第170話

 無精ひげに革鎧や革のベスト、槍や片刃の剣を持った男たちは、どう見ても農夫とは思えない。ギリギリで冒険者か傭兵だろうか。

 まぁ、盗賊だろうけど。関所から隠れてついてきてた獣人男性もいるし。そうか、やっぱり盗賊だったか。モフるのは諦めよう。


「ガハハハッ、よくやった村長! これだけの稼ぎがあればしばらくは遊んで暮らせるぜ!」

「こ、これで約束は果たした! 孫たちを返してくれ!」

「ああ、いいぜ。まぁ、俺たちの子種付きだけどな? 誰の子かは分からねぇけど、しっかり育ててくれよ?」

「ぐぅ……」

「「「ギャハハハッ!」」」


 ひと際体格の大きいというか、やや中年太りの男が大ぶりのシミターを肩に担いで前に出てくる。こいつが盗賊のボスだな?

 なるほど、子供たちを人質にして爺さん婆さんに言うことをきかせてたわけだ。そして、若い娘は慰み者にされてると。下種だな。若い男は殺されたんだろう。過疎化じゃなかったみたいだ。


「くっ、ひ、卑怯な!」

「おっ? まだ喋れるとは、食った量が少なかったか? まぁ、死ぬような毒じゃねぇらしいからな。そうだろ、村長?」

「……ああ、『シシトリタケ』は食っても死なん。一晩身体が痺れて動かなくなるだけだ」

「だってよ? 全く、前回テメェらに仲間の半分以上がやられちまったから、今回はこんなまどろっこしい手を使わなきゃならなくなっちまった。えれぇ手間だぜ」


 ほう、前回襲われたときの騎士たちも、全く無抵抗ではなかったんだな。半分以上ってことは、三十人近くを倒したってことか。不意打ち喰らった状況で、五人の犠牲で三十人を倒したなら大した戦果だ。さすが実戦経験豊富な第一騎士団だね。

 

「ぼ、僕たちをどうするつもりだっ」

「ふんっ、そんなもん、皆殺しに決まってんだろうが。おっと、そっちのネエチャンたちには俺らの肉奴隷になってもらうか。田舎娘には飽き飽きしてたところだしよ」


 親玉が、ルカやクリステラに舐めるような視線を投げかける。ルカが体をひねって胸を隠そうとするけど、それは親玉の嗜虐心を刺激しただけだったみたいだ。


「やっぱお貴族様の従者は違うな、垢ぬけててベッピンさんばかりじゃねぇか。部下たちに腰を壊さねぇように言い聞かせとかないとな!」

「親分、そりゃ自分のことでしょうよ!」

「ギャハハハッ!」


 下種の言葉に下種の子分が下品な笑いで返す。

 ふむ、どこかの傭兵って感じじゃないな。只の盗賊っぽい。こんな街道近くの村が只の盗賊に占領されるようじゃ、この国の荒廃は思ったより深刻かもしれない。

 ともあれ、背後が無いならこれ以上の演技・・は必要ないか。


「あっそ。それじゃ、もういいや。皆、そろそろお仕事を始めるよ」

「承知致しましたわ」


 何事も無かったように立ち上がって、お尻の土埃をパンパンと叩く。クリステラたちも同様だ。ウーちゃんも『ナニ? 遊び?』という感じで立ち上がって尻尾を振っている。


「なっ!? てめぇ、毒キノコはどうした!? オイコラ、ジジィッ! テメェ、オレらをだましたな!!」

「そ、そんなはずはっ! 確かに食べる所をこの目で見たのに!?」

「うん、食べたよ。毒キノコって意外と美味しいんだね」


 動転する盗賊の親玉と老村長の前で、俺は口から未消化のキノコ鍋を数度に分けて吐きだす。

 仕掛けは簡単で、自分の食道から胃にかけてを平面で覆っておいただけだ。消化吸収されないから、毒が回ることはない。ちょっとだけ口が痺れてる気がするけど、花椒フォアジャオ(中国山椒)を食べた時程度だから問題ない。

 他の皆は、最初からキノコ鍋を食べていない。倒れたのも演技。食べるフリをしていただけだ。

 クリステラが毒に気付いて、他の皆に注意を促していたおかげだ。死なないとはいえ、子供に毒を食べさせると成長に影響しそうだったし。

 騎士や人足たちは、本当に痺れて倒れている。死ぬ毒じゃないことは分かってたから、敢えて罠に嵌り盗賊たちを騙すための囮になってもらった。

 一晩で治るらしいし、その間はうちの美少女たちに世話してもらえるんだから、役得と思って許して欲しい。


「ちっ、まぁいい。またちょっと手間が増えただけだ。おいテメェら、やっちまえっ! 女は殺すなよ!」

「「「オウッ!」」」


 ご隠居様の世直し旅では、最後はチャンバラからのショーグンエムブレム披露で決着するのがオヤクソクだ。しかし俺はまだご隠居じゃなくて現役バリバリだから、エムブレムを披露することなく終わらせる。そもそもエムブレムなんて持ってないし。


「たまには僕ひとりでやるよ。皆は騎士さんたちの介抱をしてて」

「承知致しましたわ。こちらはお気になさらず」

「やりすぎんようにな?」

「また後片付けが大変だみゃぁ」

「……お掃除なら得意」


 皆の心配の方向が違う。信頼されているのは間違いないんだろうけど、俺への気遣いが無いのはどうしてなんだろう?


