第171話

 平面魔法製の巨大飛行機、Me321ギガント。久しぶりの出番だ。ここから先への移動はこいつを使おうと思う。

 別に飛行機じゃなくて只のコンテナでも良かったんだけど、たまには使ってあげないともったいないかと思って。ライブラリに死蔵してるだけのデータに意味は無いし。

 今回のギガントは、以前作ったものと比べて倍以上大きいサイズで作ってある。もはやギガントではなく『アトラス』とでも名乗った方がいいかもしれない。

 もっとも、外装のスケーリングを大きくしただけなので、見た目はほとんど変わってない。内装は結構いじったけど。


 そのギガントに支援物資と縛り上げた盗賊共、そしてこの村の村長他数名の老人たちを積み込む。


「悪いけど、お爺ちゃんたちも縛らせてもらうよ」

「仕方ありませんですな。脅されたとは言え、他国の使節に毒を盛ったわけですから。この場で斬り殺されても文句は言えんですよ」


 初老村長と老人たちは、俺たちに毒を盛った事件における村側の共犯者としてこの国の王都まで連行される。盗賊共と一緒に、しかるべき裁きを受けてもらうのだ。脅されて仕方がなかったとはいえ外国の使節に危害を加えたわけだから、取り調べも無しに無罪放免とはいかない。それが法治国家というものだ。初老村長たちもそれを分かっているから、大人しく縄で両手を縛られている。

 この事件、実際には人質以外の村人全員が犯行に関与してるんだけど、その全員を連れて行くと、村に女と子供しか残らない。それでは村の維持に支障が出てしまう。なので、主だった数人だけを選抜してもらった。

 大きな罪には問われないと思うけど、この国の法律はよく知らないから断言はできない。

 俺たちが盗賊に襲われたり襲ったりはよくある事だけど、今回は使節って立場だから外交問題になる可能性は高い。もしかしたら極刑もあり得るかも?

 だからだろうけど、よくもここまでと思うくらいの年寄りばかり選抜してくれている。村のための最後のひと仕事ってか? 移動中にポックリ逝かないでね?


 主犯の盗賊共は、この国の王都まで連れて行って奴隷化したのち、尋問から裁きを経て、極刑あるいは奴隷商へ売却されることになる。売却された場合は、手数料と税金を引いた残りが俺に支払われる。このあたりは王国として変わらない。法と商売の神による取り決めだそうだ。

 王国だと冒険者ギルドがそういった一部行政や司法の代行をするけど、この国エンデでは領主や政府が直接行う。冒険者ギルドがないから。俺としては、盗賊共がお金に変わるならどちらでも構わない。

 俺たちのこれまでの稼ぎには、少なくない割合で盗賊の売却益が含まれている。群れているのが面倒なだけで、特に強くもなければ賢くもないのにお宝を貯め込んでることもある盗賊は、俺たちにとってはとても美味しい獲物だ。今回は残念ながらお宝は無かったけど、売却益が出るなら損にはならない。

 人身売買で稼いでると言うと人聞きが悪いけど、神様が決めたルールなら仕方がない。いい神様だ。


「そうだ。バジル、リリー、キララ、サラサ。この中に知り合いは居たりする?」


 バジルたちの村はもっと東の方にあったって聞いてるけど、もしかしたら生き残りがここまで流れてきてるかもしれない。捕まえた盗賊の中にいるのなら、少しは斟酌してあげないと。まぁ、売却先が最前線の塹壕掘りから辺境の開拓地に変わるくらいの口添えはできるだろう。多分。


「いえ、知り合いは、いません」

「(フルフル)」

「いないですよ。いたとしても、盗賊に身を落とすような人とは縁を切るですよ」

「同感」


 皆、首を横に振る。そうか、知り合いがいないなら問題は無い。まぁ、もしいたとしてもキララの言う通り、余程親密な間柄じゃなければ申し出たりはしないだろう。うちの子供たちは、その辺の機微が分かるさとい子ばかりだ。


 最後に俺たちと騎士二名・・が乗り込む。


「じゃ、向こうに着いたら守備兵を寄越してもらうようにお願いするから、それまでよろしくね」

「ははっ! お任せくださいっ!」


 隊長格の中年騎士が最敬礼で返事をする。なんか硬いな。昨日のアレ・・が効きすぎたか? 味方に見せつける意図はなかったんだけどな。


 この中年騎士を含めた騎士八名と人足たちには、しばらくこの村に残ってもらう。馬も同様だ。

 この村は一連の盗賊事件で人口が大きく減ってしまったから、このままでは維持も難しい。魔物や盗賊に襲われたらひとたまりもないだろう。

 だから、本来ならそんなことはしなくてもいいんだけど、しばらくの間、騎士たちにはこの村の守備の任に就いてもらうことにした。エンデに恩を売るいい機会だ。もっとも、今回の盗賊の件で十分恩は売れてると思うけど。

 そもそも、本来俺たちに護衛は要らない。荷物を運ぶだけなら、速くて安全な空の便という手段がある。空路なら護衛も要らないし。今回は盗賊を退治するための囮になる必要があったから、形だけの護衛として騎士に同行してもらっていただけだ。

