第169話

 村の空き地に馬車を停めた人足たちが、素早く馬用のテントを組み立てる。運動会で使うような、骨組みと屋根だけの簡単なテントだ。ただし、材質は角材と麻布だけど。

 その骨組みを囲うように柵代わりの縄を張って、周りに溝を掘ったら簡易馬小屋の完成だ。ずいぶん簡素で逃げ出しやすそうな馬小屋に見えるけど、馬は賢いからこれで十分らしい。

 別の人足たちは川へ馬用の水くみに行ったり、周囲の草むらから餌用の雑草を刈り取ったりしている。なるほど、大人しくしていれば食事や寝床の用意をしてくれるんだから、わざわざ厳しい自然の中に逃げ出す必要はないってわけだ。ちゃっかりしてる。

 馬車一台につき四頭、騎士ひとりにつき一頭の馬がいるから、これを全部収容するには結構な数のテントが必要になる。馬車の荷物のうち、一台はこのテントで埋まってるほどだ。全部完成させるにはそれなりの時間がかかるだろう。ご苦労様です。


 人間の方の宿泊の準備も進んでいる。

 人足たちは停めた馬車の下に毛布を敷いて寝るけど、騎士たちはテントで眠る。そのテントも人足たちが張るのかと思ったら、意外にも騎士たち自身が作業をしていた。どうやら年若い騎士たちの当番制のようだ。これも訓練なんだろう。その間、上位の騎士たちも休んでいるわけではなく、馬のブラッシングと蹄のチェックをしている。さすが実戦部隊、役割分担がしっかりできている。

 交代での夜番もあるので、人足の何人かは焚き火用の簡易な石積みも作っている。夏とはいえ、大陸中北部の山の中だから夜は冷える。焚き火は必須だ。調理にも使えるけど、魔導コンロを持ってきているから出番は多くないだろう。せいぜい焙り焼きに使うくらいか。

 そして食事の準備だ。基本的には持ってきている食料でまかなうんだけど、余裕があれば周辺の山林や魔境で肉や山菜を調達してもいいことになっている。

 もう他国の領土内だから勝手に獲るのは問題になるんじゃないかと思うんだけど、そもそも魔境も魔物も多すぎて管理しきれていないから、どれだけ獲っても文句は出ないそうだ。むしろ間引いてもらえるならありがたいくらいらしい。

 いつもなら数人がその調達に行くんだろうけど、今回は俺とウーちゃん、ピーちゃんにクリステラだけで行く。身体強化が出来ない騎士や人足では、俺たちについてこれないからな。

 他の皆には俺たちの宿泊の準備をしてもらう。と言っても、俺たちは馬車の中や下で寝るから、それほど大がかりな準備は無い。そもそも、俺たちの馬車は簡易宿所として用意したものだし。

 連れて行くのがクリステラなのは、食べられる山菜を天秤魔法で鑑定してもらうためだ。大体は俺にでも判別できるけど、見た目が似た毒のあるものも自然界では少なくない。特にキノコ類とかはやばい。初見でもそれらを見分けられるクリステラの天秤魔法は、野外での食糧調達では大活躍だ。


「ピーッ! パパ、はやくはやく!」


 山へと続く道の先で、ウーちゃんの背中に乗ったピーちゃんが俺たちを急かす。ウーちゃんも首だけこちらを向けて、シッポをブンブン振りながら俺を待っている。このふたり(二匹)は本当に旅を楽しんでいる。ほっこり。


 二時間ほどかけて、大型の鹿の魔物二頭と平面魔法製の透明コンテナに山盛りの山菜を獲って戻ってきたら、既に皆の宿泊の準備は終わっていた。焚き火も煙と炎を上げている。あとは夕食を食べて寝るだけみたいだ。

 山菜をサマンサに渡し、鹿は村の中にある大きな木に吊るす。もう首を斬って血抜きはしてあるけど、まだ切り口からは血が滴っている。キッカが流体操作でそれを念入りに抜くと、いよいよ解体だ。カトラスを手に持ったルカが、慣れた手つきで皮を剥いて内臓を抜き、あっという間に枝肉にしていく。それカトラス、武器として買ったのに、すっかり大きな包丁扱いだね。まぁ、活用してるみたいだからいいんだけど。

