第223話

「さすがはビート様ですわ! 全く危なげありませんでしたわね!」

「なんや、相手が可哀そうやったな。何も出来んかったやん」

「いいのよ、それで! ここまで圧倒的なら諦めもつくでしょ!」


 大会決勝初日、その第一試合である。俺とクライン氏の試合が開始され、三秒で終了した。もちろん俺の圧勝だ。

 開始の銅鑼が鳴ると同時に全速で突っ込み、クライン氏の胸を両手で突き飛ばした。格闘技でいうところの双虎掌ってやつだ。

 突き上げるように打ったから、内臓が破裂するようなことにはなってないはずだ。肋骨にヒビくらいは入ってるかもだけど。

 驚きの表情のまま、クライン氏は競技台中央から端まで飛び、最後は背中から転がり落ちた。俺の勝ちだ。


 そもそも、この大会は俺とクライン氏の対決のために催された、はず。それが開始三秒で終わってしまった。

 あとの試合は全部余興のはずだけど、会場はそんなことお構いなしに大盛り上がりだ。見物客はこっちの事情なんて知らないもんな。


 この大会では、国主催の賭けが行われている。誰が優勝するか当てる単勝と、優勝と準優勝を当てる連勝単式の二種類だ。

 俺が絡む予想は軒並み高額配当、競馬や競輪で言うところの大穴になっている。その俺が鮮やかに勝利を決めたから、高額配当の期待が高まっているんだろう。

 こういう賭け試合では、参加者とその身内は賭けに参加できないことが多い。不正、つまり八百長が横行するからな。

 しかし、今回はそういった制限が無い。なぜなら、法と商売の神の神殿謹製の誓約書があるからだ。参加者は全員、この誓約書に『不正行為をしないこと』を誓わされている。もし誓いを違えば、お約束の激痛地獄が待っている。なので八百長の心配はない。


 というわけで、俺も俺の仲間も賭けに参加している。俺は自分の単勝と自分絡みの連勝単式に大金貨三十枚以上、他の皆もそれなりの額を俺に賭けている。

 多分、身内だけで合計大金貨百枚近くが俺に賭けられている。日本円だとおおよそ一億円だ。それだけ賭けたのに、俺のオッズはダントツの大穴だ。うぬぅ。

 まぁ、しょうがない。大男が並ぶこの大会で、未成年は俺ひとり。圧倒的に最軽量だもんな。俺が優勝するなんて誰も考えないだろう。俺と俺の仲間以外は。

 会場が盛り上がってるのもそのためだ。高配当になる俺が勝ち進んだからな。もう賭け札の売り出しは終わってるから、これから買い足すことはできない。オッズは変わらない。俺に賭けた人は、今夜は興奮して眠れないかもしれないな。


「早く終わって良かったよ。明日に疲れを残したくないからね」

「今日はもう坊ちゃんの試合は無いんだよな。明日は次の試合の勝者とだろ?」

「そうだね。ケント君が勝ち上がってこれるといいんだけど」

「あれは無理だみゃ。開会式でも足が震えてたみゃ」

「……子鹿みたいだった」


 トーナメント表は、昨日の予選終了後、即日発表された。

 一回戦第一試合に俺とクライン氏、第二試合にケント君と捌きの巧い手足長オジサン、第三試合にアリサさんと知らない人で、最終第八試合に子爵そんちょうと近衛騎士団長という組み合わせだった。恐ろしく恣意的なものを感じる。というか、確実に意図的な組み合わせだ。

 俺とクライン氏の試合はともかく、子爵と騎士団長という組み合わせにも意図を感じる。貴族が貴族以外に一回戦負けしないようにってことだろう。

 その上で、決勝戦は貴族同士で戦って欲しいから、山の両端に分けているのだ。

 更に言えば、俺の方の山には比較的軽量小柄な者が、子爵の方の山には大柄重量級な者が集められている。出来るだけ白熱した試合展開かつ、決勝戦で『パワーVSスピード(またはテクニック)』という対決をさせたいんだろう。

 確かにそれは盛り上がりそうだけど、ちょっとあからさま過ぎない?


