第214話

 楽しい時間というものは、あっという間に過ぎ去ってしまうものだ。

 ウーちゃんやタロジロ、ピーちゃんや拠点の子ネコたち、ときどきクリステラやアーニャたちをモフモフしていたら、いつの間にか三が日が過ぎ去っていた。クリステラたちのどこをモフモフしたのかについてはご想像にお任せする。やはりモフモフは素晴らしい。


 しかし、楽しい事ばかりをしていられないのが社会人だ。お仕事の予定は守らなければならない。

 明日から王都で開催される賀詞交歓会やその他諸々のイベントへの参加も、貴族として避けては通れない仕事だ。モフモフに未練があっても、行かないわけにはいかない。どんなにモフモフに未練があっても。

 必要な荷物を纏めたら一路王都へ……と向かう前に、ダンテスの町で子爵そんちょうをピックアップだ。


「お母さん、ただいま! 明けましておめでとう!」

「……おめでとう。随分久しぶりなのに全く屈託が無いわね、このは。我が子の事ながら、あまりの情緒の無さにそこはかとない不安を覚えるわ」

「そう? それほどでもないけどね!」

「いや、褒めてないわよ?」


 まるで春日部の某草原一家のような会話だ。確かに、子供が幼稚園児ではないけどトラブルメーカーなのは一緒だしな。くれぐれも人前でお尻は出さないように。


「度々すまんな。今回も世話になる」

「ううん、何も問題ないよ。ちょっと寄り道する程度だし」


 母娘の漫才を無視して普段着の子爵が話しかけてきた。相変わらずのゴリマッチョだ。

 今回の王都行きには、普段は町から出ることのない子爵夫人ジンジャーさんも珍しく同行する。明後日に開催される戦功褒賞授与式は公式行事であるため、参加者にはパートナーの同行が求められるからだ。公式行事でパートナーのいない者は半人前と見做されるという、前の世界でもあったアレだ。


 今回の式の主役が、ジャーキン方面戦線の司令官を務めた子爵であることは間違いない。誰が見ても疑いようのない勲一等だ。なので、子爵のパートナーであるジンジャーさんも、今回は参加せざるを得ないのだ。

 俺も一応、渡河&城塞攻略作戦(※書籍版参照)での後方支援という功績で表彰されることになっている。もう随分昔の事で既に終わった話だと思ってたんだけど、ちゃんと公式に表彰してくれるらしい。まぁでも、やっぱり子爵のおまけだけどな。

 俺のパートナーは、当然、婚約者であるジャスミン姉ちゃんだ。身長差が三十センチくらいあるから、どう見てもカップルじゃなくて姉弟だと思うんだけどパートナーなのだ。俺はまだ成人してないから半人前で当然なんだけど、要らぬトラブルを避けるためにもパートナーは居た方がいいらしい。


 最近の俺はちょっと目立ち過ぎている。戦争では裏方に徹したつもりだけど、その後のエンデへのPKOや今の街道整備なんかは俺が主体だから、隠れようがなかった。別に隠れてはいなかったんだけど、『国王の隠し玉』として最近の王国経済界では一番のネタらしい。トネリコさん談。経済界でそうなんだから、社交界については言わずもがなだ。

 そもそも、貴族は魔法使いを非常に重要視する。それは、魔法が貴族の貴族たる所以ゆえんだからだ。鉱石の出ない鉱山が無価値であるように、魔法の使えない貴族もまた無価値なのだ。だから家督の相続権は魔法使い優先だし、平民から出た魔法使いは囲い込んで一族に組み込んでしまう。