 枝肉から骨を取り除いてブロックになった肉は死後硬直で硬くなり始めているので、アーニャとデイジーが叩いてほぐしている。まだそれほど硬くなってないけど、今のうちに肉の繊維を崩しておけば、時間が経ってもそれほど硬くならない。明日になっても美味しくいただけるだろう。


 この世界の魔物の肉は、一部を除いてとても美味しい。それも、獲れたてが一番美味しい。おそらく魔素が関係してるんだと思うけど、検証はできていない。味覚という感覚的なものだから、科学的な考証が難しいんだよなぁ。

 魔物の肉も、獲ってしばらくすると死後硬直で硬くなる。それを叩いて解して食べるのがこの世界流だ。寝かせれば自然と解れるんだろうけど、冷蔵技術の無いこの世界ではその間に傷んでしまう。特に今は夏場だから、とても寝かせてなんかいられない。肉が傷むと臭いんだよなぁ。中世のヨーロッパで胡椒が重宝されたのも納得だ。


 というわけで、肉は一番美味しくて硬くなってない、獲れたてをいただくのがこの世界では正解だ。人足や騎士たちにも配り、早速夕食の準備にとりかかる。

 と言っても、俺はすることが無いから、ウーちゃんのブラッシングやピーちゃんの羽繕いをするんだけど。魔導コンロの上に鉄板を乗せてるから、今夜は鉄板焼きかな。

 騎士たちや人足たちも、新鮮な肉が食べられて嬉しそうだ。普通は、野営だと干し肉と硬パンが普通だもんな。干し肉を戻した薄味のスープが出れば上等だろう。

 普通の野営では、水すら潤沢に使えない場合もあるそうだ。今回は村の井戸から水を貰ってるし、俺たちに至ってはキッカの魔法で出した水を使っている。野営としてはかなり恵まれてると言えるだろう。

 山菜も既にサマンサと子供たちの手で下処理済みだ。石突きを取られて小分けにされたブナシメジっぽいキノコや、綺麗に洗って皮を剥かれ、大ぶりの短冊状に切られた自然薯っぽい芋が、大きなザル数枚に山盛りになっている。アレ、やっぱり痒くなったりするのかな?

 他にも、クレソンっぽい葉物や細いタケノコもある。これは付け合わせになるみたいだ。皮ごと焼いたタケノコって、塩だけでも美味しいよね。

 ワラビっぽいシダ植物の若芽やフキ系の山菜もあったけど、それはアク抜きに時間がかかるから今夜は出てこないらしい。アク抜きが必要とは知らなかった。野菜とは違うんだな。


「お待たせ致しました、わが村の郷土料理『干しキノコの戻し鍋』が出来ましたので、皆様ご賞味くだされ」


 肉の焼ける香ばしい匂いが辺りに漂い始めた頃、村長と老婆たちが湯気の上がる大きな鍋をいくつか持ってきた。

 鍋の中には大小さまざまなキノコが入っているけど、具材はそれほど多くなくて、鍋というよりはスープっぽい。キノコたっぷりスープというところか。スープの色は麦茶にも見える程の濃い小麦色、具材は黒と茶色とベージュだ。色どりは寂しいけど、香りはとてもいい。香ばしいような甘いような、食欲をそそる香りだ。


