第215話
既に授乳は終わっていたみたいで、キャロットは母ちゃんに抱かれてスヤスヤと眠っていた。
うむ、控えめに言って天使だな。赤ちゃんの寝顔は、なんで見ているだけで幸せになれるんだろう? 元気に大きく育てよー。
寝た子を起こすのは可哀そうだから、小声で母ちゃんに新年の挨拶をし、少々のお土産を置いて実家を後にした。
睡眠中、人は話し声を認識できないなんて説を聞いたことがあるけど、赤ちゃんは違うとも聞いたことがあるからな。
お土産は
今日はこれから王都へ向かうから無理だけど。だから父ちゃん、ピーちゃんを返せ。
船に戻ると、荷物の積み込みは既に終わっていた。もういつでも出発できる状況で、後は俺が動かすだけだったみたいだ。お待たせして申し訳ない。
もう船へと登る梯子も外されていたので、ピーちゃんはパタパタと飛んで、俺とウーちゃん、タロジロはスカイウォークで船へと乗り込む。
「お待たせ! 準備はいい? それじゃ、早速行くとしようか! 船の周りの皆は離れてね!」
町の皆が離れるのを見届けてから、貼り付けた平面を操作して船をゆっくりと宙に浮かべる。
船の底から勢いよく水が流れ落ちる。
見送りの面々が感嘆の声をあげてるけど、貴方たち、俺が色々と飛ばすのをいつも見てたよね? いつまでも新鮮な感動を持てて羨ましい限りだ。俺と仲間たちは、もうスレちゃってるからなぁ。
見送りの中には、俺についてきた父ちゃんの姿も見える。
「まぁ、本当に船が飛んでるわ! 凄い凄い!」
初めて空を飛ぶ
こういう子供っぽいところは、やはりジャスミン姉ちゃんと親子なんだなぁと思う。落ちないでね。落とさないけど。
十分高度を取ったら、方角を確認しながら方向転換をする。とりあえず北北西だな。既にマップは作成してあるから、随時確認して修正しながら進むとしよう。
「それじゃ、王都へ向けてしゅっぱーつ!」
国境も航空法も無い、真に自由の空へと俺たちは飛び立った――船で。なんか表現がおかしい気もするけど、まぁ、今更だ。気にしない。
◇
「ヒマね。
「物騒な事言わないでよ、本当に来たらどうするの? 安全なのが一番だよ」
自分の言葉通り暇を持て余したジャスミン姉ちゃんが、舵輪を握っている俺のところへとやって来て物騒なことを言っている。
変なフラグを立てないで欲しいな。ラプター島が王国にやってきたから、冗談にならないんだよね。
まぁ、襲われても返り討ちにして、美味しい焼肉パーティーをするだけだけどね。
ちなみに、舵輪は雰囲気で握っているだけで意味は無い。
「でも、アンタたちは飛竜と戦ったんでしょ? お父さんも昔戦ったって言ってたし、アタシだけ戦ってないのは不公平だと思わない?」
「思わない。必要ないなら戦わない方がいいよ」
「なによ、日和ってるわね! それでも冒険者なの!?」
「冒険者だからこそ、無用な危険には近づかないんだよ」
飛竜を狩るのは極偶にでいい。じゃないと取りつくしちゃうし、食べ飽きちゃうからな。折角の美食も、食べ慣れたら感動が薄れてしまう。
確かに、俺以外が襲われるのは危険だ。でも、だからと言って全滅させるのは違う気がする。まぁ、俺以外には全滅させることは出来ないだろうから、俺が節制すれば問題ないか。
出発して間もなく、天気が崩れてシトシトと雨が降り出した。この地方の冬らしい、梅雨っぽい雨だ。王都近辺はまた気候が違うから、しばらく進めば晴れるんじゃないかな? 知らんけど。
船の周りは平面で覆ってあるから、雨に濡れることも冷えることもない。だから皆、甲板で思い思いに過ごしている。狭くて薄暗い船室より、曇り空でも広い甲板のほうが明るくて開放的だしな。
今日のクリステラの生贄はジロだ。いつものように目隠しをして、甲板の真ん中あたりでモフっている。なんて羨ましい。ウーちゃんとタロは、俺の足元に避難してきている。要領が良くなってきたな。
ジロは身動きできなくて困った顔してるけど、ワンコの困り顔は可愛いので助けない。今日も良い
子爵は船室で書類の処理をしている。ダンテスの町は識字率が低い……というか、子爵夫妻しか文字が読めないから、事務処理は全て夫妻の仕事になっている。領主は大変だな。
今はまだ領民も産業も少ないからなんとかなってるけど、これから住民が増えて産業も興ったら、ふたりだけでは回せなくなるだろう。早く
「あら、このお菓子、美味しいわね。これ、森芋でしょ?」
「ええ、茹でて擂り潰した森芋に、海藻から作った寒天という食材を加えて冷やし固めたものです。芋羊羹と言うらしいですよ。ビート様に教えていただきました。うふふ」
「あの子はどこからこういう知識を仕入れてくるのかしら? ケチャップもそうだったし」