「くっ、む、無茶だ! 子供ひとりであれだけの盗賊を相手にするなどっ! ききっ、騎士としてっ、この私がぁっ!」

「あらあら、無理をしてはいけませんよ。ここはビート様に任せておけば大丈夫ですから」

「そうだぜ。魔物の群れだろうと大国の軍隊だろうと、坊ちゃんの敵にはならねぇから安心しな」


 気丈にも、剣を支えに何人かの騎士が立ち上がり、震える足で俺の救援に向かおうと頑張ってくれている。

 なんていい人たちなんだ、これぞ騎士の鑑だ! 王国は良い騎士を育ててるな!

 うむ、君たちは国の宝だ、無駄に傷つく必要はない! ここはオッチャンに任しときっ!


 まずは皆の安全の確保だ。丁度いい具合に、盗賊共と俺、クリステラたちと騎士たち、村人たちの三グループに分かれている。これを平面魔法の壁で囲えば後顧の憂いはない。討伐の準備は完了だ。思う存分戦える。


「さて、ゴミ掃除の時間だ。死にたい奴から前に出ろ」


 右手で左手の拳を握り、ポキポキと骨を鳴らし……鳴らなかった。クニクニと曲がるだけだ。子供は関節が柔らかいからか? 締まらないなぁ。


「はんっ、ガキがイキがりやがって! しつけが必要なようだなぁっ!」


 盗賊たちの親玉が大ぶりのシミターを袈裟懸けに振り下ろしてくる。素人にしては速いかな? でも、普段アーニャやクリステラと訓練してる俺にしてみれば、子供の振り回す木の枝と変わらない。

 左足を一歩踏み出し、上体を逸らしてシミターを躱す。自然と半身になった身体を捻じり、空振りで前のめりになった盗賊の親玉の顔面へ、渾身の右ストレートを叩き込む!


「アタァッ!」

「げぶっ!?」


 盗賊の親玉の鼻が陥没し、上体が弾ける。しかし、まだここで終わりではない。


「ホォーッ、アタタタタタッ!」

「ぐっ、ぎっ、がぁっ!」


 左右の拳を、顔と言わず胸と言わず、手当たり次第に連続で叩き込む!


「アタタタタタッ!」

「うぐっ、やめっ!」


 防御のために上げた手も、構わず殴って吹き飛ばす! 君が泣いても殴るのを止めない!

 普通は殴られると後ろに下がっていくものだけど、背中を平面で押さえているから下がろうとしても下がれない。打撃の威力全てが中年太りの体に叩きこまれる。

 そうこうしているうちに、次第に盗賊の親玉の体が宙に浮き始める。俺のほうが背が低いため、打撃が上方向に打ち上げる形になっているからだ。


「アタタタ……ォアタァッ!!」

「ぐはぁっ!」

「うわっ!? お、親分!?」


 最後の一撃を胸の中央に抉り込むと同時に、背中を押さえていた平面を解除する。

 ようやく貼り付けから解放された盗賊の親玉は、その配下の集団の中へと吹き飛ぶ。五メートルくらい飛んだかな? 受け止めた数人の盗賊が、そのまま下敷きになる。


「ぐぅ……よくも……許さんぞ、このクソガキめ!


 お、まだ意識があるのか。しかも、手下に支えられながらも自力で立ち上がろうとしている。意外とタフだな。

 でも、残念ながらもう終わりだ。俺は倒れた親玉を左手でビシッと指差す。


「人体に百と八つある経絡秘孔のひとつ『難多羅』を突いた。お前はもう、死んでいる」

「あん? てめぇ、何をバギャブッ!?」

「うわっ!? お、親分!?」


 親玉が一歩足を踏み出した瞬間、その眼球が弾けるように飛び出し、耳と鼻からは大量の血と脳漿が吹き出し、口からは舌が千切れ飛んだ。中年太りの体は瞬間的に二回りほど膨れ上がり、ズボンの尻も不自然に膨らんだ。腸が肛門から噴き出したのだろう。親玉はそのままうつぶせに倒れ、二度と起き上がることは無かった。


「う、うわあぁあぁっ!?」

「お、親分が、親分がっ!?」


 噴き出した血や脳漿を浴びた盗賊共がパニックになる。普通ならあり得ない死に方を見せつけられたのだから、さもありなん。

 体内からの爆死。そう表現するしかない死に様。これぞ一子相伝の暗殺拳の秘奥義……ではない。俺の平面魔法の力だ。秘孔の数も名前も適当。


 上空で生成した直径一メートルほどの球状平面に空気を密閉し、五ミリ程度まで圧縮する。極小のガスボンベだ。

 これを数個、殴る際に鼻と口から体内へと送り込んでおいたのだ。あとはタイミングを見計らって平面を解除すれば、圧縮された空気が解放されてボンッ! という寸法だ。


 ちょっと前から考えていた手法なんだけど、使いどころがなくて今まで封印してたのだ。殺し方が酷たらしいし、倒すだけなら平面で斬ればいいだけの話だからな。『平面で切れないくらい硬い相手を内部から破壊するなら有効?』くらいに考えていた。

 今回はひとりを見せしめにして、他の連中の心を折るのが最適と判断した。それなら殺し方は残酷なほどいい。全員を殺すと、その後処理に手間が掛かって面倒臭いし。


「さて……テメェらの血は何色だ?」

「「「ひ、ひいぃいぃっ!?」」」


 あれ、このセリフはこの場面には似つかわしくなかったか? これじゃあ単なるサイコパスだ。

 けど、盗賊たちには効果があったらしい。武器を放り出し、両膝を突いて両手を上げる。

 うむ、狙い通りの効果だ。これにて一件落着。


 後ろを向くと、騎士たちが青ざめた顔で俺を見ている。毒のせい……じゃないよなぁ。こっちはちょっと効果がありすぎたみたいだ。

 やっぱりショーグンエムブレムも用意しておくべきだったか?

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