第168話

 馬車はのんびりと山道を登っている。険しくはないけど、細くて曲がりくねった道だ。馬車がすれ違うのも難しいような細道だけど、今のところ対向車には出会っていない。

 二十台もの馬車ともなると何をするにも時間が掛かってしまうから、早め早めに行動しないといけない。日が暮れるまではまだ時間があるとは言え、山間部じゃ暗くなり始めるとあっという間に真っ暗になる。今日の移動は次の村までだな。地図によると、あと十キロくらい先に、宿場というには小さい規模の村があるはずだ。


「次の村に今日は泊まるよ! 先ぶれのために第一班は先行して!」

「「「はっ!」」」


 護衛の騎馬から四騎が馬車を追い越して走っていく。

 小さな村に二十台もの馬車と護衛の騎士、それに使節である俺たち一行が泊まる施設があるとは思えない。おそらくテントを張っての野営になるだろうから、場所を確保しておかないと。

 全く、そんなことまで指示を出さないといけないなんて、面倒なことだ。


 ここはオーツから東に百数十キロ、王国とエンデを結ぶ街道のひとつ『北山道ほくさんどう』の途中だ。

 半島を南北に縦断する『黒山脈』の北の終端と、ノランと王国の国境である大岩壁『ドラの衝立』。その間には比較的勾配の緩やかな山地が広がっており、その山裾を縫うように、あるいは峠を乗り越えて、この北山道は王国、エンデの二国間を結んでいる。

 国境の関所は三時間ほど前に通過した。既にエンデ国内だ。


「空飛んだらすぐやのに。めんどい話やな」

「運ぶのだけが仕事じゃないからね。美味しそうな獲物に見せないと」

「でも、こんなに厳重な警備ですのに、本当に襲ってきますの?」

「襲ってきてくれないと困るんだよね。王様からは『キッチリケジメつけてこい』って言われてるから」


 俺の魔法による空輸であれば一日で届けられるものを、わざわざ陸路で運んでいるのには理由がある。盗賊の誘い出しだ。


 前回もこの北山道を利用して支援物資を運んだところ、国境を越えて少し進んだあたりで盗賊の襲撃に遭い、積み荷を奪われてしまったそうだ。

 その時は馬車十五台、護衛騎士十人と人足兼御者が二十人、使節の男爵とそのお伴三人の、合計三十三人がいたそうだけど、騎士は半数が死亡、残りも大小のケガを負って継戦不能になってしまったらしい。

 騎士なのに不甲斐ないと思わないでもないけど、盗賊が五十人以上いたということなら仕方がない。数は力だ。

 ちなみに、使節の男爵とそのお伴は騎士のおかげで生き延びたそうだ。


 今回も騎士を十人連れてきている。国内の魔物や外国戦力との戦闘を行う実戦部隊、第一騎士団の面々だ。

 先のクーデター未遂事件の後に組織改編で上層部の大幅入れ替えがあったらしいけど、中隊長以下の実働部隊に大きな異動は無かったようで、練度が大きく落ちたということもないようだ。皆キビキビ動いてる。

 王国としては、荷を奪われたことよりも正騎士が負けたことの方が問題らしい。

 確かに『王国の騎士は盗賊にも負ける弱兵』なんて噂が広がると、国際的にも舐められる。きっちり報復しておかないと沽券にかかわるというわけだ。

 そこで今回は囮作戦を行うことになった。馬車の台数を増やしたけど、人員は若干しか増やしていない。それも、増えたのは人足と使節である俺のお供だけだ。盗賊からすれば格好の獲物に見えるだろう。前回の襲撃に味を占めた連中が、再び襲ってくる可能性は高い。


「こうやってアタイらが並走してるのも囮なんだよな?」

「うん、皆美人だからね。盗賊なら見逃さないと思うよ」

「あらあら、照れますね。でも、ビート様以外に襲われても嬉しくありませんけど」

「弱い男はお呼びじゃないみゃ」

「ピーッ! ピーちゃんはお外で遊べて楽しい!」


 うーん、皆の実力からすると、村長や王様クラスじゃないと勝てないと思うな。ちょっと基準が高すぎるかもしれない。

 ピーちゃんは、最初は馬車に乗ってたんだけどすぐに飽きてグズリ出してしまったため、今は馬車の上空を飛びまわったり馬車の上に停まって休んだりしている。

 見るもの全てに興味を示してすぐに脇へ逸れていってしまうから、危なっかしくて仕方がない。その度に俺たちはハラハラするんだけど、当の本人はニコニコだ。この旅を一番楽しんでいるのはピーちゃんで間違いないだろう。