 俺が非常に強力な魔法使いであることは社交界にも知れ渡っているそうだから、当然、自分の身内に引き込もうという連中は出てくるだろう。

 まだ成人していない子供なら、多少強引な手を使っても押し切ってしまえると考える奴等もいるはずだ。

 そんな奴らの常套手段と言えば、色仕掛けと恐喝だ。

 このうち、恐喝に関しては問題にならない。俺はこう見えて中身はオッサンだし、魔法使いにケンカを売るバカはそれほど多くない。バカが相手なら、何かあっても排除できる。

 そもそも国王の隠し玉にケンカを売ることのリスクの大きさは、余程のバカじゃない限り気が付くはずだ。気付かないほどのバカなら処分・・しても問題ないだろう。


 問題は色仕掛けだ。本来、子供相手に通用するはずのない手だけど、それを無理やり押し通すのが貴族という下種共だ。

 『子供の頃の約束』なんてものをでっち上げるとか、上手くたぶらかして口約束でとか、事実無根のお手付きだとか、『子供だったらいくらでもやり込められるだろう』なんて、いかにも下種が考えそうだ。

 それを避けるためのジャスミン姉ちゃんだ。幼馴染だからでっち上げの口約束は見破れるし、パートナーがいる相手を口説くのはそういう下心があるという証拠になって口約束の効力もなくなる。常に一緒に居れば、でっち上げのお手付きも通用しない。完璧な虫よけだ。

 まぁ、普通は女性の虫よけにお供が付くんだけどな。


 通常、貴族の移動には大勢の護衛や使用人が随行する。安全や快適さの確保、他の貴族や民衆に対する見栄などの理由からだ。

 しかし、今回の王都行きのメンバーは、俺の仲間と子爵夫妻のみだ。なぜなら、旅路の安全は俺の魔法で十分確保されており、見栄を張ろうにもそれを見せる村や町へ寄る機会が無い。空路で王都まで一直線ノンストップだもんな。

 それに、王都での子爵たちの身の回りの世話は俺の仲間がしてくれるから、快適さも確保されている。この少人数でも全く問題が無い。

 もし仮に、普通の貴族の様に陸路を進むことになったとしても、メンバーのほとんどが野営に慣れた高ランクの冒険者だ。道中に不便はない。

 むしろ、人数が増えると護衛対象が増えて危険かもしれない。俺たちにこの世界の常識は通用しない。


 まだ続いているコントのような母娘の会話は放っておいて、俺は実家へと向かう。お供はウーちゃんとタロジロ、そしてピーちゃんだ。他のメンバーは荷物を船に・・積み込んでいる。俺がノランの海賊から分捕ぶんどってきた例の船だ。

 この船、海賊船そのままでは貴族の所有物に相応しくないという理由から、鹵獲した当初から若干の改装がなされている。メインマストのてっぺんの海賊旗ジョリーロジャーを俺の家紋に替えただけだったからな。

 戦闘で傷んでいた個所は補修し、ツギハギの目立つ帆も新品と交換した。船内の設備も貴族の所有する船に相応しい高級品と入れ替えた。この改装を例えるなら、大型漁船が高級クルーザーになったというところだろうか。無駄な装飾は無いけど、随分と快適になったと思う。

 農地のため池に泊めたその船に、子爵領の人たちがクリステラの差配で荷物を積み込んでいる。数日の旅程にしてはかなりの大荷物だけど、よく見ればそのほとんどが樽であることに気付くだろう。

 この樽の中身は酒だ。

 子爵領では、俺が広めた身体強化のおかげで、農業の生産性がかなり上がっている。それはこの秋口の収穫にも表れており、例年よりかなり豊作だったらしい。ぶっちゃけ、この町の人口なら三年くらいは食いつなげるほどの森芋が採れたそうだ。

 当初は、その余剰分を王都やボーダーセッツで売ろうという話だったんだけど、俺がそれに待ったをかけた。どうせなら、もっと価値を高めて売った方がいいんじゃないかと思って。それが酒だ。


 今、ドルトン~ダンテス間では街道が整備されている。戦後の不況対策としての公共事業的側面が強い政策だけど、それだけでは一時凌ぎにしかならない。作った道を誰も使わないなら意味がない。維持費に赤字を垂れ流すだけという、よくあるハコモノと同じ末路だ。

