第222話
彼女の名前はアリサ。サラサの八つ年上ってことだから、今は十八歳か。
サラサたちの村が襲われる前の年に、婿探し&武者修行の旅に出たそうだ。
婿探しはいいとして、武者修行ってなんだよ。どこの武術家だ? いや、古武術っぽいの使ってたな。武術家だった。
そして、一度も里帰りをしていなかったので、村が滅びたことは知らなかったそうだ。情報伝達が弱いからな、この世界。ほぼ口コミしかない。サラサから知らされて、大変なショックを受けていた。
「なんたる不覚の助! これでは一族の血と技が絶えてしまうではないかの丞!」
あ、助だけじゃなくて丞もあるんだ。〇〇左衛門とかもあるかもしれない。
「妹が大変お世話になったようで、感謝の言葉もないの助。礼を言わせて欲しいの助」
「ああ、いいよいいよ。単なる成り行きだし、僕がやりたかっただけだから」
アリサさんが椅子から降りて深々と頭を下げるのを、俺が押し留める。
それにしても、サラサの『虜囚』『虐待』『救出』『介抱』『保護』なんて単語だけで、よく状況を理解できたな。やはり姉妹ということか。
「そうそう、上からさっきの試合を見させてもらったよ。面白い技を使ってたね。あれが一族に伝わる技ってやつ?」
「左様の助。我が一族の始祖が編み出した『マツーラ流組打術』と申しますの助。これを守り伝えて行くのが我が一族の使命なのですの助」
マツーラ流……松浦流かな? 聞いたことないなぁ。でも、いかにも日本っぽい名前だ。どこかの古武術流派だろうな。それを受け継ぐのがサラサの一族か。
アリサさんの婿探しは、村の血が濃くなり過ぎないように外部の血を入れようってことだろう。近親婚は障害のある子供が生まれやすくなるっていうからな。
武者修行も、その婿探しの一環だろう。村に新しい血を入れるなら、強い男の血が望ましいだろうし。武者修行と称して強い男を探してるってわけだ。
ということは、この大会参加もその一環かな? 強い男が集まるし、戦って鍛えられる。一石二鳥って奴だ。
「実は手元不如意でして……賞金も得られて助かるのですの助」
なるほど、入賞すれば賞金貰えるもんな。一石三鳥か。
具体的には、ベストエイトに残れば金貨二枚だ。ただし、特別枠四名はベストフォーに残らないと出ない。
彼女は、普段は冒険者として依頼をこなしながら旅をしているそうだ。武者修行の旅に冒険者制度はうってつけだもんな。主に女性や貴族の護衛、魔物討伐を受けていたらしい。
今は六つ星ということだから、腕前はそこそこだな。いや、ソロで六つ星なら相当の腕だろう。
でも冒険者制度が整っているのは王国だけだから、必然的に活動も王国国内が中心になる。
だもんで、ずっとエンデには帰っていなかったらしい。故郷の村が滅んだことを知らなかったのも無理はない。
そもそも隠れ里みたいな山の中だったし、そこに村があることすら周辺に知られてなかったもんな。
手元不如意って表現は珍しいけど、要は金欠だ。魔物との戦闘で破損した薙刀を修理したら思いのほか高額を請求されて、持ち金が乏しくなってしまったそうだ。
そうだよな、普通は武器って傷むもんだよな。
俺はいつも平面でコーティングして使ってるから、鉈も剣鉈も傷ひとつない新品同様だ。冒険者になったときに買ったものを今でもずっと使ってる。
手入れも、たまに油を擦り込む以外はしたことが無い。油を塗らないとサビちゃうからな。錆は平面じゃどうしようもない。
彼女の事情は分かったし、サラサがしばらく俺の元に留まることも話した。
彼女としては、身元のはっきりした人物の元にいるのなら問題ないそうだ。初めて貴族としての肩書が役に立ったかもしれない。
自身は大会後にエンデへ戻り、村の生き残りを探したいと言っていた。地元出身者なら、俺より詳細な捜索も出来るだろう。他の生き残りが見つかるかもしれない。
その後の事はまたその時考えるそうだ。それまで妹をよろしく頼むと言われた。
それはそれとして、これだけは聞いておかなければならない。非常に重要な案件だ。
「なんで語尾に『助』とか『丞』を付けてるの?」
「えっ? カッコいいからですの助。カッコよくないですかの助?」
「いや、全然?」
「ガーンッ、の丞! 男爵様とは分かり合えないようですの助……」
うん、俺もそんな気がする。
◇
第六組は、特に波乱もなく力自慢の大男が勝ち上がったそうだ。それで今日の予選は全部終了。
俺だけだと思ってた格闘技経験者が他にもいたってことは、俺のアドバンテージが無くなったってことだ。
しかも、俺は小柄でリーチが短いしウェイトも軽い。大会中は魔法も使えない。条件的には俺が圧倒的に不利だ。