 ウーちゃんはいつも通り、俺と一緒に馬車と並走している。全力じゃなくても、走れるだけで楽しそうだ。

 時々、隊列の一番後ろまで走って行って、そこから最前列まで全力疾走なんてこともしている。騎士団の皆は最初こそ驚いていたけど、数回も繰り返すと微笑ましそうな顔で見守るようになった。嬉しそうに走るワンコは可愛いよねぇ。ちょっとサイズが大きいけど。


「僕たちは、馬車に乗ってて、いいんでしょうか?」

「(コクコク)」

「アタシたちはまだ幼過ぎるですよ。残念ながら、囮にはなれないですよ」

「無念」

「……問題ない。アタシたちの戦場はここじゃない」


 今回は子供たちも連れてきている。王様に頼まれた仕事が終わり次第、この子たちの故郷を確認しにいく予定だからだ。もしかしたら親や兄弟、親類が生き残ってるかもしれないからな。

 もし生き残っていて、その人たちが望むなら、俺の館で働いてもらうように説得するつもりだ。家族が理由もなく離れて暮らすのはよろしくないだろうし。

 断られたら……親元に返すか? 子供たちに決めさせる? まぁ、その時のことはその時に決めよう。

 それに、現在進行中の魔法習得の経過をみる必要もある。留守番させてると、急激な変化があった場合の対処や原因究明が難しい。まだまだこの魔法習得法は研究段階だからな。

 デイジーには移動中の子供たちの面倒を見てもらっている。年齢も近いし、打ち解けて仲良くなってくれると嬉しい。

 あと、確かにここは戦場じゃないけど、そもそも子供を戦場には連れて行きません。狩りには連れて行くけど。


「それで、はまだ喰い付いてきませんの?」

「うん、ずっと追いかけてきてはいるんだけどね。ウーちゃんとピーちゃんを警戒してるのかも?」


 国境の関所を越えてから、ずっと着かず離れず追いかけてくる気配がひとつある。姿は目視できない。街道ではなく、山の林の中を走ってきているからだ。おそらく盗賊の斥候だろう。

 『それほど急いではいないとはいえ、足場の悪い山の中を走って馬車についてこられるなんて、大した身体能力だ』と思ってカメラを送ってみたら、どうやら犬系の獣人のようだった。耳が立ってて尻尾がフサフサだ。さすがは獣人の国エンデ。

 ちなみに若い男。モフると嫌がられそうだ。それもまた良し!

 最初はふたつ気配があったんだけど、ひとつは早々にどこかへ行ってしまった。おそらく仲間への報告に行ったんだろう。

 今頃、どんな手で襲うのか、もしくは見逃すのかを考えている頃かもしれない。さて、どう出るかな?



「よ、ようこそおいでくださいました! 何もない村ですが、ごゆっくりおくつろぎください!」


 何事もなく村に着いちゃったよ! 仕事しろよ盗賊!

 やっぱりウーちゃんとピーちゃんを警戒したのかな? こんなに可愛いいきものを怖がるなんて、なんて肝の小さい奴らだ。


 出迎えてくれたのは獣人ではなく、普通のヒト種の初老の男性だった。この村の村長だそうだ。少々痩せてて、顔色もあまり良くない。あまり栄養が摂れてないないのか、貴族の対応に慣れてないのか。

 その他にも何人か、おそらくは村の顔役であろう老若男女数人……いや、老男女ばっかりだな。若い男女の姿は見えない。この世界でも過疎化が進んでいるのかもしれない。

 村はそれほど大きくはない。街道から少し外れた場所にある僅かな平地には畑が広がり、木造平屋建ての家が転々と立ち並んでいる。ちょっと壁が剥がれてるところを見るに、やはり若い男が少なくて修理に手が回ってないと思われる。

 畑の先に見える川は幅が広く、中央部は深さもそれなりにありそうだ。川の向こうは山になっており、川岸には木の柵が張られている。魔物対策なんだろうけど、近辺に強力な魔物の気配はない。どちらかというと、子供が溺れない様にという配慮かも。その子供も少ないんだろうなぁ。


「ウエストミッドランド王国のビート=フェイス準男爵です。今夜一晩庭先をお貸しいただけるとのこと、感謝致します」

「これは……いえ、ようこそ我らが村へ。見ての通り小さな村で御座います故、碌なおもてなしも出来ませんが、せめてもの気持ちとして女衆おんなしゅうに夕食の準備をさせております。田舎料理ですのでお口に合わぬかもしれませんが、この土地の味をご賞味くださいませ」


 集団の中でも一、二を争う若輩の俺が代表ということに面食らった様子の初老村長だったけど、すぐに取り繕って挨拶を返してくる。

 ふむ、郷土料理ね。何が出てくるのか楽しみだ。

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