 そこで考えたのが特産品だ。子爵領に魅力の高い特産品があれば、それを求めて商人が行き交い経済が活性化する。街道の利用が増え、王都やその他大都市への中継地としてドルトンも発展する。税金で維持費も回収できる。

 問題は、何を特産品とするかだった。芋を使うことは確定だったんだけど、それを使って何を作るかが問題だった。

 一番に思いついたのが酒だったんだけど、実は芋を使った酒は既に辺境各地で作られている。後発が特産品にするのはとても難しい。

 この国で作られている芋酒は、蒸したり茹でたりした芋を潰して水と酵母を混ぜ、しばらく寝かせて発酵させたものを絞った濁酒どぶろくみたいな酒だ。冒険者ギルドでちょっとだけ舐めさせてもらったところ、飲み口はやや甘口で、少し雑味のあるアルコール入り甘酒といった感じだった。

 アルコール度数はワインより若干低く、火入れしていないから放置すると酢になってしまうそうだ。

 なので、最初は『火入れすれば長持ちするから、輸送で有利だよな』と考えたんだけど、すぐに『どうせ火を使うなら、蒸留しちゃえばいいんじゃね?』と思い直した。そう、この世界初の蒸留酒、芋焼酎の作成だ。


 そんな訳で、街道整備や代官業務の傍ら、うろ覚えの蒸留器を街の鍛冶屋になんとか形にしてもらい、その間に子爵には芋酒を造ってもらい、何度か蒸留に失敗しつつもようやく成功して作られたのが、あの樽に入っている焼酎というわけだ。

 子爵には『酒精が強い! 慣れるまではキツイかもしれんが、酒飲みには受けるだろう。今までになかった、新しい酒だ』と太鼓判を貰った。日持ちもするし、交易品としては十分だろう。

 ちなみに、その焼酎が入っている樽は、大森林の大木から削り出された一木造りだ。蓋以外、どこにも継ぎ目がない。この樽も特産品になるだろう。

 また、この樽でしばらく寝かせることで木の香りが酒に溶け出しウイスキーのようになることを期待して、作った蒸留酒の一割を俺の拠点で寝かせることになっている。最初に開けるのは俺が成人した頃かな。ちょっと楽しみだ。


「ピーッ! じぃじ、ピーちゃん来た!」

「おーっ、よう来ただな、ピーちゃん! ついでにビートも」

「うん、ついでだけどただいま」


 実家に着くと、すぐに父ちゃんが出てきてピーちゃんを抱き上げた。俺はピーちゃんのついでらしい。まぁ、いいんだけどね。ピーちゃん可愛いし。


「父ちゃん、母ちゃんと赤ちゃんは? 名前決まった?」

「ああ、奥で乳さ飲んでるだ。名前も決まっただよ。『キャロット』だぁ」


 ピーちゃんを左腕に座らせたまま、父ちゃんが家の奥に進む。その後を追いかける俺とウーちゃんたち。

 年が明けて弟の名前も決まったらしい。ふむ、ニンジン君か。

 まぁ、想像していた通りだな。やっぱり野菜の名前になったか。俺もサトウダイコンだから、そんな予感はしてた。まぁ、ポテトじゃなかっただけ良しとしておこう。芋はかわいそうだ、なんとなく。


 うん? 兄が大根で弟が人参? それはもしかして、某龍玉を集める漫画の野菜星人の兄弟のことじゃないか?

 やばい、将来敵対して殺し合う運命なのか!? そして俺だけ地獄行きになってしまったり!? なんてこった!!

 いや、俺にも弟にも尻尾は無いし、俺はM字ハゲじゃない。あの兄弟のようにはならないはずだ。離れ離れになる予定もない。

 うん、大丈夫! これからずっと仲良くしような、弟よ! 兄ちゃんもM字ハゲにならないように気を付けるから!

 とりあえず『戦闘力…たったの五か…ゴミめ…』は禁句にしておこう。宇宙の平和のために。

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