第220話

 いつものようにダンテスの町で子爵そんちょうを拾ってから王都へと飛んだ。

 今回ジンジャーさんは同行しない。いつも夫婦で町を空けると、その間の事務仕事が滞って大変だからだそうな。領主は大変だな。

 そして昨日王都へと入り、今日は二月二十八日。大会予選が開催される初日だ。

 俺と子爵は予選免除で決勝トーナメントからの参加だけど、一応予選も観覧しておこうということでこの日程になった。もしかしたら、とんでもない強者がいるかもしれないからな。

 王都滞在時のみとはいえ、ワンコと暮らせる庭付き一戸建てのためだ、油断はしない。


 会場は王都にある近衛騎士団の訓練場だ。

 普通のファンタジーだとでっかい闘技場があったりするものだけど、どうやらこの国にはないらしい。


「国営の常設のものはないな。国としては、同国人同士で戦うよりも魔物や敵国人と戦って欲しいというのが本音だろうからな。盗賊ギルド主催の地下闘技場なら、ちょっと大き目の街にはあるそうだ。オレは何処にあるか知らんがな」

「へー。あ、そういえばボーダーセッツの盗賊ギルド摘発のとき地下の酒場に石の舞台があったけど、あれがそうだったのかな? ダンスでも躍らせるのかと思ってた」

「多分そうだろう。酒を飲みながらどちらが勝つか賭けるんだろうな」


 ドームの地下じゃなかったし、観客席もなかったけど。あれでは世界最強を決める舞台には物足りない。最強生物ゆうじろうもやる気が出ないだろう。


 訓練場入口には受付があって、入場希望者がずらりと並んでいた。大会出場受付はもう締め切ってるはずだから、これは観覧希望者の列だろう。結構早めに来たのに、予想以上に混んでる。そんなに人気なのか? 格闘ブーム?


「昨日宿の方に伺いましたけど、王家はかなり力を入れているそうですわ。決勝トーナメントは賭けの対象にもなっているそうですから、参加者の情報を仕入れようと集まっているのかもしれませんわね」

「あら、そうなの? 当然、胴元は国よね?」

「賭け事は胴元が一番儲かるいうしな」

「なんだよ、やってることは盗賊ギルドと同じじゃんか」

「お酒まで売ってたら完璧ね。うふふ」

「国がやれば合法、それ以外がやれば違法。それが権力ってものだよ」

「あくどいみゃ!」

「……ずるい」


 悲しいかな、それが現実だ。

 もっとも、犯罪組織の資金源になるくらいなら国が管理してしまえばいい、という考え方もある。その方が治安を守れるからな。それが収入になるならなおよしだ。今回がまさにそうだったんだろう。

 実際、ドルトンの娼館も冒険者ギルドが管理している。違法買春は取り締まりの対象だ。

 そういえばカジノ法案なんて話もあったな。あれって結局どうなったんだろう? 可決されたんだろうか……まぁ、今となってはどうでもいい事か。


 俺たちも並んで入ろうと思ったら、騎士が守る貴族専用の入り口が別にあった。そっちはガラガラだ。当然、俺たちはそこから入場する。待ち時間なしだ。いやぁ、権力って便利だね!


「……ずるい」



 訓練場は思いのほか広かったし、設備はしっかりしていた。広さは普通にサッカーが三面以上取れそうな広さだし、雛壇になった石造りの観覧席もある。観覧席上部には貴賓用のボックス席まである。普通に球場かサッカー場だ。

 俺たちは当然のようにボックス席へと向かう。


「ここは王都だからな。王族や貴族が訓練を観覧することがある。そのための設備だ」


 大きく開いた窓際の革張りソファに座りながら、子爵が説明してくれる。それほど柔らかくはないな、このソファ。中はなんだろう?