「料理もですけど、商売のこともよう知ってますわ。自分らだけやのうて、社会全体が儲からんと経済が上向かんとか、よう言うてますし」
「経済ねぇ……このお菓子もうちの特産品にしたいわね。お酒だけでは不安だわ」
他の面々は甲板にテーブルと椅子を引っ張り出し、優雅に(?)お茶会を開いている。主に話しているのはジンジャーさんとルカ、キッカで、他の面々はのんびりお菓子を食べている。
今日のお茶菓子は芋羊羹だ。寒天は以前ブリンクストンに行ったときに見つけていたので、それを使ってルカに試作してもらったものだ。
いつものように、俺は大雑把な指示をするだけで、最後の冷やす作業までキッカに魔法で行ってもらったけど。でも、ちゃんとそれっぽいものが出来たからいいのだ。これでいいのだ。
俺の分の芋羊羹はジャスミン姉ちゃんに食べられたけど、俺は大人だからこれでいいのだ。くすん。
◇
そのまま何事もなく昼下がりに王都へと到着した。
飛竜は現れなかった。フラグは立ってなかったらしい。誰かが先に別の場所で立てていたのかもしれない。ご愁傷様。
船を中央南港へ泊め、クリステラたちはいつものホテルへ、俺と子爵はトネリコさんの商会へと向かった。
トネリコさんの商会では、芋焼酎を数樽渡した。宣伝のための試飲用だ。
焼酎は今まで王国に無かったお酒だから、知名度は『低い』どころか『無い』。特産品にするためには、皆に知ってもらう事から始めなければならない。
そこで、最近大手の仲間入りを果たしたトネリコさんの商会を利用させてもらおうというわけだ。評判が良ければ王都近郊での販売をお願いしようと思ってる。
ドルトンやボーダーセッツ近郊での販売はビンセントさんに担当してもらう予定だ。販路は広い方がいいし、商売は商人に任せるのが一番だからな。
そんなわけでトネリコさんにも試飲してもらったら、
「こ、これは! 甘い森芋の香りが濃い酒精とともに鼻から抜けて行く――美味い、素晴らしい! そしてこの美しく透き通った薄い黄色! これは売れますよ、閣下!」
と、太鼓判を押してもらった。それで、どうせならもっと価値を高めようということで、樽に子爵の家紋を焼き印することになった。つまりブランド化しようというわけだ。なるほど、流石は大商会の会頭だ。俺はそこまで気が回らなかった。
ふむ、それならナンバリングもした方がいいな。何年に蒸留した何樽目かが分かれば、何年後かには希少価値が出るかもしれない。王家に献上する予定で置いてある十数樽に最初のナンバリングをすれば、さらにプレミア感が増すだろう。
なんとか明日の昼までに焼き印を用意できれば、昼からの賀詞交歓会で献上できる。そこで貴族たちの話題になれば、新しいもの好きや珍しいもの好きたちが
「なるほど、確かに! さすがはビート様ですな、商売をよく分かってらっしゃる! 焼き印はこちらですぐにでも手配させましょう。職人の尻を蹴飛ばしてでも間に合わさせますよ! この商機を逃すわけにはいきませんからな! ハハハッ!」
トネリコさんが大きなお腹を震わせて笑う。うむ、笑うとあのゲームのあのキャラにますますそっくりだ。でっかいリュックを背負わせたい。
あんまり職人さんにブラックな労働はさせないで欲しいんだけど、今回は急ぎなので何も言うまい。俺から特別報酬を出すので許してほしい。
それから、年間何樽卸すだとか販売価格だとか、輸送ルートとその費用負担割合だとかを決めてから契約書を交わし、俺と子爵はトネリコさんの商会を後にした。うむ、いい商売ができたのではなかろうか。
「ほとんどお前とトネリコ殿で決めてしまったな……まぁ、オレには何も異存は無かったが」
ああっ、ゴメン! つい、いつものノリでほとんど俺が決めちゃった! そうだよね、子爵家の特産品だもんね! 本当に申し訳ない!!
◇
明けて五日の昼前、なんとかギリギリで焼き印作成は間に合い、全ての樽にナンバリングと押印を施すことができた。新ワイズマン子爵家の家紋は丸に竪三つ引きだ。シンプルだけどかっこいい。
俺と子爵は伝統に則った貴族服、ジャスミン姉ちゃんとジンジャーさんは、サマンサの仕立てたドレスに身を包んでいる。これからいよいよ賀詞交歓会へと乗り込むのだ。
俺は今まで公の場に顔を出したことはなかったから、実はこれが俺の社交界デビューだったりする。こういうのは前世でも未経験だから、何の予備知識もない。どんな洗礼が待っているかドキドキだ。
ワインをかけられたり、田舎者の成り上がりと侮辱されたりするんだろうか? テンプレだもんな、ちょっとワクワクしてきた!
大丈夫、
それじゃ、ど派手に行こうぜ! レッツパーリーッ!
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