けどまぁ、そんなに悲観はしてない。
魔法は使えなくても、身体強化と気配察知は使える。このふたつが使えるなら、対人戦はどうにでもなる。
それに、アドバンテージが無くなったのは彼女も同じだ。格闘技を知る者同士なんだから。
俺は古武術には詳しくないけど、合気道や中国拳法ならそれなりに知っている。ゲーム制作のために調べたからな。今までの格闘技を知らない対戦者とは違う。
同門じゃないそういう相手との対戦は彼女も初めてだろう。まだ組み合わせは分からないけど、当たってもなんとかできると思う。
最大のライバルになりそうなのは、やはり子爵だ。大きな身体とそれに見合ったパワー、そしてそれを更に増強する身体強化、数多の実戦で鍛えた怜悧な判断力。
はっきり言って超手強い。魔法もなしで対戦なんて正気の沙汰じゃない。大会でなければ絶対に戦わない。全力で逃げる。
まぁ、今回は仕方がない。なんとかしよう。
明日は予選二日目。アリサさんのように要注意人物がいるかもしれない。いない方が俺的にはありがたいんだけど、俺の希望でどうにかなるものじゃないからな。しっかり視察しておかないと。
◇
「あれ、ケント君?」
「ホンマや。何しとんの、ケンちゃん?」
「いや、競技台の上にいるんだから、大会に参加してるんじゃない?」
予選二日目の最終組に顔見知りが参加していた。キッカのいとこでキッカの事が大好きな、俺の事をライバル視しているアオハル真っ只中の、片思い海エルフのケント君だ。
競技台の真ん中に立ってこっちを見ている。視線は主に俺、そしてチラチラとキッカを行ったり来たりしている。分かりやすいなぁ。
そして予選最終戦開始の銅鑼が鳴った――
◇
「あー、とりあえず、予選突破おめでとう」
「まぁ、運も実力のうちっ
「うぐっ……ありがとう」
またまた試合後の控室だ。
今回のお供はキッカだけ。他の皆は先に宿へ帰ってもらった。もしかしたら込み入った話になっちゃうかもしれないから、当事者だけの方がいいだろうという判断だ。
まぁ、シャイなケント君が突然告白ってこともないだろうけど、念のため。
ケント君は、なんとか予選を突破した。くじ引きで。
ふたりまでは何とか倒してたけど、三人目からは体力的に厳しかったらしく、以降ずっと回避に専念していた。
それでも何発かいいのをもらって、時間切れの直前頃は立っているのがやっとという状態だった。
結局四人でのくじ引きという、予選全試合中で一番グダグダな結果になってしまった。
くじ引きで見事当たりを引いたケント君は、やはり何かを持っているようだ。
運がいいというのは、ある意味一番厄介なんだよな。女神の寵愛は、時に積み重ねた努力や研鑽をひっくり返す。イケメンは得だよな! ケッ!
まぁ、でも明日以降はその女神の愛に出番はないだろう。だって先の試合でいいの貰ったから、ケント君の顔、腫れてるし。イケメン効果は半減しているはずだ。
「キッカ、これに冷たい水出してあげて」
「はいな。ほい、ケンちゃん。これで顔冷やしとき」
「ありがとう、キッカちゃん」
俺の渡した手拭いにキッカが魔法で冷水を含ませ、それをケント君に手渡す。ケント君の頬が少し赤くなった。実に分かりやすい。
ケント君は相変わらず、関西イントネーションの標準語で喋っている。関東に出てきたばかりの関西人っぽい。
まぁ、直ぐに関西弁で話し始めるんだけど。それが関西人。
「今夜は軽く熱が出るかもしれないから、患部を冷やして安静にね。痛みと腫れが酷いようなら、明日の試合は棄権したほうがいいよ。無理して後遺症が残るといけないし」
「出るよ! 出て、優勝する!」
「またまたぁ~、無理せんとき。けどケンちゃん、強うなりたい言うてたもんな。出来る範囲で頑張ったらええんちゃう? 頑張る男の子はカッコええわ」
「う、うん! 僕頑張るよ、キッカちゃん!」
この鈍感ヒロインめ、純情な少年ハートを
敵に塩を送るようだけど、個人的にはケント君が嫌いじゃない。純朴で真っ直ぐな好青年……少年だからな。俺の中のオッサンが応援したくなる。
決勝トーナメントで当たるかは分からないけど、できるだけ万全の状態で参加して欲しい。
「それじゃ、明日を楽しみにしてるよ」
「ほな、また明日なー」
「うん。それじゃまた明日、キッカちゃん!」
まぁ、負ける気はないけどな。例え女神が味方しても、俺がモフモフ愛で撥ね返す! モフモフ愛の前に、他の全ての愛はひれ伏すのだ!
さて、それじゃ帰ってウーちゃんピーちゃんとタロジロをモフモフして、明日への英気を養うとするか。
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