 元々ここは近衛騎士団専用というわけではなく、王都に常駐する騎士団の共用訓練場だったそうだ。それが、国内騎士団の大改編で近衛騎士団専用になったらしい。

 王国にはもともと近衛、第一、第二、第三の計四つの騎士団があった。どれが何の役割をしていたのかは詳しく知らないけど、このうち近衛騎士団はクーデター未遂バカおうじ事件で半壊、第二騎士団と合併して新・近衛騎士団となっていて、第三騎士団は偽海賊デブカッパ事件が原因で活動休止になっていた。

 また、ジャーキンとの戦争で第一騎士団が消耗したこともあって、近衛騎士団以外はほぼ機能停止に追い込まれていた。組織改編は必然だった。近衛騎士団以外は解体され、新たな騎士団へと再編されることとなった。

 近衛騎士団はその職務範囲を広げ、以前は王城の警備のみだったのが、現在は王城と王都およびその周辺の治安維持が主な役割になった。日本でいうところの皇宮警察プラス警視庁といったところか。

 新設された警備騎士団は、王都以外の国内治安維持を行う騎士団で、主に街や村の犯罪捜査や治安維持を行う。こちらはいわば県警察だな。規模的には最も大きい。魔境や魔獣への対応も、この警備騎士団が担う。

 もうひとつ新設されたのが国防騎士団で、こちらは外国と戦うための軍隊だ。普通に国外へも遠征する予定らしいから、自衛隊ではなくて普通の軍隊だな。


 そんな感じで大改編中の各騎士団だけど、人手不足が現在の課題だ。

 改編で多くの騎士が警備騎士団へ組み込まれたんだけど、その分国防騎士団は深刻な人手不足になっている。現在はジャーキンとの戦争が終わったばかりだから問題になってないけど、いつまでもそのままにしてはおけない。軍備が無いと、他国に攻め込まれたら詰んでしまう。早期の人員拡充が不可欠だ。

 そんなことを王様がぼやいてた。気持ちは分かるけど、愚痴るために俺を王都へ呼び出すのはやめて欲しい。いや、俺も元凶のひとりなんだけどもさ。だからと言って、国防の相談を子供にするのはどうかと思う。


 そうか、今回の大会はそれを解決するためでもあるのか。

 力の有り余っている参加者の中から、希望する者を国防騎士団へ入団させようという魂胆だな? 王太子の誕生日や、俺とクライン氏の因縁云々はおまけか。ていのいいダシにされたわけだ。あの王様の考えそうなことだな。

 新設の国防騎士団は、騎士団と言いつつも、構成員のほとんどが歩兵で構成される。これは王国の歴史の中でも初めての試みだ。

 その理由は銃の登場にある。

 ジャーキンの転生者がこの世界に持ち込んだ銃は、戦争のあり方を大きく変えてしまった。騎士や兵士の個人的な強さが戦局を左右する古典的戦争から、物量と情報が勝敗を決する近代的戦争へと転換させてしまったのだ。

 銃は剣や槍に比べて扱いが簡単だ。狙って引き金を引くだけでいい。戦場なら練度が低くても物量でカバーできるし、機動力も必要ない。近づかれるとヤバいんだけど、そこは弾幕を張ることでそんな状況にしなければいい。

 つまり、運用にはとにかく数が必要になるのだ。それ程の数の騎士はとても用意できないから、必然的に主力は歩兵ということになる。

 もちろん、練度は低くていいとしても、兵士として基礎的な体力は必要だ。銃はそれなりの重さがあるし、弾薬も携帯しなくてはならない。

 だから武術大会だ。

 出場者は力自慢の体力自慢だろうから、基礎的な訓練を短縮して早期の戦力化が期待できる。人員増強が喫緊の課題である国防騎士団にとっては渡りに船という事だったんだろう。船名はタイタニックかもしれないけど。

 あの王様、大雑把なようで抜け目ないんだよな。思い付きで行動しているようで、何から何まで計算づくだったりする。そう言えば、初めて手合わせしたときもそんな感じだったな。

 指導者としては頼もしいんだけど、個人的には面倒くさいから相手にしたくない。マジで面倒くさい。大事な事だから二回言った。


「なるほど、そういう事情でしたのね。そこに気が付くなんて、さすがはビート様ですわ!」

「軍備の拡大か。税金上がったりせぇへんやろうか?」

「当面は上げないって言ってたよ。ジャーキンから分捕った賠償金や新しい領地からの税収もあるからね。でも、経済が回らないと増税せざるを得なくなるから、早く街道整備してこっちに金と酒を回せって言われた」