「秋に採れた様々なキノコを干して、その戻し汁で煮込んだ鍋でございます。味付けは塩だけでございますので、お好みで辛子などを加えてお召し上がりください」


 調味料なしでこの色か。どれだけ濃いキノコエキスが出ているんだか。

 老婆が木の椀にキノコ鍋を掬い、騎士や人足たちに配っていく。俺には村長が手ずから配ってくれた。ふむ、いい香りだ。


「あの、ビート様……」

「うん? どうしたの、クリステラ?」

「その、このキノコ鍋なんですが……」


 クリステラが、何やら遠慮がちに俺に話しかけてきた。うん? ……ふむふむ、ほうほう。……あぁ、なるほどね。


「それじゃ、ごにょごにょ……お願いね」

「はい、承知致しましたわ。皆に伝えてきます!」


 俺の指示を受けたクリステラが、小走りに皆のところへ向かう。


「あ、あの、どうかなされましたか? 何か私共に不手際でも……」

「いえいえ、お気になさらず。少々所用を申し付けただけですので」


 顔色の悪い村長が、更に顔色を悪くして俺の機嫌を窺ってくる。この村長は小心者だな。村の顔役としては些か頼りない。代表者はもっとドッシリ構えていないと。


「皆にも行き渡ったかな? それじゃあ僕たちを暖かく迎えてくれたこの村に感謝して。いただきます!」

『いただきます!』


 俺の号令で、騎士や人足たちが一斉に料理を食べ始める。鉄板焼きにスープときたらエールだろう! と思ってるかもしれないけど、荷物を届けるまでは我慢してくれたまえ。無事仕事が終わったら一杯奢るから。

 では俺もいただくとするか。先ずはキノコの鍋から。ふむ、塩だけのシンプルな味付けなのに、数種類のキノコから出たダシが複雑な味を作り出している。具材のキノコもクニクニ、シャキシャキ、プルプルと、様々な食感で面白い。いい料理ですな。

 続いては本命の鉄板焼きだ。ジュウジュウと脂の焼けるいい音を出しているこれは骨付きカルビか。お、香草の粉末がまぶしてあるな。

 鹿肉は脂が少ないんだけど、お腹周りにだけは多少の脂がついてる。この脂には独特の臭みがあって、慣れてない人には少々キツイ。お肉自体は柔らかくて美味しいんだけどね。それをカバーするための香草なんだろう。

 骨ごと手に持ってかぶり付くと、辛味と塩味が舌を刺し、次に肉汁の甘味が口の中に広がる。美味い! 臭みは全く感じない。さすがルカ、いい仕事してます。

 ウーちゃんには表面を軽く焙った極レアで、香草がついてないものを骨ごとあげる。バリバリゴリゴリと硬そうな音がしてるけど、ブンブン振られている尻尾を見るに、とても喜んでいるんだろう。カルビの骨ってアバラ骨だよな? かなり硬いのに、ウーちゃんは凄いなぁ。

 一方のピーちゃんはというと、


「ピーッ! ママ、つぎはそのおっきいの!」

「(ニコニコ)」


 リリーが甲斐甲斐しく、焼いた肉を口へ運んであげている。鉄板の上の肉を啄んでたら、唇を火傷しちゃうもんな。リリーはニコニコしながら食べさせてあげてるけど、君もちゃんと食べなきゃだめだよ? 育ち盛りなんだから。


 カラン


 突然響いた乾いた音のほうへと目を向けると、人足のひとりが両膝を地面に突いていた。その膝の横に椀が転がっている。


「あ、あれ……? なんか、力がはいら……」


 人足の男はそのまま地面に倒れ込んだ。両手両膝を地面に突いてプルプル震えている。どうやら力が入らなくなってるらしい。それを皮切りに、食事をしていた他の人足たちや騎士団の皆もパタパタと次々に倒れだす。

 俺も手に持った椀とフォークを取り落とし、ペタンと地面へ尻もちを突く。クリステラたちも同様だ。


「こ、これは!?」

「ようやく効いてきましたか。普通なら汁を飲んで百数える頃には動けなくなるんですが、王国の兵隊さんは頑強なんですなぁ」

「そ、村長! いったい何を!?」

「……申し訳ありませんなぁ。私らにも事情がありまして」


 心底申し訳なさそうに村長が頭を掻き……村の家々から武器を持ったムサい男たちがゾロゾロと湧き出て来た。話や介抱のため……じゃないよな、やっぱり。

 どうやらここは山賊の村だったみたいだ。

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