 俺の次の試合の相手は、ケント君対競技台端で捌きまくってた手足長オジサンの試合の勝者だ。

 個人的にはケント君を応援したいけど、多分無理だろうな。あのオジサンはそこそこ出来る。普通に戦ってもそれなりに強いだろう。

 一方のケント君は普通だ。予選を運で勝ち上がったように、何か・・を持ってそうな感じはする。

 でもそれだけだ。運だけで勝ち上がっていける程、現実は甘くない。


「フェイス男爵」


 そんなことを考えながら控室で引き揚げの支度をしているとクライン氏が訪ねてきた。ちなみに、予選の大部屋とは別の控室だ。将校や佐官用らしい。

 クライン氏は胸に包帯をグルグル巻いている。やっぱヒビが入っちゃってたか。肋骨の骨折はギブスや添え木をあてられないから、包帯を巻くくらいしかできないんだよなぁ。上着を肩に掛けているのは、袖を通す動きが辛いからかもしれない。いやはや、申し訳ない。


「アンダーソン伯爵。動いて大丈夫なのですか?」

「心配無用です。少々痛むだけですので」

「試合の上でのこととはいえ、申し訳ありませんでした。負けられない理由があったものですから」


 初戦なんかで負けるわけにはいかなかったからな、ウーちゃんとタロジロのために。ジャスミン姉ちゃん? うん、まぁ、そうだね。


「いえ、当然のことです。これで諦めがつきました。どうか彼女を幸せにしてあげてください」

「もちろんです。今日はお手合わせありがとうございました」


 ふたりとも両手を出して堅く握手する。

 うむ、言われるまでもない。ウーちゃんは全力で幸せにするよ。ジャスミン姉ちゃん? うん、まぁ、そうだね。


「この度は私の我儘でご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。大会、応援させていただきます」

「ありがとうございます。微力を尽くします」

「ふふっ。あれで微力ですか。私もまだまだ鍛えなければならないようですね。ではお邪魔しました。明日もがんばってください。ジャスミンさん、どうかお幸せに」

「はい、ではまた、いずれ」

「じゃあね、クライン。またどこかで会いましょう!」


 ケガを感じさせないキビキビした動きでクライン氏は帰って行った。

 意外にサッパリしてたな。恨みや妬みを隠してる感じでもなかった。本当に諦めがついたみたいだ。いや、憑き物が落ちたって感じか。


「そうね、クラインは昔からサッパリして付き合いやすいやつだったわよ。だから、未だにアタシに執着してるなんて思わなかったわ」

「なんでだろうね?」

「アレちゃう? 今まで見たことない生き物やったから、好奇心を恋愛と勘違いしてたんちゃう?」

「ああ、そうかも。こんな大会開催なんていう騒ぎにまでなっちゃって、肝と一緒に頭が冷えたのかもね」

「なによ! アタシは珍獣じゃないわよ!」


 レアアイテム見つけてドキドキするのって、恋愛でトキメくのと似てるもんな。好きとか嫌いとか、最初に言い出したのは誰なのかしら?

 クライン氏はちゃんと謝罪はしてくれたし、この件はこれで一件落着だ。めでたしめでたし。

 怒るジャスミン姉ちゃんを宥めながら俺たちは控室を後にし、子爵そんちょうとアリサさん、ついでにケント君の応援のためにボックス席へと向かった。



「マジか」

「うそん」

「あはははっ、アレは無い、アレは無いわね!」

「ジャスミン様、あまり笑われては失礼ですわ。……ぷっ」


 大半の予想を覆して、ケント君が勝ち上がってきちゃった。勝っちゃったよ、マジで持ってる。

 試合開始の銅鑼の直後、手足長オジサンは予選と同じように、競技台の端近くに下がって構えた。予選と同じく、捌いて落とすつもりだったんだろう。

 一方のケント君は、そんなことお構いなしに距離を詰めた。リーチ的に不利だから、間合いを詰めて自分の距離で戦おうとしたんだろう。端近くなら、それ以上後ろには下がれないからな。

 無造作に間合いへ入ってきたケント君を、手足長オジサンは奥襟を掴んで投げ落とそうとした。しかし、そこで女神のいたずらが発動した。

 昨日の予選でのダメージが残ってたケント君は、足が動かずに転んでしまったのだ。だからちゃんと冷やしておけって言ったのに。

 言ったかな? 言った気がする。言った言った。

 急に重くなったケント君に手足長オジサンはバランスを崩し、転んだ拍子のケント君の頭突きを、モロに鳩尾へ喰らってしまった。そして双方もつれて場外へ転落。

 偶然にも手足長オジサンの上に落ちることとなったケント君が判定で勝者となった。会場は、ブーイングと爆笑の混じったほのぼのムードに包まれた。

 手足長オジサンが競技台中央で戦っていればこんなことは起こらなかっただろう。多分、明日の試合にダメージを持ち越したくなかったんだな。だから軽く片付けようとして、昨日と同じ戦法を取っちゃったんだろう。

 まぁ、こんな偶然が起きるなんて、誰にも予想できない。手足長オジサンの作戦ミスとは言えないよな。

 いや、ケント君も弱くはないんだけどね。予選じゃふたり倒してたし。

 ただ、あくまでも一般人レベルだ。こんな武術大会で勝ち上がってこれるほどじゃない……はずなんだけどなぁ。


「豪運」


 サラサの一言が全てを物語っている。

 俺の二回戦の相手は、どうやら勝利の女神様らしい。

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