「うむ、あの焼酎という酒は陛下も気に入られたそうだ。増産して王都に回すよう指示があった。街道もだが、工場の増築も急がねばならん」


 いつの間にか、辺境が王国経済の実験場になっている。いや、俺が仕掛けたんだけどさ。

 上手く行けば、今後、王国中で建設ラッシュと特産品開発競争が起きるだろう。それは経済が活性化することに他ならない。それで税収が上がって生活が豊かになれば、誰にとってもウィンウィンだ。

 だから、今回の街道整備と焼酎の拡販は、何としても成功させなければならない。責任が重い。


 皆がソファや窓枠に腰を下ろして話をしていると、眼下の訓練場で歓声が上がった。どうやら、ようやく予選が始まるらしい。

 予選はバトルロイヤルだ。参加者は十二の組に分けられ、各組の勝者ひとりが決勝トーナメントへと駒を進める。今日戦うのは、そのうちの六組だ。


 予選、決勝とも、告知時には無かった新しいルールが追加されている。場外負けと時間切れ抽選だ。


 場外負けはそのままのルールで、一辺十メートルほどの一段高くなった競技台から外へ落ちたら負けというものだ。

 これにより、非力な者でもエリア端で上手く立ち回れば勝ちが狙えるようになった。戦術の幅が広がって面白くなるだろう。


 時間切れ抽選は、既定の時間が過ぎても勝者が決まらなかった場合、くじを引いて勝者を決めるというものだ。

 運も実力のうちと言うし、それはそれでアリかな?


 一辺十メートルほどの競技台に、十人ほどの参加者が集められている。各自が思い思いに距離を取り――銅鑼が大きく鳴らされた。ついに試合開始だ。



 初戦からくじ引き抽選になった。

 第一組にはひとりだけ力自慢の大男がいて、そいつが他の参加者を次々と場外へ投げ飛ばしていたんだけど、最後のひとりが非常にすばしっこくて、時間切れまで逃げ切られてしまったのだ。

 結局、くじ引きでは大男が当たりを引いて決勝に進んだ。無駄な努力にならなくて良かったね。


 第二組、第三組は順当に、体格が良くて力が強い男が勝ち残った。第三組の勝者は力士タイプの重量級で、勝ち方も場外への押し出しや突き出しがメインだったから、ちょっと相撲を思い出して懐かしくなった。どすこい。


 第四組はそれまでと大きく違って、細身で背の高い男が勝ち残った。こいつは最初から競技台の端に立ち、向かってくる相手をイナしたりスカしたりして場外へ落としていた。

 技巧派だな。手足も長くて近寄るのが難しい。要チェックだ。


 そして第五組だ。


「女の方がおられますわね」

「黒髪の真っ直ぐな髪は珍しいわね。どこの出身かしら?」

「着ている服も変わっとるな。サマンサはんの小袖と袴みたいや」

「あっ、サンダル履いてるみゃ。これから戦うのに、あんなので動けるのかみゃ?」

「……」


 やばい。あの娘、間違いなく日本人の関係者だ。足元のサンダルは草鞋だ。

 もしかして、三人目の転生者か? いや、実は転生じゃなくて記憶の移植らしいんだけど、違いがよく分からないから転生でいいだろう。

 しかし、現代人ではなさそうだ。現代日本じゃ、女性が小袖と袴を着るのは成人式くらいだからな。

 それに、成人式ではあんな地味な井桁柄の小袖は着ないだろう。ちょっと草臥くたびれてるし。


 競技台の隅に立ったその娘さんが、チラリとこちらを見る。むっ、感づかれたか? 何にだよと自分に突っ込んでいると、


「姉者」


俺の後ろに立っていたサラサがポツリと呟いた。


 え? お姉さん?


 そして、五組目の試合開始の銅鑼が鳴った。

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