第224話

 一回戦第三試合は、アリサさんが順当に勝ち上がった。

 掴みかかってきた相手の手を取って小手返しで転がし、倒れた相手の腹(鳩尾)に膝を落とし、そのまま馬乗りになって顔面(人中)に掌底を一撃。

 相手は撃たれた衝撃で後頭部を床に打ち付けて失神、それでKOだった。

 流れるような一連の動きには美しさすらあったけど、全部の攻撃が急所狙いだったのが怖い。マジで本物の戦場格闘術だよ、あれ。


 予選は順調に進んで――時間切れの泥仕合もあったけど――本日最終試合の子爵そんちょう対近衛騎士団長ルースさんの試合になった。

 どっちも顔見知りだけど、家族同然の子爵を応援しちゃうのは仕方がないよね。

 いつも鎧姿しか見たことがなかったから、簡素な平服姿のルースさんは新鮮だ。シンプルな生成りのYシャツと綿パン、革靴が格闘向きかどうかはともかくとして。

 一方の子爵も平服だ。麻のシャツに革パンツと編み上げブーツ。こっちは辺境での平服だから、実用にも十分耐え得る。

 ふたりの身長は大差ない。双方とも百八十センチを超えるくらいで、若干子爵の方が高いかな。王国の成人男子としては大柄な部類だ。

 ただし、その質量はかなり違う。近衛騎士団長だけあってルースさんも鍛えてる身体だとは思うんだけど、それでも子爵の圧倒的筋肉の前には霞んでしまう。五割増しくらい子爵が上回っているんじゃないかな? 某格ゲーで言うなら〇ルログとザンギ〇フくらい違う。

 その某格ゲーなら、シリーズ平均してバル〇グの方が有利だったりする。ザンギエ〇はジャンプが速いキャラが苦手だからな。

 しかし、残念ながらこれは現実だ。ウェイトの差は如何いかんともしがたい。パワーのあるキャラに捕まったら逃げられない。爪も仮面もないバルロ〇では、勝ち目は薄いだろう。

 今日最後の試合とあって、観客席は大盛り上がりだ。何と言っても、賭けの大本命の子爵だからな。その試合ともなれば、注目が集まるのは当然だ。明日はもっと盛り上がるだろう。

 ちなみに、子爵のオッズは単勝で一・一倍だそうな。俺なんか五十倍近いのに。くそう。

 おっと、試合開始の銅鑼が鳴った。さて、どんな試合になるのやら。



 まぁ、そうそう番狂わせは起きないよな。ケント君が特殊過ぎるだけだ。ルースさんも善戦したと思うよ、うん。

 剣術っぽい動きで突きとか前蹴りとか出してたのが、ちょっと古武術っぽかった。あれは昇華するとそういう格闘技になるかもしれない。これからに期待だ。

 まぁ、でも、結局、子爵のパワーの前には無力だった。牽制に出した前蹴りを掴まれ、そのまま振り回されて場外へ投げ捨てられてた。片足ジャイアントスイングだ。予想通り。

 『なんかこの光景、見覚えがあるな』と思ったら、初めての盗賊退治で盗賊のひとりが同じことされてたのを思い出した。開拓村からボーダーセッツへ向かったときだ。既視感デジャヴュじゃなかった。現実にあった事だった。

 今回は記憶よりも軽々振り回してた気がする。飛距離も長かった。身体強化に慣れたんだろう。そのうち人が空を飛ぶことは当たり前になるのかもしれない。ただし子爵の敵に限る。


 大本命が危なげなく、しかも圧倒的な力をせて勝ち上がったということで、会場はこの日一番の大盛り上がりを見せた。会場は『ダンテス』コール一色に染まった。さすがは現代の英雄、何処へ行っても大人気だ。

