコリと笑う。
「サラサ、こんなところで会えるとは思わなかったの助」
やっぱり『助』?
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