 その盗賊を捕まえた今、囮としての任務も完了している。つまり、騎士たちの仕事は完了している。

 形式上のお飾り護衛ってのもアリだけど、そこに人員を割くくらいなら人手が足りてない王国内の仕事をしてもらった方がいい。人材リソースは活用しないと。


 というわけで、本当に最低限の形式として二人だけ選抜してもらい、他の騎士たちと人足はエンデの兵士と入れ替わりで本国に帰ってもらうことにした。エンデも国内が荒れて大変らしいけど、今回の盗賊の件をちらつかせれば守備兵の派遣を断ったりしないだろう。


「っ! そうだ、重要な事を忘れてた!」

「大丈夫ですわ! 目隠しと抱き着く準備なら抜かりありませんことよ!」

「違うよ! そうじゃなくて!」


 クリステラが右手で懐から目隠しを取り出し、左手を肩の高さでワキワキさせる。その手つきはやめなさい、それは抱き着くための動きじゃない。何処を揉むつもりだ。


「村長、この村に飛竜は出る!?」

「飛竜ですか? いや、私が若い頃に一度出たきりで、ここ三十年以上見かけておりませんですな」

「あ、そう。じゃあいいや。出発しようか」


 なんだいないのか、ならもうこの村に用はない。さっさと物資を届けて飛竜探しに行こう。

 いや、飛竜以外にも、この国にはもっと美味しいものがあるかもしれない。それを知るためにも、こんなつまらない仕事は早く終わらせよう。



 途中、盗賊共が浮遊感に騒いだり騎士のひとりが妙に興奮して窓に貼り付いたり、クリステラが俺の身体のあちこちを揉んだり逆に揉まされたり、それを見たルカとデイジー、キッカが乱入して揉みくちゃにされたりといった小さなアクシデントはあったものの、概ね問題なくギガントはエンデ連邦王国の王都ミニョーラへと到着した。クリステラは途中でアーニャに押し付けた。


 ミニョーラは、一国の王都にしては規模の小さな街だと思う。面積がドルトン二つ分くらいしかない。けど、その理由は一目瞭然、平地が少ないのだ。

 ミニョーラがあるのは大きな河の三角州の上だ。東西を河に挟まれた南北に長い三角州の上に、すし詰めのように家が立ち並んでいる。人口密度が半端じゃなさそうだ。遠目でも分かるくらい、ものすごく雑然としている。

 三角州に橋は一本も掛かっておらず、河を渡る手段としては渡し船を使うようだ。大小の船が何艘も川面に浮かんでいる。

 防衛のためかな? 橋が無ければ攻め辛いだろうし。それとも、単純に長い橋を架けるのが難しいからだろうか? 現代でも、長い橋を架けるには高度な技術が必要だしな。

 港は街のあちこちにあるようで、大きな船が停まれる港も南の海側にあるようだ。今も大きな船が何隻か停泊している。ギガントもそちらに停めるとしよう。

 三角州以外の場所には平地がほとんど存在していない。河を挟んだ東西の対岸にある僅かな平地にも家がギュウギュウに立ち並び、そこから周囲の山々に向かって細い道が延びている。

 三角州から東西に延びる海岸線は、複雑に入り組みながら全体としては緩やかに弧を描き、南方向でその間隔を狭くしている。つまり湾になっていて、その北奥にミニョーラの街があるわけだ。

 湾の出口の向こうにも陸地が見えることから、この辺りはかなり入り組んだ地形になっていると思われる。大きな街を作るには向いてなさそうだけど、漁場としてはかなり優良そうだ。アワビや伊勢エビ、鯛や黒鯛、グレなんかも居るんじゃないかな? アーニャのような魚好きが育つ理由が分かった気がする。


 ギガントをゆっくり垂直に降ろし、桟橋から少し離れた海面ギリギリに停留させる。

 無音で垂直離着陸できる巨大輸送機か。前世でなら、大国が大枚はたいて買い付けそうだな。

 港には大勢の人が集まっている。皆こっちを見てるから、やじ馬で集まって来たんだろう。

 おおっ! ケモ耳があんなに沢山! イヌもいればネコもいる! 七割くらいはケモ耳じゃないか! ここは楽園か!? 天国か!? 動物王国か!? 麻雀打ってる場合じゃないよ、ムツゴ〇ウさん!

 おっと、いつまでも興奮しているわけにはいかない。お仕事お仕事。

 機体上部のハッチを開き、ギガントの上へと出る。本物のギガントにはこんなところにハッチは無いと思う。このギガントにも無かったけど、さっき作った。謎システムの丸いエレベーター床でも良かったかな?


≪わたくしはウエストミッドランド王国準男爵のビート=フェイスと申します。国王陛下の命により、支援物資と親書を持参致しました。然るべき立場の方による対応を所望します≫


 平面魔法のマイクとスピーカーを使って用件を伝える。やじ馬たちが俄かに騒がしくなったのは、声がすぐ近くで聞こえたからだろう。平民が魔法に接する機会は少ないから、初めての体験に驚いたってところかな。

 俺の声を聴いて兵士らしき革鎧の男たちが数人、人ごみを掻き分けて街の方へと走って行ったから、少し待てば役人が来るだろう。


 さて、それまでケモ耳の数を数えて待つとしますか。イチ、ニ、サン……むふふ。

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