 子爵はちょっと困ったような顔をしながら、会場に一礼してから退場していった。手ぐらい振ってあげればいいのに。

 けど、そこがストイックに見えたんだろう。感極まって腰を抜かすご婦人が続出した。大会後は側室希望者が大挙して押しかけてくるかもな。

 こうして大会初日は大過なく終了した。明日は勝ち進めば三試合することになる。早く帰って英気を養おう。



 大会二日目、今日も俺が一番早い試合だ。朝一で会場に入って、ウォーミングアップする。

 まぁ、既にウーちゃんとタロジロ、ピーちゃんを連れて近場の(と言っても五十キロくらい離れてる)魔境で散歩(兼狩り)をしてきているから、身体は十分温まってるんだけど。

 今がだいたい朝九時くらいで、もうすぐ開始だと思うんだけど、会場の観客席は満席だ。通路にまで立ち見がビッシリ。入場料を取ってるはずだから、興行的には大成功だろう。内務尚書のレオンさんは大喜びかもしれない。

 とはいえ、今夜の王都は騒がしくなるだろうから、警備に頭を痛めてる可能性もある。勝っても負けても酒を飲む。それが賭け事ってもんだからな。

 競技台に向かうと、観客席から大きな歓声が上がる。周辺住民は大迷惑だろうな。赤ちゃんが吃驚して泣きだしてなきゃいいけど。

 ケント君は既に競技台の上にいて、ジッと俺を見ている。恨みや憎しみみたいな負の感情は感じられない。俺に勝つ。それだけを考えてるみたいだ。いつも真っ直ぐだよな。オジサンには眩しいよ。

 今日のケント君の服は昨日と同じ、麻のシャツに革のパンツ、革のショートブーツだ。俺の服装も似たようなもので、革パンツが幅広のひざ丈になってるだけだ。辺境の冒険者はだいたい同じ格好になるよね。

 七十センチほどの高さの競技台の上にヒョイっと飛び乗ると、それだけで観客席からの歓声が大きくなる。実況やテーマ曲が流れてるわけでもないのに凄い盛り上がりだ。

 競技台の上に登ったら、観客席に向かって一礼する。今日は王族の皆さんも見物に来てるからな。

 見れば、中央の専用ボックス席の窓からわんぱく姫が身を乗り出している。それを引き留めているのは王太子殿下だ。王様と王妃様はそんなふたりをニコニコ見てる。メイドさんや近衛騎士たちはオロオロしている。恐れ多くて手が出せないんだな。

 あんな妹がいると殿下も苦労が絶えないだろう。俺にもジャスミン姉ちゃんがいるからよく分かるよ。

 この大会も自分の誕生日イベントのはずなのに、楽しんでるのはわんぱく姫と王様だけっぽい。不遇な人だ。

 さて、改めてケント君に向き直る。ずっと何か言いたそうに、俺をガン見してたんだよな。


「今日は僕が勝つ」

「ふーん。その意気込みはいいんだけど、本当に言いたいことはそれじゃないよね? 言う相手も僕じゃないでしょ?」

「なっ、何をっ!?」

「キッカはマセてるくせにニブチンだから、直接言わないと伝わらないよ?」

「っ! なっ、ぼっ、僕はっ! それは、その……」

「勝ったら告白するつもりとか? そんな理由無しに、直ぐ告白しちゃえばいいのに」

「あっ、ぐぅっ、うぅ~~っ!」


 ケント君がしどろもどろになりながら顔を赤くし、オロオロと挙動不審になる。おーおー、青いねぇ。顔は赤いけど。

 相手から平常心を奪おうという、オッサンの戦術に見事に嵌っている。勝利のためには手を抜かない。それがオッサンです。

 けど、アドバイスは的外れじゃないと思うよ。キッカが自分に向けられる好意に鈍感なのは本当だから。こんなに分かりやすいのにねぇ。

 挙動不審のケント君は放っておいて、俺は自分の身体の最終チェックをする。肩を回し、屈伸し、腰を左右に回す。うん、何処にも違和感はない。いつも通りだ。今日も絶好調。


 ゴオオォォンン……


 試合開始の銅鑼が鳴った!

 さぁ、勝負だ! いくぞ、勝利の女神!!

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